とんだ失態、だ


   他人の手を借る気持ちよさ

 ある一定の間隔をおいてページを繰る微音や空調の動作音が耳朶を打つ。不意に訪う手持無沙汰な倦怠感が蜜のように四肢に絡む。卜部は文庫本を手に寝台の上に横になったり座り込んだりと落ちつかなげに姿勢を変えたがしまいには本を放り出した。茶水晶が何気ない動きで藤堂を見る。藤堂の方は凛と引き締まった姿勢を変えることも振り向くこともない。武道に身を置いていた時期の長い藤堂の姿勢は背筋がしゃんと伸びて心地よい緊張を感じさせる。同じ姿勢を保つだけの能力も実力もある。藤堂は机の上に広げた装丁の立派な本を開いていた。私物の少ない軍属にしては珍しいそれに卜部は目を眇める。いつ命を落とすとも知れないことを自覚している職業柄、彼らの私物はいつでも処分できるよう意識的に選ばれている。想いや名残を感じさせるようなそれはひどく特殊に映る。卜部が黙って見つめるのを藤堂はとがめもしない。気配に敏い藤堂だが熱心になると意識のまわらない傾向もあり、気づいているのかいないのかは判別しがたい。
「中佐」
藤堂の直属と言っていい位置にいる卜部は馴染みの階級名で藤堂を呼ぶ。咄嗟の時もそう呼ぶほどに染み付いたそれの惰性だが、それだけにいまさら名前で呼べない気恥かしさもある。
 藤堂はゆるりと振り向いた。枝垂れ柳の艶を持つ動きに言葉を失くす。指先まで気を抜かないその動きは性別を忘れさせるほど魅惑的だ。
「どうした、卜部」
唇が背筋の伸びる張りのある声を吐く。喉元をきっちり覆う襟を留めているのが藤堂らしい。
「中佐、寝ませんか」
藤堂が驚いたように灰蒼の双眸を瞬かせた。卜部は揶揄するように口元を歪めて哂う。藤堂が逡巡したように瞬きをしてから喉を震わせる。その口の端が吊りあがった。
「お前が受けるならいい」
逆襲を食らった卜部の方が不覚にも動揺した。潔癖なところのある藤堂は揶揄でも艶事を持ちだされるのは苦手で、赤面して黙ったり唸ったりするのが関の山なのだ。思いもかけないしっぺ返しを思い切り真正面から食らった卜部の方が絶句した。面食らう卜部の反応に藤堂はクックッと喉を震わせて笑うと本を閉じた。
「どうだ、卜部。受ける気があるならする」
数瞬の間をおいて卜部がガシガシと頭を掻いた。藤堂の口元が愉しくてたまらないと言ったふうに震える。返答しない卜部の様子に藤堂は穏やかに笑った。
「冗談だろう。私も冗談だ」
 背を向けようとする動きの藤堂に卜部が言葉を投げつけた。
「いいっすよ。俺が受けます。しましょう」
今度こそ藤堂が驚いた顔で卜部を見た。卜部が襟を緩める。藤堂は止めることも促すこともなく茫洋と卜部を見つめた。後には引けなくなった卜部は自棄のように留め具を外していく。藤堂が止めたなら止めるであろうことを感じている。だが藤堂は止めなかった。あらわになる喉元や鎖骨に突き刺さるような視線を感じる。お誂え向きに卜部は寝台の上に場所を取っており、背中や肩を傷める心配はいらなかった。卜部がためらう様に袖を抜く。痩せた上体があらわになる。空調の利いているはずのそれがうそ寒いような気がして卜部は唇を引き結んだ。その引き締まった口元へ藤堂はキスをした。藤堂の手が伸びて卜部を押し倒す。唇へ吸いつくのを卜部が唸る。
 「ちゅう、さ」
「…恩にきる」
「はぁ?」
いまいち流れのつかめない行き違いの会話に卜部が反射的に問い返した。藤堂の認識と卜部の認識には明らかな誤差が生じている。卜部の内では撤回可能なそれが藤堂の中では決定事項となっている。卜部の喉首へ藤堂が噛みついた。
「っぐ、ん…」
うめいて震えるそれに藤堂は妖艶に笑う。加減のない力に皮膚に血がにじむ。びりりと染みるような疼痛に卜部の指先が泳ぐ。藤堂は傷痕を丹念に舐る。熱く濡れた舌先の這う感触は官能的だ。
「中佐、いてぇって…噛んだンすか」
「食いつきたくなる喉をしている」
「俺の所為じゃねェ、それ」
押しのけようとする手を藤堂は視線だけで退けた。聡明な仔犬のように熱心で無垢な眼差しに卜部は非が己の方にあるような気になる。火種を持ちかけたのは確かに己で、自己責任の範囲内だと判っていながらどこか理不尽だ。濡れたような灰蒼は卜部の反論をすべて封じ込めた。たどたどしいような動きの舌先が喉から鎖骨へとなだらかに下りていく。いちいち確かめるように卜部の反応をうかがうのが逆に恨めしい。卜部の体は藤堂の一連の動きによってすっかり下拵えがされてしまった。必死に嬌声を殺すのを哂うように藤堂は舌先をうごめかせる。
「――く、ゥ、ンぁッ」
敷布をかき乱すように卜部の四肢が揺れる。二人分の重みに寝台が軋む。
「巧雪。お前を、抱きたい」
藤堂の手は卜部のベルトを解いて下腹部へ滑り込んだ。


 「…なんでマジになるんだよ、冗談だって判るでしょうに」
寝台の上で唸る卜部を藤堂が肩越しに見やる。不思議そうに無垢な灰蒼が煌めく。少し固い鳶色の髪を忘れさせるような稀有な色合いは潤んで瞬く。奥底でずきずき痛むそれに大声が出せない。卜部は顔をうずめながら藤堂を睨む。藤堂はしれっとした態度で悪びれた様子もない。
「していいと、受けるとお前が言っただろう」
「あんたァ冗談だって言ったじゃねェかよ。止めろよ」
あまりのそれに敬語が吹っ飛んでいる。卜部の言葉づかいを不快に思うでもなく藤堂は微笑した。
「ちょうどよかった。私もお前と…したいと、思っていたところだった」
飛んで火に入る夏の虫である。卜部は自身の失態に顔から火を吹く思いだった。しかも藤堂は卜部の体を歯止めなく拓いた。結果として卜部は赤面するほどの醜態をさらし、促されるままに喘いだ。その悦楽の証は藤堂の手の平や痩せた卜部の腹に残っている。藤堂が指先に絡んだ白濁を舐めとる。無自覚なだけにその破壊力は圧倒的だ。卜部は四肢から力を抜いた。藤堂の指先が卜部の裸体の上を這う。狡猾に蠢くそれは容易に止めを刺さずにいたぶるように卜部の体をもてあそぶ。卜部はただ促されるままに喘いだり脚を開いたりする。平素が高潔な藤堂のずるさは殊更に強い。その差異に目眩がした。
「嫌ならばそう言え。体も拓かない」
「…今それ言うのか。もう、今さらだろ」
卜部の仰け反る喉を藤堂が食む。喉仏に立てられる歯の感触に卜部が身震いした。引きつる指先を藤堂の指先がゆったりと這った。
「お前は優しいから」

何でも堪えることに慣れた君は。
痛いのも辛いのも苦しいのも何でもない顔をするから。
知りたくて知りたくて、君の本心はどこに在るのかと。

「…そっくりそのまま、あんたに返しますよそれ」
きょとっと藤堂は卜部を見た。茶水晶に映り込む灰蒼はどこまでも無垢だ。
「あんたこそ、本心をうかがわせねェ。何でもかんでも、何でもない顔してこらえちまう」
「お前ほどではない。お前はその欠片すら悟らせてはくれない。下手をすれば気付かず、に」
「気付かれねェようにしてんだから気付かねェで下さいよ」
「無理を言う。お前の変異ならばすぐ判る。私はそれほどに頼りないか」
黙り込む卜部に藤堂が畳みかける。引き結ばれた卜部の唇を藤堂の燃える紅い舌先がたどる。こじ開けるそれを卜部は拒絶しなかった。受け入れたように薄く開く口の間へ舌をねじ込む。
「――ッん、ふ…ぅ」
吐息のような喘ぎが漏れる。どちらのものか判らない体液が口の端を伝い頤を汚す。
「嫌ならばはねつけてくれ。でないと、私は私の歯止めが、きかない」
たどたどしいような藤堂の言葉に卜部は口付けで応えた。
「野郎に抱かれるなんざ御免だったはずなんですけどね…相手があんたじゃあ俺の分が悪い。俺はあんたが好きなんだ」
卜部は腕を藤堂の首へ絡めれば、藤堂は応えるように卜部の皮膚に吸いついた。ぴくぴく震えるそれを愛しげに見てから藤堂はゆっくりを舌先をうごめかせた。
「く、ぅあッあぁ――」
卜部は四肢を震わせながら体を拓いた。心地よい解放感に卜部は何度となく喘いだ。


《了》

エロは割愛した!(笑) 書けなかった!
最近裏ばっかりだからたまには表ーとか思ったけど微妙にエロ入ってる!
すいませんごめんなさい。
誤字脱字のないことを願うというか祈る。本当すいません。        07/12/2009UP

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