※時間軸やあらすじを全く無視しています。
 それでもよろしい方のみどうぞ

 『受け攻め談議』の続きものです


 心の思うまま、理由なんて判らない


   続・受け攻め談議

 目の前に羅列された字面を追いながらその内容は全く頭に入ってこない。読みさしで止めては開くのを繰り返してから、朝比奈は文庫本を放り出した。無性に腹ごしらえがしたくなる。苛立ちが熱量を消費して補給をせっつく。朝比奈は抽斗や隠しを探ったがそう都合よくはいかなかった。素直に食堂へ顔を出すほうが建設的だ。朝比奈は上着を羽織ると苛立たしげに部屋を出た。進める足の動きからも苛立ちがにじみ出ているらしく、交友関係の広さにしては声をかけられない。何のこともなく食堂へ着く。
「朝比奈」
行儀悪く煙草を咥えている卜部と出くわした。藤堂ならいいのに、と思いながら朝比奈は不機嫌を隠そうともしない。朝比奈が黙って禁煙の張り紙を示すが卜部はこたえたふうもない。見た目どおりの飄然とした卜部は朝比奈相手の諍いなど意にも介さない。朝比奈はつかつかと歩み寄るとずいと手を出す。片眉だけ跳ねあげる卜部をせっつく。
「煙草! オレにも頂戴!」
卜部は器用に一本抜きだすと朝比奈の口に突っ込んだ。放られたライターで火をつける。そのまま隠しへしまいかけるのを卜部の指先がかっさらう。朝比奈はふんと煙を吐いた。
 しばらく沈黙が下りる。卜部はもともと能弁な性質ではないし、朝比奈も軽口を言い合う余裕がない。
「…ねぇ、何してる時も忘れられない相手ってどうしたらいいと思う」
「…それ、好きなやつってことか」
「古典文学なんてガラじゃないけどさ、本当に敵同士でさ。相手の通信機器の番号も知らないし」
朝比奈は少しの間ブリタニアの何某かとサバイバル生活を共にしていたのだと聞いている。朝比奈が明確に敵だと明言したうえで甚大な影響を与えうるとしたらそのものに間違いないだろう。卜部は考え込むふりをして煙草をくゆらせた。元来朝比奈はこんなふうに他者の意見など求めたりしない。正誤の区別なく己を通すだけの度胸と気概がある。それがこんなふうに、しかも相手を卜部に定めているのは相当煮詰まっているからだろう。
「好きなのかなぁ、判んないな。ただそいつが気になるのは確かでさ。髪の色とか目の色とか肌の色とか忘れられないんだよね」
「…そう言うの好きって言うんじゃねぇのかよ」
「好きだからなんだっていうのさ。結論が出ただけで解決してないよ。状況を踏まえただけじゃん」
相談しておいてこの言いぐさである。卜部は慣れたふうに肩をすくめた。
「じゃあ会いにでも行けよ」
刹那、朝比奈の目が見開かれていく。明確な変化に卜部の方が煙草を取り落としかけた。
「…それ、いいかも。行くよ会いに」
「…マジでか」
朝比奈は煙草をくわえたまま食堂を飛び出し、卜部は茫然とそれを見送った。


 ぱさりと乾いた紙のこすれ合う音がする。目を通すべき書類には目を通したし承諾やそういった手続きの必要なものもこなした。ギルフォードは椅子の背に体を預けた。時計を見ればそれなりに時間が経過している。椅子から立ち上がると体を伸ばす。軍属として体を動かすことに慣れている所為か机に張り付くような事務仕事は時折放り出してしまいたくなる。ギルフォードは休息も兼ねようと思いながら部屋を出た。広い建物はあてどなく歩くだけでいい空白が生まれる。気持ちの切り替えや強張った体への軽い運動としてギルフォードは建物の中を歩くのが日課になった。いまでは地図が描けそうなほど詳しくなってもいるのだが習慣として止めずにいる。散歩はちょうどいい運動だしむやみな詮索も受けないのが利点だ。
 ギルフォードは階段を降りたところで通路に茫然と突っ立っている人影を認めた。一見すると黒色の髪が日に透けて暗緑色に輝く。背丈は低くも高くもない。まだ年若いであろうことが足運びなどから知れる。それがくるんと振り向いた。
「君は!」
「ギルフォード!」
朝比奈の顔がぱァッと華やぐように笑んだ。ユーモラスな丸い眼鏡と眉の上から目を覆う様に走る傷痕。ギルフォードが少々の事情とともに野戦生活を共にした朝比奈だ。
「何故こんなところにいる?!」
カツカツと靴音高く駆け寄ったギルフォードが朝比奈の腕をつかむ。力のこもったそれに朝比奈が苦笑する。
「痛いって。ちょっといろいろあってさ。部屋どこ? そこで説明する」
朝比奈が上機嫌だ。ロイドやシュナイゼルにも通じる陽気な横暴さに肩を落とした。立ち話をするわけにもいかずギルフォードはあてがわれている部屋へ朝比奈を連れ込んだ。施錠を確かめる間にも朝比奈は本棚や机の上を見て回っている。
 「確か、朝比奈といったか」
「お前さ、この全集とか読んでる? お誂え向きに揃ってるけど飾ってるだけ?」
「たまに読むが…君は何しにこんなところに」
「うん、会いたくなった」
朝比奈の言いようにギルフォードは目眩がした。
「あれからさ、お前のことがずっと気になってて。ブリタニアは嫌いだけどお前は嫌いになれなくて。どうしたらいいか判らなかったけど、なんか会ったらもうどうでもよくなった」
朝比奈は筆立てのペンを一本取るとくるりと手の内で器用に回した。くるくるとそれを連続させる。
「お前はどう。オレになんか会いたくなかった?」
「…君はイレヴンじゃないか。会えるなんて、思ってなかった。だいたい君は私のことを疎んじていると思って、いたから」
朝比奈がふぅと笑った。ギルフォードは逃れるようにコーヒーメーカーに歩み寄った。
「お茶くらい淹れる」
カップにコーヒーを注いでいるだけなのに朝比奈の視線が絡みつくような気がする。指先がわななくように震えた。湯気のたつカップを朝比奈の前においてやる。朝比奈は行儀悪くギルフォードの椅子に腰をおろしてから両手で包み込むようにカップを持った。ずず、とまだ熱いコーヒーをすする。
「愛だろ? 何しててもお前の姿が浮かんだ。でもオレは藤堂さんについていく。だからごめん」
ギルフォードの指先が凍る。ぎこちなく指先を繰るのを朝比奈は冷徹なほどの静けさで見守った。
「…私は、君を好きだと言った覚えはない」
「うん、知ってる。お前には好きな人がいて体の交渉相手がいて、オレの入り込む余地なんてないんだ。オレだってそうだ。オレは藤堂さんが好きで藤堂さんと交渉を持ってて、お前が入ってくるなんて思いもしなかった」
「判って、いるなら」
朝比奈の暗緑色の瞳がギルフォードを射抜いた。それはひどく心地いい。堕ちていくと知っていながら身を任せる悦楽にも似た。
「だからさ。心も体も関係ない、ただ純粋な想いでお前を思ってるんだと思う。お前は違う?」
「心も、体も関係、ないなんて」
なんて甘い。甘い毒だろう。ギルフォードは回答を放棄するようにコーヒーに口をつけた。苦かった。朝比奈は答えを期待していたわけでもないらしく微笑したままコーヒーを飲んでいる。二人が口をつける音だけがかすかにする。双方ともにそれなりの礼儀を有しているらしく無作法はしない。
「お前が好きなんだと思う。それだけでいいんだ。お前が気になる。それだけなんだ」
朝比奈は飲みきったカップを乱暴に置いた。ギルフォードもつられたようにカップをおく。黒褐色の長髪が風になびいた。ほんのり香る長い髪を指先に絡めるように朝比奈が指を這わせた。ギルフォードも体をかがめる。
「私も君が、気になる――…」
イレヴンが、と動く唇を朝比奈が奪った。襟を緩めさせ、現れた鎖骨に指先を這わせる。ギルフォードの白い皮膚が紅くなっていく。鮮やかなその対比に朝比奈は笑った。
「君の、名前は」
「省悟だ。覚えろよ。ショウゴ。朝比奈省悟だ」
「ならば私の名前も覚えてもらおう。ギルフォード。ギルバート・G・P・ギルフォードだ。ギルフォードでいい。呼ばれ慣れている」
「長ったらしいな」
「アサヒナショウゴなんて、どこで切れているか判らない。そちらの方が判りがたいと思うが?」
「朝比奈でも省悟でも好きに呼べばいい。フルネームで呼ぶなよ、くすぐったいから」
「しょう、ご」
「そう、そう。その調子だ。ギルバート」
朝比奈の口の端が吊りあがった。ギルフォードは頬を紅潮させる。白い皮膚が紅く染まる変化に朝比奈が微笑する。頬を寄せるように口付ければ互いの拍動が響くような気がした。
 「お前との同調率をはかってみたいもんだ。お前の体までオレの体のような気がする」
「私の領域を犯しているのは君だ。…――だが、悪く、ない」
朝比奈の腕がギルフォードを緩く拘束した。絨毯の上へ押し倒す。ふっくりしたその長い毛足が少々の物音をかき消す。ギルフォードは施錠を視界の端に留めながら首筋を這う朝比奈の唇の感触に身震いした。ブルリと震えるそれに朝比奈の口元が笑う。
「ブリタニア人は大ッ嫌いだぜ」
「イレヴンは好ましくない」
ギルフォードは自分からベルトのバックルを解いた。朝比奈はそっと指を閃かせて胸を這ってから下腹部へそれを這わせた。触れ合うそこから体の境界の融けるようなそれに笑い合う。
 「…ギルバート」
「ショウ、ゴ」
二人の震える吐息が重なった。


《了》

一度全消しした(あほたれ)
これはアプるなという神のお言葉なのか(待て)
とりあえず楽しく書けました☆(ウワァ)
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