しょうがないでしょ?
行き着くところは
高級なものになればどんな料理も値は張るが、腹を満たすだけなら値段もそれなりで済む。資金が潤沢とはいえない黒の騎士団は貧乏暇なしのごとくなぜか慢性的な人手不足だ。自然と時間と経費が削られて、そのしわ寄せはどこへ向かうかといえばそれぞれの余暇と食事と睡眠時間だ。なので手間のかかる煮物が食事に出たりすると少し気分が華やぐ。卜部は煮物をつつきながらつらつらとそんなことを思った。黒の騎士団は基本的に日本人であることを誇る連中ばかりだから日本食には気合が入っている。無意味だが有り難いので何も言わない。戦闘が重なれば携帯食で済ますことになる食事だ、一味もふた味も違う普通の食事はありがたく頂戴する。
だが、と思う。卜部は飯茶碗をもって口を動かしながら目の前で必死に焼き魚の骨をのけている少年を窺い見た。艶やかな濡れ羽色の黒髪と宝玉を嵌めこんだように煌めく紫苑の瞳。端正な顔立ちで皮膚も白い。紅い唇を引き結んで唸りながらその細い指先で必死に箸を使っている。
「焼く前に解体すればいいだろう。その時に骨も取れ。そのほうが食べやすくていいじゃないか。だいたい今は骨抜きのものが販売されているのに」
その唇が風情のないことを言う。卜部は黙ってそれを黙殺した。問題はこのたおやかな少年と卜部がどうして差し向かいで飯を食っているのかということだ。
しばらく前いつもどおりに藤堂や四聖剣の面々と食卓へつこうとした卜部を引き留めたのはゼロだ。声をかけたゼロを朝比奈と千葉は胡散臭げに、仙波と藤堂はきょとんとした顔で見た。卜部は嫌な予感に顔をそむけた。
「卜部、私の部屋で食べないか。お前と少し、話がしたい」
一同の視線は自然と卜部に集中した。食事の乗った盆を抱えたまま席にもつけず卜部は途方に暮れた。ゼロのほうに退く気配はなくむしろ受け入れを当然と思っている節がある。はねつけてやりたいが十人並みと自認している己にそこまでの冒険心はない。ハァ、とだけ言っておいた。成り行き任せである。
「珍しいな、君が」
藤堂が間を縫うように言葉を発する。
「私も少しは親交をもちたくてな。断るか、卜部」
「いいのではないか、卜部」
無垢な藤堂の言葉に押されるようにして卜部はゼロの私室に引っ張り込まれた。その際に黄緑の派手な髪をした少女がぺっとはじき出されたのは嫌な予感がしたので見ないふりをした。不服らしく扉を蹴る音が不穏だがゼロは全く無視した。
ゼロは仮面をとってルルーシュという少年に還り、こうして卜部と差し向かいで飯を食っている。ルルーシュのほうは箸の扱いに慣れないのかなんとなく落ち着かない。忙しなく惣菜をつついていたかと思うと飯をかき込む。茶碗をあまり口元に引きつけないので箸がちまちまと行き交う。小動物がちびちび食べるあれに似ていると無為に思った。卜部が湯飲みをとるとルルーシュが目に見えて反応した。卜部はぴく、と片眉だけ跳ねあげたがルルーシュのほうは気づかずに湯飲みを気にしている。卜部は含むふりだけして口はつけなかったが、ルルーシュの見ている角度から飲んだように見えるはずだ。ルルーシュは楽しくてたまらないといったふうにいそいそと食事に戻った。卜部は嫌な予感に胸の内で悪態を吐いた。こういう勘ばかりなぜか当たる。
その時呼び出しの電鈴がけたたましく響いた。ルルーシュが舌打ちして呼び出しに声だけで応じる。どうもそれは追いだされたC.C.であるらしく宅配ピザのマスコットの抱きぐるみをよこせと叫んでいた。応じないルルーシュだったがしばらくの間をおいて、心底不服そうな顔で抱きぐるみをひっつかんで扉に向かった。手渡す際にも問答があるらしく諍いが起きている。卜部はそっと食器を下ろすとルルーシュの湯飲みと己のそれを取り換えた。配給である食事に特別製などなく器はみな同じものだ。中身の量も同程度。ルルーシュがC.C.を何とか抑えこんだらしく扉を閉めると念入りに施錠を確かめている。卜部は知らぬふりで里芋をつまんだ。ぱくん、と口に含んだところでルルーシュが席に戻った。動かないルルーシュにバレたかと卜部が案じたが、彼は大きくため息をつくと湯飲みを一気に呷った。だん、と乱暴に湯飲みを下ろし酒でも飲んでいるかのように息を吐く。数瞬の間があってから、ルルーシュは怪訝そうに卜部を見た。じーっと凝視されるのが居心地悪く卜部は飯茶碗で顔を隠すようにして飯をかき込む。忙しく食事をするふりをする。空になった飯茶碗をおいて味噌汁の椀をとる。
「卜部、お前…さっきの茶だが」
卜部はちろりと目線をあげた。刹那、ルルーシュの頭からぴょこぴょこと真っ黒な猫耳が出現した。
ぶばっと味噌汁を吹く卜部にルルーシュは不思議そうだ。卜部のほうは気管に入った味噌汁でそれどころではない。げほげほと激しく噎せながら体をよじる。
「卜部…ま、まさか!」
食事を放り出したルルーシュの手がポスっと頭にあてられる。もぞもぞした気配ののちに黒くて長い尻尾がひょこりと顔を出す。
「貴様、さっき茶を飲んだのはウソか! 何というやつ!」
「あんたが言うか、それ!」
回復した卜部がルルーシュの叱責に反論した。
「つうか俺に飲まそうとしてたな?! そんなもん飲ます気だったのか!」
「むぅ…オレが飲んでしまうとはなんという不覚だ。催淫剤も含んでいるのに」
「人に飲ますな、ンなもん!」
卜部は口元を拭いながら席を立った。その体がドンと衝撃を受けて床の上に押し倒される。鋭い爪がぴちっと卜部の頬に紅い線を描く。
「ふむ、瞬発力が上がっている。猫化とはこのような効果があるとは知らなかった。お前に負ける気がしない」
滑り込んだ指先が下腹部を撫でる。固い爪の感触が鮮明だ。
「抵抗は許さない。お前を力尽くで従わせるのもたまにはイイな?」
卜部がじりっと後ずさる。にゃあとルルーシュの口の端がつりあがる。
「いい声で啼いてくれ」
ルルーシュの手が卜部の服の留め具を引きちぎる勢いではだけさせた。
「ふにゃ…」
ルルーシュがもぞもぞ起きだす。卜部は何も言えない。言う気力がまずない。ルルーシュの尻尾は嬉しげにぱったぱったと床を打つ。剥がされた卜部の衣服は放られたまま部屋のあちこちに散乱している。
「ちくしょう…」
「にゃあ…ぁあん」
うーんと伸びをするルルーシュの肢体はしなやかそうだ。卜部は横になったままそれを見た。脚の間を伝い汚す白濁についても何か言う気力がない。
「にゃは」
ルルーシュがふいに笑った。
「にゃははははは」
「笑うんじゃねェテメェ、力抜けるだろそれ」
卜部が毒づいた。ルルーシュはふんと鼻で笑い飛ばして意に介さない。
「オレがどう笑おうと勝手だ。お前はいいにゃ」
本格的に効用を現すそれに卜部はがくーんと脱力した。まさか猫化した相手に体の主導権を握られるとは思わず、しかもいいように扱われた。ルルーシュは巧みな動きで卜部の体を掌握し、容赦なく喘がせ啼かせた。
ルルーシュは尻尾を揺らしながらぺろりと舌を出した。
「ふふ、舐めた時のお前の反応といったら…実に愛しい。愛らしい」
卜部は口元を一文字に引き結んで顔をそむけた。痩せた腹に散る白濁がその証だ。
「かわいいにゃあ。にゃはははははは」
「迫力ねぇ全ッ然ねぇ」
胸を張って笑うルルーシュを卜部が罵倒した。手をかけるのを卜部が乱暴にはたき落した。卜部はのろのろ体を起こす。ざりん、とルルーシュのざらつく舌先が頬を舐めた。
「もっとしよう」
「はァ?!」
「言っただろう、催淫剤を含んでいると。もっとしたい。お前を犯したい」
慌ててもがく卜部の腕に爪が食い込んだ。ルルーシュはくふんと不敵に笑んだ。口の端が吊りあがり尖った歯が覗く。紅い唇と呼応したような白さが際立った。
「いい声で啼くよ、お前は。たまらない」
ルルーシュの爪先が卜部の内股に紅い線を描いた。卜部は眩むような目眩に目蓋を閉じて力を抜いた。ぐぅんと体内を犯すのが何なのか卜部にはもう判らない。脈打つような灼熱がただ自身の体に埋め込まれていることだけが確かだった。卜部の背がしなう。腰を抱えるルルーシュの爪先が肉を抉った。
《了》