そうだと思い知った


   積極性の度合い

 通常通りの言葉に含まれてしまう呼びだしに卜部は息をついた。通信機器が受信した言葉は短く時間帯だけを指定する。場所は問うまでもない。部屋を軽く片付けてから出ていく。特に気負うふうでもない卜部を気に留めるものはいない。統率者であるゼロの私室まで卜部は所属を決めた団員達とすれ違いこそしたが呼びとめられることもなかった。そもそも世間的に真っ当とは言い難い付き合いを悟られるほど図々しくもなれない。戦略上、ゼロの方にも卜部とゼロの付き合いを公表して得られる利などない。自然と付き合いは隠され、約束事や取り決めは水面下で行われた。
 その都度変わる特定のコードで施錠は解かれる。ノックもない来訪にもゼロは動じない。扉が閉まるのを確かめてから細い指先が仮面を外した。のっぺりと目鼻のない仮面と対照的に素顔のルルーシュは目鼻立ちの綺麗な作りをしている。涼しげな目元や紅い唇に白い肌。髪だけが引き締めるように濡れ羽色に艶めいた。その顔が楽しくてたまらないと言ったふうに口元を緩めている。卜部はこの見目麗しい少年がなぜ自分と交渉を持ちたがるのか理解に苦しんだ。卜部は襟とベルトをいじりながらまっすぐに寝台へ向かう。こなすべき事柄は一つでそれを求められて応じた以上拒否はしない。だがルルーシュは卜部の腕を引くとちょっとした設えの応接へ座らせた。慢性的な資金不足がちらつく団体にしては高価そうな椅子だ。卜部の体がふっくり沈む。隣へルルーシュは飛び乗るように腰をおろした。ずいと近づく顔に卜部が意味を判じかねる。
「なんだよ」
「…気づけよ」
ルルーシュがむぅと不満げに唸る。普段は冷徹で老獪な戦略を繰る癖にこうした折には年相応の幼さを見せる。大きな紫水晶が試すように卜部を映しこんだ。
 「キスしろと言っているんだよ。いつもオレが求めるばかりでお前は応じるだけだ。それはフェアじゃない。だからお前からも誠意を見せろと言っている」
ほら、とルルーシュはその目を閉じる。ツンと突き出される唇は紅く濡れて果実にも似た。たじろぐ卜部を押し切るようにルルーシュの体がずずず、と寄ってくる。
「まッ――」
卜部の手があてどなく椅子の上を這った。長椅子の隅に放置されていたそれが何なのか判ると卜部がそれを掴んだ。
 ば、ふっとルルーシュの顔が黄色い抱きぐるみに埋もれた。ぶふっとルルーシュが噎せ、その隙に卜部が距離を取る。抱き抱えるのにちょうどいい抱きぐるみはそれなりに大きい。
「何をする! 貴様」
さらに迫ろうとするのを押しのけられた抱きぐるみで卜部が防いだ。
「出来るか、ンなこと!」
むぎゅうと押し付けられる宅配ピザのマスコットの顔がゆがんでユーモラスだ。そのまま押し切った卜部が椅子から逃れるように立ち上がる。
「しねェンなら帰るぜ。ここにいる用がねぇ」
うつむき加減でルルーシュの目が見えない。暗く顔を覆う不穏な空気に卜部はさっさと退散したかった。
「……なるほど。いい度胸だ」
ギロッと紫水晶が卜部を睥睨したと思った刹那に飛びかかられる。どたんと床の上に押し倒される。ルルーシュの指先が乱暴に卜部の上着の前を開いた。
 慌ててルルーシュを押しのけようとする卜部の指先が凍る。ルルーシュは酷薄に笑んで卜部のベルトを抜き取った。びぃんと不穏な音をさせてベルトをもてあそぶルルーシュの目が笑っていない。
「ならば貴様がオレにキスをしたくなるまで嫌というほど泣かせてやる。手加減などしない。腰が立たなくなっても構わん。代わりの戦力をあてがうまでだ」
卜部がルルーシュを押しのけようとする手がぎちっとベルトに捕らわれる。声をなくす卜部の首筋にルルーシュが噛みついた。
「待てッ、あんた何考えて」
「お前にキスしてほしいだけだが? ことを複雑にしたのはお前だ。出尽くしても搾り取ってやるからな。この俺の執念を思いしれ」
卜部は腕力にものを言わせてルルーシュの牙から逃れると這う這うの体で部屋を飛び出した。後ろからルルーシュのけたたましい笑い声が響く。飛び込んだトイレの個室で口を使って両手を縛るベルトを解いた。固かった。


 そのあとは散々だ。隙あらば引っ張り込まれて口では言えないようなことをされる。辛くも逃げ出すがそのたびに体は後始末を必要とするところまで追い上げられていて情けない思いで始末した。絡みつくゼロを振り払ってトイレや自室へ駆けこむ卜部の背中にゼロの機械音声の哄笑がこだました。
 ぐったりと息をついて壁にもたれる。何度目かも判らない始末のあとで力が抜けた。体裁を構わなければトイレにこもろうが部屋にこもろうが同じだ。調子を崩していると思われるだけだ。一定のリズムで水を流す音を聞きながら卜部はルルーシュの顔を思い出そうとした。全体像がぼんやりかすむ。ぱっちりした二重の目や薄いのに妙に紅く照る唇や白い指先などは鮮明に思い出せる。触れてくる皮膚の熱さやあてがわれる熱量を思い出してしまって慌てて振り払う。事を収めるのは簡単だ。一時こらえてキスでも何でもしてやればルルーシュの気は済むだろう。
 ルルーシュは引っ張りこむ際にもわずかの猶予を与える。その猶予の間に卜部がルルーシュの望むことをすれば彼は矛先を収めるに違いない。卜部は時に己を曲げて相手の要望に応えてきた。藤堂のように自身を曲げずに保つような根性も気概もないと卜部は判断している。甘い罠があれば引っ掛かるだろうし、堕ちていくだろう自覚がある。己を保つというのは案外骨が折れるものだ。相手の望みを察知してそれに副うように行動するのは慣れてしまえばそう苦にもならない。処世術としてそういうふうに生きていた卜部はそういう意味では藤堂の上をゆくのを知っている。
 「キス、なぁ」
してやるのは簡単だがその意味を探ると躊躇する。唇を重ねる程度の動作ならば卜部だって躊躇はしない。だがそこに含まれる意味を考えると動きは止まり停滞する。ルルーシュのことだからキスには何らかの意味が含まれているだろう。言質にとられるとは思わないがそれに近い何らかの意味があるはずだ。後々まで厄介事を抱えるのは避けたい。
「うぅ…」
膝を抱えて丸まってみるが事態は進展しない。むしろ時間が過ぎるだけ悪化している。こうして立て籠るのは心の一時しのぎにはなるが事態の先延ばしに他ならない。かといって明確な解決策があるわけでもなく卜部は途方に暮れた。男女の区別なく慕われる藤堂ならともかく、己がそういう事態におかれるとは思ってもみなかった。
「…ルルーシュ」
そう名乗った。名字は言わず、卜部もあえて問わなかった。オレの所属など関係ない、とうそぶきながら明かさないのは彼のコンプレックスか。意外と貴族とかそういう出自なのかもしれないと卜部は詮無く思った。言われてみればルルーシュの所作は優美で美しい。紅茶を飲んだり手を這わせたりする動きがいちいち洗練されている。髄から叩き込まれたものは明確な差を見せる。卜部には到底、真似できない域にそれはある。
「ルルーシュ…なぁ」
なんで俺、とぶつぶつ言いながらぐたりと腕の力を抜く。折り曲げて座る膝の上に額を伏せてしばし脱力する。水洗は疾うに役目を終えて静まっている。卜部は施錠を解いて顔と手を洗うとトイレを後にした。

 「意外ともつな…」
苛立たしげにルルーシュはがつんと用紙に突き刺した。じんわり広がる染みと潰れたペン先が彼の苛立ちの度合いを示してもいる。ルルーシュは用紙を丸めてペン先を拭うと屑籠へ放った。こつんと軽い音を立てて上手く放物線を描いて収まる。がつっとペン先を歪める衝撃に目をやれば用紙がない。苛立たしげに蓋をしめてペンを筆立てに放り入れる。卜部の体を済んでのところで逃がしてやるのには理由がある。卜部は藤堂のように自我の擁立に無頓着ではない。他者との接触によって己が保たれているのを知っている。なんでもこらえられると過信してはいないはずだ。つまり己を超過した存在を容認してもいる。だが卜部の体をどんなに追い上げて突き放しても卜部がすがることはなかった。
「くそッ」
どん、と机を殴ると誘われたように携帯がぴりりりりと電鈴を鳴らした。びくんと肩を跳ね上げながらも携帯を開くとそれが卜部からのメールであることが判る。彼からの連絡は付き合いを始めてから初めてだ。常にルルーシュから誘い、卜部はそれを了承してきた。
『一時間後に時間が欲しい』
理由も弁解もない。ルルーシュは黙ってC.C.に連絡をとった。身代わりをしてほしいこととしばらくゼロの私室に卜部以外の人を近づけない旨をピザの数枚で了解させる。デラックスでもゴージャスでも構わぬというと魔女はふふんと笑った。まぁがんばれ、とは激励として受け取ることにした。
 それまでの時間を一日千秋の思いでルルーシュは過ごした。無論、賢明な判断力など皆無だ。卜部のことが脳裏にちらついて政治的な考えなど構築出来やしない。色事に惑わされていると知りながらそれを愉しむようにルルーシュは混乱を受け入れた。来訪を告げる電鈴にルルーシュは応え扉が開く。難しい顔をした卜部が部屋に入ってくる。その襟が乱れているのが印象的だ。藤堂の配下はしつけが行き届いているらしく身なりや所作に隙がない。ルルーシュは朱唇を歪めて笑った。
「どんな気分だ? 絶頂近くで何度も放逐されるのは」
「最悪だぜ」
卜部はルルーシュに明確な敬語を使わない。軽んじられているとは思わないが重用されているとも思わない。要するにルルーシュの存在などその程度なのだと思い知らされる。
 「ふふ、よくそれでオレに応じる気になる。お前の心意気には感服するよ。感謝もしているがな」
ルルーシュは大仰な手ぶりで虚空を撫でた。翻るマントははゼロの衣装だ。卜部たち四聖剣はゼロに対して恩があると思っている。何より彼らの直属上司を奪還したのはゼロの功績が大きいせいだろう。
「襟が乱れている。貴様にしては珍しい」
そこでルルーシュの言葉が途切れた。ぐんと引き寄せられた体を抱きしめられる。唇が重なったのは自然な動作だった。ふぅわりと触れるやわい感触。ほのかに熱いのは卜部の体が火照っている所為だろうか。目の前で小ぶりな茶水晶が煌めいた。見開かれる紫苑を卜部の瞳はまっすぐ見据えた。
「…したぜ? それで」
背丈は卜部の方があり、自然と卜部がルルーシュの体を抱きこむ。ルルーシュはそれに反発するように腕を振りほどくと抱きついた。固い腰骨の感触が衣服越しに伝わってくる。
「うら、べ…!」
「あんたがしろって言ったんだろうが。なに驚いてンだよ」
クックッと笑う振動が伝わってくる。卜部の指先がピンとルルーシュの額をはじいた。
「さんざん俺にしろって言ってそうして来たじゃねぇか。体の快感まで司りやがって。だからしたぜ。何が不満だよ」
「だってお前は。藤堂の利になることしかしないと思っていたから。オレの、為に?」
「だから、精神は中佐にやる。体はあんたにやる。それでいいだろう。不満があるなら捨てやがれ」
俺は結局、あんたも中佐も捨てきれねェと卜部が哂った。自嘲するようなそれにルルーシュは唇を重ねて止めた。
「お前は、馬鹿だ…オレなど捨て置けば、いいのに」
「捨て置けって、あんたさんざん俺の体ァ好き勝手しただろうがよ。それで捨て置けってなァ無理があるだろうがよ」
卜部が不満げに唸る。ルルーシュは喉を震わせて哂った。
「だがその一手がお前を決意させたならば悪い手ではなかったというわけだ。ふふ、オレは恵まれているな」
「まったくだぜ。好き勝手して嫌われねェなァあんたや中佐くらいだ」
「藤堂も好き勝手するか」
ふふふ、とルルーシュがこらえきれずに笑んだ。
「そうだな、するぜ。周りの影響考えねェしな。自分の影響力過小評価してるぜ、あの人は」
 ルルーシュは喉を震わせて哂いながら卜部の胸に顔を伏せた。痩せた腰にまわされる腕に力がこもる。
「お前を乱暴に扱うのは意外と精神力が要るな…! お前に嫌われても構わぬと思っていたのに、いざ嫌われるかもしれないと思うと気が狂いそうで」
「ふゥん、意外と小心じゃねェかよ。殊勝…」
そこでルルーシュは卜部の口に指先を突っ込んだ。ぐぅと唸って卜部が言葉を詰まらせる。突っ込んだ指先は卜部の口腔を好きに這いまわった。
「それ以上言うとそれ以上のことをするぞ。お前にその覚悟があるならほざけばいい」
卜部は黙った。ルルーシュの指先を卜部の唾液が伝う。蠢く舌先が温く指先を包む。ぢゅうっと卜部がルルーシュの指先を吸った。驚いて目を瞬かせると卜部がにやりと笑む。軽く指先を吐きだして笑う。
「なんだよ、このくらいは予想範囲内だろう。驚くことかよ」
卜部は無造作にルルーシュと唇を重ねた。そこには何のわだかまりもない。
「ふふ、オレを、受け入れてくれると? 罪深い。実に深い罪業だ…!」
ルルーシュの指先が卜部の皮膚に食い込んだ。
「あんたと通じている時点ですでに罪深いぜ。いまさらだろうが」
ぐしゃぐしゃとルルーシュの黒絹の髪を乱す指先が愛しい。ヴァイオレットの瞳を卜部は優しく見下ろした。
「あんたァあんたの道を行けばいい。俺は俺の信じる道を行く。交差するならそうするだけだろう。あんたはあんたの道を行けばいいだけだ」
「お前は優しいよ。ひどく、ひどく優しすぎるよ」
ルルーシュは卜部の胸にこすりつけるように頬を寄せた。与えられた優しさにすがった。

お前がくれるなら一時の憩いでも構わない
オレはお前を信じているよ


《了》

もぉどんな話なのか(待て待て待て)
とりあえず卜部さんとルル様を書きたかっただけだと思われ(ちょっと待て)
まさしくヤまなしオちなしイみなしのヤオイ話です。(ウワァ)
誤字脱字がありませんように!(もうそこだけ)           04/05/2009UP

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