私のナカの君


   こんなに大事だなんて思わなかった

 「ゼロ、卜部さんのこと、藤堂さんに言ったわ」
目を灼く紅色の髪をした少女の言葉にルルーシュは仮面の奥からそうかと了承の旨を伝えた。彼女は辺りを窺ってからさらに声をかけてきた。
「藤堂さんは、わかったって。…ねぇ、ルルーシュ、いいの」
「いいか悪いかではない。事実であるか否かだ」
何か言いたげな彼女を残してルルーシュはあてがわれた部屋へ引き取った。摩擦音をさせて頭部を丸く覆う仮面を取る。ガァンッと仮面を叩きつける。自分の不甲斐なさに歯ぎしりした。不用意な落ち度はミスを連鎖的に招いて最悪の事態を引き起こした。その余波として卜部は命を落とした。拳が備え付けの調度類を殴りつける。非力なルルーシュの力では破壊による発散もかなわずただ虚しい痛みだけが響いた。
 すべての手を封じられたルルーシュを救ったのは卜部の戦死だ。手詰まりに窮した時、彼の判断はルルーシュの作戦を生き返らせた。その作戦が功を奏して、黒の騎士団との合流や戦力の再興をかなえた。だが代償に失ったものが明確に眼前へつきつけられる。位置関係と状況からして卜部の生存は絶望的だろう。この損失は必ず遺恨を残すだろう。直属の上司であった藤堂や朝比奈に対しての印象が悪すぎる。それ以上に。
「くそぉッ!」
卓上の装飾品を叩き落した。陶器の割れる音が心の壊れる音のようだと感傷的な思いを呼ぶ。
「オレの、ミスか…!」
情けないほどの失態の末だった。それだけに惜しむ気持ちやどうしようもない想いが身を灼いた。ルルーシュの爪先が上等な絨毯に食い込んだ。
「うぅう――…ッ」
泣く資格などないと判っている。それでも喉をつく慟哭にルルーシュはその身を震わせた。
「あぁあぁ――ッ!」
かきむしるように指先が走り、ルルーシュは仰け反って吼えた。


 かつん、と苛立たしげに肘かけを指先が打った。団員の奪還以後は順調に事が進み追跡も逃れ得た。新しい私室でルルーシュは仮面を見ながら苛立たしげに時間を潰していた。何度かそれを面白げに見ていたC.C.はそうそう、と手を打った。ルルーシュの鋭い眼差しが先を促す。C.C.は焦らすように間をおいてから平然と言ってのけた。ぷちぷちと服の留め具を外す。着替えるつもりなのかとルルーシュは目線を逸らせた。
「卜部だがな」
びくんとルルーシュの体が震えた。ふさがりかけた傷口はあっさりとその口を開いた。ルルーシュは誤魔化すように声を荒げた。
「卜部がなんだ。脱ぐな。露出狂かお前は」
「ふん、そんな口を利くなら教えてやらないぞ? 卜部の新情報だ。知りたくないのか?」
くるんとターンして身をひるがえしたC.C.は揶揄するようにルルーシュの唇をつついた。ルルーシュはそれを煩わしげに払うと憤然として言い返した。C.C.は引けば嵩にかかる性質なのを知っているから退かない。
「新情報だと? ガセなら相応の償いを要求するぞ」
ぴらんと走り書きのメモをC.C.はルルーシュの眼前に突きつけた。聞いたことのない名前が記してある。そのメモを取ろうとする寸前でひらりと返してメモを遠ざける。ルルーシュは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 「ガセかどうかはお前が行ってみたらどうだ? 卜部がそこに収容されているという話だ。モグリの医者らしいぞ。もっとも、あの混乱に乗じて強引に命を助けて高額な医療費を要求するぼったくりの可能性も」
ルルーシュは機敏な動きでメモを奪うとC.C.にゼロの仮面を投げつけた。同時にゼロの衣装を脱ぎ捨てて私服になる。衣服を取り換えさえすればルルーシュはただ見目麗しいというだけの少年になれた。
「お前がゼロとして応対しろ。決断は先延ばしにして焦らせ。オレが帰るまでやり過ごせ!」
あわただしく飛び出していく細い背を目で追いながらC.C.は肩をすくめた。
「ほら、着替えが必要になったじゃないか」
C.C.は衣服を脱ぎ落すとゼロの衣装に身を包んだ。


 モグリであることを示すようにたどり着くまでには手間が要ったが、一度関門をくぐれば後はなし崩し的にたどり着けた。ルルーシュは帽子を深くかぶりなおして案内の男と会話した。
「本名は判らないのか? 身元は」
「こっちが知りてぇくらいだけどな。やっこさんは口が堅くていけねェ」
ルルーシュはさりげなく取り出した紙幣を男のポケットへねじ込んだ。男はにんまり笑うと肩をすくめた。
「旧日本軍の出だぜ、ありゃあな。見ればわかるってもんだ。そう言う性質なのぁすぐ判るぜ。日本人は鼻が利くからよ」
「人払いを願いたい。状況によってはそいつの治療費を出してもいい」
「モノ好きがいるもんだな」
ルルーシュは高額の紙幣を男に握らせると部屋の前へ立った。男が恭しく扉を開きルルーシュは部屋へ足を踏み入れた。
 つんと鼻をつくのは薬品とそれだけではない匂い。血液だとか腐肉だとかの混じり合った野卑な匂いがした。鼻を覆いたくなるそこだったが仕切りのカーテンを開けば案外清潔な寝台が備えてあった。ルルーシュの出現にガバリと痩躯を跳ね起こす。縹色の短髪と茶水晶の瞳。その瞳が見開かれていく。ルルーシュは帽子をとった。用心深く仕切りを確かめてから口を開く。
「――久しぶりだ、卜部」
「…あんたがくるとはな」
「オレの顔を知っているか。もの知らずなまま逝ったと思っていたよ」
卜部が寝台の布団をのけてスペースを作った。二人で腰を下ろすとどちらが客だか判らない。
「居場所が割れるとは思わなかったぜ」
「魔女に訊いたさ。代償はあるんだろうな、あいつのことだから。でもお前がいて」
ルルーシュの喉が不意に震えた。朗々とした声が震えを帯びて小さくなる。白い指先が卜部の寝巻を掴んだ。

「お前が生きていて、良かっ…」

ぼとぼとと涙がこぼれた。白い皮膚が紅潮して耳まで紅い。指先が蒼白くなるほどに力を込めて服を掴んでいた。
「本当に、よかッ…オレは、お前を。生きていてくれたなんて思ってもいなかった…!」
涙と洟にまみれた顔を歪ませてルルーシュは卜部にすがりついた。見た目どおりの痩躯はそれでも確固たるありようでそこにあった。耳を寄せれば少し早い鼓動が聞こえた。

あぁ。

ルルーシュの長い睫毛を幾筋もの涙が濡らした。卜部は心得たように追及もせずにルルーシュの髪を梳くように撫でてやる。白い指先が軋むほどに寝巻を握りしめた。震える肩を軽く叩く。
「お前が泣くなよ。俺が泣きてぇくらいだ」
寝巻の奥の包帯と怪我に気づいたルルーシュが弾かれたように離れる。泣いていた所為で鼻が詰まって匂いに気づかなかったらしい。
「お前、怪我。大丈夫なのか…?」
「化膿はしてない。治りやしねェが死にもしねぇ。奴らの手口は巧妙で上手いからな」
獲物死なせる馬鹿じゃあねェよとうそぶく卜部にルルーシュは顔をうつむけた。卜部が負った怪我はルルーシュの所為だ。本来ならば藤堂達を奪還する際に討ち死に覚悟で臨んでいるはずであっただろう。卜部をその戦線から引きずり降ろしたのは予想外に腑抜けていたルルーシュの醜態の所為だ。
 「…後悔して、いないか。お前の敬愛する上官のためではなくオレなんかのために負った傷を」
「でもあんたは中佐達を助け出してくれた。噂で聞いたぜ。ゼロが仲間を奪還したってな」
「それでも天秤は釣り合わない、だろう」
卜部が口の端をつり上げて笑んだ。ルルーシュは卜部が嘲るような笑みを浮かべるくせがあるのを藤堂から聞いて知っていた。顔の筋肉が硬いのだろう。自在に動くそれをもってさえいれば愛想笑いなど容易い。だが卜部のそんな不器用さが逆に彼の実直さを示しているような気がした。藤堂と同じたぐいの性質だ。
「お前と藤堂は、似て、いるな…」
「似てねェよ。なんで同じになるんだか知りたいくらいだぜ」
妙にきっぱり言い捨てる仕草や表情を変えないあたりはよく似ていると思う。
 ルルーシュは黙って卜部の胸へ頬を寄せた。包帯と病人用の襟や袖のゆったりした寝巻とが微妙な摩擦を起こす。ツンと鼻をつく薬品のにおいはそれらが払い下げ品であることを想像させた。ルルーシュはそっと目蓋を閉じた。あふれた涙が白い頬を伝う。開いた紫水晶の煌めき宿す瞳を卜部は盗み見た。
「お前が無事で、本当に良かった…」
「あんたも生きてて良かったよ」
にやりと笑う卜部の様子にルルーシュは目を瞬かせた。ルルーシュがぎゅうと抱きつく。
「刹那でいい。お前を感じられるなら…誰よりも早くお前を、お前の生を感じたかった…!」
「何か殊勝っすね。あんたらしくねェな。もっと傲岸不遜に言ってのけりゃあ俺だって」
ルルーシュは噛みつくような激しい口付けで卜部の唇を奪った。むぅうと唸るのを喉を絞めて顎をこじ開けると舌をねじ込む。ばたつく長い手脚がルルーシュを押しのけようと必死だ。
「ばッ…! なに、すんだあんたァ!」
「生きている実感を感じたい。お前を抱きたいだけだ。ほら言いきったぞ、満足だろう」
言葉通り傲岸に言い切るルルーシュに卜部が天を仰いだ。
「…ひとつ訊きますけどね。中佐達にはこのことは」
「言っていないぞ。確証を得てから話した方がいいと思ったし…お前が生きていると聞いて飛び出してきた。身代わりを立ててな」
その時卜部の耳にラジオから響くゼロの機械音声が響いた。呆気にとられてルルーシュとラジオを見比べる卜部にルルーシュはフンと哂った。
 「お前のそう言う素直なところが好きだがな。判りやすいのも問題だろう、その歳ならば」
「…あんたに言われたかぁねぇぜ」
ルルーシュは平然と頷き返すと行為を再開した。
「待てって言ってんだろうが!」
「何が不満だ。ちゃんと避妊具も持っているし」
「…俺はぜってぇ孕まねェけどな。問題はそこじゃねぇだろうが。なにしようとしてんだよ」
「性交渉」
「答えりゃいいってもんでもねェぞ! 俺は怪我人」
「無理はさせない」
「十分無理だ」
噛みつく卜部にルルーシュは当然と言ったような顔をする。何が不満なのか判らないと言った顔で卜部を見る。零れ落ちそうな大きな紫苑の瞳が卜部を見据える。その瞳に見据えられると卜部の言葉は喉元で磨滅した。言いたいことや不服は有り余るほどあるのに口へ近づくに従って摩耗して最後には消えてしまうのだ。そう言う眼差しは藤堂のそれに似ていると思う。
 「何が不満なんだ。オレの見た目か? もっと見目麗しい方がいいというならば整形という手がないでもないが」
「違うだろうがよ。そこじゃねェよ。何でポイントがずれてんだよ。お前の見た目じゃなくて行為を言って」
そこで卜部の言葉が途切れた。びくんと体をすくませる。ルルーシュはふふんと満足げに笑んだ。
「なるほど素直だ」
「お前、どこ触って…ッ」
「言ってほしいなら言ってやる」
ルルーシュは傲然としている。言われたりされたりしてまずいのは卜部の方だ。長い脚をびくびくとふるわせて卜部は耐えた。ルルーシュはそれに挑むように過激な動きをしてみせる。
「言うな、くそガキッ」
「言ってくれるな。お前の胸で泣いた愛し子をはねつけるのか?」
「そう言う可愛らしさがねェンだよ…! っつぅ…!」
卜部の痩躯は魚のようにびくびく跳ねた。ルルーシュはすべてを知っているように指先をひらめかせるだけだ。
「く、ぅん…!」
噛みしめる唇へルルーシュは口付けた。そのまま寝台の上へ押し倒す。寝巻を手荒く脱がせるルルーシュを卜部が恨めしそうに見た。ふんとそれを笑い飛ばす。
「快感を与えているはずだ。お前の体はそう言っているよ」
「かっわいくねぇな…!」
「可愛い餓鬼など範疇にないだろう。オレはお前を追って背伸びしているのに」
卜部は噛みつくようにルルーシュの唇を奪った。ルルーシュもまたそれに応えて口腔をむさぼり、指先を繰る。二人の震えが辺りに満ちた。卜部が喉を震わせて笑った。


《了》

アレ…! なんか楽しいけど…!
卜部さん受けいけるよ、かなりイケる…!(私が楽しいだけ)
すいません、ルル卜が楽しいです(ぶっちゃけた)
とりあえず誤字脱字さえなければなんでもいいです(待て)
この部屋、さッむい…!(内容にもガタガタブルブル)              03/02/2009UP

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