君の存在が


   誰よりも大事

 耳のあたりで何かが殷々と響いていた。頭が妙に重くぐらぐらと安定しない。団体の統率者であるゼロの機械音声が途切れる。目蓋が重い。藤堂はむやみに資料を繰った。ゼロは目鼻のない仮面の所為かどこを向いているのか確認の仕様がない。ずるっと体の神経だけを引き抜かれるような違和感と浮遊感に、藤堂はようやく自分の体の方がおかしいのだと認識した。途端に視界がぐるんと回転する。遠心力を帯びたようなそれに机にすがりつきたくなる。幹部の扇が心配そうに窺っているのが判った。彼はよく気のつく性質でそれ故に人望もある。扇の唇が動くのは判ったが音声は認識できなかった。苦心して笑みを浮かべて心配ないと言いかけたところで均衡を崩した。あたりが無音になり、おかしいと思うとダンダンと頬骨から衝撃が響く。それは床を蹴る足音で、自身が床の上に倒れているのだということを他人事のように感じた。扇が人を呼ぶ声や体を抱えようとする動きが不意に遠ざかった。藤堂は完全に意識を失った。


 ぴくんと震えを起こしたそれが指先だと判ると途端に四肢の感覚が戻る。そっと目蓋を開けば見慣れた顔がのぞきこんでいた。二つともが同じように安堵のため息を漏らす。顔の造作が似ている所為か二人は姉弟のように見える。手を握りしめる感覚に目をやれば朝比奈が藤堂の手を握っていた。
「中佐…」
「よかったぁ」
「…二人とも、どうした」
千葉と朝比奈が諍いもなく並んでいるのは珍しい。千葉がぎろりと朝比奈を牽制するように睨んでから藤堂を心配そうに見た。朝比奈もそれを受けて立つように睨み返してからぎゅうと手を握りしめてくる。
「中佐は会議中に倒れたのです。連絡があって」
「たお、れた?」
そういえば後頭部がごつごつと硬い。首をめぐらせればあてがわれた私室ではなくどうも救護室のようだ。ガバリと二人を跳ね除けて起きると千葉と朝比奈が慌てて寝かそうとする。ツンとくるのは薬品の匂いで辺りは白い。服の襟が緩められている。枕にしていたのを探れば氷枕だ。慌てて辺りを見回す藤堂に朝比奈が言った。
「でも良かった、目が覚めて…」
 気づいた千葉が途端に噛みついた。
「な、なんだお前は手など握って!」
「千葉さんには関係ないでしょ。ねぇ、藤堂さぁん」
「だいたいお前がいる必要などないッ」
「千葉さんだってそうじゃない! オレは藤堂さんがすっごい心配だったんだから! 夜も寝てないよ!」
 「うるせぇよ」
二人の諍いを聞きつけたのか扉を開けたのは卜部だった。びっくりしたように起きている藤堂を見る。
「卜部?」
「…今ちょうど、見舞いがいるンすけどね」
「見舞い?」
藤堂が時計を探す。如何も夜半だと思っていたのだが正確な時刻が判らない。卜部を押しのけるようにして入ってきたのは古株の玉城だ。林檎を抱えた扇を連れている。
「なに林檎って」
憮然とする朝比奈に玉城は見舞だよ見舞い、と言ってのけた。
 「代表だぜ! 大勢で押しかけたら悪いと思ってよ」
「ごめん、でも目を覚ましたようでよかったよ」
扇は人の好い顔で安堵したように笑う。藤堂はわずかな齟齬に気づく。確かに倒れられるのは大事だろうが見舞いをもらうほどではない。
「気を使わせてしまって…」
「いやー奇跡の藤堂も倒れんだなぁ。疲れてたんじゃねーの、一日中寝てたし」
「そんなに?!」
玉城の言葉に藤堂が仰天した。慌てて探しだした時計を確かめるように見れば、会議中からさほど経っていないというのは一人合点で丸一日を経過していたらしい。
「言うな、貴様!」
千葉が慌てて叱責するが遅い。後ろで卜部が肩をすくめてため息をついていた。朝比奈は何でもないように枕辺にいる。扇が慌てたようにフォローした。
「たまにはいい休暇だよ、ゼロもゆっくり休ませておけって言っていたし、会議の方は仙波さんが代理で出てくれて…回復したら、彼から話を聞くといいよ。急ぎの用事はないから安心してくれていいから」
頭を抱える藤堂を玉城がツンツンと珍しいもののようにつつく。それを千葉が射殺しそうな視線で睨む。
 卜部が扇の肩をたたけば、扇はサイドテーブルに籠ごと林檎を置いて玉城を引っ張る。
「病み上がりなんだから無理をさせるもんじゃない。すまない、でも回復したのが見れて良かったよ、お大事に」
「…わざわざすまなかった」
何か言おうとする玉城の口を扇が塞いで構わないと言って部屋を出た。卜部が皿と果物ナイフを持って朝比奈を押しのけた。包みを解いて林檎を出す。
「食べます? 何も口にしてないでしょう。重湯も一応ありますけど」
「お前が作ったのか?」
驚いたように卜部を見る藤堂に卜部は当たり前のように頷いた。
「二人ともひっついてたまんまだし、目が覚めた時に何か食えるもんがあった方がいいと思ったんで台所借りたンすよ。林檎、すります?」
「いや…じゃあ、林檎をもらう…」
「あぁーオレもー。オレもおなか減ったー」
「なんで俺がテメェに林檎剥いてやるんだよ」
器用に皮を剥きながら卜部が毒づいた。ぐぅーと響いた腹の音に目を向ければ千葉が顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。卜部は表情も変えずに切り分けたのを朝比奈と千葉に放る。二人はおとなしく林檎をかじった。
 こつこつとノックされて千葉が扉を開けた。花束を抱えたディートハルトと小柄なゼロの取り合わせにその場の全員が絶句した。組み合わせも異様だがゼロの出現に全員が戸惑った。
「目を覚まされたようで本当に良かった、目が覚めていなければ古来の伝統にのっとって口付けで目を覚まさせて差し上げようと」
「帰れお前」
のたまうディートハルトの口上に朝比奈がこめかみを痙攣させた。ディートハルトの方は意に介さぬように寝台に歩み寄ると藤堂に花束を手渡す。場を譲ってしまった千葉が思い切り不満げだ。
「…すまない」
「今からでも口付けを」
くんと顎を持ち上げるディートハルトに卜部がナイフを逆手に握りなおす。朝比奈は今にも飛びかかりそうだ。それを済んでのところで抑えたのはほかでもないゼロだ。
 「まずは回復を言祝ぐ。そして空手の見舞いを詫びよう」
「…心遣い、ありがたく頂戴する」
「お前のことだからどうせ見舞いもたくさんもらうと思ってな。目が覚めてよかった。医療スタッフの話では風邪と過労だと言っていたが、無理はするなよ。お前は如何もこらえる傾向がある」
「気をつける」
ゼロの細い指先が乾いた唇をなぞる。かじりかけの林檎をツンと揶揄するようにつついた。
「養生することだ。お前は我々には必要だ」
傲然と立ち去るゼロが名残惜しげなディートハルトも引っ張っていく。二人がいなくなるや否や千葉と朝比奈が戸口に張り付いた。藤堂は困ったように脇を見れば卜部が二つ目の林檎を切り分けていた。皿の上には器用に細工されたウサギ林檎が鎮座している。
「…器用だな」
「普通っす」
切り分けられたのを平らげてからウサギ林檎をつつくと卜部にどうぞと促された。調子を崩していた当初から食が細っていた反動か妙に腹が減る。回復の兆しかもしれない。
 戸口では朝比奈と千葉が仰々しく騒いでいる。塩を撒けとか何とか叫んでいる。塩など撒いたら掃除するものが大変ではないだろうかなどと藤堂はぼんやり思った。卜部は辺りを片づけている。何事も手際よくこなす男だ。それでいて変に目立つこともなく、あくまでそれが自然な動作であるように振る舞う。落ちていた濡れタオルを拾うと、水を張った洗面器に放り込む。そのあとでぺたりと藤堂の額に手を這わせた。びくんと体を跳ね上げる藤堂に動じることもなくふゥンなどと言っている。
「熱は下がったみたいっすね。これ、片付けるついでに着替えもってきますから。汗もかき切ったみたいで良かったっすよ」
言われてみれば少し衣服が居心地悪い。着の身着のままで運ばれて眠っていたらしい。
「すまない、手をかける…私などの、為に」
卜部は何か言いたげに片眉だけ上げたがすぐに口の端をつり上げた。
「中佐にはそうするだけの価値、ありますからね」
卜部は塩を撒いている千葉や朝比奈を見やってから洗面器を抱えて部屋を出た。朝比奈が身軽く戻ってくると藤堂の手元のウサギ林檎に気づいた。
「あぁウサギ?!」
「卜部が作ってくれたが」
「意外…」
朝比奈の目が用心深げに戸口を睨む。食べるかと問えば朝比奈が頷いて口にした。
「オレも練習しようかなーウサギ…」
「卜部に教わればいいだろう」
「うぅー…」
なんだか踏ん切りのつかない朝比奈を不思議そうに藤堂は見てからウサギ林檎を口にした。
 「藤堂さん、オレが倒れたら藤堂さんがウサギ作ってくれます?」
「私か?」
朝比奈の大きな目がきらきらと藤堂を凝視する。暗緑色のそれは一見すると黒色のような深みを持っている。藤堂は穏やかに微笑すると頷いた。
「私でよければな。…期待するな、多分下手だが」
朝比奈の顔がぱっと華やいでぶんぶんと頷いた。それからぽぉっとしたようにウサギ林檎を見ている。藤堂は首をかしげながら妙に静かな戸口を窺った。どうも千葉は卜部についていくか番をしているかしているらしい。何にせよ皆が過保護であるのは否めないなと藤堂は見当はずれなことを、そうとは気づかず思った。口にした林檎の歯ごたえが新鮮だった。


《了》

具合悪いネタはもう何度目だか判らないです、ごめんなさい(滝汗)
ちょっと具合悪くするとすぐにこういうネタにはしります(ヘコヘコ)
それにつけても重いこの画面…ネタを上げるなという神の思し召しか…
とりあえず誤字脱字がありませんように…(そこなんだ)      02/24/2009UP

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