手がかかって面倒だし、でも


   素直じゃないよね

 連絡を取ってから十分な間をおいてルルーシュは待ち合わせた場所へ向かった。いつもならば特に拘束のないマオが先に来て文句を垂れる。辺りを見回したがそれらしい人影もなく、ルルーシュは息をついて手荷物をおろした。文句を言われない分にはいい気分かとも思ったが、平素との違いにすでに居心地が悪い。暇つぶしのための文庫本を開いても同じ行を繰り返し読む。人気のない場所を選んで会う所為か通行人が不意に紛れこむこともなく気を紛らせるような施設もない。文庫本を閉じると帳面を広げて与えられた課題に集中する。
「…くそ」
顔を上げてもマオの気配すらない。マオの不在が気にかかってつまらないミスを繰り返し、設問の意味を読み取れなくなる。こんなふうに物事が手につかなくなるのはナナリーが寝込んだ時以来だ。あの時はちゃんと面倒を見てくれる人がいてルルーシュはただ大慌てで心配するだけでよかった。
 ざり、と地面で引きずるような音がしてはじかれたように顔を向ければマオがいた。
「…どうした、一体」
マオは薄い蒼色の髪と白い皮膚の持ち主だ。その白い陶器のような頬が奇妙に息づいている。赤黒く腫れているのだ。口の端も切れたように出血の名残がある。ひょろりと長い脚を引きずるようにして歩いてくる。深いスリットの入った服も汚れや乱れが目立つ。常々つけているヘッドフォンとヴァイオレットのゴーグルがない。ギアスの能力を制御できないマオはその瞳が常に紅く揺らめいている。
「ルル」
マオの声がかすれている。
「何かあったのか?」
「…くだらないからくだらないって言っただけなのに。…あんなに、一斉に飛びかかってくるなんてずるいや」
ルルーシュは嘆息するとマオを誘って手荷物の近くへ座らせた。呑みさしの飲料のボトルを差し出して口をすすぐように言いつけておいてから学校の救護室へ向かった。ルルーシュの自由になるのは登校している時間帯くらいだ。帰宅してしまえば上流階級である以上、おいそれと出歩けない。その所為でマオとの逢瀬は放課後や昼休みに集中したがそれが今は功を奏した。
 救護室へ駆けながらマオのことを想う。マオのギアスは心中で思ったことを読み取れる能力だ。半径でその効果範囲が分かれるが、その情報は選りすぐったものではなく各々が勝手に思ったことが無制御にマオの耳に届く。マオがその声を選りすぐるのは手間がかかるらしく、普段はヘッドフォンで音を遮断している。マオは加減が利かない面があり、思ったことをそのまま口に出すし相手の神経を逆撫でするのを承知の言動を繰り返す。その所為か諍いが暴力沙汰に発展することも少なくない。心中を悟られて揶揄たっぷりに言われれば温厚なものでもいらつく。改めろとルルーシュが諭すがマオは直す気がないらしく一向に態度を変えない。マオは身軽だし武器の扱いも多少は知っているうえに心中が読めるのだから痛手を被ることはあまりないと思っていたし、今まではそうだったのだが今回は勝手が違ったらしい。一斉に、ということは複数が相手だったのだろう。作戦が読めても絶え間ない波状攻撃は避けようのない場合が多数ある。
 ルルーシュは怪我人を拾ったとだけ言って必要な事項を記入すると救急箱や氷を借り受けた。この学校でルルーシュはそれなりに上位に属し、ある程度の融通が利く。怪訝そうに声をかける知人をやり過ごしてマオのもとへ向かう。マオは膝を抱えて丸くなっていた。力の抜けた肩と細い首が妙な角度で苦しそうだがマオの方にその意識はないらしい。地面に腫れた頬をつけているのは土が冷たいからだろう。動物の本能行動に似ているなと思いながら足音を立てて歩み寄った。
「起きろ、手当てしてやるから」
ちらりと盗み見たボトルは減っていて口をゆすぐなり飲料を呑むなりしたことが窺えた。のろのろ起きるのを固定させて頬を拭ってやる。
 「口をゆすいだか」
「名前呼んでよ」
頷きながらマオが震える声を出した。四肢の動きが鈍い。狡猾な性質の人間はいるもので喧嘩の際には衣服で隠れる胴体部分を狙うのがセオリーだ。多めにもらってきた湿布を引っ張り出しながらマオに服を脱ぐように言う。
「脱げ。脱がされたいのか」
マオがしぶしぶ留め具を外していく。見た目どおりに痩せた白い皮膚の所々に内出血が見られる。それでも大事には至ってないらしくルルーシュはてきぱきと応急手当てを施した。ルルーシュは幼いときにエリア11と名を変えた日本にいた頃がある。ルルーシュの背景にいたブリタニア帝国は決して日本人には友好的に受け入れてもらえず、何度か日本人の子供と殴り合った経験がある。もちろん手当は自分でした。不信にあえいでいたあのころはスザクの手すら振り払って孤立を厭わなかった。
 「マオ、手を煩わせるな、子供かお前は」
痣の上へぺたりと湿布を貼ってやりながら言うとマオはフンと鼻を鳴らした。
「ボクは自分の体くらい守れるよ」
「俺もそう思ってるよ。だったら逃げるくらいして見せろ」
「囲まれたんだよ。おまけに裾は引っ張られるし首は絞まるし、必死だったんだから。ルルと一緒にしないでよ」
「それだけの背丈がある癖に貧弱だな。スピードくらいつけたらどうだ」
「ルルに言われたくないや。肉体労働は全部あのスザクってやつに任せていたくせに」
「ふん、言ってくれる」
ルルーシュはドンとマオの体を突き飛ばした。痛手をこうむっていたマオは支え切れずに地面に肘をつく。その上へルルーシュは緩やかにのしかかった。
 「今、俺の体力がどの程度かお前の体で試してやろうか」
「想ってもないくせにさぁ。うそつき。ボクのことすっごい心配してるじゃん。今、痣が多いなとか思ったでしょ」
ルルーシュは無言でマオを睨んだ。マオの読心は標的を定めずとも声が耳に届く。思った時点でそれはマオに知られていると言っても過言ではない。
「えへへ、心配されるっていいね。何かルルがボクのものみたい」
邪気なく言われてルルーシュは黙るしかなくなる。嘆息して脱力するとマオの頬へべちんと湿布を貼りつけた。袋へ入れた砕氷をそこへ押し付ける。
「痛い、痛いよルル!」
マオが悲鳴を上げて逃げようとするのを押さえつけて氷を持たせる。
「冷やしてろ。腫れが引くから。口の中を切ったなら舌でいじるなよ、治りが遅くなるだけだ」
ルルーシュは機械的に擦過傷を消毒して絆創膏をはりつける動作を繰り返した。幸いにも縫うような深手は負っていないようだ。あとは頭部への打撃が気がかりだがこればかりはルルーシュにはどうしようもない。そっと探ってみたが瘤もない。マオの頭部を探っていたルルーシュの不意をついてマオが口付けた。切れた唇には血がにじんでいて鉄の味がした。マオの唇が奇妙に紅いのは出血の影響もあったらしい。
 「くふふ、びっくりした? ルル、頭の中が真っ白になったでしょ。めっずらしぃー」
「…可愛くないな…」
憮然と睨むルルーシュにもマオは一向にこたえない。にやにやと笑って意味ありげにルルーシュの唇をつつく。氷をもっていた指先が冷えて冷たい。
「お前は言動に気をつけろ。判ってやっているなら打ちのめされたような顔をするんじゃない、それはただのわがままだ」
「冷たい」
「当然のことを言っている。結果まで責任を持てと言っているだけだろう。人の頭の中が覗けるなら最大限利用しろ。でなければただの宝の持ち腐れだ」
マオは不満げに頬を膨らませたが痛みが走ったのかすぐに表情を戻した。はらはらと額に散る前髪を跳ね上げるような動作で払いながらマオは紅い唇を尖らせた。念を押すルルーシュにマオはそっぽを向く。
「聞いているのか」
「聞いてるよ。ルルは何か口煩いよ。だってさ、くだらないことはくだらないじゃんか。馬鹿みたいだよ」
膝を抱えて丸まってしまうのは幼い子の自己防衛の行動だ。ルルーシュはため息を吐く。マオは常々こうだ。体だけが育ってしまったようで性格の方は幼いままだ。堪えも利かないし言いたい放題言う。それでいて相手に受け入れられると無条件で信じているのはまさしく抑制のない幼子だ。要するに自制がきかない。
 「馬鹿が」
こつんと頭を叩くとマオがそっと目をあげた。
「心配だから言っているんだよ。お前がそういう性質なのは知ってる」
「ルル!」
マオがガバリと抱きついた。勢いに負けてルルーシュは背中から倒れこんだ。猫のように頬をこすりつけてくる動作は幼いが奇妙に不自然さはなかった。髪をくしゃくしゃかき混ぜるように頭を撫でてやる。
「怪我は痛くないのか。頭を打っていると面倒だから医者にかかれ。そこで手当てもしてもらえばいい」
「うん」
「離れろ」
「やだ。もうすこし、だけ」
伏せるマオの肩がかすかに震えていた。ルルーシュは年齢のわりに軽い重みを感じながら薄い背を撫でてやった。


《了》

久しぶりだけどずいぶんあっさりしたルルマオになったな…(いつもか)
久しぶりなカプなのでちょっと筆休め的な位置合いにあります(笑)
マオ好きッす。自分に正直なところとか馬鹿ッぽい(失礼)なところとか。
マオの性格なら殴り合いは普通になっているとか超妄想ですvv
誤字脱字ないといいなぁ(最低ライン)      02/17/2009UP

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