君とともに凍てつくそこを


   冬空の些事

 夜半ともなれば冷え込みは厳しさを増す。吐息が白く煙るのを楽しむ子供のように卜部は思い出したように息を吐く。前もって遅れる旨をわざわざ言伝てくれた男を卜部は待っていた。時間に律儀な性質の彼が寒空で待つことのないように卜部は早めに家を出た。冬の寒さはこたえるが夜空が澄み渡っていて嫌いではない。寒さが厳しいほどにぱきんと固まり一枚絵に見える夜空に瞬く星は生きているような人造物のような珍しいものに見えた。つつけば落ちてきそうな星は聖夜に樹に飾り付ける装飾品のようだ。とくに宗教心が篤いわけではないが、年末年始の催事を見ればそれなりに浮ついた気分にもなる。だからといって何をするわけでもないあたりは標準的な日本人気質を示している。
 「…寒い」
両手を外套のポケットに突っ込み襟巻に顔を半分うずめて寒空の下で男を待っている理由を、自分で演出したのだから文句を言う筋合いではないことは判っているが、こうも寒いと愚痴のひとつも言いたくなる。思いついて卜部は想いを寄せる藤堂へ連絡をとった。連絡が取れなかったり先約があるなら退くつもりだった。藤堂の交友関係は縦にも横にも広く、自宅でぼんやり時を過ごしているとは思えなかった。だから卜部はおみくじを引くような気軽い気持ちで連絡をとった。駄目で元々、藤堂の声が聞きたかっただけだ。だが藤堂は予想に反して卜部の連絡を受諾してしまった。そうなれば連絡をとった理由が必要となり、卜部は一か八かで会いたいと言ってみた。答えは応だった。唖然としてしまった卜部に藤堂は自身の予定を明かして都合のつく日はいつだと訊いてきた。卜部に予定などあってないも同然で、はぁいつでも良いですなどと間抜けな返事をしていた。藤堂は普段通りに少し考えてから日時を提案して改めて問うた。卜部はそれに同意して了解した旨を告げた。
 ざり、と砂を踏む音がして振り向くと同じように外套に身を包み襟巻をした藤堂がいた。藤堂は微苦笑を浮かべて懐中時計の蓋を開けた。しんと静まった夜半は人気もなく時計が時を刻む音が聞こえそうなほどだ。
「時間どおりだと思ったが。早いな。寒かっただろう」
「…いや、大丈夫っす。たいして早く来たわけでもないんで」
自身のうちの何かを誤魔化すようにへらりと笑うと藤堂が口元を引き締めた。パチンと蓋を閉じて懐中時計を隠しへしまう。ずいと近づく藤堂に卜部がわずかに体を反らす。藤堂も長身なのだが背丈は卜部の方が上だ。見上げてくる藤堂は無垢な子供のように卜部を見た。
 藤堂にとって卜部と吐息が触れるほどに近づくことに意味はない。朝比奈はそれこそ口付けるほど藤堂に接近し、それが日常化している藤堂にとって近づくことは通常の事態でもある。顔を反らした卜部の喉元へ冷たい夜気が流れ込んでひやりとする。間近に見える灰蒼に堕ちていってしまいそうになる。さらりと藤堂の指先が卜部の頬に触れた。絹ようにすべらかなその感触に卜部の緊張も緩む。触れたそこから融けていきそうなさらさらした感触は心地よい。
「すぐばれるような嘘はつくな。…こんなに冷たい頬をして」
卜部はふっと笑うと藤堂の方へ体を傾けた。そのまま唇が重なる。藤堂は拒絶もせずにそれを受けた。襟巻にうずもれていた唇はまだ潤みと柔らかさを保っていてぬるかった。融けあい行き交う体温の交錯は心地よく二人を酔わせて二人はそれぞれ好き勝手に唇を吸った。藤堂の夜気に冷やされた指先が卜部の頬に添えられる。ふわりと包むようなそれはほんのり温もっていて卜部はこらえきれずに笑った。藤堂が何か言いたげに眉を寄せる。
「あったかいっすね。走ってきたンすか」
「わ、私は」
藤堂が頬を赤らめる。子供のように火照った紅さを持ち、吐息が熱を帯びている。卜部の冷たい指先が藤堂の頬に触れる。ひやりと突き刺さるようなそれに藤堂はびくりと体をすくませる。卜部の凍てついた指先は藤堂の体温でとろとろと融けていく。
 「すぐにばれる嘘はまずいんじゃないすか?」
卜部の言葉に藤堂が大きく温んだ息を吐いた。白く煙るそれはすぐに冬の夜闇へ凍り消える。藤堂の指先が卜部の唇を退ける。卜部は笑ってあっさり退いた。藤堂は不満げに唸ってから襟巻に顔をうずめてもごもごと呟いた。
「う、嘘は言っていない。私は走ってきていないとも言っていないし」
体を折って笑う卜部に藤堂が耳まで紅く染めた。がんと殴られたような衝撃に目を瞬かせて卜部に噛みつく。必死で懸命な藤堂の様子は微笑ましい。
「冗談す。真に受けなくっても」
藤堂は頭はいいはずなのにこういった揶揄にはひどく弱い。藤堂自身が堅実で人をからかうということを知らない。だからかまかけや揶揄にはいとも簡単に引っ掛かった。それでいて命をかける戦場においては抜群の機転と判断力を持つのだから人間というものは不思議だ。
 喉を震わせて笑う卜部にむぅと膨れた藤堂がごそごそとポケットを探って、ずいと差し出す。熱いココアの缶に卜部が目を瞬かせる。わずかにうつむくと襟巻で口元が隠れた。吐き出される吐息の白さで藤堂が喋っているのが判る。卜部は差し出された勢いのままつられて缶を受け取る。熱すぎもせず温くなってもいない。
「…ココアか…」
コーヒーではないあたり藤堂が卜部を幼く見積もっているのが窺えて卜部は背中を丸めて笑いをこらえた。藤堂の方は不思議そうに小首をかしげている。口元を震わせて向き直る卜部を藤堂は仔犬のように待っていた。
「一緒に飲みます?」
「私は自分の分も買ってあるが」
同じココアの缶だ。思わず噴き出して笑う卜部に藤堂が焦ったように食ってかかる。
「な、なんだ、何がおかしいんだ?! 私は何か変な事を? それともお前はココアは好かないのか」
「すいません、俺って門下生と同じ立ち位置なンすか?」
言われて藤堂も思い至ったらしく、子供っぽい選択に顔を赤らめた。藤堂は年少の少年たちと付き合いがあり、その慣れた気分のまま選択してしまったらしい。普段は完璧なほどに整う藤堂のわずかな綻びに卜部は笑んだ。
 「どうもっす」
藤堂は恥ずかしげにポケットへ両手を突っ込んだ。卜部ももらった缶をポケットへしまい、暖を取る。ほんのり温んだそれからふぅわりと藤堂の香りがする。思わず体温をあげかけるのを必死に自制した。卜部の細く長い指が触れられそうな夜気を撫でる。
「土手でも行きます? この寒さと時間なんで人はいないと思いますけど」
「人気のないところか? ふッ…それもいいかもしれないな」
卜部は何か言いたげに口の端を揺らめかせたが何も言わなかった。藤堂が試すようにちろりと卜部を見上げた。
「飲まれるのは私かな?」
卜部の方が今度はぐぅと黙った。悪戯が成功した子供のように藤堂は肩を震わせて笑った。それで卜部は揶揄されたことに気づいた。図らずもとった不覚に卜部が渋い顔をする。藤堂はクックッと笑いながら歩きだす。外套の裾も乱さないしっかりとした歩みだ。ぴんと伸びた背筋で長身が映える。襟巻がはらはら揺れた。藤堂の体に馴染んだそれが使い込まれた品であることに気づく。
「新しくしないンすか」
「使い慣れた心地がある。真新しいものは慣れるまで皮膚がな…具合が違うだろう」
卜部の唐突な問いにも藤堂は正確に応えた。涼しげな口元がふぅっと笑う。夜気にさらされた頬や耳が紅い。肩をすくめて見せる仕草は藤堂の若さを示す。
 「これでも結構保守的な性質でな。手に入れてから時がたたないと新しいものを使えない」
巧妙にぼかされた焦点に卜部は気付かないふりをした。
「でも新しいものが手に入れば、使う」
「両方使うだろうな。優柔不断というか…捨てきれないし、手に入れたものを無下にはできない」
「へぇ」
隠喩も藤堂は正確にとらえて卜部に返事をした。卜部に出来るのはそれが何でもない会話であるように装うだけだ。藤堂の灰蒼の瞳が凍てつく空気のなか清廉に卜部を映す。卜部はその目を一瞬だけ閉じてすべてを遮断した。近づいた気配はなかった。ふわりとふれるそれのぬるさと流れる夜気の流れに目蓋を開けば目の前に藤堂の顔があった。いちいち目を閉じているあたりが消えない初々しさだ。卜部はその体を抱き寄せた。藤堂の手がそっと、けれど力強く卜部の肩に爪を立てる。厚手の外套はその衝撃をさえぎりかすかな違和感をその肩に伝えた。
 「すまな、い」
藤堂の謝罪に卜部は抱擁で応えた。襟巻に包まれた藤堂の首はほわりと温んでいて一帯が温かい。藤堂は不意に唇を振り切ると卜部の耳朶に噛みついた。びりりと針を刺したように走る痛みに卜部が眉を寄せて目を眇めれば、藤堂が面白そうに口元だけで笑んだ。確かに皮膚を裂いていながら寒さで収縮した血管の反応は鈍く出血も起こらない。
「俺、耳に穴を開ける気はないンすけど」
「私の跡を残しておこうと思った。痛むたびに私を思い出してくれればいい」
「そりゃあ、どうも。俺もそこまで出世したんすね」
飄然と言い切る卜部に藤堂は痛むような楽しいような笑みを浮かべた。灰蒼の瞳が冷気に潤む。
 「お前が好きだと、言っている」
「俺も好きですよ」
卜部は吸血鬼のように素早く襟巻をどけて首筋へ噛みついた。びくびくと体を震わせる藤堂の姿はどこか淫靡で凍てついた夜にはふさわしく清冽だった。うっとりと藤堂は夜空を見上げる。星星の瞬くありふれた夜空と冷たさに藤堂は白い息を吐いた。


《了》

いつの話ですか(そこから?!) こういう捏造は大好きッス!(待て)
最近寒いから(関係ない)。季節ものはあまり書かないのに…
日本語って大好き! こういう隠されたやり取りが(表現はできてないけど)好き(うわぁ)
とりあえず誤字脱字がないのを祈る本気で。だって恥かしいから(ホントだよ)
冬の夜って好きだなーvv      01/05/2009UP

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