ずっとずっと、こらえてた


   君に言いたかったこと

 藤堂はもう何度目か判らないため息をついた。食事も遅々として進まず、フォークが惣菜をハチの巣にしていた。朝比奈が怪訝そうに藤堂の顔を覗きこんでくる。ぱっちりと大きな暗緑色の瞳がユーモラスな丸眼鏡の奥から藤堂を見つめてくる。
「藤堂さん、食欲ないんですか? 大丈夫ですか?」
「…いや、大丈夫だ」
藤堂は慌てて頭をふると食事と向き合うが食べる気が起きない。藤堂は見切りをつけると給仕に謝罪してから食事を廃棄した。後を追おうとする朝比奈を手で制して食堂を出る。人を邪険に扱うことのない藤堂の滅多にない様子に朝比奈は引き下がった。藤堂は安堵の息をついて通路を自室へと歩いた。
 朝比奈を邪魔に思ったことはないが今現在の藤堂ではいつ失態を演じるとも知れず、そんな姿をさらすわけにはいかなかった。威厳だとか自尊心だとかいうものの所為ではなく、たんに面倒をかけたくなかった。何より藤堂のいるのが自分の居場所だと声高らかに謳う朝比奈にとっては、藤堂のこの感情は歓迎されるものではなかった。藤堂自身、こういった感情をどうすればよいのか判らず始末をつけられずに悶々としている。藤堂だって成人男性としてこの感情の行きつく場所や方法を知らないわけではない。けれどそれを朝比奈のように自信たっぷりに明言できるかと問われれば怪しいものがある。
「…卜部、巧雪」
その名を紡いでみる。内部がざわざわとうごめいたような気がした。だがそれをどう扱うかというのはまた別の問題だ。自分の都合のよいように解釈するような図々しさも隠し通すだけの器用さも藤堂は欠けていると自覚している。
 「中佐?」
頭の上から響いた低音に藤堂がはっと顔をあげた。思い悩むあまりに心持ちうつむいていたらしく視界が一瞬、くらりと眩んだ。縹色の短髪で藤堂と同じように額をあらわにしている。飄々とした性質のように痩躯だが、その背丈は藤堂の上をゆくほど高い。藤堂はめったにしない上目づかいを卜部が相手のときは絶え間なくする。
「…どうかしました? さっきから声かけたりしてたんすけど…気付かなかったンすか?」
「す、すまない、少し考え事を。卜部はこれから食事、か」
「えぇ、まぁ。ちょっと時間かかったんすけど調整も終わったし…ホントに大丈夫っすか? 朝比奈がしばらく食が細いって心配してましたけど」
卜部は心底気遣うふうに藤堂を見下ろしてくる。茶褐色の瞳は水晶のように曇りなく煌めいて藤堂を魅了した。藤堂は慌てて目を伏せたが、それをどう思ったのか卜部が眉をひそめた。藤堂は憂慮の礼を言ってから足早に退散した。珍しく上の空の上官を卜部は何も言わずに見送った。


 藤堂は足を止めると上下する肩を揺れるままにして必死に呼吸を整えた。卜部の心遣いはいつもさりげなく控えめだ。相手に無理強いすることはないし、いい加減それが目につくようになってから何でもない些事のようにそれを問える男だ。藤堂は壁に背を預けると大きく息をした。息を吐くと同時に膝が抜けてずるずると座り込む。うぶな生娘じゃあるまいし、会話した程度でこの動揺ではこれからを思うと気が滅入った。少なくとも藤堂が望んでいるのは会話以上のことなのだ。それも真っ当な男なら到底受け入れ得ないことを卜部に望んでいるのだからどうしようもない。藤堂は膝を丸めて頭を抱えるとその場で沈みこんだ。
「浅ましい…」
藤堂は自らを叱責しながら熱い息をついた。
「――抱かれたい、などと、言えるものか」
それでも藤堂の内部でくすぶる想いは体を灼いて準備を整えていってしまう。藤堂は自室に引き取ると寝台へ体を横たえて必死に意識を拡散させて焦点をぼかそうと苦心した。


 呼び出し音が何度か絶え間なく響いている。覚醒して、藤堂は初めて睡眠していたことに気づいた。寝台に横たわって意識の拡散に苦心していたところまでは覚えている。時計を探せばそれなりに時が経っていて、ほとんどのものが就寝している時間帯だ。朝比奈の訪いだと思って気軽く解錠のコードを打ち込んでから藤堂は映像に映った訪問者に戦慄した。息を呑んで後ずさる藤堂の様子に、長身をかがめて出入り口をくぐった卜部が目を瞬いた。
「もう寝てると思ったんすけど…って、なんか。俺なんかしました?」
 藤堂は弱々しく頭をふるので精一杯だった。じりじりと後退りながら体中の細胞が歓喜した。故国のためを思って身をゆだねた男の仕打ちが覚えこませた対処術は、その効果をいかんなく発揮した。肩を抱いてうずくまってしまう藤堂の様子に卜部が慌てて駆け寄る。藤堂の呼吸が浅く速い。卜部の骨ばった手が藤堂の肩を抱いた。
「大丈夫すか?」
「――…うら、べ」
トロンと潤んだ灰蒼の双眸が卜部を見つめる。藤堂は嫌がるように頭をふりながら卜部の手に重みを預けてくる。
「…熱でも…? とにかく、ちょっと待っててください」
卜部はするりと離れると洗面台へ向かった。その背中を目で追いながら藤堂は薄皮一枚でせき止めている熱のありようを思い知った。だましだまし過ごしてきたせいか、ついに体は限度を超えていた。
 「中佐、少しは気分がよくなると」
濡らしたハンカチを差し出す卜部は心底上官を心配している。ひたりと額に張り付く冷たさに背筋を震わせながら藤堂は泣きだしそうに潤んだ瞳で卜部を見た。乾いた唇が弱々しく言葉を紡ぐ。庇護欲をそそるような醜態を見せるのは藤堂には珍しかった。
 「卜部、すまない」
藤堂は唐突にそう謝罪してから卜部の手首を掴んで引いた。ぱたりと濡れたハンカチが床に落ちる音がした。痩躯にふさわしく骨のある感触を手の平に感じる。引かれた卜部は心構えも用意もなく藤堂のされるままに唇を重ねた。藤堂は罵声や殴打も覚悟で卜部を床の上へ押し倒した。襟を緩めて首筋へ吸いつく。同時に自身の襟を緩めて胸をはだけさせていく。尖った喉仏へ舌を這わせ、鎖骨の際へ紅い鬱血点を残す。卜部は何も言わずされるままで、藤堂は恐る恐る目線を上げた。眉をひそめて何か言いたげに口元を歪ませている卜部の表情とかちあって、藤堂はそれを黙殺した。
「…中佐。オレ、今、結構、打ってやりたいの我慢してるんですけど」
藤堂は泣きだしそうな顔をしてから微苦笑を浮かべた。すべてを諦めたようなそれはすべてを超越したように無垢で無心な美しさ。卜部が言葉を失っている間に藤堂は言い訳を述べた。
「――すまな、い。今だけ。今だけお前の体を私に貸してくれないか。もう私は、どうにかなりそうで」
 どんな叱責や罵声や殴打も覚悟の上で藤堂は言った。浅ましいと汚らわしいと厭われても構わないとさえ思った。後先を考えることができないほどに藤堂の思考は追い詰められて混乱をきたしていた。何の反応もない卜部の様子に藤堂が怯えながら目線を向ければ、卜部がその大きな手で顔を覆って天を仰いでいた。
「う、卜部?」
「――いや、すんません。…こんな展開になるとは…俺も不覚だなって…」
卜部は何事かぶつぶつ呟いてから押し倒された体を起こした。それから藤堂を優しく抱擁した。藤堂は驚いたように身じろいだ。抱擁や優しさの後の殴打や罵声は効果が高く、それらの過去は藤堂を苛んだ。藤堂は過去に故国日本を取り戻すためならと体を許した男がいた。男は容赦なく藤堂を自分好みにしつけ、従わなければ拳を振るった。理不尽な暴力の前に藤堂が選んだのは享受の道だった。男の力は日本を取り戻すために必要であると藤堂は信じた。だからこそ自分自身にのみこうむるそれを黙殺した。
 「…卜部、判っているのか。私はお前に抱かれたいと、言っているんだ。――真っ当じゃない。お前まで後ろ指を指されてしま、う」
言いながら藤堂の声が震えた。すべてを赦すような優しく甘い抱擁は藤堂の体のタガをあっさりと外した。藤堂の体はすでに抱かれることを当然のように振る舞い、下拵えをしていた。卜部は藤堂の耳朶で苦笑した。
「だったら、隙なんて見せないでくださいよ。俺はずっと黙ってた、墓場まで持っていく覚悟だったんすから。中佐にそんなふうに言われたら俺だって、言わないわけには」
「巧雪」
藤堂の指先がおずおずと抱擁に応えた。触れてくるだけだった指先がしがみついてくるのを卜部は微笑して受け入れた。藤堂の指先が卜部の肩に爪を立てた。軋むようなその疼痛は藤堂の堪えのようで卜部は何も言わなかった。藤堂が痛みも辛さも呑みこんでしまう性質なのは卜部もよく知っている。藤堂一人に負荷を負わせている負い目がなかったと言えば嘘になる。だから卜部は藤堂が爪を立てるのを好きにさせた。
「中佐の上目使いってすっげぇ色っぽいですよね…俺、背が高くて良かったって初めて思いましたけど」
卜部の軽口に藤堂が笑うのが振動で感じ取れた。
 藤堂は卜部に悪戯っぽく笑って見せた。その眼のふちに堪えきれない涙が湛えられていた。灰蒼がゆらゆらと月光を含んだ湖水のように揺らめいた。鳶色の硬い髪をそっと梳いてやれば、猫のように頬を寄せてくる。厳しく自身を律する藤堂の甘えに卜部は何とも言えない優越感を感じた。
「綺麗な髪だな…こんな色、染め物以外で見れるとは思わなかった」
「中佐の目も綺麗ですけど。結構複雑な色合いですよ」
「世辞を言うな、ただ色合いが薄いだけだ、こんな色」
拗ねたような藤堂の言葉に卜部がこらえきれずに噴き出した。その様子に藤堂はパチクリと目を瞬かせる。
「わ、笑うようなことかッ! お前は、いつも」
「すんません。意外とかわいいとこあるなって思ったらつい」
滔々と説教をたれながらも藤堂の腕は卜部を抱きしめたまま解かれない。こんな拘束もたまにはいいかもしれないと卜部はうそぶいた。卜部は藤堂の説教を止めるべく唇を重ねた。


《了》

何故に卜藤がこんなにもブームなのか(訊くなよ)
藤堂さんを悶々とさせるのは意外と大変でした(いつもは攻めが悶々としてる)
でも卜部さん書いてるとき楽しかった…!(そこか)
後はもう、例のごとく誤字脱字さえなければ何でもい(黙れお前)
次は卜藤で裏とか書きたいなぁー…(高望み)             12/22/2008UP

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