なんで、かな?


   心の重さ

 皇族の住まう建物は警備も設備も上等だ。仕事を終えてようやっと帰宅して寝台へ倒れこんだところへ連絡が入った。相手の状況などかえりみる必要もない地位にいるだけの傲慢さでシュナイゼルはギルフォードを呼びつけた。シュナイゼルはギルフォードが仕えるコーネリア皇女の兄君であり、皇位継承権も上位の皇族で、直系の皇子だ。おおよそ彼に意見できるものなど限られてくるし、聞き入れさせるとなればさらに少数だ。一瞬、ロイドのことが頭をかすめたが、彼は新しいヴァージョンの戦闘機を開発中なのだとかでここ最近は研究室に缶詰めになっている。性格は破綻して常識など欠片もない彼だがその分、枷の外れた才能はとどまりを知らず展開されていく。その証拠であるように彼が手がけた戦闘機は実に質がいい。
 そのロイドは戦闘機開発に夢中となればシュナイゼルの勝手な呼びだしだ。無視することは容易いが、その仕返しは必ず次の寝床で行われる。その際に良心だとか倫理だとか言ったものは期待できず結局ギルフォードが折れるしかない状況に必ずなる。それならば程度の激しくない一回一回をこなしていった方が体への負担も減るというものだ。ギルフォードは部屋着から私服へ着替えながら通信機器を使って折り返し了承の旨を伝えた。シュナイゼルは直接ギルフォードの携帯式通信機へ連絡を入れており、ギルフォードの機器にはシュナイゼルが私用に使う番号が登録されている。つまりそれはそのような呼び出しが一度や二度で済んではいないということを意味している。嘆息してギルフォードはシュナイゼルの私宅へと向かった。
 目上の家に自家用車で乗りつける気にもなれず公共の交通手段を使う。もっともギルフォード程度の家柄の自家用車など、シュナイゼルの私邸の門前でかすんでしまいそうだからだ。血統政治である神聖ブリタニア帝国の皇族だ。この世のあらゆるものを集め、技術を粋を結集しイレヴンを押さえつける絶対者の家だ。のこのこと最寄駅から交通手段を使って徒歩で来た。特に急ぎもせずに来た所為か、連絡を受けてからかなりの時間が経っている。我慢など知る必要性もない身分にいるシュナイゼルだ、もう待つことに飽いてついた途端に追い返される可能性もあった。ギルフォードはそれならそれでいいと思いながら守衛にシュナイゼルから呼び出しがあった旨を告げた。
 守衛は義務的な態度で失礼も親しみもなく応じ、確認をする。帳面や画面を見ながら何事か応答している。そこまで無理を通す必要性を感じなかったギルフォードは辞そうとした刹那に門が開いた。
「確認いたしました。シュナイゼル皇子からの要請がありました、ギルフォード卿が訪うので許可申請をと。承りました。それにしてもお時間がかかりましたね」
嫌味のごとく言われたがギルフォードは聞かぬふりで門の内側へ足を踏み入れた。門から邸宅までがまた遠い。金持ちや高位に属するものの家に造りは大して変わらないなと思いながらギルフォードはその距離を歩いた。この距離を歩いているうちにシュナイゼルが気を変えて追い返してくれればいうことはないと、嫌々その場へ向かう子供の悪あがきのようにギルフォードは思った。
 ギルフォードがつく頃合いを見計らって扉が内側から開き、女中たちが一礼した。ギルフォードはそれに失礼がない程度に返礼してから彼女たちに下がってもらった。まさかこれから行われる行為の後始末などを彼女らに任せられるわけもない。心得た執事がシュナイゼルのいる部屋の位置をギルフォードへ囁いた。
「…変なところだけ、しつこいな」
悪態をつきながら螺旋階段を上る。手摺にさりげないながらも手の込んだ細工を施した高級品だ。手垢で照ることもなく毎日の掃除に手抜かりもない。絨毯はふっくらと靴底が沈む上等な品だ。足音も消える。言われた部屋の前に立ち止まる。豪奢で凝った作りで細工がいちいち細かい。分厚いだろう扉を思いながら強めにノックをすると了解の返事があった。
 「…遅くなりまして。ギルバート・G・P・ギルフォードが参じました」
部屋は明かりが落とされていたがカーテンは開かれたままだ。夜闇の暗さと星の明かりとが同居して薄闇となっている。そこで仄白く輝く彼は鷹揚に返事をした。練色の輝く金髪と勿忘草色の瞳をしている彼だが、夜闇を吸って色合いが変わっている。灰白の髪色に白銀の瞳。白で出来ている彼が自分と同じ化学物質で構成されているなどとはにわかに思えない色合いだ。肌も透けるように白く、それでいて病的な要素はない。理想だ。
「待っていたよ! 君がくるまでの時間の何と長かったことか。ふふふ、君くらいだ、この私を焦らすなど…あとはそうだね、ロイドくらいかな」
シュナイゼルは下位に位置するロイドも呼び捨てる。ロイドは博士であるが家柄から見れば伯爵位をもつ上等な部類だ。
 「さぁ、そうして突っ立っている方がおかしいだろう、こちらへおいで。君の肌に包まれているかのような錯覚を起こすよ、この月光は」
ギルフォードは黙って寝台の上で待つシュナイゼルの方へ歩み寄った。脱ぎ落された衣服が乾いた音をさせる。
「あぁ、ほら、白い。ふふふ、一度死んだ光だよ月光は。その美しさだ」
シュナイゼルこそ月光の皮膚だと思ったがギルフォードは黙ってその賛美を受けた。ギルフォードも肌は白い性質で瞳の色も薄氷色と薄い。髪だけが黒褐色と異例の濃さだが特に疎まれたこともない。もっとも見かけで質を判断するような軽挙に及ぶ家柄ではなかった。家柄の誇りはあるが重要視はされておらず、ギルフォードのそんな差異も見過ごされがちだった。戦闘において髪や瞳の色合いがなんの役に立つというのか。それをよく知る家系であった。
 寝台に腰をおろせば抱きしめられた。ほんのり温んだその体温に枕元を見れば酒瓶が何本か空けられていた。まともな状況判断が下せる状況でもはなく、日々の自制が解けた状態だ。力にも手加減がなく、抵抗すれば怪我を負う恐れもあり、ギルフォードは身を任せた。酒を飲んでいるにしては白い肌に頬を寄せる。シュナイゼルの変化は驚くほど周りに伝わらず本人も務めて伝えようと努力している素振りすらない。伝わらないならそれで構わぬとそれすら戦術の一手として扱っている。
「シュナイゼル、殿下」
「君には命令しか通じないのかい。こんな時くらい、名前を呼び捨てる可愛らしさをもっておくれ」
「恐れ多く」
「ならば仕方がないね。私を呼び捨てろ、ギルバート・G・P・ギルフォード卿」
頤を捕らえられて身動きの取れないギルフォードは甘んじてキスを受けた。薄着となり身軽くなった体を寝台の上へ引っ張りあげられる。シュナイゼルのその強引さは時に軍属より厄介だとギルフォードはふと思った。
 「一度死にながらその美しさは在り。まさに君だね。人のものであるが故のその美貌だ。コーネリアへの罪悪感がさらなる快楽を呼ぶ…蟻地獄だ」
コーネリアの名をシュナイゼルが出した瞬間、ギルフォードの平手がシュナイゼルに命中した。咄嗟に加減したらしく白い皮膚が赤らむ程度だったが、その行為自体問題視されてもおかしくない。シュナイゼルの方はそんなことされたことがないと言った顔で茫然とギルフォードを見た。
「姫様を名前をお出しになるなら私は帰らせていただきます。その行動の根源はわが主コーネリア皇女とともに」
ふっと紅い唇をすがめてシュナイゼルが笑んだ、と思った刹那にギルフォードの視界がぶれた。打撃をもろに喰らった頬が脈打つような底を這う重い痛みを帯びた。床の上へ吹っ飛んだ体躯をシュナイゼルは組み敷いた。
「私を殴るなどいい度胸だ。…いや、だからこそ惚れるのかな。君のその潔癖さは疎ましいが愛おしい」
ギルフォードはされるままになる。シュナイゼルの柔らかく温い唇の位置が下がっていく。その場所場所に応じて、ギルフォードは喉を喘がせたり背をしならせたりした。


 「君を口説き落とそうと思ったら大変だね」
寝台の上でシュナイゼルは寝返りを打ちながら戯れのように言った。ギルフォードはシュナイゼルの方へ顔を向けた体勢のまま動かない。潤沢な資産で暮らすシュナイゼルの調度品は十分すぎるほどのスペースを取り、それらを置いても狭さを感じさせない広い部屋で暮らす。寝台も大の男が二人寝転ぶくらいなら優に許容してしまう。それだけの広さと余裕をもっていた。
「私を口説く女性などいませんが」
ギルフォードは家柄も顔立ちも申し分ないが融通のきかない性質だ。そこが倦厭されるのか、縁談などは降るようにあるがことごとく失敗に終わりギルフォードの方から断りを入れることも珍しくない。断りを入れてきた女性陣の言い分は一辺倒で、真面目だけど度が過ぎるわね、が常套句だ。決まり文句のように言われる理由にギルフォードの方が倦んだ。コーネリアの騎士になってからは縁談の数は減ったものの、自分以外の女性に仕える男を夫にする女性は少なく、それを理由に断られてきた。もっともギルフォードの方はそれを殊更気にしたことはない。むしろいい虫よけであり断りの理由に使っていた。自分は忠誠をコーネリア皇女に誓い、優先権も彼女の側に見てしまうことや諸事情を話せば相手側も引き下がった。だからギルフォードの周りに浮いた噂などほとんど立っていない。
 「君が気付いていないだけかもしれないよ。…騎士であるということが抑止効果を生んでいるのかもしれない」
神聖ブリタニア帝国には皇女には仕える騎士という役職が存在し、その存在はしばしば恋愛感情を伴った。
「あぁ、まったく。赦されるなら私が君を騎士にしたかったよ。先を越されたがね」
例外的ではあるが皇子にも仕える騎士という役職が存在する。皇帝ともなれば何人もの従僕を抱えた。
「シュナイゼル殿下こそ…なぜ娶られないのですか。あなたなら引く手あまたでしょう」
シュナイゼルは地位も見た目も申し分ない。馬鹿でもない。物腰も穏やかでおおよそ彼を前にして嫌悪を抱く者などいないだろう。頭もいい。戦略を理解し実行できる能力を有している。その片鱗は彼がチェスの名手であることからも窺える。大容量のパターンを覚えそれに応対するすべを記憶する遊戯であるそれを上手にこなすだけでも彼の頭脳の明晰さが知れようというものだ。
 「私の純潔は君に捧げると言ったらどうする」
「お戯れを。私などにそのような価値はありません」
すっぱりと言い切るギルフォードの様子にシュナイゼルはクックッと喉を鳴らして笑った。あぁそれこそ愛しき理由。君の自覚していない可愛らしさ、それ故の美しさ。そうであるものはそうと意識していない。美しいものは美しくあろうなどと思ってはいないのだ。その黒褐色の長い髪も薄氷色の瞳も月光のような白い肌も。すべてがシュナイゼルにとってかけがえがないものだ。それでいて彼は戦闘や前線に飛び出す役職にあり、その職務についている。いつ喪われるかも判らず、それ故に常に抱いていたい矛盾。二律背反。アンビバレンス。彼はけしてシュナイゼルに媚びない、それ故に惹かれる。
「君の重さを感じてみたいものだよ」
もしギルフォードと生死を共にするように絡みあえたなら。叶わずあり得ずと知っているからこそ考える。君と、共に。
「…私はできうる限り、相手の重しにならないようにしていますが」
あぁ鎖が対象をつなぐ気はないという。じゃらんと擦れる金属の摩擦音を聞いたような気がしてシュナイゼルはカタカタと笑った。カラクリ人形じみたそれを、恐れながらギルフォードは見ている。
 「酔いが回ってしまったかな。戯れだよ、気にしないでおくれ。君は妹の大事な騎士様だ」
冗談にしてシュナイゼルは泣き笑う。君が欲しいと叫びながらその手を伸ばせずにいる。対象が手に入らないというのはシュナイゼルにとって初めての体験だった。それを自覚した初めての夜のかきむしるようなもどかしさをシュナイゼルは一生忘れない。どこへ寝ても落ち着かず、寝台やソファ、しまいには絨毯や床の上へ直に寝た。もどかしく、それでいて掻き毟れば皮膚が裂けて痛い。原因は痒みでもアレルギーでもなく、ただ自身のうちにあった。それを自覚してから寝苦しさは消えたが、今度は嫉妬がシュナイゼルを襲った。どんな処方箋も効果を果たさずシュナイゼルはギルフォードを呼び出しムリヤリ事に及んだ。そこで初めてすべてが解明された。
 「殿下」
「呼び捨てろと言わなかったかな?」
「…シュナイ、ゼル」
シュナイゼルが次の言葉を紡ぐ前に唇がふさがれた。重なった唇は紅く発熱しているようだと触れてから思った。ギルフォードの方も混乱をきたしているらしく、言葉がない。シュナイゼルの白銀の瞳をそれこそ月光の白さそのままの瞳が見返した。眼鏡が邪魔だ。カチリとシュナイゼルの視線をはじくそれが邪魔だと思った。
「想いとはまさに重さです…相手にそれだけの負荷を強いてしまう。けれど私は、あなたから課せられるその重みに耐える自信はあります」
死んだ光で出来た月光にはない紅さを帯びてギルフォードは顔を背けた。黒褐色の長い髪をさらりと指に絡めて唇を寄せる。シュナイゼルは鷹揚に優しく微笑んだ。その笑みが他者を安堵させると知っている形に顔の筋肉を動かし目を眇め、口の端をつり上げる。ギルフォードは案の定、安堵した表情を見せた。シュナイゼルは相手の望むままを与えてきた。優秀な子息として望まれればその頭脳を示し、見目麗しさを求められればその美しい顔で微笑した。相手の望みを知るなど、シュナイゼルにとっては造作ないことだった。望まれるままにあること、それがシュナイゼルの存在理由であった。それを打ち壊してくれたのがギルフォードだった。妹君の騎士である地位にありながらシュナイゼルに抱かれてくれる優しさは、初めてだった。
 「本当に君は…私を籠絡するつもりかい」
いや、もうきっと堕ちている。シュナイゼルは自嘲した。何より潔癖であるギルフォードの不義に自身は堕ちている。きっとほかの皇族に知られれば、諫めと同時に禁止令を受けるだろう。そんなことは耐えられない。この軍属にしては細い体躯を抱くことを赦されないなど、シュナイゼルのありようを否定する以外の何物でもない。君がために我は在り。
「わ、私は、別に」
白い頬を染めて顔を背ける姿すら愛おしい。食べてしまいたいとか目に入れても痛くないという比喩が今なら嘘ではないと判る。ギルフォードはまさにそんな存在だった。君がいてくれる、それだけで私は私という人格を手放さずにいられるのだ。
「君がいるから私は要るのだね…」
「え、わ、私は、そんな」
涙をにじませて言うシュナイゼルにギルフォードは焦ったように言葉を紡ぐ。
「私は、姫様の騎士ですが…あなたの、助けになるのなら」
――あぁそれが、私をつなぎとめていてくれる。
シュナイゼルはにっこりと微笑した。肘をついて体を支えると、ギルフォードの髪に口付ける。寝台がギシリと軋む。
「本当に、君が私の存在理由だよ。君のためなら何でもできるさ、きっとね」
シュナイゼルの口付けをギルフォードは黙って受ける。柔らかなそれが傷ついているような気がしてギルフォードはとがめかねた。誰にでも慰めてほしいときというのはあるものだ。ギルフォードはシュナイゼルに抱きついた。触れ合う皮膚の体温から体が拓いていくのが判る。決壊だとか堰だとかそういった諸々を崩してじかに触れる感覚。涙の溢れそうになるその感情にギルフォードは触れた。
 「お願いです、自棄にはならずに。自身を見失うことなく生きて、ください――」
「あぁ、判ったよ。君の願いだ、きいて見せよう」
しがみつくギルフォードをシュナイゼルは優しく抱擁した。触れ合う体温と、その奥底のむき出しの心。それらがすべてであり、それらしか必要としなかった。

君のために我は在り

シュナイゼルはそう叫んで死んだ兵士の名も知らぬことを思い出した。


《了》

ぐっだぐだなシュナギル(一刀両断)
それでもリクエストなので捧げますvv (鬼)
シュナ様はわりと自分の飢えに無自覚だといいとか思ってた。気付いてない、みたいな。
負けないって言うのは勝つこととイコールではないから。積極性に欠けるというか。
まぁそれが表現できているかっつうと、ちょい怪しいもんですが!(汗)
後は、誤字脱字さえなければそれでいい! もうそこだけ!(ヤケ)
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