※時間軸やあらすじを全く無視しています。
 それでもよろしい方のみどうぞ


 ねぇ聞かせてよ
 君がどう思ってるのか知りたいんだよ


   受け攻め談義

 木々の枝葉がこすれるのは羽虫の羽音に似ているとギルフォードはぼんやり思った。鎖骨のくぼみが覗くまでにくつろげられたパイロットスーツのまま呆けるギルフォードの頭にびしっと小石が直撃した。わずかだが感じる痛みに目を向ければもう一発放とうとしている朝比奈が見えた。
「何をするんだ」
「呆けてんじゃないよブリタニア。日が暮れる前に火を熾すんだよ、薪集めろって言っただろ」
しぶしぶ落ちている枝を拾うがこれがなかなか集まらないうえに下を見続けているために結構な重労働だ。焦れたギルフォードが枝を折ろうとするのを見て朝比奈が怒鳴った。
「馬鹿野郎、火熾しに使うのは枯れ木! 生木に火がつくわけないだろ」
「燃えればいいだろう。木は燃えるんじゃないのか、山火事だって起きるし」
「生半可な火じゃあ燃えねェッつってるだろ。そんなことも知らないのかよ、あんたは。種火をどんな猛火だと思ってんだお前は」
ギルフォードはいささか気分を害したものの、正当性があるのは朝比奈の方だと認めざるをえなかった。しばらくムッとしたように朝比奈を睨みつけたが枯れ木拾いに戻った。
 そもそもの発端はブリタニアと黒の騎士団の小競り合いだ。その小戦闘で隊長である朝比奈と指揮官機体を操るギルフォードとが居合わせたのもまた不運だった。それぞれの部下は必要以上に息巻いて戦闘が始まってしまい、予測不能に弾かれた弾に被弾して、無人島らしい孤島へ着地した。ギルフォードの戦闘が見込めないと見るや部隊が乱れた。だが同時に黒の騎士団も乱れて戦闘は竜頭蛇尾に終わった。救難信号を発信してから、萌える緑に彩られた森へ機体を隠した。そこからいくらもいかないうちに同じように探索していた朝比奈とはち合わせた。互いに救難信号発信後らしくすぐに迎えが来ると信じて疑わなかったが、入った通信から救助には思いのほか時間がかかると告げられた。そのため二人はやむなく休戦協定を結び、サバイバル生活が始まった次第だ。
 朝比奈は慣れているのか火の熾し方や食しても害のない果実や草を知っていた。ギルフォードは感心したが事あるごとに朝比奈はギルフォードを名で呼ばず、ブリタニアなどと蔑称で呼んだ。そのためギルフォードは朝比奈の知識や経験に対する感嘆を素直に表せずにいる。
 ようやっと集めた枯れ木を抱えて戻れば朝比奈がしきりに火熾しの動作をしていた。手慣れたようなそれに驚嘆していると朝比奈が無言で手を突き出す。訳が判らず小首を傾げるギルフォードに朝比奈が深いため息をついた。その指先が小馬鹿にしたようにギルフォードの抱える枯れ木の束を示した。
「種火がついたら次は燃料! 燃えるものがないと火がもたないだろ?」
言われてみればその通りだ。燃焼という現象には酸素と可燃物が必要なのだ。なにもなく火が燃え盛ることなどないのだ。ギルフォードが渡した枯れ枝をくべると火が少し大きくなる。それを何度か繰り返すうちにちろちろ燃える火は立派な焚火になった。その頃合いには日も暮れて日没までに明かりの確保に成功した。
 食べ物はとりあえず手あたりしだいに調達した。まさかこんな長丁場で孤立するとは思っていなかったので備えがまるでない。朝比奈は敵であるギルフォードの世話を何くれとなくやいた。害のある草や実を採れば「死にたいなら食べれば」とさりげなく注意する。小河を見つけたらしく何匹かの魚まで携えてきた。それを朝比奈が器用に調理する。ギルフォードが手を出す隙も必要もなく、朝比奈は淡々と作業する。ギルフォードはただ感心しながらそれを見ているほかなかった。
 ギルフォードのサバイバル体験などしょせんオママゴトだったのだと思い知った。せいぜいが貴族の子息が集まるサマー・キャンプ程度の知識と経験しかない。それに比べて朝比奈のそれはより実践的で確実だった。
「ほら、できた。食えば」
差し出されるものを素直に受け取ってギルフォードは口をつけた。まさか朝比奈が自分の分まで用意してくれていたとは思っていなかったギルフォードは慌てて礼を言った。
「す、すまない、ありがとう…」
簡素な素材だけに味付けも淡白だが腹の足しにはなる。小河を見つけたということは水分の補給も可能ということだ。そういえば人は水さえあれば何も口にしなくてもしばらくは生きてゆけるらしいという解説をしたドキュメント番組を思い出した。最悪水が飯だよと朝比奈が哂うように言った。嘲るようなそれにギルフォードは見ないふりをして食事をつづけるふりをした。
 「ウサギとか小動物狩って肉でも食いたい?」
ギルフォードは慌てて首を横に振った。ギルフォードにとって肉とは調理済みのそれを言い、目の前を跳ねまわる兎など捌ける自信がないうえに、さばく場面を見ることに耐える自信もなかった。ギルフォードはけして流血を好む性質ではないし、むしろそういう方面は厭う方だ。朝比奈がゲラゲラ笑って魚に食いついた。
「嘘だよ、馬鹿。あーあぁ、ナイフの一本もあればな。ナイトメアフレームで狩るにはウサギは小さいし」
二人は共同生活を始めた時点で互いのナイトメアフレームを並べている。離して隠す意味も価値もない。何せ操縦者同士が休戦したのだからその武器たる機体を隠しだてする理由もなかった。
 朝比奈もギルフォードと同じようにパイロットスーツを着ている。備えがなかったのは同じらしく、朝比奈は着実に現地で飯や明かりを調達した。ギルフォードと同じように鎖骨辺りまで留め具をはずして緩めている。パイロットスーツは密閉性と密着性が高く、人体の発汗作用が利きにくい。そのため温度変化への対応が遅れ、時折脱水などの諸症状を引き起こす。風通しの意味も含めて二人は襟を緩めていた。互いに裸身同然のインナー姿をさらす気はない。
 「な、あんたってさ」
「ギルフォード。ギルバート・G・P・ギルフォードだ。イレヴンが」
ギルフォードのつんとした言いように朝比奈が口元を歪めた。
「さんざん世話になっといてそれか、さすがブリタニア。恐れ入るね。オレだってイレヴンじゃない、日本人だ。それに朝比奈省悟って名前があるんだよ」
「君が名前を言わないのが悪いな」
「人の所為にするなよ…ッて、本題忘れてた。訊きたいんだけどさ」
何か秘密でも探られるのかと身構えたギルフォードに朝比奈はあっけらかんと言った。
「あんた、ネコだろ? 性交渉で受け身ってやっぱきつい?」
ギルフォードが首や耳まで真っ赤になった。ギルフォードは官能的な白い肌をしているだけにその変化は著しい。
 「なぜ、受け身だと…? そ、そもそも私の交渉相手など関係ない――」
ツンツンと朝比奈が自分のくつろげた鎖骨の半ばを指差した。
「無事に帰還できたら鏡で見ろよ。そこにキスマークついてる。それにお前時々腰をかばうように動いてたし。つまり腰痛および腰部への打撃の経験ありってことだろ。それって交渉相手が男だってことくらい判るぜ」
ナイトメアフレームはどちらかと言えば自動車に似ていて、その衝撃による怪我は頸部に集中する。腰を痛めるには直接そこを責めるしかないというわけだ。色を失くしてうろたえるギルフォードをよそに朝比奈はさらに言いつのる。
「言えって。オレも交渉相手男だから後学のために知っておきたい。やっぱさぁ、下準備したりとかした方がいいわけ?」
「あ、う、そ、それ、は…」
ギルフォードの薄氷色の目が気まずそうに逸らされる。むぐむぐと魚をかじりながら言い淀む。何より寝床の共有についてあっさり講義できるほどギルフォードは世間ずれしていない。
 「言えよ、言わないと犯す。実践で確かめたっていいんだぜ? どっちを選ぶかはお前次第だよ」
「そ、それは準備などされた方がいいに決まってる、心構えだってあるし…! だいたい、男の体だぞ! 受け入れる準備が女性のように内的に出来るわけじゃないんだ、外的に処置を施すしかないだろう! そうすればきっと、体の慣れだって、早い、だろうし…文献にもそんな記述が、あったような」
「ふゥん、やっぱりねー男相手には前戯は必要かぁ。そうだよなームリヤリした後って辛そうだったもんなぁ…やっぱさ、痛い?」
ギルフォードは顔を真っ赤にして自身の爪先を凝視した。一日森を歩いて土まみれだ。
 「藤堂さんってさぁ、無理な要求はしない人だし。なんだか時々、無理強いさせてんのかなって思うんだよね」
「藤堂? 藤堂鏡志朗か」
朝比奈はあっさりうなずいた。厳島でブリタニアに煮え湯を飲ませた奇跡の藤堂の名前くらいは軍属なら知っている。彼が黒の騎士団と合流したことを聞いてはいたがこうして事実を突き付けられると、難敵なのだと意識せざるを得ない。朝比奈が窺うように思惑を巡らせるギルフォードを見た。道化たような丸い眼鏡だが、彼の聡明さをギルフォードは思い知らされている。一見すると黒色に見える髪色と瞳をしている。深く暗い緑色をしたそれは白日のもとで色合いを変えるのだろうかと思わせた。眉の上から走る傷跡が照る。皮膚上に裂傷は留まったらしく、彼が片目の障害者には見えなかった。皮膚組織を引き裂きはしたものの、眼球や視神経に支障はないらしい。傷跡だけが妙に残っていた。
 「藤堂さんはオレの猫だから、渡さないよ」
「ねこ?」
藤堂を猫と称されてギルフォードは脳裏に二人の男を思い浮かべた。彼らはギルフォードの側など無視してギルフォードを猫呼ばわりするのだ。
「今、相手のこと考えただろ。誰だよ、お前の相手って。ギルフォード卿?」
ギルフォードは深く嘆息してから魚をおろした。
「なら、私からも訊こう。男の体のどこに色気だの魅力だのを感じるんだ? 私は、ロイド博士やシュナイゼル殿下が私を抱く理由が判らない」
「シュナイゼルゥ?!」
飛び出した名前に朝比奈の方が仰天した。ギルフォードの相手などせいぜいが軍属の上司だろうと軽んじていた感は否めない。ギルフォードの誇り高さは浅慮なものには鼻につく態度にしか見えないからだ。それを肉体的関係の上下で清算されているだけだと思っていた。だが、シュナイゼルと言えば、血統政治を行うブリタニアにおいて皇位継承権を上位に持ち、その頭脳や戦略の組み立てなど切れ者だと噂の皇子だ。そんなものが相手なのだと誰が予想しようか。
 「すっげぇ、色でオトしたのか…ってわけじゃあなさそうだな」
朝比奈が自身の軽口を途中で殺した。それこそ射殺しそうな視線でギルフォードが朝比奈をねめつけた。
「ロイド、、ロイド…どっかで聞いたなぁどこだっけ…」
「そちらのラクシャータなる女性と所属が同じ時期があったと聞いているが」
「あ、それだ! ラクシャータだ! プリン伯爵って誰だよって訊いたんだった」
「ぷりん?」
ギルフォードが不思議そうに小首を傾げた。
 ギルフォードは冷徹さを表すような鋭角的なフレームの眼鏡の所為か冷たい印象を与えるが、付き合ってみれば何のことはない、ただの世間知らずだった。朝比奈はそれを実感した。ギルフォード家といえばそれなりに名門の貴族だ。その直系らしいから世間知らずなのも当然かと思う。だがその高貴な血統以外にギルフォードは無垢に相手を見つめた。それは捨てられた仔犬のような熱心さと聡明さで、そんな眼差しをする人間を朝比奈は一人だけ知っている。そしてその人物が誰あろう藤堂だ。弱い部分を直撃する仕草と視線に朝比奈がうゥと唸った。
「性質ワリィよな、これって…」
「なんだ?」
朝比奈がなにくれとなくギルフォードの世話を焼く原因もそこにある。似ているのだ、愛しい藤堂鏡志朗と。その無垢な眼差しだとか、凛として他者を寄せ付けない雰囲気だとかが。藤堂は灰蒼の瞳だがギルフォードは薄氷色で、系統的には同じ部類だろう。薄い蒼い瞳。
 「何でもないよ、食えよ。…やっぱりさ、キスとか前触れがあった方がいい? いきなり犯されるより」
「…相手が了承しているならいいんじゃないか」
「だよね、結局そこだよね? 藤堂さんって、嫌なことも呑みこんじゃう人なんだよ、だから気をつけないといけなくってさ…無理強いとかしてたらどうしよう? オレはこんなに藤堂さんが好きなのに!」
焼いた魚を片手に中空へ手を伸ばす身ぶりをギルフォードは受け流した。
「好き、か…好きなら相手にそれを伝えればいいんじゃないのか? 言ってないのか」
「信じないんだよ。まぁしょうがないんだけど。そう言うお前はどうなんだよ、そのロイドとシュナイゼルのことはどう思ってるのさ。だいたいお前、皇女の騎士じゃん」
ギルフォードがふっと眼を逸らす。痛いところをつかれたと言わんばかりだ。諦めたような伏し目は妙に色っぽくて、朝比奈はギルフォードを交渉相手にするというのはあながち道から外れていないと思った。
「彼らは私の意見など聞きはしない…聞き入れる性質ならとっくに切れている」
「ふ、ふぅん、お前も大変だな、いろいろ…」
 朝比奈はそんなギルフォードの様子を見ていたがポンと手を打った。
「でも嫌いじゃねーんだろ? 受け入れてるってことは」
「そう、見えるんだな…!」
ギルフォードが襲われた生娘のごとくよよよと地面に突っ伏した。焼いた魚の香ばしい匂いがする。
「え、だって、受け入れるってことは了承だろ? 違うの? 好きじゃないの? 好きじゃない野郎に抱かれてるのお前?」
「私だってロイド博士やシュナイゼル殿下を疎んじたことも厭うた事もない…! なのに彼らはそれらすべて覆るような行いをするんだ…!」
「…へぇー…やっぱ判んない。ブリタニア人ってそうなのか?」
「神聖なるブリタニア人を彼らと同列に見るな」
思いのほか低い声に朝比奈は口の中のものをごくんと嚥下した。人間、怒っている時ほど声の高低差が激しく、怒りは主に低音となる。
 「ごめん、悪かった…つうかだったら皇帝にでも直訴すれば」
「皇帝陛下に何を言えと言うんだ。まさか「ご子息に犯されて困っています、お諫めください」と言えとでも」
「無理、だよな…ははは…」
朝比奈のから笑いが夜の空に響いた。ギルフォードははぁっと大きく息をついてから食事を再開した。朝比奈も慌ててそれに倣う。
「受け入れる側は本当に辛いんだ…椅子に座ったり立ったりする動きにすら難儀するんだ…場所が、場所なだけに…人にたやすく訴えられる場所ではないし」
「な、なるほど」
腰は体の重心であるし動作の中心である脚を支えてもいる。そこを直撃する打撃や衝撃の破壊力はほかの部所より抜きんでているのだろう。そう言えば女性陣が骨盤の位置を変えるだけで痩せるのだと息巻いていたのを朝比奈は無意味に思い出した。そう言えばムリヤリ事に及んだ後藤堂が伏せがちだったことを思い出す。あれは腰の痛みと負荷を軽減させるためだったのだろう。
 「君こそ、藤堂とうまくいっているのか? 藤堂が…年少で、しかも男の交渉相手を持っているとは、思わなかったが…話の流れから察するに君が男役なのだろう? 藤堂が、受け身」
「それならオレだってお前がシュナイゼルなんて大物と交渉があるなんて思ってなかったぜ」
朝比奈はじろじろとギルフォードを観察する。確かに軍人としては華奢で目方もなさそうだ。下級軍人であった頃はそれこそ日替わりで上官に抱かれていたのではと思わせるほど、男くさい軍属の中では女性性を呼び起こす。肩の下まで伸びた黒褐色の髪や潤んだ薄氷色の瞳など魅力はいくつか部外人である朝比奈にも見当がつく。ましてそんな身なりでつんけんしたのが入隊すれば組み敷きたくもなるだろう。上下関係を教えてやると銘打って犯す、と朝比奈はこっそり思った。ギルフォードは神経を逆なでするほど美しく、気高い生まれだった。それでいて世間知らずだ。条件は整いすぎるほど整っている。血統政治のブリタニアはその家柄がより重視される。彼が新兵だった頃、彼の上官は彼の行く末を思って嫉妬しただろう。恵まれた血筋で将来を約束されている。現にギルフォードは現在指揮官機体に乗るほどだ。部隊を率いる機体に搭乗するにはそれなりの実力と後押しが必要だ。後押しの条件はクリアしている。あとはギルフォード自身の資質だろう。それにしてもこの若さで、と朝比奈はこっそり驚嘆した。
 「君は藤堂鏡志朗を愛しているのか?」
突然の核心を突く言葉に朝比奈は不覚にも狼狽した。面と向かって問われたことなど、藤堂相手すらない。世間知らずなギルフォードはそのあたりの塩梅を知らなかった。手加減を知らない子供が時折親を慌てさせる質問をするのと同じだ。なにも知らず、それ故に核心を突く。
「…そりゃ、愛してるよ。じゃなきゃあ、なんで抱くのさ」
藤堂はギルフォードと違って女性性など欠片もない。軍属らしく鍛えられた体躯には無駄な贅肉はど欠片もなく引き締まった筋肉に覆われた体躯だ。それでいて暑苦しいような不必要な筋肉はない。男性の裸体立像のように綺麗なのだと朝比奈は想っている。
 「…私は、シュナイゼル殿下やロイド伯爵に愛していると言われたことが、ない」
それはきついな、と朝比奈はこっそり思った。男女ならともかく、男同士の交渉で情の結びつきがなければ結果は惨憺たる羽目になる。男女の結びつきでさえ負担を要し、それを和らげるために愛情があるのだ。男同士で、ましてその緩衝材である愛情さえないとなれば相当な負荷を要するだろう。受け入れる側は女性のような扱いと痛みと苦痛とにさいなまれる。
「お前、二人のどっちが好きなんだ。どっちに愛してるって言ってほしいのさ」
ギルフォードは力なく首を振った。傷ついたようなそれは、枢木ゲンブに無理やり体を拓かれていた藤堂に似ていて、朝比奈は突き放せなかった。
「判らない。二人とも同時期に手を出してきたし。…私が姫様の騎士だと、知っていたのに」
「だからじゃないの」
朝比奈の言葉にギルフォードが目をあげた。
 潤んだ薄氷色の瞳にひるみながら朝比奈は続けた。
「お前がさ、誰かのものになっちゃったからムリヤリしたんじゃないの? オレだって、藤堂さんが千葉さんと結ばれたら…祝福なんてできない。藤堂さんを奪って、監禁して、きっと犯す。今は誰のものでもないから藤堂さんが千葉さんに優しくしても許せるけど、千葉さんのものになったらオレはきっと、藤堂さんを奪うよ」
「誰かのものになった、から」
ギルフォードにとってこの論理は目から鱗だったらしく、驚いた表情を隠そうともしない。子供によくある心理だ。それまで気にも留めず杜撰にすら扱っていた玩具でも他人から欲しいと言われた途端に惜しくなるという。他者に求められることによって発生する価値。
「そ、れは…思いつかなかった」
ギルフォードは素直にそう言った。だがそれは同時にギルフォードの気を滅入らせた。
「私は玩具か…」
「そう落ち込むなって。食えよ、魚。腹が減っては戦はできぬって格言があるんだよ。あれ、ことわざだっけ? とにかく日本ではそう言うんだよ! だからほら、食えよ、飯! 落ち込むのは寝床でやってくれよ」
二人とも互いの寝床は機体だ。機体の操縦席で睡眠をとっていた。ハッチを閉じさえすれば何より強固な檻となる。騙し討ちを警戒するわけではないが軍人たる気質が、互いに寝床を操縦席へと定めていた。
 「慰めてくれるのか」
「目の前で落ち込まれるのはうざいんだよ。お前何にも知らないしさ。オレから見たらただのガキだよ」
「君とは同じか年上だと思うんだが」
「実年齢じゃないよ、精神年齢。あんた世間知らずで幼いしさ」
その刹那、ごゥんと言う摩擦音ととも斬月が着陸した。
「藤堂さん!」
暗闇でも朝比奈は愛しい人の機体を見分けた。焚き火からすぐに離れていく。ギルフォードは追うかどうしようか迷ううちに機会を逃した。しばらくぽつんと残されたがすぐに朝比奈が戻ってきた。
「ブリタニア軍も来てるらしいってさ。機体の電源入れとけよ。オレは帰るから…藤堂さんが迎えに来てくれた」
ウキウキと浮かれた声の様子に藤堂への慕情の程度が知れようというものだ。女児の髪形の一種であるツインテールのように二つの臙脂色の房が翻る。朝比奈は表情も明るくそこへ駆け寄る。
 「無事だったか、朝比奈…ギルフォード卿?」
飛びつく朝比奈をいなしながら藤堂が焼き魚片手のギルフォードの姿に小首を傾げる。ギルフォードは慌てたように食べかけの魚を隠す。
「すまない、、手間をかけたようだな」
「い、いや、こちらこそ」
「オレが手間をかけてやったんですよ、藤堂さん! あいつはなんもしてません!」
言い淀むギルフォードをよそに朝比奈がつけつけと物を言う。同時にブリタニアに属す機体が着陸してギルフォードに呼びかけた。
「ギルフォード卿!」
朝比奈はそれを見て取ると身軽く自身の機体へ飛び乗る。藤堂もそれに倣った。素早く離陸し、離脱する彼らを見ながらギルフォードは数日ぶりに自軍へ保護された。

 帰還したギルフォードはすぐさまシュナイゼルのもとへ召し出された。行方不明扱いだったのだからどんな叱責も受けるつもりだった。その席へロイドまで同席していた。二人は部屋へ入るなりギルフォードに抱きついた。
「君が行方不明になったと聞いて胆を冷やしたよ。心配させるな、君は頼れる存在なのだから」
「いなくなっちゃうなんてダメですよぅ、ギルフォード卿」
「…申し訳、ありません」
ありふれた上官と下官のやり取りにギルフォードが倦んだとき、二人は思いもしない言葉を放った。
「君を好いている…愛しているよ、だから急にいなくなるなんて暴挙はしないでおくれ」
「愛しい人がいなくなっちゃうなんて体を引き裂かれるみたいでしたよぅ、もういなくならないでくださいよ?」

あぁ、愛していると君は言ってくれた

「もうしわ、けありま、せん…」
ギルフォードは怜悧な容貌を歪ませて泣き笑いをした。眇めた眦から透明な雫がこぼれた。

その言葉さえあれば、生きてゆける


《了》

なッが、おわんねぇー!(馬鹿☆)
なんだこのラストのエセハッピーエンド的な終わりは(自覚アリ)
原案は神那様の夢です。そうです眠ったときに見るあの夢です。妄想万歳。
つじつまあわせ万歳…!(アホがいる)
誤字脱字さえなければ、もうそれでいい…! 一応読み返したりチェックしてるのになくならない(未熟)
神那様のみお持ち帰り可能です          08/31/2008UP

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