俺はお前を裏切っている
 それでもお前は、俺を見た


   裏切りの視線

 「そうだ、そこでいい」
ルルーシュの指示にギルフォードの機体は正確に応えた。木々に紛れさせてある機体は無事だった。見つかりも改変もされていないようだ。ハッチを開けたまま内部でキィボードを叩く。ディスプレイ越しに黙って控えるギルフォードが見えた。ギルフォードも操縦席を開けてこちらを心配そうに窺っている。黒一辺倒ではない黒褐色の長髪をうなじで一つに結ってまとめている。鋭角的なフレームの眼鏡は彼が冷徹であると他者に思わせるだけの役割は果たしていた。薄氷色の瞳は紅く縁取られて水面のように揺らめいている。ルルーシュはギアスが効いている証のこの瞳を苦々しげに見つめた。
 様々な緑が噎せるように迫る。所在無げにたたずむギルフォードの姿が時折枝葉にさえぎられる。そのたび不安に襲われて誰何すればギルフォードは律儀に姿を見せた。
「さすがだ、ギルフォード」
何度目かの誰何の後に誤魔化すようにそう言うとギルフォードは微苦笑を浮かべてさらりと言った。
「いいえ、姫様のお役に立てて光栄です」
ルルーシュの瞳が痛々しげにすがめられる。ルルーシュはキィボードを跳ね上げて飛び降りるとギルフォードの前へ立った。
 ギルフォードが仕えるコーネリアと身長の差異はあまりないらしく、彼はうつむく加減に不自然さを感じた様子はない。穏やかそうに笑んでいる。冷徹さを思わせる眼鏡とは裏腹な優しげなそれにルルーシュの方がひるんだ。ギアスをかけたその刹那すら、ギルフォードはその紅い唇を固く引き結んでルルーシュを拒んでいた。ジェレミアからの電話を介して呼び出した所為もあってか、警戒して威嚇する猫のようだと思った。薄氷色の瞳は冷たく陰に潜み紅い瞳を光らせるルルーシュを睨んでいた。向けられた銃口と照準を示す赤い光線。ギルフォードの中でルルーシュの位置などその程度にすぎないのだと思い知らされた気がした。コーネリアが至上の位置にあり、捨てられた皇子など眼中にもない。
 ざぁっと木々の枝葉がこすりあって音を立てた。ルルーシュが差し伸ばす手をギルフォードは無防備に受ける。その瞳の縁は紅く彩られて、その意識や行動のすべてをルルーシュの命令が掌握していることを表していた。ギルフォードの目に映っているのは失踪した皇女コーネリアであり、捨てられた皇子ルルーシュではなく敵方のゼロの正体ですらないのだ。ルルーシュはわけも判らない苛立ちに唇を引き結んで噛みしめた。
「…なぜ、私を助けた」
「主君を捕らえるなどもっての外です。彼らがなぜそのような行動をとったかは不明ですが…きっとゼロに情報操作でもされたのでしょう。彼は油断なりません、姫様もお気をつけて」
淡く優しく笑むその先にいるのは。ルルーシュは唇を噛んでうつむいた。
「姫様?」
 信じてすがったスザクの裏切り。彼はギルフォードやグラストンナイツまでそろえる周到さでルルーシュを嵌めた。ルルーシュの名を叫ぶスザクの表情に疑念が残るが彼がしたのはまぎれもない裏切りだった。
「答えろ、ギルフォード」
ギルフォードは姿勢をただした。ぴんと伸びた背筋や体のラインが整った骨格であることを示す。適度に鍛えられて引き締まった体躯だ。彼も体力ではなく頭脳で対応する性質だろう。力押しだけならギルフォードに勝る輩はいくらでもいるように思えた。それらを抑えて今の地位にいるのだとしたらそれは彼の聡明さの結果なのだろう。
「貴様の目に私はどう映っている? 裏切りを、どうとらえる? それに私はどう、応えれば――」
伸びた腕がルルーシュの華奢な体躯をかき抱いた。抱き締める体のパイロットスーツ越しに伝わる拍動。幼い日、不安に泣くルルーシュを鎮めてくれたのは優しく抱擁する母親の拍動だった。それと類似性を感じさせる拍動にルルーシュは動揺した。体が開かれていく開放感。あふれそうになる涙を必死にこらえた。
 「姫様。私には姫様が傷ついているようにお見受けします…無礼は承知です、どんな叱責も受けます。ぶしつけは承知の上で申し上げます。姫様、どうかお一人にならずに。あなたのそばには私が及ばずながら控えます、あなたの助けとはいかずとも盾にくらいはなります、捨て駒程度の価値はあると自負しています。ですからどうか、お一人であるなどと思わずに――」
ルルーシュは自嘲した。くすりと笑むその気配に、ギルフォードははっとして体を引いた。心地よい腕が解かれ退いていく。
「出すぎた真似をいたしました。いかなる仕打ちも覚悟しています。…罰を」
ルルーシュは濡れた瞳でギルフォードを見た。
「お前は…いつでも、コーネリアの騎士であるのだな」
「? 当然です。あの、何を…?」
「なんでもない」
コーネリア皇女という名の異母姉が羨ましかった。己れを捨て駒と称するほどに尽くしてくれる人を抱える彼女が羨ましかった。自ら盾になると、捨て駒にお使いくださいとこうべを垂れ額づく人を持つ彼女がひどく羨ましかった。ゼロに額づく人々はいる。だが彼らはルルーシュに額づいてはくれないだろう。彼らはルルーシュはゼロであり、その時にのみ従い頭を垂れて額ずくのだ。彼らが用を足し求めるのはゼロでありルルーシュではない。
 声をあげて泣きたかった。あぁ誰か、誰か私を見てください。私を、受け入れてください。実父とすら敵対関係にあり実母を失い実妹を奪われたルルーシュの手元には、何が残ろうか。今ルルーシュのもとに集う者たちは、ルルーシュのものではなくゼロのものなのだ。
「平和な世界を作るのはこれほどまでに手間がかかるのだな…私は、疲れた気がする」
記憶すら失った魔女の言った友達という言葉にすがり、挙句に裏切られてルルーシュは自暴自棄になった。けれど自棄になってなお、増したのは諦めの念ではなく復讐の念だった。自身をここまで追い込んだ実父を赦すことも諦めることもできなかった。その業を全うせんがために今。ギルフォードの脳を犯してここにいる。
 「お前は――おまえ、は」
震える声。ギルフォードはおとなしく続きを待った。異母姉に羨望の矛先が向く。ここまで尽くしてくれる人を、想ってくれる人をなぜ放置しておくのか。
「お前は――優しい、優しすぎる…!」
あふれる涙が白い頬を伝った。裏切りを受けたばかりの心にギルフォードの忠誠は痛すぎた。すぎるそれは毒にしかならない。自分に向けられたものではないと承知していながら、すがる。頼ってしまう。もし自分の周りにこんなにも尽くしてくれる人がいたなら、自分はこんな道を選ばなかっただろうか?
 「姫様」
その呼び名がルルーシュの心を刻み、なおかつ潤した。泣きじゃくるルルーシュをギルフォードは抱擁した。
「私は姫様と共にあります。御元にこの身を従属させることお許しください。御身がために私はあります」
ルルーシュは膝をついて地面に爪を立てた。爪先が土をえぐって曲線を描く。震えるその体躯をギルフォードは優しく求められるままに抱擁した。
「う、あぁ、あぁ――…ッ!」

偽りでもいい、代わりでもいい。私を見て。
誰か、誰か私を見てください裏切らないでください傷つけないでください。
護って、ください。

「ギルフォード、ギルフォー…ド…ッ!」
ギルフォードの抱擁はルルーシュの防護壁をいとも簡単に突破した。慟哭するルルーシュをコーネリアと信じながらもギルフォードは抱きしめた。認識の差さえ取り除いてしまえば、その抱擁は心地よかった。求めていたものだった。
 涙に濡れた紫苑の瞳が狡猾にギルフォードを見た。

あぁ、お前はかかった。
罠にかかってくれた。

「私に従ってくれるか、ギルフォード。ブリタニアを裏切ることになっても」
「もちろんです。…及ばずながら、御為に」
紅く縁取られた薄氷色の瞳は無感動にルルーシュをコーネリアと認識したまま返事をする。あなたの御心のままに。ギルフォードはそう言って膝まずいた。
 「お前は、本当に」
ルルーシュの紅い唇が哂った。
「優しすぎるな――…」
そのために身を滅ぼそうとも。悔いなどないとギルフォードは謳った。御為に我が身はありや。謳いながらギルフォードはルルーシュをコーネリアと想う。その認識の差異を起こさせる能力。

王の力はお前を孤独にする

魔女の言葉が殷々とこだました。あぁそうだ、確かにそうだ。我が身は孤独の中にあり。けれど。偽りでもこうして追随してくれる者がいる。それだけでいい。偽りが否かは関係ない。従うか刃向かうか。その双極に人々は別たれん。情など求めるな、従うな、すがるな。情など考えるに及ばず、作戦を狂わす不確定因子にすぎない。スザクの裏切りはそれを立証して見せた。
 「お前の存在に感謝するよ、ギルフォード…」
「光栄です」
その微笑すら偽りにすぎない。偽りの主に仕える従僕を。
溢れた涙を振り切ってルルーシュは顔をあげて微笑んだ。ギルフォードに口付ける。情に価値がない以上、情を確かめるような行為は無駄だったが手続き上必要となれば厭わない。偽りであっても構わない情など、考えるに及ばず。
 捻じ曲げたギルフォードの心情にそう言い訳してルルーシュは微笑んだ。
「迷惑をかけるな」
「お気になさらず。御為に我が身はあります」
「すま、ない」
震える声が泣き声に変わる。こんなにもひたむきに想ってくれる人もいない身上が悲しくもあった。唯一の友はその情を裏切りで返した。あぁ、私はお前を利用している。止まった涙がまたあふれてきそうだった。嗚咽を必死にこらえる。もし、ルルーシュ自身を見てこんなにも想ってくれる人がいたら、きっと。詮無い想いにルルーシュは自嘲する。仮定の出来事など絵空事でしかない。ただ現実を受け入れるしかないのだ。ルルーシュという捨てられた皇子を見てくれた人は、いなかった。幼いころ想いを語り合った友と呼べるだろう存在のスザクすら例外ではなく。
 「…非情になる。私は、情などないかのように振る舞う。そうしなければ、私は――」
「姫様…」
泣き出しそうなギルフォードの表情からルルーシュは目を背けた。情を否定することすなわち、ギルフォードの想いを否定することに値する。コーネリアがそうするとは思えなかったが、そうしてもギルフォードがついてくるだろう自信があった。
「判りました。御意のままに」
案の定、ギルフォードは従った。
 あぁ、もう後戻りなどできないのだ。スザク、お前は俺を裏切った。お前は二度、俺を売り裏切った。パンドラの箱は開いてしまったんだ。
「トウキョウ租界へ向かう」
「承知しました」
怒りに燃える涙目にギルフォードは静かに口付けて機体へ戻った。ルルーシュも身軽く機体へ乗った。目の前に差し出されるキィボードを操作して機体を操る。
 木々の枝葉を揺らしてルルーシュの機体が浮上する。それを追うようにヴィンセントが浮上する。ギルフォードの目にルルーシュはコーネリアとしてしか映っていない。従うべき主君に忠義に篤いギルフォードが裏切るはずなど、無かった。偽りの忠誠を受けて我は戦いに臨まんとす。罪悪感などなかった。申し訳ないなどと思うはずもなかった。ただ悲壮感だけが漂い。
 裏切りという仕打ちに燃える紫苑の瞳は燐のように輝いた。化学反応だと判っていながら由来を求めてしまう鬼火にも似た煌めき。
「そうだ、赦すことなどできないんだ、スザク」

お前は俺を裏切った!

明確なる事実だけはそこにあり。
 「ギルフォード」
通信回線を開かずにルルーシュは呟いた。
「すまない。俺はお前をだまし裏切っている…本当に、すまない、そのための罰なら何でも受ける。だから今は――」
従ってほしい。
ルルーシュの眦から雫が滑り落ちた。あとで何と罵られてもいい、汚されてもいい。お前にならそれを赦せる、享受できる。だから、今は、今だけは――
 「俺の罪を受け入れてくれ――」
偽りの抱擁と忠義と信頼と。真摯なお前を想えばこそ。だから、今だけ、今だけ赦してほしかった。
「ギルバート…!」
わき上がる涙が紫苑の瞳を濡らす。紫水晶のようだと微笑んでくれた過去がよみがえる。お前の信頼やそれらすべてを裏切る俺を、お前は想ってくれる、たとえそれが偽りであったとしても、強制であったとしても。それが俺を支えている。原動力となっている。だから今だけ、今だけでいいか、ら――
「俺はお前を好いていたよ…」
偽りに彩られた真意の想いに気づいてくれなくてもいい。俺はお前を、好きだった。

木々の間から浮上した二機の機体はトウキョウ租界へ、戦いへと向かった。


《了》

つじつまあわせに超必死☆(バカ)
ルルギルはけして嫌いなCPではないのでけっこう楽しく(この話で楽しくって…)書かせていただきました☆
ルル様超片思い☆(お前…)
後はもう誤字脱字さえなければ…それだけで…!(けっこうギリギリ)
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