本気? そんなわけない
冗談? 冗談でしょ?


   今日は痛み分け


 梅雨の走りを迎えたかと思えば日差しは日々きつくなるばかりだ。藤堂鏡志朗は半ば壊れている蛇口から水を汲み、気休め程度の打ち水をする。庭先の萌える緑は青々としているものからすでに日差しの強さに負けたものと様々だ。小鳥の落し物は放っておく主義であるから喬木と灌木とで自然に目隠しを作っている。水をやったりもするのだがこの暑さではかけているのかきちんと水を吸っているのか判らぬ。それでも枯れぬからまぁなんとか務めは果たしているということにする。父母の代あたりまでは手入れをしていたが藤堂自身がそういったことに関心がなかったのと家に居つかぬ軍属に籍を置いたことから、父母が亡くなってからはこの庭の世話はたまに帰る藤堂がすることになってしまった。幼い頃は庭先で木刀を振ったりもしたものだが今では観賞するだけになっている。それに付き合う面子が増えた。
 軍属でそれなりの地位まで上がると直属の部下がついた。正式な階級や所属ではないが藤堂の周りをちょろちょろしては助けになったりしている。四人であるから傍からは四聖剣という別称も戴いているようである。その四人の中で飄然とした長身の男と同衾した。元々藤堂を慕ってくれていたから拒否はなかった。名を卜部巧雪という。不思議な韻の名前であると思う。卜部自身の性質もなかなかに読みづらく脆弱にすら見える体は痩躯だが強靭だ。見くびって売られた喧嘩を返り討ちにした話は何度も聞いた。しかも現在進行形であるらしい。酔っ払いなどに吹っ掛けられては叩きのめすという。加減をしなさいと言ったら慣れてるから平気っすよ、などと飄々と言う。怪我が心配だから喧嘩は買うなと言ったらにゃあと意味深に笑われてそんなにオレが大事か? と揶揄された。気恥ずかしくなって突っ伏した。軍属は性別の偏りが激しいから冗談も含めれば同性同士で同衾するなどありふれた。それに付き合ってくれているだけだと判っていたはずなのに藤堂は卜部を私邸に招いた。
 何とか客を迎えられるだけの体裁は調える。あまり帰らぬ家は藤堂と違う呼吸であるから少し傷んでいた。修繕をし、箪笥の中身を洗ったり干したりと忙しない。子供の頃の稽古着など出てきて苦笑する。てっきり処分したものと思っていたが。呼び鈴が鳴らされたのは日も随分高い頃合いだった。誰何しながらくぐり戸を開けると面食らった顔をした卜部が立っていた。門構えが厳ついからたいていの人間は怯む。木札に墨で藤堂と書かれた表札がいつからのものなのかは知らない。
「こっちだ。長身だから面倒かもしれないがこちらから入ってくれ」
手招きすると卜部は素直にはぁ、と吐息のような返事をして体を屈めた。
 「空手で来いって言いましたけどちょっとそういうわけには」
卜部が差しだす紙袋には和菓子店のロゴが印字されている。寒天寄せと心太っす、アンタあんまり甘いもの得意じゃねえみたいだから。よく見ているものだな。あとで茶を淹れよう。
「庭先でなら相手が出来るぞ。稽古をつけるか」
「へぇ、それじゃあオレが勝ったらなんかご褒美でもあるンすか?」
「勝ったつもりは負けるぞ」
くふんと悪戯っぽく藤堂は笑い、引っ張り出してきた木刀で試合をした。藤堂の圧勝だった。


 「すまない、加減はするつもりだったのだが」
「…いや、平気っす」
稽古だ試合だと言いながら使い手同士、しかも野戦経験のある者同士であるからルール無用の実戦になってしまう。紺袴の裾を打ち水の露で濡らしながら芝生の上を子供のように裸足で踏みしめる。特に卜部は道場での試合より野戦を好んだ。理由を聞いたら行儀が悪いだけですよと返された。それでも道場へ顔を出せば道場の流儀は守る。だからこうしてより実戦に近い試合にも付き合う。ただ問題なのは実戦に近いせいで藤堂が加減を忘れる。卜部が胴をひと薙ぎにされて嘔吐したり手を打たれて木刀すら持てなくなるほどのこともあった。だが卜部も卜部で脚を払ったり蹴りを食わせたりしているのでどっちもどっちである。だから双方ともにあまり深くは追及しない。
 案の定の結果になり、卜部は木刀を支えに縋り付いて呼気も荒く何度も澱を吐く。無理はしなくていいぞ。藤堂の言葉に卜部がべしゃりとその場に座り込んだ。はぁっと大きく息をついてしっとりと濡れていく木刀を拾う余裕もないようだった。藤堂が木刀を拾うと自分の分とまとめて縁側へ置く。
「あー、まだ胃が痙攣してるみてえ……容赦ねーからなぁ…」
「手加減すると怒るだろう、私は加減を考えようとしたのだが」
把握はしているつもりだったが。言いながら藤堂もふぅと熱っぽい息を吐いた。躍動した体躯が熱を帯びている。安寧としたまま相手が出来るほど卜部は弱くない。もっとも、四聖剣の別称をいただく四人ともがそうだと藤堂は思っている。手を抜いて相手をできる実力ではない。
「そりゃ怒りますけど。舐められるのァ嫌なンすよ」
ひゅうひゅうと喉笛を鳴らす卜部を藤堂は不思議そうに見る。意外と負けず嫌いなのだな。育ちが悪ィだけですよ。この体付きだから舐められるンですよ。細ェからすぐ折れるだろうって。それでお前は折れてやるどころか相手をへし折るのだな。そうっす。あんたは折れねぇけど。部下に早々へし折られる上官というのも考えものだが。卜部がひらひらと手を振る。あんたをへし折れるヤツぁ滅多にいないですよ。くわぁと卜部が猫のように欠伸をしてよっこらと立ち上がる。紺袴が夜闇で藍を帯びる。道着の亜麻色や打ち据えられた汚れなどが薄く見える。
 卜部が何とか持ち直したらしいのを見て取ると藤堂も縁側へ上がる。二人して足が汚れている。潔癖な性質ではないが畳敷きを泥足で歩くわけにもいくまい。
「今拭くものを持って」
そこで言葉が途切れた。びんと濡れた紺袴の裾をひっぱられてバランスを崩す。無様に転びはしなかったが、足首を掴まれ引き寄せられて結局床に伏した。打ちつけた膝や肘が痛いがそれどころではない事態が待っていた。
「一発ヤリましょうや」
「どういう流れでそうなる!」
卜部はすでに藤堂の上に覆いかぶさっていて、紺袴ごと脚が器用に絡めとられている。体が熱いですよ。そういう意味の熱さではない! 悲鳴のように叫ぶが卜部は拘束を緩める気はないようだった。勘違いしてくれたらいいんですよ。するものか。何とか這いずって出ようとする藤堂の手に卜部の大きな手が重なる。卜部は丈があって痩せている。跳ね除けようとしてもその長い脚は布地の効力まで使って捕らえている。あんまり動くと袴脱げますよ。びくんっと跳ねあがった。いくら身の回りにかまわない藤堂でも年相応に取り繕いたい体裁くらいはある。…放してほしいのだが。却下で。卜部の指先が藤堂の手すら覆って指の股を割る。指の股を撫でたり、割ったり指を開かせたりするのはまるで予兆のように卑猥に感じられた。
「卜部…ッ」
「ちょっと動けなくして手ェいじってるだけでしょう。それとも感じます?」
まるで藤堂の方が卑猥なことを妄想しているかのようである。耳や首まで真っ赤にして藤堂は唇を噛んだ。
「そう、いうのは、好かん…」
子供の駄々である。それでも想像以上に効果があったようで、藤堂の耳朶でふっと吐息が笑って名残惜しげに手が退く。器用に絡められていた拘束も解かれて藤堂が這う這うの体で距離を取る。袴、脱げかけてますよ。誰のせいだと。責任とって最後までやります? やらん!
「あんたがどれだけ無防備か判ったでしょう」
「あんな特異な状況には早々ならん」
一端の口を利くのを卜部が笑って、足を拭くもの持ってきてくれるんでしょう、畳が汚れちまう。藤堂がどすどすと足音も荒く板張りの上を水場へ向かっていくのを見送る。
「やめる気ィなかったけど嫌われたくはねぇんで」
しばらく水音を聞いていたが戻ってくる気配がする。卜部、と呼ばれて振り向いたら濡れタオルが顔面にぶち当たった。
「ひでぇな!」
「仕返しだ」
藤堂はもう身なりも整い足元も綺麗だ。やっぱりこの男は綺麗なのだと思った。卜部は拗ねたように文句を言いながら足を拭った。



《了》

エロシーン消した                   2022/09/17UP

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