※ゼロバレ、卜部さん死んでますネタ


 つらいの、くるしいの?


   もう何も、思い出さない


 解っているつもりだった。敗戦国の軍属であること。地下活動。戦うと決めた時に。判っているつもりだった、それは本当に藤堂の奥深くにまで浸透していなければならないものだったのだ。牢獄の中で見ない顔があることに安堵し、だがそれは牢を出てからも見なかった。欠けが生じた。無根拠に他人事であったつもりはなかったがそれでもやはり己は判ってはいなかったのだと。告げられた一言とその名前に、藤堂の奥底が。

――卜部が、死んだ

 喧騒が落ち着く頃合いを見計らったように団体の統率者であるゼロから呼び出しを受けた。時間が欲しいと言われて頷いた。指定された場所はねぐらではなく路地裏だった。その格好で来るのかと言うとこもった笑いを発したゼロはあっさりと言った。顔を見せる、そのくらいはしないと釣り合いが取れない。連れも尾行も撒けよ。私の、けじめのつもりだ。機械音声が揺らいでいる気がした。

 結局藤堂は言葉通りにその身一つで路地裏の喧騒を歩き回った。あののっぺりとした眼鼻のない仮面は目立ちすぎる。そしてゼロはけじめと言った。何かがあるのだろうと指定された場所へ向かった。物不足と治安の悪さは個を埋没させる。仮面を外したゼロならともかくと思うが藤堂と言う個すらないものだった。逼迫した生活を送る人々の群れは刹那的だが自身の身を守ることを優先する。逢瀬も諍いも咎めず目線も向けずただ無関係な群れだ。決められた手順を経てたどり着いたのは奇妙に入り組んだ迂路の先だ。美貌の少年が待っていた。細い黒髪と利口そうな双眸。荒れた衣服を着てものぞく肌は綺麗で顔立ちやまとう空気にもすれた気配はない。場違いに迷い込んだように異質だ。手を加えれば性別の誤認さえ起こしそうで、体つきも男性にしては華奢だ。だが男だと思う。だけど。紫苑の双眸が躊躇する藤堂を眺め繊手が手招きする。手や肩や体付きは男性だと思うのに首が細い。そも、男性だという判断さえそうなのではないかという曖昧さを帯びてしまう。
 藤堂がゆっくりと歩み寄ると口元を弛めて笑った。癇性を帯びるようなそれは与える影響や印象を知っているものだ。ただの無謀や温室育ちではなさそうだった。振る舞いや言動の結果を正確に識っているそれだ。そしてどこかで見たような面影。
「お前とは顔を合わせているんだがな。ルルーシュと言う名に覚えは?」
藤堂は静謐にその言葉を呑んだ。ルルーシュも名乗った以上の繰り返しをしない。
「君が」
「そうだ。今のお前の上にいる男だ」
応酬は少ない。時間が欲しい、とは。癇性的な笑みが攣った。顔を俯けて息をつく。ルルーシュの中で決めかねていることなのか。藤堂は長丁場を覚悟して待った。互いに衣服と言う記号は取り換えてきている。この状況はどう見えるだろうとふと思う。私が彼を買おうとしているように見えるか。商品も客も性別も所属も問題にならない。同性同士の交歓などまだうぶで性質が良い。
 どう見えていても訂正も主張もする気が藤堂にない。そんなものは路地裏では要らないのだ。黙して待つと肩を落とすように息をついて俯いたルルーシュがその桜唇を動かした。
「お前の部下をオレが殺した」
卜部巧雪。藤堂の直属と言っていい位置にいて、団体を変えてもついてきてくれた男だ。別称をいただくに足るだけの戦績と戦闘力。飄然とした痩せた長躯を思い出す。

欠けだ

部下を亡くしたことがないほど世間知らずではない。それでも不意にあいたその空隙は疼くように痛んだ。ゼロを助けるときに、死んだ。藤堂が聞かされたのはそれだけだ。そして目の前のルルーシュが。
「どうした、怒れよ。お前の腹心だ。判ってないわけじゃないだろう、卜部だよ。あいつだ」
藤堂は口を利かない。ルルーシュの眼差しが潤んで揺らいだ。
「卜部の決めた死に場所に異を唱えるつもりはない」
ははは、とルルーシュは歪んだ笑い声を立てた。お前も、卜部、も。
「恨みごとの一つも言えよ。……言ってくれた方が、いい…」
綺麗ごとじゃないぞ事実だぞ。ルルーシュが顔を上げた。泣いてはいなかった。ただ、辛そうだと思った。
「自分を捨てると言ったんだ。そういう作戦だと、言った」
「…作戦は成功したのだろう。だから君がここにいる」
「……そんなに簡単に、捨てるな。助かったさ。作戦は成功した。でもオレは、捨てるだけが術じゃないって、切り捨てる、だけが……そうしたら」
その言葉であいつが喜んで、それで。
「……そのまま、自分、で」
生き残ったことは悔やまない。恥じない。けど。
「オレの目の前でオレのせいで、死んだ」
本当に、本当に助かったんだ。ただ、それがひどく。ひどく、つらくて。覚悟が足りないと嗤えよ。お前のせいで部下が死んだと怒れよ。罵れ。静かにぽつぽつとこぼれる言葉を藤堂はすべて聞いていた。激昂も叱責もしない。卜部が死んだのは事実だ。場に居合わせた燃えるように紅い髪の少女からも言われた。そして藤堂は判ったと応えた。
 「あいつは最期まで、四聖剣、だと言った」
あぁ、と音とも声ともつかない何かが吐き出された。四聖剣は、お前の部下だ。お前のものだ。言いながらルルーシュは落涙しそうだと思う。…こういうところが私は欠けている。関係のあるものを亡くしてつらいと思う前に武人として臨んでしまう。戦地に赴くということはこういうことなのだと何かが藤堂の何かに蓋をする。つらい哀しいと涙することがない。日本がブリタニアに敗けた時。苛烈で残酷な戦闘状況の中で藤堂は関係の深浅に関わらず知己をたくさん亡くした。それでもまだこうして戦場に臨む。生きている。
「うらべが、しんだ」
びくんとルルーシュの肩が跳ねる。ぎりと細い指が着衣の上から爪を立てて抑えつけている腕がぶるぶると震えている。そうだ、死んだ。戦闘機ごとだ、絶望的だ。だから。だから。
「お前のせいだと罵れ」
「意味が無い」
ルルーシュの爪がさらに深く抉る。痛みを感じるだろうと思うのに音がするほど強い。
「オレは…オレの大事な人が死んだらそいつを責めるぞ。罵るだけじゃ済まないかもしれない。悪手だと判っていても堪えきれない」
卜部が決めたことを拒む気はない。人のせいにするのか。ぴくと反応するのを見てルルーシュが笑った。ほら感じるものがあるんだろう、それをオレにぶつけろよ。ルルーシュが身じろぐたびに細い髪が揺れた。もう覚悟はしていたはずなんだ。
「それでも今お前が憤ってくれたらいいと思うオレがいる」
自身の腕を押さえていた繊手が伸ばされる。
 骨格は男性なのにたおやかな手だ。小刻みに震えて藤堂の体に触れる。怒りを堪えて震えもしないんだな。お前の体が静かだ。お前がオレを責めてくれたら楽になれる。逃げだと判ってる。オレの気が済むだけだと判ってる。
「未熟だ」
「…敏すぎるのも考えものだな」
「お前こそそうだ。お前がもっと易い男だったらオレだってこんなに苦しまない」

卜部と深い仲だったんだろう

吐き出されたそれに反応しない。詮無いことだ。これでも頑張ってカマをかけてるんだぞ、動揺しろよ。藤堂は息をついた。弛緩を感じて張り詰めていたと識る。
「私は取り乱せばいいのか」
「深い仲のやつが死んだら狼狽えるものだろ、後はな、見れば判る。蛇の道は蛇なんだよ」
ルルーシュは初めて少し愉しげに笑った。あぁ。ルルーシュが膝を抱えるようにしゃがみ込んだ。ぐりぐりと膝に額を押しつけているらしい。細い髪が波打つように曲がり流れる。オレもあいつを抱きたかったな。卜部をか。あいつの距離の取り方が好きだった。お前を信じてるって判るのにどこか少し引いたようなのが。話してると思い出す。
「あぁ、本当に。惜しい。地位に物を言わせて抱けばよかった」
細い肩が震えた。言葉が道化じみているのに声の震えが隠しきれていない。
 「何故そこまで卜部を気にする」
「オレが殺したからだ。オレは……大切なものを奪われるということを知っているのにそれをお前に強いた。オレ自身が赦せないことを、お前たちにしたんだ」
「それすらも含めての覚悟だろう」
紫苑がきょろりと藤堂を見上げて笑う。初めて怒られたような気がするな。少し気が楽になった。わがままを言っていいか。無理を聞いてほしい。藤堂は黙って先を促した。ルルーシュが藤堂の手を掴む。
「オレに抱かれてくれ」
「こんななりに欲情するのか」
「直截的だな。…甘えだと判ってる。拒んでほしい気もするし抱きたい気持ちももちろんある。もうオレはめちゃくちゃだよ」
オレがオレに成るのを手伝ってくれ。藤堂はルルーシュに向き合うように膝を折った。ぶつかるようにルルーシュは藤堂の体を押す。抵抗は出来たはずだったが藤堂はされるままに押し倒された。たのむ。これで最後にする。だから。

たすけて。

ルルーシュの手が藤堂の体をまさぐる。藤堂は力を抜いた。


 
 ぴく、と薄皮が痙攣して目蓋が開く。茫洋とする。乱された衣服は煩わしく四肢に絡んだ。ひどく、億劫な気がした。いつの間にか降りていた夜闇の中でルルーシュの肌が仄白い。薄く発光しているような錯覚さえ起こす。…傷のない、体だ。言葉はこぼれなかった。唇が動いたが音は漏れない。それでもルルーシュは気づいたかのように藤堂を見て、笑った。オレみたいなのに好き放題された気分はどうだ。藤堂は灰蒼の双眸を瞬かせた。特に、どうでもない。ただ己の体はこんなものかと判っただけだった。そう言うとルルーシュはお前は本当に色気がないとさらに笑った。泥濘の寝床で二人して汚れている。藤堂は体を起こすと乱れた衣服をきちんと着た。
 「襟くらい弛めろよ、色気がないな」
逡巡の後に留めを弛めた。着崩れた服は汚れとあいまって界隈に融け込む。ルルーシュも同じようにシャツを羽織り釦をいくらも留めない。少しはこなれて見えるか。藤堂の視線にくふんと妖しく笑いが返る。…解消されたか。大粒の紫苑が藤堂を刺し貫く。されるものか。けれど。
「この淀みを抱えて、オレは行く」
お前だって、そうだろう。藤堂は応えない。それが答えだ。嘆息して重心をずらして立つ。この立ち方は卜部から教わったものだ。あんたは中心に芯が通ったみたいな感じだから所属が判りやすすぎる。脳裏で声がした気がした。ルルーシュに小突かれる。お前がそんな斜に構えるのは珍しいな。理由は教えなかった。


《了》

思い出したかのように繰り返してる            2019/06/01UP

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