※朝藤、ライ卜部前提です。


 0か100か
 無いか在るか
 たぶんそれだけのこと


   お仕置き覚悟

 日本解放戦線という軍属の成れの果てへ新顔が加わってからしばらく経つ。卓抜した戦闘機への順応性。年齢のわりに慣れた動作で戦闘機を繰る。学生服を持っていたから学生なのだろうと大雑把に思っていた。もともと閉鎖的な団体である。そこへ入り込めるなら彼には手段と技術があって、それ以上の情報はいらないのだ。解放戦線でそれなりの地位を築いた藤堂の私室へ彼は堂々と出入りする。ライという名前以外にはなにもないと笑う彼の笑みはひどく儚く、また倦んでいる。老獪に諦観をにじませるそれは彼の年齢さえも曖昧にする。藤堂の寝台へ臆面もなく転がる。そういうところは朝比奈に似ている。朝比奈は付き合いも長く、また藤堂の直属として動いてくれる数人組の一人だ。四人という数字をとって四聖剣などと別称があるようだ。当人たちは特に気にしていないようでいつしか定着していた。
 支給された日本軍の軍服の奥のライの体はまだ細い。嫋やかな細腰に澄みきった白い肌。白銀の髪は毛先へゆくほど蜜色に透けて煌めいた。瞬く睫毛まで透き通って日本人であるという触れ込みを疑いたくなる。由緒ある血統なのだと聞かされている。藤堂の上官がそれに納得し、ライの所属を決めたのだ。藤堂がなにかいう筋合いではなかった。前線に立つ身としてライの戦闘力は単純に戦力として数えたいものだ。群を抜く技術は一兵卒にしておくには惜しい。配置や戦闘の運びに明確に影響を及ぼすだけのものがある。硝子玉でもはめ込んだような蒼い双眸が藤堂を見上げている。
「藤堂中佐」
蠢く桜唇は艶めいて気を騒がせる。座ればいいんじゃないですか? 藤堂中佐の私室なんですし。場所を空けてもライに退く気はない。隣へ座れとポンポンと場所を叩く。嘆息してからどかっと腰を落とす。軍属に所属を極めてから職を変えたことはない。良きにつけ悪しきにつけ藤堂は軍人としての振る舞い以外の処し方を知らない。昔は道場で師範として籍をおいていたが相手の大半が子供であったこともあり特に新しく何かを覚えることはあまりなかったように思う。
 ライの体温が寄りかかってくる。白くて細い指は意味深に藤堂の軍服をなぞる。乱暴に扱えば折れてしまいそうなライが案外強かであることは何度も教えこまれている。卜部さんと朝比奈さんが。…二人が? くすっとライが笑った。気になります? 君が話したことだ。じゃあよそうかな。うそぶくライは楽しげだ。ライは年齢にそぐわぬほどの狡猾さを見せる。性質悪く働くそれをライは判っていてそう振る舞う。歪んだ発露の標的はおおかた藤堂や卜部になる。ライがしなだれかかるのは故意だ。彼は自分が相手にどう見えるかをきちんと把握している。
「鏡志朗さん」
耳朶で囁く声にはまだ高音のとがりがある。吐息と一緒に舌先がかすめて藤堂は思わず身をすくませた。ライは肩を震わせて笑っている。ねえ鏡志朗さん。だめですか? 敬語の言葉尻でありながら強引に事を通そうとする。それは朝比奈にひどく似て。藤堂は朝比奈とライの類似に惑う。二人共所属のわりに華奢な体躯と妖艶を持ち合わせる。穏やかそうな顔立ちやくっきりした目縁。長くて密な睫毛。色合いだけは黒と白のように反対だ。
 ぱちり、と釦が外れた。桜の爪が釦を一つ一つ念入りに解いていく。滑りこむライの手は冷たい。胸部を撫でまわしてから脚の間を移ろう。
「あなたのすべてがほしい、なんて」
呟く言葉さえも似る。同じ言葉を吐きながら、朝比奈の手は熱っぽくライの手は凍るほど冷たい。ライが激高するところはあまり見ないように思う。常に一歩引いた位置から物事を見ている。落ち着きや自然な動作としてとらえるには彼の年齢は幼すぎる。朝比奈との交渉のおりには体の領域が曖昧になるほどとろける。ライの体は明確に線を引く。侵蝕することもされることもなく、ライと藤堂は別個体として維持をする。どちらが好いのかなどはわからない。
「鏡志朗さん、僕、実は卜部さんが好きで」
実は、と前置くわりには秘されているとは思えない軽さでライは告げる。朝比奈さんは鏡志朗さんが好きだって。僕は卜部さんが好きで。どっちもいないから、慰め合いませんか? 卜部も朝比奈も任務のためにここしばらくは姿を見ていない。こらえるという選択肢はないのかね。ないです。僕、交渉相手の潔癖さとか気にしないので。鏡志朗さんは嫌いじゃないですし。
「発散、したくて」
燃える紅い舌先がその桜唇を舐める。照りを帯びた唇は濡れ光る。
「私は卜部の代わりか」
「そうですね。でも、鏡志朗さんだって」

僕が朝比奈さんの代わりでしょう?

応えは喉奥へくぐもる。ライの唇が藤堂の唇へ重なっている。濡れた舌がグイグイと押入る。頬へ添えられた手の細さと強さに驚いた。その指が藤堂の脇腹を思い切り掴んだ。びくびくと痙攣して跳ね上がるのをライはケタケタと笑った。良い反応。卜部さんと一緒です。反応? そう。朝比奈さんにこれやると気持ち悪いって殴られる。卜部さんと鏡志朗さんは女だからこういう反応するんだ。
 寝台へ仰臥する上にライがのしかかる。華奢な体躯であるから圧迫感こそないが抑えつけられているのは明確に感じ取れた。思ったより頸が細いな。指先が喉仏を押す。こりこりしてる。圧されて気道が狭まる。息苦しさに眉を寄せて喘ぐのをライは高みから見下ろす。
「本当によく似てる。卜部さんもこういうの好きなんです。知ってた? あの人結構受け身でしょ」
蒼い双眸が冷たい。
「卜部さんと本当に似てて」

「腹が立ちます」

潰れる音がするかと思う程一気に塞がれる。反射的にライの手を払った。咳き込んで喘鳴を繰り返すのをライは脱力したまま静観する。払いのけた際の手加減を間違えたか叩いたライの手が紅く腫れた。ライは痛がりもしない。目線を向けもしない。指を這わせた喉にライの指跡が残っているような気さえする。ほらそういうところも似ている。卜部さんも藤堂中佐も、僕をぶん殴って立ち去るべきなんですよ。毀れた笑いは綻ぶように華やぐ。
 「優しいからすがっちゃう」
それってすごく。すごく残酷だと思いませんか。歪むライの顔立ちはどこまでも美しくて陶器に似た。簡単に壊れるような危うさを秘める。写真でもとって朝比奈さんや卜部さんに送ってみます? 多分殴られるのは僕だけで済みますよ。何故君だけで済むんだ。首を傾げる藤堂にライが嗤った。女殴る人はなかなかいないでしょう。噛み付くようなキス。そのまま起き上がりかけた寝台へ再度埋まった。指先は乱暴に藤堂の衣服を剥ぐ。露出した胸の先端をライの桜唇が食む。同時に脚の間を丹念に揉みほぐされる。藤堂の身震いさえもライは気づかないふりで手を緩めない。本気で退けようと思えば可能だと識っている。藤堂にも戦闘力はあるし低くないと自負もある。丈も目方も自分のほうが勝る。納得させようと思う脳裏に警鐘はけたたましい。青色の双眸。深い青は水面のそれで、水面のように底を見せない。澄み切ったそれは鏡面となって奥底を閉ざした。その双眸はひどく強くて藤堂は逆らえないのだと識っている。腕力の問題ではない。狡猾で老成し倦む。諦めを見せながら膨大な経験値はありとあらゆる手段を用いようとしてくる。たぶんライにできても藤堂にはできぬことがある。決定的に分かつ何かの存在だけを触覚で感じる。
 尖った舌先は藤堂の胸部から下腹部へと降りていく。丁寧に釦を外すのは優しさであるというよりただ焦らして愉しんでいる。吐息に熱がまじりだすのが判りながら止められない。すくませながら伸ばした藤堂の指がライの髪を梳く。くせ毛に思っていたが案外柔い。サラリとすべる指通し。撫でる手がうなじへ下りてもライは構わない。身じろぐ体の腰骨を抑えられる。
「ら、い」
口の端を吊り上げてライは藤堂の下着の奥へ顔を埋めた。藤堂の背がしなう。


 分離する動きに身震いした。虚ろに開いた口元は唾液が糸を引いた。胡乱な嬌声をこぼして閉じることも忘れた唇を銀糸が渡り、震えて吐き出す舌が時折それをぷつりと切る。ライの強い指先は藤堂の虚や関節を丹念に探り当てた。不思議ですよね。ライの声には嘲りが混じっている。僕、恋人の記憶はないのにこうやって抱く手順とかそういうの識っているんです。不誠実ですよね。それとも。
「キモチイイことだからですかね?」
がりっとライの歯が藤堂の首筋へ突き立つ。犬歯の尖りが出血を引き起こす。噛まれた瞬間には体が収斂して震えが殺しきれない。笑う気配がした。やっぱり違うなぁ。顔だけを向けるとライは小首を傾げてみせた。小動物じみて愛くるしい。かぶさろうとするライを押しのける。ライも逆らわずにちょこんと控えた。背骨が軋んだ。体の奥底へ疼痛が走る。嘆息して気を静めようとするのをライはニヤニヤ笑ってみている。見下げて馬鹿にしているというより単純に面白がっている。記憶が無いライにとって全ては他人ごとだ。ライがそう言っていたのを思い出す。
 ライはひょいと寝台から降りると藤堂の机に座った。椅子ではないのは故意だろう。脇へよけてあった藤堂の蔵書を引っ張りだしては読みさしのページを開いて目線を投げる。白皙の美貌に見合う伸びやかな四肢。悪びれない開き直りの子供は厄介だ。ライの通信機器が鳴動する。放り出してあった上着から探りだしたライが答えた。はい、あぁ卜部さん。二言三言会話をしてから機器を藤堂へ突き出してくる。なんだ。卜部さんが藤堂中佐とお話したいそうです。
「…私だが」
『あんたケツ無事か』
うぐるぅ、と猫のように喉が鳴ってしまった。応えを殺そうと言葉を殺したら喉元で相殺したらしかった。言葉も無い藤堂に卜部も何も言わない。沈黙がいたたまれなくなり藤堂から口を利いた。
「うらべ?」
『少尉のそばにいンのか』
「そうだが」
『喫煙室?』
「ちがう」
『少尉に代わってください』
代われと言っているが。おずおずとした動作になってしまうのをライは気軽く受け取った。耳へ当てた途端に藤堂にも聞こえるほどの大声が響いた。少尉あんたなぁ、フォローはしねぇぞ朝比奈にぶっ殺されることだけ覚悟しとけよ!
「わぁーこわいー」
ライはどこまでも軽い。
「でも藤堂中佐も乗り気でしたけどそれでも駄目なんですか」
顔が燃える思いに藤堂は思わず顔を伏せた。耳が熱い。震える口元が引き結んでおかないと何をこぼすかわからない。泡を食う藤堂をよそにライはふぅと淋しげに笑った。

だって卜部さんがいなくて寂しくて。

思ったことを言葉にできるのは才能だ。気恥ずかしさを感じながら藤堂の目線には羨ましげな色が含まれた。卜部の声がかすかに聞こえる。寂しいじゃねぇよ一人寝に慣れろよ。卜部さんがいるのに。よりによって中佐ってところがあんたは駄目なンだよ。ライが赤い唇を尖らせて文句をいう。だって。言い分は後で聞くからとりあえず中佐に代われ。ぽんぽんやりとりされる機器を慌てて受け取った藤堂にすぐさま卜部の声が聞こえる。
『朝比奈には正直に言ってください。下手に隠すとあんたがとばっちり受けかねないんで』
朝比奈は理知的でその分攻めは執拗だ。こくこくと黙したまま頷いてしまうのを見計らったように通信が終了する。
 ライに通信機器を返すとくすくす愉しげに笑われた。藤堂中佐が人気あるの判る気がするな。私に人気はないが。あ、それでいいです。そのままでいてください。納得しない藤堂にライはそれ以上語らない。たぶん、男にしかわからないから。私も男だが。男って言うより猫とか女だと思いますけど。とさ、と藤堂の体が押し倒される。
「バレちゃって怒られるならもっともっとしようかな?」
「……罪を重ねないほうがいいと思う」
「あはは、そういえばあの読みさし、ミステリーの解決編の途中でしたね」
罪を犯してしまった犯人としては毒を食らわば皿まで、です。返事はできなかった。唇が吸われていた。押し込まれる舌と這いまわる指と。思い出してゾクゾクとしてしまう体にライは目を眇めて嗤う。

「本当に罪なのはきっと貴方だ」



《了》

始まりはまじめなのに終わりがものすごい投げた感が半端ない      2015年4月12日UP

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