美貌と精悍の内側
釣果と猫
繊手は見た目を裏切る強さを帯びる。軍属であった藤堂を組み敷くのはルルーシュだ。名前の韻も綴りも藤堂の文化圏とは異なる。藤堂の故郷に番号をふって従わせる国がルルーシュの故郷だ。そのルルーシュが何故反政府組織に居座るのかは聞いていない。頭がよく言葉や言い回しも多彩だ。問うたところではぐらかされるのがオチである。細い手と髪。人種が違うのに彼の髪が見慣れた黒髪であるだけで気が緩む。幼いころに顔を合わせたことがあるのも仇になった。ルルーシュが明かした秘密の重みは同時に藤堂の口を重くする。おいそれと周りに意見を求められるようなものではないのだ。藤堂とルルーシュの処遇はもとよりこの団体が空中分解しかねない。そのあたりを読めない知能ではないから藤堂に打つ手など元からなかったことになる。ルルーシュが決めた時から藤堂は王手をかけられている。
熱心に舐られている。それでいてルルーシュは藤堂に快楽を味わせる気がないらしく、藤堂の昂ぶりは何度もかわされて四肢が重たく凝っていく。沈みすぎる寝台と中身もなく膨らむ毛布に埋もれるようにして藤堂の意識が空を漂う。年齢的な身体格差として藤堂のほうが先に尽きる。しかもルルーシュは焦らす。絞り尽くそうとするように体の隅々までを丹念にほぐされて、藤堂に適度に疲労を与えて反抗の意を奪っていく。藤堂はいつも終いには終わるならばとなんにでも頷くハメになる。何度も恥をかくのに直らない。藤堂がこらえる前にルルーシュの手腕のほうが上回る。
「お前、最近路地裏へ顔を出すらしいな」
返事の必要を感じなかった。黙る藤堂にルルーシュは気軽く話した。朝比奈と卜部が心配していたぞ。朝比奈がお前の貞操と命を心配していたな。卜部はあれはなんだ? 不満と肯定を同居させる奴は初めてだ。二人とも藤堂の部下だ。この団体に所属する前からの付き合いで、二人共が藤堂の直属と言っていい位置に居た。戦闘力も高い。この団体でもそれなりの厚遇で迎えられているのだが、特に卜部はなぜだか世間ずれしていて藤堂の手に負えない。思わぬ場所で顔を合わせて知らぬふりをする。将来を約束したわけでもないから言い訳する理由もないが、互いに行きずりを引っ掛けていては具合が不味い。
「お前の体は淫乱だから」
決めつけながらルルーシュがそれ以上行為に熱心になるでもない。熱を発散しきれない藤堂が路地裏へ行くのも黙認する。
「大物をひっかけろよ」
離れてしまうルルーシュは冷淡だ。着衣の乱れを直し、端末へ向かうともう顔さえ向けない。藤堂は嘆息して破れる勢いで散らかされた服を拾って支度をする。声もかけない。ルルーシュは同時進行が出来るだけの技術があるのに声をかけられるのを嫌った。鬱陶しそうに追い払う容貌は怜悧で、整っているだけに辛辣だ。
いつもどおりに藤堂は乱れを直して部屋を出る。時間帯と位置のおかげで通りすがりにも会わない。団体で素顔を隠すルルーシュは慎重で、いざというときの抑えは混雑へ紛れることではなく袋小路に居して人通りを絶った。ルルーシュが専有する部屋には、そこへ用のあるものしか入り込まない。通りへ紛れる際に気を使う。紛れるだけの人数が居ないことはすなわち出所さえもが明確だ。待ち伏せでもされるとことだ。藤堂が団体のトップであり謎の人物のゼロの部屋へ出入りした理由を説明しなければならなくなる。ルルーシュは自分がゼロであることを団体の構成員にも隠している。
むやみに重いだけの四肢を無表情に繰って藤堂は自室へ戻るか抜けだすかを真剣に悩んだ。自室へついてもしばらくぼんやりする。じわじわと奥底を焦がす熱は容易におさまらない。外套を引っ張りだして羽織る。所属団体の都合上、丸腰でいる訳にはいかないから獲物を呑む。剥き出しで歩きまわるわけにもいかない。流れ作業に手続きを踏んで藤堂は路地裏へ繰り出した。
夜半遅くになればなるほど屋台や露店は盛況だ。この国土は番号をふられた上に締め付けにもあっているから非合法のほうが活気がある。日本人は日本という国を奪われて呼称を替えられ最下層民へと押しやられた。日本人として真っ当に生きようとするだけで生活が滞る。妥協と暴走をはらんで人々は割れた。藤堂たち非合法団体の活動を褒めるものがいれば厄介に思うものもいる。
藤堂は露店でオレンジを買った。オレンジと蜜柑は違うのだなと無為に思った。手に持った際の重みや皮の上からの手応えが違う。ボールのように放り投げては受け取るのを何度か繰り返す。ぽん、ぽん、と一定のリズムで同じ軌道をたどる。柑橘系に独特の香りがする。酸っぱいような奥に甘みを感じる。甘党には足りなかろうと思った。
こすれるだけで砂礫をこぼすような粗い壁に背を預けた。外套越しに僅かな崩れと音がする。小型のナイフを取り出すと皮を剥いた。蜜柑よりよっぽど厚い皮なのに剥いてしまえは香りが鼻孔をくすぐる。蜜柑より香りは強いのか。がぶがぶと食らうと手の中で果汁がしたたる。酸味は思いのほか強く、皮膚が弱ければ痒みを発する。薄皮ごと喰らう。そういえば朝比奈は房の果実を食した時、房ごとの薄皮を吐く。理由を聞いたら口の中へ残るだの不味いだの言われた。口から無造作に吐き出す行為に少し驚いた。食べきってから剥いた皮を捨てる。ゴミ溜まりはそこら中にある。藤堂の捨てるゴミはまだいい方だ。べたつく指や手を舐める。口を開いて舌を這わせる。
「おや、猫がいる」
穏やかで優しく深みのない声だ。眼鏡と陶器を思わせるような額。どこまでも違和感がつきまとう。淡い紫が潤んだように眇められる。乳白の官能的な柔肌。練色の髪はわずかににごり、それが髪としての存在感を増す。透き通る金髪と違って生え際の色が明確に違う。その桜唇には幼いころからまとっているだろう美貌が匂う。体つきは明確に男であるのにどこかしらで方向を見失う。故意に曖昧な性別はルルーシュを思い出させた。髪留めをその指先が取り払う。その動作はあくまでも優美の範囲内で乱れない。ふわりと目元を隠そうとする豊かな前髪。眼鏡をずらされてようやく彼が誰かわかった。シュナイゼル。皇位継承権も上位で実務につく彼が植民地の、しかもこんな界隈にいるなど誰も思っていない。周囲の無関心は無根拠な常識が支えている。訪問や会談が報道される立場の者が早々市井にまじるなど誰も思っていない。
身動きの取れない藤堂をゆったりと眺めてからシュナイゼルは彼に独特の鷹揚で穏やかな笑みを浮かべた。髪留めをつけ、眼鏡をかける。補強具は変装のためであるらしく、だからこそ違和感がある。日常的に使うものなら指や手脚のように器具が馴染む。猫がいるというから探してみたのだけれどね。見つかってよかったよ。後退ろうとして背後の壁が砂粒をこぼす。シュナイゼルも藤堂も長身だ。大きくて白い手が藤堂の外套の合わせから入り込む。戦慄く唇を吸われた。ごつ、と圧された頭部が壁にぶち当たる。逃げ道が文字通りない。すがるように壁にしがみつく指の股さえなぞられる。果汁でべたつくのをものともしないシュナイゼルはたっぷりと藤堂の口腔を味わい犯した。呆然とした舌を絡め吸われて逃げる。追いかけるように重なる口の中で藤堂の舌はなぶられ食まれた。やわい場所を自分ではないものが食むのは禁忌じみて快感だ。自分で体に触れるときのような無意識の手加減がない。不味いと思う場所さえ簡単に触れてくる。閨の手解きはすでに受けていてね。藤堂のもがきはことごとくから回った。シュナイゼルはルルーシュの異母兄だ。実績のある彼の顔とおおまかな経歴は基礎情報として内外や敵味方にある程度共有される。年齢や実母の後ろ盾。ルルーシュと同じ抑圧を感じる。表立ってはねつけづらい。断れば退くと思うのに断った際に表情が悲しげに歪む。落ち度がなくとも彼らの美貌が感情を押し流した。麗しい顔に嘆かれて無表情でいられるだけの豪胆さが藤堂にはない。しかもただ悲しむばかりではなくその前に嬉しげにほころぶ笑顔を必ず見せてくるから余計に性質が悪い。
うめいて眉を寄せるのをシュナイゼルが嗤った。人が好いね。血みどろの離宮は嫌いかな。彼らの国では強いことが賞賛される。過剰だと思うほどのそれは徹底されていて、植民地を爆発的に広げた一因でもある。その倫理は身内にも当てはまるらしく、最高権力者の一族であっても廃嫡や追放は少なくない。権力闘争の苛烈さや手段が問われないだろうことも想像に難くない。感情を揺さぶる美貌を戦力として考えないわけもない。判っていて揺らいでしまう弱さに藤堂の顔がしかめられていく。白い手が外套の組紐を解く。衣服はじっくりと時間をかけて剥かれた。抜け殻のように一枚一枚を確実に剥いでいく。襟を開かれて喉仏を食まれた。唇で挟むだけだ。歯の硬い感触はない。
「力で退ければ良いだろう。できないわけでもあるのかい」
言い聞かせるような口調は立場の高低を明確にする。そこに年齢は含まれない。踏みつけることしか知らない穏やかな冷たさが藤堂の体を包む。藤堂の体に残る傷を一つ一つ桜色の爪が撫でた。傷が残るということは深手だろうに君は生きているのだね。返事をしなかった。口の開くのが億劫だ。シュナイゼルの微熱は藤堂の体をわずかずつ喰らう。遅々として進まないその早さに食われる側が倦んで投げ出す。殴打や足蹴を避けられることも影響した。明確な痛打があれば反発する。シュナイゼルの剪定や間引きは丁寧で痛みを感じない。気が付くと自らが侵蝕されて戻れぬだけのものをなくしている。
隔絶した白い世界が蝕む。頬に添えられる手はそれ以上の力も込めない。添えるだけのそれをはねつけられない。シュナイゼルもそれを判っている。喧騒が遠い。鼻腔や内耳につまりを感じた。吐き出すことも呑み込むことも出来ないもどかしさに口元を引き結ぶ。シュナイゼルは熱心に藤堂の体を舐ったり撫で回したりする。しこりを探り当てた時に桜唇が微笑む。思わぬ場所を探られては身震いするのを楽しそうに眺められた。
白磁の肌に爪痕を刻むことに怯む。奥に入ってもいいかな。白い手は遠慮も躊躇もなく脚の間へ滑り込む。藤堂だけがビクリと跳ねる。壁際に位置をとって休んだことを呪いたくなった。道の端や袋小路は通行人の視界から失せることになっている。誰も止めない。焦らすように指を吸われた。爪の間へ沁みとおると思うほどの唾液に塗れる。微温い雫が手の内から手首へ滑り、腰にゾクリと震えが走る。湾曲している背骨から腰骨へつなぐあたりが落ち着かない。身じろぐのをシュナイゼルは咎めない。同時に見ないふりもされている。年下であるシュナイゼルにいいようにされている。ルルーシュといいシュナイゼルといいあの一族には呪わしい何かがあるのだと文句をつけたかった。こちらの手からもオレンジの香りがするね。舐めたら甘いかな? 薄紅の唇の奥から覗く篝火のように紅い舌先に慄えた。恐怖や背徳や禁忌や、後ろめたいものが髄を奔る。手にしていたナイフを振り上げるだけの余裕がなかった。取り落としていたそれは舗装されない地面に埋もれて、すぐさま振り上げるわけにはいかなくなっている。拾うだけの間にシュナイゼルがなにもしないわけもない。
柑橘の香りを吸い込んで濡れた唇が藤堂の口元へ囁く。力が入っていると痛いかもしれないね。がぶ、と首筋に噛み付かれた。しかも容赦なく歯を立ててくる。それまでの優しい愛撫が嘘のように皮膚が裂かれて肉が千切れた。燃え上がり灼けつく痛みに藤堂の腕が跳ねてシュナイゼルを突き飛ばす。反射的に首筋を撫でて傷を確かめる。指先についた深紅に一瞬意識が飛んだ。戦闘経験者として流血や肉片を知らないわけではない。突き飛ばされてもゆらりとした立ち姿の艶やかなシュナイゼルの唇の紅にぞっとした。
「口を開けてごらん」
「駄目ですよ」
ざりざりと土を踏みつけて華奢な人影がシュナイゼルの背後から近づく。蹴りつけるようなそれに泥が飛び、シュナイゼルの足元を汚した。フードの付いた上着に細身のズボン。靴も衣服も大量生産品に共通する安っぽさがある。つばのある帽子をとった少年が口元の裂ける笑みに美貌を歪めた。
「兄上、それはオレの猫です」
「…ふむ」
「あなたに差し上げるなんて勿体無いことをするわけがないでしょう」
細い黒髪。紫の双眸。ルルーシュ。名前を喉奥へこらえる。ルルーシュは藤堂を褒めるように恍惚として笑った。
二人の間に燐が燃える。蒼白いような揺らぎは刹那に瞬いて隠される。言葉ひとつで世界が反転する事を識っている二人の世界から藤堂がゆるやかに弾かれる。
「猫は家につくのだろう。主が変わっても構わないと聞いているよ」
「オレの女に手を出さないでいただきたいですね」
「兄弟のよしみで共有する訳にはいかないかな」
声のこもった笑みにルルーシュの細い肩が揺れる。その兄弟のよしみでオレがどれだけ失ったかご存じないとは言わせない。紫苑の双眸が刃の鋭さでシュナイゼルを切りつける。俯ける顔と裏腹にルルーシュの視線はシュナイゼルに据えられたまま動かない。女と会えたのはただのラッキーでしょう。なくしたからどうというものでもないはずだ。シュナイゼルもあっさりと応じた。そうだね、でも死人に生きた女はいらないんじゃないかな? 紫水晶に奔った怒りに藤堂が唾を飲んだ。標的にされているはずのシュナイゼルは眉一つ動かさない。
「あなたはそうやってオレの大事なものを奪っていく」
だがそれは国是だ。悪意のない白皙は静かに波紋を及ばせる。血を見るのは好みではないのだけれど仕方ないかな。
シュナイゼルの腕が振り切られる前に藤堂が疾走った。土を踏みしめて体を沈ませると掌底を叩き込む。攻撃ではなく防御。当て身を食らわせる要領でシュナイゼルの胴部を狙った。気絶してくれれば幸運。苛烈な強者の倫理がとおる国民の、追い落とされる側に生きるものとして自衛手段くらいはあると踏んでいる。背骨は避けている。内蔵を破裂させるほど強くは打たない。どん、と衝撃の奔る音の後に体を閃かせて壁際からルルーシュの前に体を滑り込ませた。ルルーシュを守るのはついでだ。壁際から逃れたかった。よろめいたシュナイゼルは何度か咳き込んでから嘔吐した。ごぼ、と吐いてから驚いたように地面を見る。
「手荒い猫だね」
体のゆらぎが嘘のように彼の言葉は滑らかだ。後退って間を取りながらルルーシュも応戦する。
「あなたには御しきれない猫ですよ」
張り詰める緊張が刹那にせめぐ。藤堂は思考の端で土に埋まった自分のナイフを懸念する。拾われても厄介だ。最下層に落ちた身分は藤堂の戦闘をより過酷にした。戦闘機もなく戦わなければならなかったこともある。相手も機械ではなく歩兵である場合もあった。
「やれやれ」
嫌われてしまったね。ゆっくりとあげられる両手にルルーシュの気配が弛む。ぜひとも欲しい猫なのだけれど、嫌われてしまっては仕方ないかな。兄上、これは猫ですが女です。構えたままで藤堂は黙りこむ。二人の会話の真意がわからない。例えがすでに藤堂の認識を超えている。無駄口を利いては窮地に陥るだけだと判っているから口を利かないだけで猫も女も暗喩がさっぱりわからない。受け身であっても藤堂は男だし、この兄弟に至っては言うまでもない。しきりに交わされるのが己のことなのかさえも曖昧だ。猫も女も二人には共通認識であるらしく言及しないからなおさら問えない。意見も情報もむやみに口にしないくせがついている。黙りこむばかりでことがどんどん進む。部下たちに怒られてもこの姿勢だけは直らない。判るまで聞こうとするから機を逃す。しかもどこかで相手が教えてくれるだろうと信じているフシがある。教えてもらったことなど殆ど無いのに何故だかそう思っている。
「怖い猫だね。もう何もしないから撫でてもいいかな」
「噛み付かれても医者は呼びません」
この路地裏で朽ちてください。ルルーシュはいっそ潔いほどシュナイゼルに冷淡だ。シュナイゼルもそれを笑っていなした。怖いね。白い手が差し伸べられる。目の前をフゥと横切る瞬間に。
唇が重なった。
あっけにとられた藤堂の口元が弛んだのを逃さずに舌まで入れる。うぐむ、と詰まらせる音にルルーシュが眉を吊り上げる。なにもしないんじゃないんですか。キスは挨拶だよ。さようならを言わなくてはね。シュナイゼルは清流のようにするりと二人から離れていく。また今度。鷹揚に微笑まれて、しかもそれは男に向けるには艶やかな笑みだった。
長い裾を捌くように指先まで優雅に動く。流し目までくれて立ち去るシュナイゼルの余裕に藤堂は呆けた。おおよそ愛でられるようななりはしていない。威嚇と威圧で出来た己をこの異母兄弟が容易にあしらう。転がされるしか術がなく、また見えもしない。ルルーシュが音の立つほど強く爪を噛んだ。噛み千切るそれを吐き捨てては歯を立てる。爪が傷むと思ったが口には出さない。いま口を利いたら怒鳴りつけられそうだ。怒号は怖くないが場所を考えれば何事も穏便に済ませるに限る。
「あの人は…! いつもそうだっまったく…オレがこの猫を解くための苦労を何だと…」
紫水晶がぎろっと藤堂を睨む。藤堂は思わず背筋を正した。美貌が激高するのは迫力がある。
「お前もお前だ! だいたい貴様こんなことろになんの用があって…世を拗ねるには歳かさすぎるんだよ」
言い草だがまさか発散したかったとは言えない。その程度には保ちたい面目がある。押し黙るのをルルーシュはふんと鼻で笑った。足りなく感じるのは藤堂の勝手であるし、ルルーシュに更に乞うほど厚顔ではない。真っ当とはいえない組み合わせとして交渉への求めは控えめだ。
「…足りないか」
耳が千切れると思うほどの羞恥と紅潮が藤堂を襲った。伏せた目があまりの恥ずかしさに潤んだ。ここまで歳を重ねた、しかも男が組み伏せられる交渉でもっとしてほしいなどと言えない。口元を覆って俯くのをルルーシュはじっと眺めている。顔が燃えるほど熱い。ごまかそうとして藤堂は脱がされた着衣を拾っては念入りに身につけた。いちいち袖や裾を調節する。何もせずにいるとそれだけで思考が燃えて恥ずかしさにどうしようもない。言葉ではなく行動と結果で評価されることしか知らないから間のもたせ方や感情の処理の仕方がわからない。相手の心情も推し量れない。利害であれば想像できる。好悪になるとわからない。
ぱさ、と軽い音がする。おずおずと目を向ければルルーシュの手から帽子が落ちている。
「落ちたが」
藤堂とルルーシュの目線が絡む。瞬間、双方の顔が朱に燃えた。
「…――っす、すまん! その、知識としてはあったが実体験が、いや経験値というべきか、その、お、オレ、だ…――」
抱くの、初めてで
「すまなかった! 今まで無理を強いていたのか本当にすまなかった! 良くしてやりたい気持ちはあったがなにせお前は何も言わないから、いや責めてはいないぞ責めてはいない。それがお前だと判っている。愛いとも思っている。でもその、相手のあることだから、お前は何も言わずに引き下がるから、これでよかろうと」
頬や目元を薔薇色から紅玉に染めてルルーシュが無様に釈明した。
「もっと、愛でても良かったのか?」
くりくりと大きな紫水晶が蠱惑的に藤堂を見上げてくる。藤堂の脚から力が抜ける。そのまま膝を抱いて丸まってしまう。思考も羞恥も感情さえも焼き切れると思うほどの火照りに目が濡れた。
慌てた甲高い声が藤堂の耳朶を打つ。だめ? 駄目でないならもっともっと可愛がる。赤面していることはわかりすぎるほど判る。頭を抱えてしまう。肩口から覗く真っ赤な耳にルルーシュはうっとり笑って軽く噛み付く。
もっともっとかわいがってやる
大物が釣れた。
《了》