悪く無いと思えてしまう


   友好的な侵略

 あてがわれる戦闘機が最新であるかどうかくらいの区別はつく。消耗品の意味合いが強いこの部隊は手が足りない場所への出向も行う。目的はこなしたしあとは帰還するだけなのだが施設へたどり着くまでが戦闘と同じくらい厄介であったりする。リョウは舌打ちして戦闘機を降りた。曖昧な敵意と明確な差別にとらわれてリョウとアキトの二人は少し離れた位置へ宿営するはめになっている。すでに降りていたアキトが火を熾している。雨に降られることはなさそうだが屋根さえ危うい。アキトとリョウの処理として二人に野営を強いるか別口でテントを提供するかですでに諍いが起きている。好意的である彼らでさえ同じ屋根の下にいたくないという共通認識が固まっていてうんざりした。だったらお前らだけで勝手にやってろと吐き捨てたくなるのをリョウはアキトを見据えることで紛らわせた。アキトはリョウの険しい目線もうるさい外野さえも意識の外だと言わんばかりに自分で準備を進めている。
 長く蒼い艶を持つ髪をきつく三つ編みにして結っている。アキトが動くたびに尻尾のようにチラチラ揺れた。戦闘や宿営をこなしても彼の結い髪は乱れないし解いているのも見ない。大きめに開いた眦は明瞭で睫毛が見える。淡い紫を帯びる双眸は倦んだように脱力していて欲望の在り処を悟らせない。思考回路もわかりづらい。手持ち無沙汰なリョウを見越したように顎をしゃくる。
「なに」
「食事をどうしたら良いか訊いてこい。配給があるならオレの分もよろしく」
見世物になれってか、と悪態をつきながら指揮官の元へ行く。指揮官の男は精一杯の虚勢と怯えを隠しきれずにリョウを見下ろした。配給の有無と命令を仰ぐ。深刻な熱量不足を引き起こすから無駄な諍いは避ける。まだ使い走りだった頃を思い出して苦い顔をするのを反抗と取ったのか、文句があるかと凄むのでねぇよ馬鹿と言い捨てた。リョウという異分子を排除したい彼らは滞り無くアキトとリョウの食事の用意を揃えていて、リョウは気分を滅入らせながらそれを受け取ってアキトの元へ戻った。食事といっても火を通してあるだけマシというものだ。缶詰をそのまま放られなかったのは僥倖だ。殴打もされてない。リョウやアキトがなぜこんな扱いなのかといえば二人が日本人という呼称さえ亡くした隷属民族だからだ。大国に宣戦布告された国は早々に戦力差に押し負けて隷属国に成り下がった。数字の羅列が呼称だ。それはエリア11となった日本国土を出ても変わらなかった。大国に敵対しているこの地域でさえ、大国の息を窺うように日本人を隔離した。馬鹿馬鹿しい。
 熾し終えて座っているアキトの前に盆を置いた。紫碧の眼差しがリョウを見る。
「二人きりなんて悪い冗談だな」
はン、と鼻を鳴らしてリョウは食事を始める。厳密に同じ部隊であるのはここにいるアキトだけだ。イレヴンとなった日本人だけで構成された部隊が二人の所属だ。しばらく息を潜めるように静まっていた部隊が徐々に弛みだし、しまいにはアキトとリョウを締め出す。どうにも出来ないものはやり過ごすのが一番だ。関わらず見ず聞かず。睨みつけていたリョウも納得してしまうから性質が悪いと思う。アキトは離れた位置で騒ぐ気配が伝わってから箸をつけた。二人で黙々と食事をする。沈黙は嫌な記憶を呼び起こす。なにか喋ろうかと思いながらアキトを相手にすることに躊躇う。アキトは悪いやつではないのだろうがいいやつでもない。リョウたちを捕縛したのはこのアキト張本人だ。
 簡易スプーンは先が割れてフォークを兼ねる。それをぎしぎしと無駄に噛んだ。発散方法がそれくらいしかない。せめてあの二人がいれば多少は違うのに、と思う。
「一人で寂しいのか?」
一見すると嘲りのそれを発したアキトはリョウの葛藤を見越して笑んでいる。地下組織であるから粛清が盛んな分つながりは太い。リョウはユキヤ、アヤノといった二人と主に組んで活動していた。生き残ったのがこの三人だったと言い換えも可能だ。
「作戦方向と二人の能力値の違いだ。排除されたわけではないだろう。戻れば、会える」
アキトは食事を中断せずに言い切る。もぐもぐ動く口元をリョウは見据えた。威嚇が必要な位置に居たせいか基本的にリョウは威圧的だ。団体を統べた経験もあるし圧倒的な戦力差で戦わなければならなかったこともある。
「何だ寂しいって」
「べつに」
リョウの詰問もするりと抜ける。
「いつも三人でいただろうから一人は心細いかと思っただけだ」
後足で砂をかけている。薄いプラスチックの簡易スプーンがリョウの手の中でバキッと折れた。しかもアキトは換えはないぞとさらりと言う。
 「てめぇこそ寂しいんじゃねえのか」
暇つぶしも兼ねて喧嘩を売る。どうせ戻るところも進む目標もない。地下組織へ戻ることになっても構わない。アキトが目を眇めた。白目が消えて眼球いっぱいが紫碧に見える。そうすると人というより獣の目のようだ。
「部隊が壊滅したって聞いたぜ。お仲間もたくさん死んだろ。案外情人がいたんじゃねェの」
食事の手は滞りもしない。淡々とした動きを崩さずに頤が動いていた。むやみに詰め込みもしないし間遠になったりもしない。リョウの言葉だけが空疎に響く。苛立って粗雑な攻撃の矛先は完全にそらされている。リョウも食事を再開した。折れて短くなったスプーンで苦心して口へ運ぶ。お前のその髪、地毛か。唐突だったが慣れた問いだったのでおざなりに答えた。そうだよ、うるせぇな。鳶色の髪を中途半端な長さで放っておく。肩へかかるほど長くなれば鬱陶しくて切るのにうなじを見せるほど短くはしない。目は。知るかよ、変えた覚えはねぇよ。顔を上げた瞬間、唇が重なった。
 口の中の食事を根こそぎにされた。ごっそり持っていかれて、しかもアキトはそれを咀嚼する。甘い気がする。アキトの食事は終わっていてカラの器が盆の上で重なり、焚き火で照っている。唇が食事の名残の潤みで艶めく。対応の遅れの代償は唇を貪られることだった。押し倒されこそしないが逆にそれに倦む。絶望的なくだらなさと無為さに思考が塗りつぶされる。
「掘られたことは?」
直裁的だ。露骨でさえ足りない。いっそ毒々しいほどのそれは明確に二人の根底に息づいた。
「ねぇよ」
赦すかボケ。団体のトップに乗り上げた行程に色仕掛けを仕込んだ覚えはない。実力で黙らせ蹴落としてきた。お前には力がねぇ。嘯き嗤い、冷淡で豪胆。内側に立ち入らせるものなどいない。
「幸運だ。まさか処女なんてな」
嬉しそうなアキトにリョウが怯んだ。なんだよ、やる気? 同性同士の交渉を知らないわけではない。噂は耳に入るし、試してみるかと言われたこともある。同意したふりで行った寝台で相手をぶちのめした。リョウの戦闘力はけして低くない。
「殴られてぇのか?」
「そういう趣味はないな」
 あらかた空になっている器を盆へ戻す。アキトの目線はリョウに据えられたままだ。遅れも恐れもない。正しさを識っている目だ。リョウ、だったな。なんだよ。番う相手の名前くらい知りたいさ。文句を言う前に唇がふさがった。どうせ連中は見てないさ。作戦完遂の酒盛りも兼ねた息抜きなんだよ、あれ。マルカル指令は堅い人だからな。ガス抜きってやつさ。アキトの舌がぬるりとリョウの舌を絡めとる。こっちも抜こうぜ。瞬間的にしなうリョウの腕をアキトはやすやすと止めた。そのまま縫い止められる。仰臥するリョウの上にアキトがのしかかる。跳ねた三つ編みがリョウの耳をかすめる。食事の後だと吐くかな。こらえるなよ、喉が詰まって死ぬぜ。指先は明確にリョウの脚の間を這った。窒息死になるのか腹上死になるのかは知らないが、まぁお前の名誉は保証しない。言われてリョウも平静ではいられない。ふざけろ。払い落とすと更に強い力で拘束される。いつの間にか脚が絡んで駆動部が殺されている。効果のある動きができるとは思えなかった。アキトは力を緩めない。リョウの四肢が軋んだ。
 お前、案外馬鹿だな。判らないリョウにアキトが笑んだ。連中、オレたちのどっちが上かを賭けてる。悪いがお前を様子見で送り出させてもらった。ある程度の動向はつかめたし、オレは下になる趣味はないから。お前の腰、見られてたよ。跳ね上がる腕をアキトは殺す。歯噛みするのを悠々と見下ろしてくる。垂れた三つ編みがリョウの頬を甚振った。もう少し要領良くなるんだな。吐き出す罵声は音になる前に飲み込まれていく。肩甲骨が地面に擦れる。じわりと染みる水気に背筋が震える。この辺りは湿地だからな。火を熾すのも大変だったよ。アキトの指先さえも土を抉る。まとわりつく湿った土をアキトはリョウの体にこすりつける。どうせ洗濯すれば落ちるだろ。だったら自分にやれと思う。アキトの指先は躊躇も惑いもなく拘束を緩めていく。留め具を外す指先には迷いもない。アキトは何度もリョウの口腔を舐っては吸い上げる。お前も人がいいな。うるせぇ。噛み切ろうと歯をあてがうたびにアキトの舌の柔らかさに怯む。今まで犠牲にしてきた相手のぬくもりなんか感じなかったのに。銃口をあてがっても、引き金を引いても、リョウはその後を引かれることはなかった。次の日には平気な顔で食事をし、熟睡した。なのに今、口を犯す舌を噛み切ることさえ躊躇われた。
「だから人が好いって言うんだよ」
アキトは躊躇わない。その刹那こそがリョウとアキトを分かつ。生身で戦闘機の相手をすることにリョウは躊躇うだろうしアキトは躊躇わない。結果として戦闘機に乗っていたにも関わらずリョウは撃破されたし、アキトは勝利した。指先がリョウの体を這う。目的は明らかだ。黙って抵抗しないリョウにアキトが目を瞬かせた。抵抗はなし。承諾済みか? ちげぇよ。承諾なんかしてねぇけど抵抗して勝てそうもねぇし。思い切りがいいな。後悔するぞ。ねとり、とぬるい舌がリョウの喉仏を舐る。のけぞるリョウに嵩にかかってくる。リョウが退くほどアキトが迫り上がる。唇を震わせれば吸いつくし、怯んで虚ろな歯列は割り開かれる。流し込まれる唾液を呑んだ。性交渉の経験はあるのにアキトの手順が読めない。次に何が来ると構えることさえ出来ない。流し込まれてばかりいるかと吸いあげて舌を絡めれば脇腹を掴まれて跳ね上がる。その手はひらひらと腹を撫でて胸を撫でて下腹部へ落ち着く。その度にリョウの体は熱を上げて泡を食う。
 「なるほど、処女だ。手順を知らないな、お前」
「黙れ…ッ!」
遊ぶように泳ぐアキトの手はリョウに手順を悟らせない。それでいて平均的な手順だと言わんばかりの言葉にリョウは憤慨することしか出来ない。憤りでさえアキトのいいように扱われている。リョウの体はアキトの物だといって差し支えない深部まで犯している。
「どうせ寝台までついて行っていざというときに状況を覆してきたクチだろう。場に臨んだことがないうぶさが見えるぜ」
耳がちぎれると思うほど赤面した。俯けた視線が上げられない。耳や首まで紅潮しているのが判るが、判るほどに視線を元に戻せない。図星だ。アキトは指摘した甘味を味わいもせずにリョウの首や頬へ唇を寄せる。恥ずかしさで睨めつける目さえ潤むのを笑ってみている。可愛く見えるな。はぁ? あんたが可愛いって言ってるんだよ。本当に男としたことないのか、あの甘ちゃんとも? ユキヤか? 甘ちゃんとか言うなよ、あいつはキレると手が付けられないんだよ。見たままを言っただけだ。性質悪いな。あんたよりマシだよ。じりじりと身じろぐのをアキトが牽制した。明かりが届かないところへ逃げるなよ、守れないからな。どういう意味だよ。絡みつくのは蛇だけじゃないってことだよ。それでもリョウの逃げる身動ぎは止まった。手が重なる。アキトの爪先が手首をなぞり指の股を割っては執拗に撫で回す。唇はすでに喉を下りて胸や腹を撫でている。息を震わせて殺すリョウを笑うようにアキトの舌や唇は際どい場所ばかり舐る。腰骨の尖りがなぶられ臍のくぼみは探り当てられる。立てた膝頭を回すように撫でては脛骨をたどる。
「興奮するだろ?」
アキトの妖艶な顔が大映しになった。欲に潤んだ視界のにじみが耐えたのはそこまでだった。


《了》

なんというか、うん(何も言えない)        2013年2月10日UP

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