年上ってずるいなぁ
 だから、ね


   どうして判るんだろう

 黒の騎士団は飛躍的に膨らんだ。日本解放戦線の主力とも言える派閥を獲得した。作戦や計画の立案実行に過不足ない能力を持つ藤堂鏡志朗と、その直属部隊であり俗に四聖剣の別称を持つ四人を巻き込むことに成功した。軍属である彼等の纏う空気は慣れあいに弛緩した黒の騎士団を生まれ変わらせた。明確に高いレベルでの活動が保証されて実感が伴い始める。黒の騎士団を率いるゼロの功績に明瞭に書き記せる出来事だった。ライはカツカツと廊下を歩く。ある程度の部屋数と収容人数のアジトは密集しているがそれなりだ。角を曲がったところで追いついた。
 卜部だ。卜部巧雪。四聖剣の一人で目立って背が高い。藤堂も長身だと思うのだがその彼を超す背丈なのだ。それでいて痩躯であるから余計に背の高さが際立つ。藤堂を殊更長身だと思わないのはある程度の厚みや存在感があるからで、見事にそのあたりを抜いた卜部はやはり長身であることに目が行く。縹藍の髪。少し小ぶりで透けたような茶水晶。戦闘結果の噂や情報が飛び交う。薄暗いし運河の湿気さえ含んだようなねぐらはゲットーと呼ばれるスラム街だ。日本解放戦線の名の通り、日本は征服された。ブリタニアという国によって、武力で。極めて最近の出来事を含めて丸ごと記憶喪失なライにはその程度の認識だ。第三者的目線による基本的な知識はあるがそこに何か感情を揺さぶられるかといわれればそうとは限らない。藤堂や卜部達がどんな目に遭いどうしてそうなったのか判らない。武力で鎮圧、征服されたと言うから良い目は見ていないだろう。日本人自体がイレヴンと呼称さえ変えられ社会的待遇も地に落ちた。今では彼等は最下層民だ。ありとあらゆることに優先順位がなく、ありとあらゆることが彼等の命より大事にされる。租界と呼ばれる鳥籠の中に存在を認められた名誉ブリタニア人となったイレヴンを待つのはいつ振りあげられるか判らない拳と、文句を言うことが許されない現状だ。
 そんな状況を打破するために当然だが抵抗勢力が生まれ運動もおこった。それが黒の騎士団の前身である団体であり、軍属で組織された解放戦線でもある。
「うらべ…ッ」
呼びかけた瞬間に卜部の階級を忘れた。そもそもライは軍属階級にくわしくないから『藤堂中佐』がどの程度偉いかさえも曖昧だ。その部下である四聖剣の階級をや言わんや、である。失礼であるということくらいは判るが接ぎ穂がない。かぁッと顔を赤らめて火照らせながらライは開き直るつもりで卜部の背中を睨んだ。振り向いた刹那、の。卜部の表情が一瞬、懐かしむような辛いような哀しいようなそれでいながら待っていたような、親しみとはにかみと不快を混ぜ合わせた、それ。だがそれはライを見た刹那に消え去り、失望と興味と理由を問うそれに変わっていた。
「あんたァ」
「ライ、です!」
むっと頬を膨らませてしまうのは卜部の前でだけだ。
 この男は何故だか鎧うものを剥ぎ取ってしまう。憂い顔だの笑顔が下手だの散々なライの上辺をこの卜部だけは素通りた。あんたァ過去がねぇらしいな。ぬけぬけと言い放つそれには怒りさえ感じた。何も知らないくせに。お前のことなんかァ知るかよ。まァでもあんた達が中佐ァ助け出してくれたこたァ感謝してるぜ。だからその礼として一つ言ってやる。イマもカコになるってことォ忘れんなよ。うろこが落ちた気がした。新しい記憶が思い出になるとは言われたことがあるがこれほどに刹那的な言葉はなかった。どこかの学説らしいがな、認識した瞬間にそれは現在から過去へ移行するらしいぜ、だから過去の深さなんかで引け目感じンなよ。現在ってのは認識できねぇらしいから。つまり未来はもちろん判らねェし現在もない。過去しかねェ奴ばっかりなんだぜ。比喩ではなく風が吹いた気がした。顔をあげて歩いて行ける。悲壮に振る舞う必要はないと、卜部は言ってくれた。その瞬間から、ライは卜部が好きになった。可能な限りの手段を使って卜部の経歴や嗜好を調べ上げた。何でもよい。どんなことでも知れることが嬉しかったのだ。
 「…じゃあ、ライ。何か用か」
「み、見かけたから声を。…駄目でしたか」
卑屈というより臆病だ。逃げ道を探す。卜部がにゃあと笑う。口の端を吊り上げるそれは気に障る笑い方だと言われても止めない。片脚に重心を預けて立つのも軍属らしくない。上司である藤堂の前では違うがそれ以外には飄々とした掴みどころのないやつでしかない。
「別にィ」
万事この調子だ。軍属というには軽薄だが世間以上には義理がたい。その差異がライは好きだ。人が訊きにくいことをあっさり訊いてくるかと思えば思わぬところで核心をついてくる。
 卜部はそのまま踵を返して歩きだす。ライは慌ててその後を追った。脚の長さが違うのだから歩幅も違う。ついて行くと判るが卜部は通常と間の取り方が微妙に違う。そのあたりに彼の斜な態度の根源がありそうだ。ぽてぽてと後をついて行くライを気遣わないが邪険にもしない。猫のようだと思う。自分からはこない。だがもらえるものはもらう。ずうずうしいようなそれが紙一重でそうならないのはなぜだろうと思いながらライは小走りで卜部を追う。ふゥッと息を吐いた刹那に血が巡るように思考が透明になる。あ、そうか。僕は、卜部、さんを。

「中佐ァ!」

びくん、とライの肩が跳ねた。卜部はひらひら手を振っている。呼び止められた藤堂は軽く笑いながら珍しい顔ぶれだ、と返事をする。
「いやまァ成り行きって言うか」
二人は親しげだ。もちろん当然である。卜部は藤堂の直属の位置にいた部下であり卜部にとって唯一絶対の上司が藤堂なのだから。
 でも、とライは歯噛みする。当たり前だと思うほどに狂おしい。ひっくり返したい。覆したい。上位に、立ちたい。だが卜部がライに額ずいてもライはちっとも嬉しくないだろうと判っている。ライは今の卜部が好きだ。藤堂を敬ってちょっと斜に構えたような卜部が、好きだ。大人しく卜部の傍をちょろちょろしながら二人の話の流れを窺う。そのまま連れ立って歩き出すからライは慌てて後を追う。追いかけにくい卜部の脚にすぐに追いつく。歩調を合わせているのだと気づくと同時に砂を噛む。自分と藤堂では、違う。たとえ判っていても、判っているからこそ、目の前に並べられると癪に障るし違いが明確だ。二人の間にはなにがしかの共通認識があってそれは隠語や暗喩のように全て言わずとも通じ、周りには何を言っているか判らない。だがここで退いていては始まりさえ迎えられない。四聖剣の面々が藤堂を半ば神聖視しているのをライは身近で見知っている。
「僕もご一緒していいですか?」
「構わないが」
藤堂は即答だ。そもそも藤堂は色恋沙汰に疎い性質であれば当然か。卜部は何も言わない。貪欲に利益を貪らない代わりに自爆もしない。肩をすくめただけのそれだが、それでも藤堂に伝わったのか、藤堂がこちらだとライを先導する。ライはにっこりと極上の笑みを浮かべて二人の間に割って入る。せめて隣に好きな人を置きたいし印象付けておきたいつもりがある。藤堂が単純に押しのけられておっと、と言うのに対して卜部は何も言わないが拒否はしなかった。片眉だけ吊り上げるのをライは微笑で突き返す。
 僕はこんなに恋が下手だっただろうか。記憶がないので比較基準がない。比べるような過去がないし前例も知らない。でも。

だって、好きなんだ
時間なんか関係ない
僕は、あなたを

「無理やり笑ってんなァ」
卜部がにやりと笑う。反論する前に卜部の声が上がった。
「中佐ァ、あすこ」
「なんだ?」
びっしと指さされた先に藤堂が目を細める。刹那に唇が重なった。卜部だ。ライの群青の双眸が薄氷色に薄まっていく。見開かれた大きな瞳を卜部が見据える。ライの髪がさらりと揺れる。銀髪だが毛先へ行くほどに透き通る。特に意識して散髪した覚えのない髪は少し長めだがてんでばらばらに外を向いて跳ねあがる。その髪ごとライの頭部を抑えて逃げ場のないキスだった。それでいながらその強引さがライは好きだ。だが体を譲るつもりはなくあくまでも可愛いおいたとして見ている。脚を開く気はない。口付けされてなおライの体を駆け抜けたのは征服欲だ。この痩躯を思うままに啼かせてみたかった。掴みどころなく何事も悟らせないこの体や心を掴んでみたかった。
 卜部の体はライの名残さえ知らぬげにあっさり離れる。あそこがなんだ卜部。すんません、見間違いだったみてェで。空々しいやり取りなのだが当の藤堂は至って本気だ。卜部は冷めたように見間違いでした、なんもありません、を繰り返す。藤堂は名残惜しむように前方を目を眇めて見据えている。ライの指先が唇に触れた。そこには確かに卜部の唇が重なっていたのだ。噛みつかれたような衝撃と口直しのようにあっさりと離れていく熱。紅でも引くようにライの指先や爪先は唇をなぞる。触れるだけで熱が甦る。藤堂と卜部が親しげで、なのにそれさえ気にならない。
 体が火照るよに顔が赤らむ。どちらかと言えば白皙であるから紅潮や蒼白がすぐ知れる。卜部はそれを流し見てから藤堂の隙間を縫うように話しかけてくる。
「違った?」
「な、なにが」
「てっきりそうだと思ったンだけどな」
「別に違ったとは言ってないです」
ふんとそっぽを向くのを卜部はにやにや見ている。ライの頬が熱い。汗さえにじみそうな火照りに紅潮していることは判る。ライの動揺は卜部に知れているはずで、それなのに卜部は明確に追及しない。
「卜部、やはり判らない」
「わかんねェのが正解ですから」
藤堂がうむむと難しい顔をするのを卜部はあっさり受け流す。そのあたりの具合は彼等の付き合いの年月を感じさせる。普段なら至らなさにいらつくそれらさえも今のライには許容できる。卜部の唇の味を知っている。それだけで。ライはにこにこしながらあてどなく前方を指さした。
 「藤堂さん、あそこです、ずーっと、あそこ」
藤堂は言われるままに何もない前方を睨む。矯めつ眇めつするそれに卜部が止めようとするのをライがにっこり阻止した。
「僕には見えましたよ。エンゲージリングが」
ぶふ、と卜部が吹いた。藤堂はひたすら前を見ながらそんな小さいものがよく見えたな、と感心しながら熱心に目を向けている。
「…ライとかいうよな。お前、冷凍室に一昼夜くらいこもれ。脳味噌沸いてンぞ」
「融かしたのは誰だか知りませんが」
藤堂は知らぬげに唸りながらしつこく何もない前方から見出そうと必死だ。藤堂は精度が高い分視野の狭まりがある。卜部とライのやり取りさえ耳に入っていない。人柄が悪くないだけに天然だ。ぱふ、とライの白い手が藤堂の両耳を塞いだ。ニィい、とライの口が裂ける。白い肌の中で紅い口の中は鮮烈だ。唇がほんのり桃色なのが憎らしさを醸す。
「ちゅーしたのに」
卜部は再度噴いた。唾液が逆流して噎せかえる。自分の体液で噎せかえるなどあほらしい。ライはニッコニッコ笑ったまま卜部の返事を待っている。卜部が言葉がない。ライはそれを判ったうえで問うている。ライの表情からは消しきれない笑みがこぼれている。頭部を固定された藤堂だけが疑問符を並べて不思議がっている。
「性質わりぃな」
「あなたに言われたくないな」
ライが伸びあがる。唇にくるだろう衝撃にそなえる卜部をよそにライが、ガブリと頬に噛みついた。かぷ、と音がする程度のわりに噛み傷は浅い。そもそも人体の皮膚はそんなにヤワに出来ていないのだ。多少噛みついた程度ではへこむだけで血さえもでない。
「んむー」
「あほかぁあ」
押し退けられてライはぱっと口を放す。同時に藤堂の耳を塞ぐ手も放す。
「卜部? ライ、くん?」
「なんでもありません」
二人同時ににっこり笑って藤堂に念を押す。二人の距離が近いのはご愛嬌だ。藤堂はそうかとあっさり引き下がる。その後ろで音を立てずに卜部とライの攻防がせめぐ。
「噛みつくな」
「キスです」
「どこが?」
「口を使うとこ」
「じゃあテメェは食材にキスしてんだな?! 一日三食キスしてやがるンだな?」
「卜部さんだけです」
「余計性質悪いわ」
きゃらきゃら笑うライに卜部が不満げだが不快そうではない。どちらかと言えば不調法や悪戯をなだめる年長者だ。ライもそれを判っているから踏み込む。べろ、と舌を出しても藤堂は気づきもしない。未練がましく前を見据えている。ここまでくれば天然もいっそ潔い。しかも集中しているので周りの音声が入っていない。
 このやり取りさえライは愉しい。照れてくれたり恥ずかしがってくれたり嫌がってくれたりするのが嬉しい。それは多分、ライが影響しているからなのだ。
「巧雪、さん」
「気色悪い!」
「仲が良いな」
藤堂とライはほんわり笑いあう。卜部だけが突っ込むに突っ込めない。ライは判ってやっているのだ。ぱた、と卜部の耳を塞ぐ。
 その聞こえない耳元でささやく。
「大好き、です」
そのまま唇を奪った。藤堂が一人で真っ赤になっている。目を伏せているが頬が紅い。だが指摘も出来ずにただうろたえている。ライの囁きは聞こえていないだろうが、聞こえずとも何を囁いたか判るものだ。ライは罪なく微笑んだままだ。気付かぬふりは案外押し通る。卜部と藤堂だけがバタバタしている。そのあたりは年齢に起因しそうだ。ライは見たところ十代であるからある程度の不調法は見逃される。そのまま唇を重ねた。藤堂の眼前だ。意識している。卜部だけが泡を食う。藤堂は感嘆しながらライを見ている。
「若いと言うのは、すごいな」
「すごいでしょう」
「おい何言ってる黙れとりあえず黙れ」
「嫌です」
ひらひら逃げるライを卜部も追わない。ライは逃げるが離れてはいかない。掴めそうな位置にひらひらと服の裾をひらめかせた。
「だいすき。だーいすき、です」

それしかないんだ
だから

だから判っちゃうのかな?

藤堂は目の前で展開する恋愛模様に、卜部はその矛先の向きに、顔を赤らめた。ライは満足げにそれを見て微笑んだ。美しく。ライの微笑は世界中の幸せを詰めたように美しかった。


《了》

誤字脱字チェックしようよ。(最低限)
なんだか何を言いたいのかわからんなぁ。               2012年8月19日UP

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