非常に厄介な


   煙草喫み

 吐き出された紫煙が悶々と天井あたりにわだかまりそれが照明を曇らせた。その所為か昼間でも薄暗く煙ったい。窓を開け放って換気はするがずっと開けていては喫煙室を設けた意味がないと女性陣からこっぴどくやられるので大抵は閉まっている。卜部はぼんやりした明りを眺めながら何をするでもなく煙草を喫んだ。煙草は嫌いではないからやにや臭いも気にならない。咥えている紙巻きがジジッと燃える音を立てて灰になっていく。はふ、と吐きだした紫煙が天井へ上って薄暗さを足していく。
 人が行き交う時間帯ではないから案外静かだ。自室へ引き取るなり愛機の整備に顔を出すなりしてそれぞれに自由時間を満喫している。卜部は愛機の整備で細かい事をがたがた言われたので早々に引き揚げた時間はずれだ。ちょうど誰もいなくて好きに出来ると思ったら力が抜けて椅子に下ろした腰はすっかり張り付いてしまっている。ずるる、と滑る腰で姿勢が悪くなっていくが気にならない。喫みきった煙草を灰皿で潰すと途端にすることがない。足音がする。響くなァと茫洋としていた刹那だった。ばしんという軽快な音と同時に頭部が殴られる。拳で殴ると言うよりハリセンでもぶっつけたような感触だ。たいして被害はないが驚くには十分である。
「?!?!」
がふっと変な噛み合わせをした頤を撫でながら振り向けばびっくりしたような顔の藤堂がそこにいた。
「…何すんだあんたァ」
「……いや、本当にまともに食らうとは…気配を隠していなかったし気付かれているものだとばっかり」
「あんたの気配隠してないは消えたままッすよ。もっと露骨に出してくださいよ、普通に食らいますから」
はたかれた縹藍の髪をバリバリ掻いて卜部がため息をつく。藤堂がしゅんとしょげるのを見て隣をばしばし叩いた。藤堂がきょとんとする。そう言う切り替えは早い男だ。もっともそうでなくては一団体を軍事的な支配に置くことなど出来はしない。
「こっちきて座ればって言ってるんすよ。煙草が気にならねェならの話っすけどね」
「…あ、ぁあ、大丈夫だ。良いのか、私などがお邪魔しても。何事か考えことをしていた最中であったなら申し訳ない」
「たいしたこたァ考えてねっすから平気です。喫みます?」
箱を差し出すと藤堂が隣へ来る。慣れた仕草で叩いて一本を取り出すと咥える。そこへ卜部が火のついたライターを差し出す。藤堂が目線で礼を言い息を吸う。紅くともった先端がじりじりと燃えていく。
 そこから藤堂が好きに吸う。卜部も新しい一本を咥えると火をつけた。卜部の目線がちろりと藤堂を舐める。固そうな鳶色の髪は額もあらわにあげられていて、彼の敏さのように秀でた額は作り物じみた。鋭くあたりを睥睨する双眸は灰蒼と薄めでありながらどこか単純な色ではない。ふくりとある程度の厚みを保ちながらそれでも形の好い唇は彼の気質のように凛と引き結ばれている。そこが薄く開いて煙草を咥えている。鼻から煙を吹くような無粋な真似はしない。そこまでも高貴でどこまでも美しい。彼を屈服させてきた男達の目は案外確かで、それでいながら藤堂は妥協するものの完全に膝を屈したことはない。泣いて赦しを乞うことさえ藤堂は平然とやってのけ、その翌日には平気な顔でその相手と対した。藤堂が屈したように見えてもそれはその場を収めるためであって時間が過ぎれば元通りになる。馬鹿どもはそれさえ見抜けていないが藤堂はそれでもいいとあっさりしたものだ。
 そう言うところは嫌いではないが面倒も生じる。藤堂さえ屈すればその配下さえも手中に収めたと言わんばかりのアホがいて少し困った。無論、そう言った輩は四聖剣がことごとく叩き潰している。特に朝比奈や千葉といった二人は華奢で年若いことや千葉は特に女性であったから過敏に反応した。卜部もそれを理由に述べられた際は手加減なくぶちのめしている。卜部の見た目は痩躯であるから昔から見くびられてばかりである。貧相に見えるから力も弱かろうと言うつけ目である。あほらしい。
「どうした、卜部」
気付けば藤堂が顔を近づけている。互いに煙草の火が触れそうで卜部は咄嗟に藤堂の肩を抑えた。火がじりっと藤堂の頬をかすめるように燃えて卜部は慌てて煙草を外す。藤堂も煙草を吐きだすと灰皿で潰した。
「どうかしたか、卜部」
「どうかしてんなァあんただろ」
そのまま煙草臭い唇が重なった。藤堂はついばむように何度も何度もキスを繰り返す。卜部の手の中で煙草は確実に燃えている。しまいには面倒になって灰皿へ押し潰す。体を起こした際に生じた隙間へ藤堂は強引に手を差し這わせてきた。そのまま奥の方へと手が忍んで来る。くり、と胸の頂がなぶられ始める。
 「緊張している」
藤堂がぺろりと篝火のように紅く燃える舌先をのぞかせた。唇の艶めかしさと相まってひどく卑猥な気分になる。片目を眇める卜部に藤堂は悪戯っぽく笑んだ。食むようにキスをする。唇に噛みつかれて振り払う。ぎちりと嫌な音がした、と思った瞬間から燃えるような熱さと灼けるような痛みに脳裏が真っ白になった。藤堂は溢れた血をぢゅうっとすする。唇をかみちぎった傷さえも舐めとる。
「ほら、緊張しているから血が出るんだ。少し落ち着け」
藤堂は卜部の胸へひたりと手を這わせる。汗で少し冷たい。ひたひたとしたそれは浸透するように張り付く。そこから藤堂の鼓動さえ伝わるようだ。卜部の情報はありとあらゆるものが藤堂の側へ向かって流れていく。同時の藤堂の情報が卜部の中へ溢れた。どくんどくん。心臓が高鳴る。ひゅうっと喉が鳴る。吸った息が浸透しない。肺さえ機能しないそれに卜部は喘いだ。藤堂の情報はあらゆる意味で卜部を抑えこみ凌駕する。
 「ちゅう、さ」
喘鳴を繰り返す卜部を憐れむように見た後藤堂は深く口付けた。息が、止まる。卜部の脳へ血がゆかぬ。脳裏が白く染まる。卜部の意識が飛んだ。暗転する切れはしの中で藤堂の声が玲瓏と響く。
「やはりお前は、望まぬのだろうな――」


 次に卜部が意識を取り戻した時は長椅子の上に横たえられていた。喫煙室だ。位置が低い所為か天井にわだかまる煙がよく見える。
「あぁ、目を覚ましたか」
藤堂はふぅと白煙を吐いてからその煙草を灰皿で消した。
「お前のものを拝借した。必要があれば代金を支払うが、どうする」
「………別に、いらねェ…」
のそのそと起き上がろうとするのを藤堂の手が抑える。
「寝ていろ。口付けごときで意識を失くされたのは初めてだ。相当疲れていたようだな。自覚症状は」
卜部がギョッとする。腕時計を見ればかなりの時間が経っている。それだのに藤堂は中座さえせずについていてくれたのかと思えば頭が下がる。藤堂がふわりと笑う。
「なさそうだな。今もないだろう。ぐっすり寝ていたぞ。ゼロが寝ているお前を見て大事ないかと言ってきた」
「…あんたァそれになんて」
「大事ないと言っておいたが。疲れているだけだろう。このところナイトメアにかかりきりだと聞いていたから。違うならそう言え。すぐに救護を手配する」
「…いや、いらねぇ。ただ疲れてるだけっす」
藤堂はあっさりとそうかとだけ言って目線を逸らす。体に違和感はないから藤堂がたとえ肌を合わせても卜部に負担のかかる合わせ方ではなかったのだろう。そもそも藤堂はたぎる熱を堪えてくれたかもしれないのだ。卜部に藤堂を邪険にするいわれはなかった。
 藤堂の手には缶コーヒーがある。ずず、とすするのは藤堂の居心地が悪いのだろう。聡明な藤堂であるから卜部の邪推くらいは想像がついているはずだ。それを踏まえたうえであればなお、である。
「ありがとうございます」
「いや、私の所為でもあるし気にはしてない」
卜部はしばらく藤堂を見つめた後にふゥッと笑った。そのまま、とすんと卜部は藤堂の肩へ首をもたれさせる。ふわりと髪から香る香りに藤堂は目を白黒させた。
「卜部?」
「すんません。あんたがいてくれるって思ったら急に疲れが出ました。少し、このままで」
それ以上は望まなかった。耳を伏せた側から藤堂の鼓動が伝わる。心地よい律動だ。一定のリズムを刻むそれがひどく心地よい。
 わしゃ、と縹藍の髪をかきまぜられて卜部は藤堂の手に気付いた。そのまま藤堂の手は卜部の頭を今の位置へ固定する。
「好きにしろ」
ふっと卜部が笑う。藤堂が受け入れるときはいつもそうだ。何でもない顔をして。さりげなく相手側を気遣ってくれる。藤堂の度量の広さか己の僻みかと思いながらそれでも差し伸べられる手はありがたい。
「恩に着ますよ」
卜部は体重を預けた。

あなたがすきです。


《了》

誤字脱字ノーチェック!(だからしろよ)
藤堂さんと卜部さんの組み合わせ久しぶりすぎて筆が進まなかったとか。      2012年7月23日UP

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