僕の中身


   なかのよいひと

 四聖剣が藤堂奪還後に藤堂に引きずられるように合流した。奪還に関わった身として気にはなっていたが特に諍いもなく済んでいる。四聖剣の面々は軍属らしく命令には従うし譲歩もしている。黒の騎士団としては彼等の戦闘力は喉から手が出るほど欲しいものだ。また、日本軍属を仲間に入れることで団体の正当性さえ補強しようとしている。ライは茫洋と思いながら隣で勝手に喋る朝比奈を見た。朝比奈は軍属とは思えないほど線も細い。どちらかと言えば文官の部類の方が納得がいく。だか状況判断も戦闘能力も年若いわりには抜きんでる。藤堂の技を上手くさばいたこともあるらしい。だが当人は至って普通の顔で、そうだねオレ藤堂さん好きだし、などとのたまう。言い直すのも面倒でうやむやである。
 「そう言えば、紅月といい仲だってホント?」
紅月というのは燃えるような紅い髪をした少女だ。彼女の推薦でこの団体へ所属した身であるし彼女がライを見出したと言っても過言ではなかろう。それに顔見知りがいないライにとって彼女は親しく口を利ける数少ない人種だ。この団体に控えている際も自然と親しみのある彼女と言葉を交わす。その所為かどうも噂が立っている。
「誰から聞くんですか? カレンと僕はクラスメイトですけど」
「クラス? じゃあお前」
「一応、学園に籍は置いているんですけどね。まぁ仮入学って、形なんで単位や進級は重要視されてないですけど」
「で、良い仲なの?」
朝比奈は格好の遊び相手も見つけたかのように目を輝かせている。困ったなぁとライが頭を掻いた。彼女は半ば崇拝に近い形で団体のリーダーであるゼロを慕っているからこんなうわさがたっても迷惑にしかならないだろうし、そもそもライや彼女の中に慕情はない。力を見出されたものと見つけ出したものである。戦闘機の操縦が上手いことを彼女がゼロに報告し、その上での判断はゼロがした。彼女はゼロの命令に従っただけである。
「どうしてそういう噂ばっかり」
『なかなか面白いことを話しているな』
平坦な機械音声。そうと気づく前にライの体は素早くそちらを向いていた。朝比奈が露骨に顔をしかめた。蕾のような紡錘状の黒い仮面。花開く前のように鋭角的なラインを残しながらその仮面は目鼻の位置さえ判らないのっぺりとした球面だ。背丈はものすごく高いとかすごくしっかりした体躯であるとかではなくただ何もない。背丈も体躯も普通。下手をすると線が細い部類だ。
「ゼロ」
ライにとっては浅からぬ縁のある彼こそがゼロだ。
『ライ、ちょっと来てもらおうか。すまないが借りていくぞ』
ゼロはその言葉を皮切りにライの腕を引っ張る。
 腕を引かれるままにライは連れ立って歩き出す。人目があるところに出てからゼロはライの手を放した。ライもゼロについて行く。時折挨拶されるのにゼロは軽く手を挙げて返礼する。ライはその後ろをのこのこ歩いて行くだけである。ゼロって人気だなとくだらないことを想う。通りすがりの少ない袋小路にゼロは自室を置いている。逃げ道の確保よりある程度侵入を防ぐ方を取ったようだ。ゼロが施錠を解いてライを先に入れる。ライは部屋のなかほどまで進んでから振り返った。そこにはあの仮面を外してルルーシュへ還ったゼロがいた。この事実はライがゼロであるルルーシュと肉体関係を結ぶに至って明かされた秘密情報だ。ルルーシュは念入りに施錠を確かめてから堪えきれない笑みをこぼしながらライを見た。ルルーシュは線が細い。仮面を取って繊細な造りの顔が乗るとその体は途端に線が細くなる。濡れ羽色の黒髪に長く密に目淵を飾る睫毛。紫雷を秘めた双眸と紅く薄めの唇。元々のものなのか白皙の美貌を誇る。クラスの女子が黄色い声を上げるわけである。
「それで、ライ」
「…? それで、って?」
 ライは不思議そうに首を傾げる。本当に意味が判らない。それで、というからにはその前から事態が展開していなければならないがライは朝比奈と世間話をしていただけだ。紅月カレンとの中を詮索されたのは単なる朝比奈の興味本位だろう。この団体は青年が多いがライや彼女ほどの年少者はいない。強いて挙げるならこのルルーシュだが、彼は平素は仮面で素顔を隠した年齢不詳気取りだ。カレンとライはある意味では団体に入り込めずにいる。カレンの戦闘力もライの戦闘力も無視できないものであるから余計に厄介だ。
「カレンとの仲だよ」
「クラスメイト。それは朝比奈さんにも言ったんだけど」
ライは首をすくめて両手を挙げて見せた。どう勘繰られようとない事実を吹聴する趣味はない。
「…判った、信じよう」
ルルーシュはライの双眸をじっと見据えた後に言った。ライはなんとなくその紫電の双眸を眺めた。ルルーシュの見せた嫉妬は彼の珍しい稚気である。どんな状況にあっても冷徹な判断を下すゼロとは一見結びつかない。ルルーシュは優しいのだと思う。だからこそどこかでスイッチを切り替えなければ彼がルルーシュとしての本質を失いかねない。
 そこまでして守りたいものがライにはない。そも、顔見知りさえいなかった世界で執着できたのは己の断片的な記憶だけであった。そこには守りたいものがあって大事な人がいて。でも今の僕には何もない。ギアスという特殊能力はまだ秘めておくつもりだ。下手に発露すれば相手のルルーシュさえ傷つけかねない危険な力だ。その意味から見てもライはルルーシュに全てを見せたわけではない。それでも『信じる』といってくれたのが嬉しくて泣きたいような切ない寂寥にライは目を細めた。ルルーシュに変化は見られない。時折こういうことがある。ルルーシュは何でもないように意見を言う些事がライにとってはとても嬉しかったり哀しかったりする。
「ルルーシュ」
「ルルだ」
きっぱりと言われてライが嘆息した。ルルーシュは殊更愛称で呼ばれることを好んだ。それでいて一定の親しさに満たぬものには冷徹だ。代わりに赦しさえ与えた相手には驚くほど無防備だ。その落差にライは時折不安を抱える。自分はただ利用されているだけではないのか。何も覚えていないのだから事態の正誤など確かめようもないのを利用されているのではないか。だが答えは出ずに堂々巡りを繰り返す。ルルーシュに問うたところで誠意のある反応かどうかさえ確かめようがないのだ。正答のない問題のようだ。
 ライは長い溜息の後に口を開ける。
「ルル」
「それでいい」
「ルル、朝比奈さんのあれは世間話だしただの時間つぶしだよ。そもそも同級がカレンくらいしかいないんだから何となくくっつけて楽しんでるだけだよ」
ルルーシュは疑り深い。そもそも何気なさをよそって事象を起こすルルーシュから見れば何事かの謀りがあってしかるべきというところがある。ライは自分がカレンと結び付けられていることに逆に驚いたくらいだ。ぽっと出の新顔が団体の幹部とも言える立場の少女と噂を立てられるなど失態以外にない。カレンにも申し訳ないくらいだ。特にゼロを崇拝する彼女に。
「…本当に?」
「本当もなにも、僕なんかとくっつけられたカレンがいつか怒鳴りこむんじゃないかって怯えているくらいなんだけど」
くすりと笑んで片方だけあげた肩に首をすくめる。ルルーシュはようやく息を吐いていつも通りの余裕ぶった顔になる。平素から微笑んでいるように見えるのは口の端が上がっているからだ。朱唇が引き伸ばされて少しぼんやりした印象になる。
 「君らしくないな。こんなことに煩わされるなんて」
「仕方がないだろう。ことがお前にもかかわっているのだから。お前に関してはオレは冷静とは言い難いしな」
言いながら判っているようで少し頬が赤らんでいる。くす、とライが笑うと噛みつくように食いついてくる。
「何がおかしい?! オレは、お前が」
「だからさ。まさか君が僕なんかにって思ったら。だって君の立場から見れば僕は取り換え可能な部品でしかないだろ?」
ライは自身の戦闘機操縦の腕前が突出しているとは思っていない。十人並みであると判じている。
「お前は少し自己評価が低いな。お前が思っているほどお前は使えなくなんかないぞ」
ルルーシュはため息をついて端末の電源を落とした。先刻までシュミレーションをしていた端末がしばらく後にぶつりと切れる。
「シュミレーション、良いのかい」
「こういう頭の好さが余分なんだ、お前は。素知らぬふりでそれが何か理解してしまう聡明さがな」
ルルーシュは言いながら慈母のように優しい微笑を浮かべた。どこかそれは優しいような苦しいような切ないような。何とも言えない感情の発露だ。あぁそんな顔させるつもりはないのに。ライが目を眇める。途端に白目の部分が減って眼球いっぱいが碧い瞳であるかのような錯覚を起こさせる目になる。ライの目は元々きつくないから余計にそう見える。ライ自身も承知していてそう見えることを知っている。それでいながらこの癖は直らない。
 ルルーシュの唇がちゅ、とライの頬に吸いつく。不意打ちであったそれにびくんとライの肩が跳ねた。
「え、なに?!」
「なんだよずいぶんかわいい反応だな」
ルルーシュが不遜だ。ライだけが目を回したようにぐらぐら揺れる視界に酔った。
「いや、だって、今の」
「嫌か?」
意地わるくルルーシュが問うた。応えは判っている。それでいながらあえて問い返し反応を見るルルーシュが意地悪い。ライは白い頬を薔薇色に染めて小さく返事をした。顔が発光したように熱い。顔から火を吹くってこういうこと、とライは心中で思った。
「嫌じゃない。嫌じゃないから、困るんだよ…」
「それならいい。お前が困ることなどない。お前はオレの恋人でいればいい」
「困るよ。僕がブリタニアに捕らえられたらどうするつもりなんだい」
「どうもしない。そんなことはあり得ないからだ。オレが全力でお前を守るし、お前の戦闘機の腕前ならブリタニア軍でさえ蹴散らせる」
 くたりと力が抜けたようにライが跪く。ルルーシュはあくまでも本気であるらしく胸まで張ってどうかしたかなどという。
「うん、君はどうして僕には正常な判断がないんだろうって」
「いつもと同じ判断だが。お前の自己評価が低すぎるんだよ」
だいたいな、とルルーシュが続ける。
「オレの論理についてこれる時点でお前は作戦参謀もこなせる優秀な人材だ」
「…ありがとう」


そんなきみが
すきです


《了》

誤字脱字ノーチェック。(しろよ)
すいませんごめんなさい。
終わらなかったです。            2012年7月16日UP

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