※本編のあらすじや時間軸、設定を大きく無視したものです
 それが嫌だという方はお引き取り願います。


 契約という逃げ場のない罰

   悪魔的な善人の末路

 非合法団体に所属してからも藤堂の生活にあまり変化はない。戦闘機で駆り出されることもあれば白兵戦の隠密任務もこなす。そんな一つの中の出来事だったのだ。標的が民間人を人質に取った。幼子を抱えた母親の恐怖にひきつる顔には横から銃口があてがわれている。藤堂の腰の日本刀がシャランとなった。藤堂の狙いを違わぬ先端は標的から微動だにしない。安い脅しやありふれた手段に踊らされるほど藤堂は世間知らずではない。
「おれを殺したらなぁ、黒の騎士団は民間人も殺すって広まるぞ!」
女性はしきりに藤堂に助けを求める。さてどうしたものかと思う。膠着状態だ。男の後ろには朝比奈が控えているのを視界にとらえながら藤堂は万策巡らせた。人質の女性から見れば理不尽な状況でしかない。だがそもそもイレヴンと名前を変えられた日本人自体が理不尽な状況に喘いでいるといっても過言ではない。
 朝比奈の存在を考え含める。それが失策だった。藤堂の視線から男は援護があると気づいてしまった。同時に退路のなささえ悟らせる。自暴自棄になった標的が取った行動はシンプルなものだった。ぱん、と破裂音が響いて女性の頭部の四分の一ほどが吹っ飛んだ。同時に前後から朝比奈と藤堂の攻撃が炸裂し、標的は絶命する。標的の絶命が任務であったからこのくらいの損害ならと目をつむってしまうこともできる。藤堂は標的とともに転がっている女性の元へ屈んだ。血しぶきで白くなった頬を撫でる。抱かれていた幼子は放り出された衝撃に泣き叫んでいる。
「藤堂さん」
「朝比奈、先に戻ってゼロに状況と任務完了報告を。正式な書類は後で私が用意する」
女性の死は藤堂にとって不本意なものだ。それを悟った朝比奈は判りましたと引き下がる。朝比奈の気配がなくなるまで藤堂は膝をついてそこにいた。溢れ出る女性の鮮血が藤堂の膝を染めて行く。
 ブリタニアとの戦闘状態。理不尽な死はあちらこちらへ転がっている。せめて私が関わることで助けられるならと切に思う。願う。藤堂の精悍な顔が苦く歪んだ。幼子の方へ目線を転じた一瞬の隙だった。

「君も強い願いを持っているんだね」

長い練色の髪。額をあらわにする髪止めと、少年と言うには幼いようなそれでいてどこか大人びた少年。路地裏にはふさわしくない仰々しい服で、だがしかしなにがしかの被害を受けて藤堂に助けを求めるわけではないようだ。警戒して口を利かない藤堂に少年がにっこり笑んだ。

「ぼくは君に強い力をあげられる。これは契約だ。契約さえ結べば、君の願いはきっと叶うよ」

「契約、とは」
「戦争状態にあるこの国で理不尽な死なんていっぱいあるのに君は優しいね。だからぼくが力をあげるよ」
藤堂はすっと立ち上がると少年の方へ歩み寄った。膝へ沁みた鮮血が脛骨を伝うように靴を汚す。
「ちから?」
疑問形をとりながら藤堂の意は決していた。得られるものであれば何でも得る。使えるものは使え。一本芯の通った藤堂はそれに背かぬ限りそれを押し通してきた。少年が藤堂の手を取る。
「きれいなひとだ。だからこそぼくは君と契約したい」
刹那、強い力が藤堂の体を駆け巡った。顔や腕と言わず体中に紋様を刻みつけた人々。反転する世界と鏡面のように相対する球体。奈落へ落ちるように足元は危うくなり、それでいて何か強い力が藤堂を引っ張り上げる。はっと気づくと少年はすでに手を放していた。
「契約完了。君の好きにしてご覧。きっと楽しいと思うから」
手始めにその女が好いよ。少年が示したのは先程の戦闘で頭部を欠落させた女性の遺体だ。彼女にとって死は理不尽でしかないだろう。藤堂の蒼穹の瞳が潤む。紅い両翼は羽ばたき開く、その瞬間。女性の傷口へ触れた。刹那、だった。

ごぼごぼごぼごぼごぼ。

女性の吹きとんだはずの頭部が生き物の再生過程のように骨が、眼球が、目蓋が、皮膚が、髪が、全てが巻き戻しの様に再生した。女性は意識さえ取り戻して、驚きに動けない藤堂をおいて幼子を抱いて逃げて行った。
 「これ、は」
「それが君の力みたいだね。理不尽を赦さない。君が理不尽だと思うもの全て元の状態に戻っていく。または死滅する。そんなところかな。おもしろいものみせてくれてありがとう。契約は解けないからね。それじゃあ、またね」
少年は意味ありげな言葉を残して雑踏へ消えた。藤堂一人が茫然と残された。膝のあたりのジュクジュクと湿った体液の感触に背筋が粟立った。


 この能力は藤堂を有頂天にした。民間へ予期せぬ被害が出ても誰も見ていないところで藤堂が清算する。能力の乱発と言っていいそれにさえ藤堂は見ぬふりをした。だが思わぬ弊害もあった。『理不尽』という基準に良し悪しは影響しないのだ。早い話が好い方向へ働いた『理不尽』さえも除去してしまう。藤堂は己の力が徐々に悪質なもののように思えてきた。人の命が助かるならと瀕死の兵士を治療したりした。戦争状態にある現状では『理不尽』はそこらじゅうに溢れている。
 今日もまた藤堂は礼を言われた。路地裏で泣いていた子供や女性も助ける。藤堂に老若男女の区別はない。必要が生じれば手を出す。救護室で藤堂が膿を内包した傷を含む兵士の腕に触れた、刹那。パン、と皮膚が裂けて膿が飛び散った。怪我の治療過程として一度悪化させてから快方へ向かうという手順がある場合もある。その悪化の過程を藤堂の能力は『理不尽』と判じたのだ。思わぬ痛みに兵士が怒り、周りの医療スタッフがなだめる。藤堂に詳細を訊ねるが藤堂は私が出すぎた真似をしてしまったようだとだけ答えておいた。ほころびが、見え始めていた。

 「藤堂」
ゼロからの呼び出しに藤堂は応じた。藤堂は正体を知っているゼロにこの能力を明かしたのだ。ゼロの正体はルルーシュと言う名の少年だ。かつて幼いころ以来の邂逅だった。それでもルルーシュは藤堂を客観的に評価し、藤堂もそれに応えてきた。ルルーシュは藤堂の前でだけは仮面を取る。のっぺりとしてチューリップに似たようなそれが卓子の上をごろりと転がる。
「怪我人に怪我を負わせたと報告が入っている。詳細を聞こう」
藤堂はあらすじをかいつまんで話した。おそらくは己の手に入れた能力が強すぎたためであるだろうことも。ただ藤堂は誰からその能力を得たかだけは、がんとして口を割らなかった。
 「…――なるほど。お前の能力は消去壁に似ているな、コンピュータの。ユーザーかどうかさえ認識せず触れるものすべて消去してしまう消去壁。能力自体は強力だが使用制限をかけねばなるまい。どうだ藤堂。お前は意識してその能力の強弱の加減は出来るのか?」
しばらく沈黙が下りたが藤堂はゆるく頭を振った。立ちっぱなしの藤堂を長椅子に座ったルルーシュが見上げている。そこからは見えるのだ。藤堂の美しい蒼穹の瞳にはばたく紅い両翼が、その両眼に宿っていることが。
「お前に能力を与えた奴が言ったかどうかオレには判らんが、その能力は暴走する。おれは一度制御を失った能力者と接触したことがあるが、そいつは無差別に能力を使い続ける状態にまで悪化していた。藤堂、お前はその時のそいつに似ている」
「それでは、対処法として私をどこかへ隔離するしか手はないと」
ルルーシュはふゥッと深い息を吐く。眉間をぐりぐりと細い指先が圧している。
「いやそれは困る。奇跡の藤堂の脱落など、ブリタニアに好機を与えるに他ならない。お前には酷なようだが頑張ってもらうしかない。能力の暴走を抑えるすべは、オレの方からも探そう。お前も能力を極力使うんじゃない。いいか?」

理不尽な死を見てもなにもするな。

藤堂の双眸が収斂した。見開かれていく。藤堂の指先が震えた。戦慄く唇が音を紡ぐ。
「私はまた、無力に泣かねばならぬと、言うのか」
ルルーシュの無言は肯定だ。だがそれしかないと藤堂の出来の良い頭脳は判っている。使うほどに脳を犯す熱。その熱が上がりきったとき、何が起こるのか。快方へ向かうはずの手順の途中の『理不尽』を排除してしまった際の内臓が灼けるような臭いを藤堂は忘れられない。自我などにかまっている場合ではないのだ。己の能力で人の好ささえ殺しかねないのだ。理屈では判っている。だが感情がうつらうつらと邪魔をする。ホラホントウニソレデイイノ? ソノヒトハワタシガテヲカザシテフレレバタスケラレルンジャナイノ? 声がする。それはゼロの機械音声であったり能力を授けてくれた少年の声であったり藤堂自身の声であったりした。
 「…過ぎたるは及ばざるがごとし、だな」
「納得してもらえた様で嬉しいよ、藤堂。何か制御できるものが見つかったら連絡する。それまではおとなしくしていろよ」
藤堂は虚ろな気分でゼロの私室を後にした。つまり藤堂はもう誰に触れることさえも出来ない。怪我人はおろか健常者さえ害しかねない存在なのだ。藤堂をただ唯一としてついてきてくれた四聖剣の面々。彼らともう酒を酌み交わしたり触れ合うことさえ出来ぬのかもしれないと思うと気が狂いそうだった。それ以上に。恋情を交わし枕を並べたゼロであるルルーシュに触れることさえ赦されない。ルルーシュの内臓が灼ける臭いは想像しただけで嘔吐しそうだ。あァ、そんな寓話があったなと思いだす。外国のものであったように思う。金が好きで触れるもの全て金にしてほしいと望んだ愚かしき愚王は、己が触れた皇子や后や家来やそれら全てを金塊にして一人になってしまった。今まさに自分が同じ立場にいる。藤堂は己の手の平を眺めながら想いを馳せた。

この能力が己に働いて『理不尽』な能力ごと私を灼いてしまえばいいのに

「藤堂!」
ばん、と秘密主義も吹き飛ぶ勢いで退出したばかりのゼロの私室のドアが開く。
「短慮に走るなよ。自ら死ぬなど、オレが赦さないからな」
藤堂は茫然とルルーシュを見据えた。剥き出しの野生がそこにあった。ルルーシュはその時、藤堂を飼うことはできないと実感した。藤堂や四聖剣は借りものの勢力だと実感した。四聖剣は藤堂がどうあろうとついて行くだろうし、藤堂自身が主を定めぬ野生の獣だった。その藤堂と交わした枕の日々が甦る。

「――死ぬなよ、鏡志朗」

それだけ言ってルルーシュは引っ込んだ。外聞を気にしてだろう。ゼロの秘密主義は徹底している。藤堂もそれを知っているから特に非礼だとは思わない。藤堂も自室へ引き取った。


 藤堂はそれから出来る限り能力の使用は控えた。乞われても断る。泡沫の夢であったのだとお茶を濁して能力の使用を避ける。救世主はあっという間に戦士の独りへと変貌した。藤堂は望んで死地へ赴く。死ぬ可能性があると言われる作戦には必ず最前線で参加した。四聖剣には後を追うなと釘を刺す。死ぬのは藤堂だけでいい。路地裏での隠密任務を終えて藤堂は彼と邂逅した。
「すごいはやさだね。ぼくの知る限りでは最高だ。能力は上手く使えてるかな?」
練色の踝まである長い髪と髪止めと、少年でありながらどこか大人びた。
「もう両目でギアスが開花してる。ぼくの想像通りだ。君ならいっぱい力を使ってくれると思ったから。うふふ、でも最近は停滞しているねぇ」
藤堂は答えない。元凶と言えばこの少年であり、恩人と言えばこの少年なのだ。
「うまくいってほしいな。ルルーシュとはうまくやれているかい。あの子もぼくたちの仲間から力をもらっているはずなんだ。きっと気が合うよ」
少年の口元がニィいと裂けた。それはどこか童話の嘘つき猫じみた道化た仕草で。
「君は眠らせたくないな。ぼくの駒として動いてほしいし、事実動いてもらっているしね。君は優秀だよ」
藤堂は刹那、何もかも放り出してこの少年を殺害できたら何もかもが終わるような気がした。能力の悪夢も終わるだろう。反政府組織の戦力としても出すぎた真似として削られるだろう。藤堂の居場所はなくなる。この少年の存在は好きにつけ悪しきにつけ藤堂を身動きのとれぬ状況にした。

「きみはすごくいいこだねえ」

少年は身を翻して消える。藤堂は慟哭した。

「うわぁあぁぁぁあぁあぁあぁぁああああああああ!!!!」

かきむしる喉から出血する。そのそばから、『理不尽』な損傷を拒絶するべく傷が治っていく。呪われた能力。藤堂はきっと自刃さえままならない。藤堂は膝をついて何度も何度も嘔吐した。結んだ契約が藤堂を縛る。内容さえ判らないというのに。ただ生きていること。それが絶対条件であることしか判らない。藤堂はルルーシュに自刃の許可を取り付けたいほど狂おしく悶えた。涙とともにかきむしる傷から血が溢れた。しゅううと白煙をたち上らせて治る傷。自分で自分さえ傷つけられない。

終わらない、罰だ



《了》

思いもつかないシチュエーションで書かせていただきました!
私自身は楽しかったんですがハッピーエンドでなくて申し訳ない
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