あぁほら、だって
 赦してしまうから


   どんなものより魅せられる

 手元のコンピュータを操作する。愛機の現状と改善点、維持すべき機能などの一覧が目覚ましいスピードでスクロールする。眼鏡の奥の薄氷色の目は淡々とそれらを眺めていた。整備員も太鼓判を押した状態だ。補佐どころか出撃すら可能だ。コーネリアの騎士という地位を得てから周囲の対応は一変した。世間知らずのオママゴトとして見られていたのがさらなる侮蔑と嫉妬に彩られた。恵まれている出自と実力。何かあれば手ぐすね引いて待ちかまえている。戦闘に出る最前線といえど策略と羨望、嫉妬が横行して足の引っ張り合いなど話題にすら上らない日常茶飯事だ。手探りの中で被った失態の責任はただ一身に背負わなくてはならない。
 鋭角的なラインのフレームをした眼鏡を中指で押し上げる。表示されている時刻を見れば、かなりの時間が経っている。目の奥がじんとしびれるような気がした。ため息をつくと表示画面のスクロールを止めて電源を落とす。寄りかかった椅子の背もたれがギシリと軋んだ。立ち上がろうとするのがひどく骨が折れた。沼にはまりでもしたかのようだ。手脚は重くからみつく泥にとらわれて分離を許さない。無理に持ち上げようともがくほどに体は沈む。ギルフォードは一息ついてから勢いをつけて椅子から立ち上がった。一枚布のように絡みつく重みを振り払う。意識されない疲れは唐突に限界を迎えて砕ける。
 戸棚を開いて封の開いた壜を探す。酒瓶を抱えてギルフォードが始末の悪い椅子へ沈みこんだ。椅子の生地は待っていたとばかりにギルフォードの四肢を捕らえる。心地よい重みに微笑しながら空のグラスへ酒を注ぐ。面倒な手続きの必要ない酒だ。安酒でもある。口の中へ含めば芳香が口腔を満たし嚥下すれば灼けるような刺激が喉を通った。胃の腑へ落ちる様が容易に感じ取れる。そこから全身へ融けだしていくような快感。酒の美味さは年を経るごとに感じる。しょせん、子供の飲み物ではないということか。子供のころ盗み飲んで酔っ払った果ての醜態はいい思い出だ。ぐったりとした様子と嘔吐に父親はすぐに感づき、翌日二日酔いのギルフォードは殴られた。そう深く干渉してくる家庭ではなかったがそれだけに逸脱した際の処罰は手厳しかった。
 こんこんと響くノック。グラスを置いて誰何すれば女中の戸惑ったような躊躇う声が返事をした。
「お客様です、あの直接お話がしたいと申されまして…ご案内してしまったのですが」
扉を開けるとロイドがにへらと笑って手をひらひらさせていた。
「君のところは女中さんも教育行き届いてるねぇ」
嘆息してギルフォードは女中を下がらせるとロイドを室内へ招いた。身分的にも複雑な対応をせざるを得ない相手だ、女中の落ち度にするには荷が勝ちすぎる。
「これからの客人は断りを入れてくれ。私はロイド伯爵と話をするから――」
女中は、はいと従順に頷いて品よく扉を閉めた。扉を閉める無粋な音もさせることはない。
 それを見ていたロイドはピュ、と口笛を吹いた。出自に合わないフランクさから彼が何をしに来たか知れようというものだ。こうなったらさっさと追い出すのが得策か。ロイドはギルフォードの飲みさしを平然と口にした。ぺろりと覗いた舌先は唇と同じように紅く澄んでいる。唇を舐める動きにギルフォードは何故が居心地の悪い思いをした。正当性はこちらにあるのに糾弾するのがためらわれる。
「最初はさぁ、「もうお休みになられているお時間です。明朝お越しくださいませ」って言われてさぁ、本当に教育行き届いてるねぇ…僕のところもそうしようかなぁ」
ロイドは飲みさしのグラスを一気に呷った。琥珀色の液体が滑るようにロイドの口腔へ吸い込まれていく。
 ギルフォードが対応を決めかねる間にもロイドは好き勝手に振る舞っている。コンピュータを立ち上げてギルフォードが見ていた資料を、ギルフォード以上の速さで読み取っていく。その口元がくふんと笑った。両端のつりあがった口の端は、ロイドが常に微笑しているかのような穏やかさを見せているが、その実は正反対と言っていい性質であることをギルフォードは最近知った。穏やかな上辺の微笑に隠された本質は意外と狡猾だ。
「安酒ですねぇ、酔っ払いたい?」
「上等な舌を持っているわけではありませんので。ところで、ご用件は」
「今度来る時はお酒も持ってくるよ、二人で飲もうねぇ」
相変わらず噛み合わない会話だ。しかしここで癇癪を起したところでロイドが喜ぶだけなのは経験上よく知っている。ギルフォードは辛抱強く対応した。
 「ご用件がないならお帰りください。ロイド伯爵、せっかくのプライベートな時間を私なんかに付き合ってお潰しになるつもりですか」
「ここ」
ロイドの眼鏡に表示画面が反射している。愛機のほんの些細な個所を指摘される。思わず身を乗り出すギルフォードにロイドは飄々としたまま言った。
「この差異はねぇ、後をひくよ。今のうちに修正した方がいい。戦闘場面で出たら厄介でしょ?」
 言われないと気付かないほどの差異だ。けれどロイドの機体を見る目は確かだ。直属のプロジェクトや任務を担うほどなのだから折り紙つきと言っていい。ギルフォードの頭の中はあっという間に愛機でいっぱいになる。画面を操作して様々な表示を呼び出す。
「実はここが少し気になっているのですが、どうお考えになられますか。あとは、これの左右の差が」
「良くないねぇ、悪くもないけどね。整備の腕は悪くない、でも良くもない。ひょっとしたらここぞって場面で欠陥が出ちゃうかもぉ?」
ロイドはけらけらと笑った。ギルフォードは難しい顔で画面を睨んでいる。
 穏やかさを示すようなフレームの眼鏡をツンと上げてロイドが不意に真剣な眼差しになる。天藍の深淵がギルフォードを映し出す。刺すような眼差しにギルフォードが気付いた。
「ロイド」
そこでギルフォードの言葉は呑み込まれた。重なった唇。逃れようと反射的にもがいた拍子に椅子を押した。ロイドはそれを蹴って避けるとギルフォードを床の上へ押し倒した。上等な絨毯は些細な物音を消してしまう。ギルフォードが手をつき背を打ちつける音すらしなかった。椅子は押された勢いのままにキャスターで移動して勝手に止まる。
 薄氷色の瞳は驚きに見開かれて喘ぐように開いた唇の間をロイドの舌先が埋めた。軽装な部屋着の隙間をぬってロイドの指先が侵入してくる。冷たいようなそれはまるで陶器のようで、ギルフォードは押しのけるのを躊躇した。ロイドは泣きだす前のような顔で笑った。
「抵抗なしならいっちゃうよぅ?」
「私などでお相手が務まると」
口をついて出た言葉にギルフォードの方が驚いた。ロイドも驚いたように目をパチクリさせていたが、ケタケタと癇に障る声で笑い出した。ギルフォードの白い頬がみるみる紅く染まる。
「す、すみませ…聞かなかった、ことに…!」
白と黒のモノクロームの対比が鮮烈な紅で途切れる。皮膚が白いギルフォードはそれだけに赤面すればたちどころにそれが判った。
「聞かなかったことにしなぁい! 僕だってずっと我慢してたんだもの、君が相手じゃなきゃあ嫌ですよぅ」
「我慢?」
 抱きついてくるロイドを受け止めながらギルフォードが聞き咎めた。思い返せばロイドの来訪は久しぶりだ。それこそ本物の猫のように頬をすりよせながらロイドが喉を鳴らした。
「そうですよ、ずっと我慢してたんですからぁ。殿下のところへずっと、通ってらしたでしょう。一晩に二人はきついなって考えたんですよぅ」
言われてみればギルフォードはシュナイゼルに呼びつけられて夜伽をしていた日々が続いていた。
 陶器のように仄白いロイドの頬がほんのり紅い。飄然としたこの男が照れている事実にギルフォードは相好を崩した。こんな気遣いなど口にする予定ではなかったのだろう、思わず言ってしまったと言わんばかりだ。ギルフォードはこらえきれずにクックッと喉を震わせて笑った。
「わ、笑うなんてなしでしょ?! いつも回りくどいっていうくせに」
緩めた襟から覗く喉にロイドが噛みついた。肌蹴させた前身ごろから覗く鎖骨辺りへ舌を這わせる。震える喉仏を牽制するように噛みつく。奇妙な手応えのそこにロイドは何とも言えない顔をした。
 仰け反る喉に紅い舌を這わせながら指先が乱暴を働く。ギルフォードはそれに気付きながら咎めもせずに放置した。ロイドは拍子抜けしたように天藍の瞳を瞬かせた。晴れた天の色をしたその色合いはギルフォードの薄氷色の瞳と似通っていながら、違う。その瞬きにギルフォードは魅入られた。碧い空の瞬くような色合いは生まれつきのものでギルフォードがどんなに望んでも手に入らないものだ。
「綺麗な瞳をなさっているのですね…」
肩まで肌蹴た部屋着をまといながらギルフォードが差し伸ばす手にロイドは唇を寄せた。
「そうかなぁ? …うん、でも君に綺麗だなんて言ってもらえて嬉しいかなぁ」
緩く巻いた癖のついた薄紫の髪。天藍の瞳。人造物だとでも言いたげなその色合いはロイドの価値を確かに押し上げていた。
 「君も綺麗だよ。この髪と瞳の対比がね、たまらない…」
ギルフォードの肩甲骨あたりまで伸ばした髪は黒髪だ。普段はそれを一つに結っているのだが、ロイドが結い紐をほどいた。ぱらりと広がる濡れ羽色と見つめてくる薄氷色にロイドは満足げに笑んだ。
「うん、やっぱり綺麗だよォ?」
ロイドの指先がギルフォードの眼鏡を取り払った。途端に焦点を失ってぼやける視界にギルフォードが顔をしかめた。ロイドは子供のように笑ってそれをいなした。
「じかに見れば君だって判る。黒髪と淡い水色が折り合って綺麗だよぅ」
技術畑にいるくせに子供じみた批評にギルフォードは忍び笑いをこぼした。ロイドはそれを見て拗ねたように唇を尖らせる。その唇が指先を含む。熱く濡れた舌先が指先や股を丹念に舐る。慌てたように指を振り払うギルフォードの様子に今度はロイドがケタケタと笑い声をあげた。
 ロイドが自分自身の眼鏡を取り払う。意外と穏やかな顔立ちをしている。それに目を奪われていたギルフォードが気付いた頃には体は抜き差しならない場所まで追いやられていた。
「ちょッ…!」
「不満も不平も聞こえないよぅ、眼鏡取っちゃったからわからないもん」
「ご自分でお取りになったでしょう…!」
荒い呼吸に肩を上下させながらギルフォードが異議を唱えればロイドはしれっと言い返す。
「君も眼鏡してないでしょう、一緒、一緒。気にしなぁい!」
反論はロイドの口腔に消えた。重なる唇。絡みつく舌先の目的は明らかなのに拒否できない。ギルフォードはあきらめて力を抜いた。途端に自由になる四肢に、ロイドの方が確かめるように問うた。
 「いいの? 本気でするよ」
「本気に、でしょう」
ギルフォードの言葉にロイドはけらけら笑った。ギルフォードもこらえきれないとばかりに笑みをこぼす。こぼれた笑みが二人の間に満ちる。ロイドがこつんと額を合わせた。焦がれる天藍の瞳が眼前でギルフォードを見つめていた。碧い空の色。自身の薄いそれにはない清々しさ。つり上がった口の端はそれが常態だと知りながら騙される。
「君、イイねぇ。好きだよぅ、僕はそういうの」
「伯爵位の方に気に入られて光栄です」
おどけて見せるギルフォードの様子にロイドは子供のように無邪気に笑い声を立てた。それにつられるようにギルフォードも笑った。ぼやけた視界も体の状態も思惑の外だ。単純な笑いの動機に久しく忘れていた何かを思い出した気がした。
 「感謝しますよ」
笑うことはこんなにも無垢で無駄でよかったのだ。それすら忘れていた。ロイドは癇に障る笑い声を立てながら小首を傾げた。
「何を、ですかァ? 訊いていいのかなぁ?」
「内緒です」
「そんなことをいう人にはこうですよぅ」
ロイドの指先が乱暴を働く。仰け反りながら体躯を駆け抜ける快感にギルフォードは微笑した。


《了》

あ、甘々?(滝汗) すいません、こんなカンジが限界かもしれません(汗)
甘々リクエストにチャレンジしたものの玉砕って感じです(ダメだろそれ)
もう後は誤字脱字さえなければ…(結局そこか)
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