※ゲームネタバレ、オリジナル設定あり


 綺麗なんかじゃない


   すべてのはじまり

 見上げた空は曇天ではらはらと雪片が舞った。自身の名前に関するこの天候は喜ぶほど積もらない。このあたりの雪景色など知れたもので往来や土道を湿らせた程度で夜露や霜へ変わり、日が昇れば融けてしまう。一桁でも積雪になればニュースになるし救急車の出動も増える。歩き慣れない雪道の中途半端な積り具合が余計に足を滑らせるのだ。卜部は土産の壜を空いた手へ持ち直して土道を歩いた。駅から少し道を入り組んだだけで黒松や瓦屋根の塀を持つ住宅街だ。表札のかすれ具合やいつ動かしたかも判らない門構えがそこかしこにみられ、古馴染み以外は脚を踏み入れない。そんなところに藤堂鏡志朗は居を構えていた。
 駅から遠くないのに驚くほど静かだ。表札がかすれているし似たような造りの家が多いからと、藤堂が玄関先で待っていてくれている手筈になっている。はたせるかなひときわ立派で庇さえある門構えのところにしゃんと伸びた背筋の男が立っていた。洋風の外套を羽織っている癖に裾から覗く足元は裸足につっかけ、中に着ているのは間違いなく着物だ。藤堂の私的な服装は和風が多いと聞いていたが本当らしい。
「どーも」
気の抜けた声をかけると藤堂が気づいた。凍えた風は多少の雨も雪片として吹き飛ばす。襟巻まで備えた卜部の服装を見た藤堂はふわりと笑んで潜り戸を開けた。ここから入れ。仕草で促されて卜部は気負いもなくひょいとくぐった。卜部も藤堂も日本人としては長身の部類であるから潜り戸は文字通りくぐる。
 楓や百日紅になんの種類かも判らない喬木が枝を伸ばし、灌木が密に茂って目隠しを兼ねている。
「招待に応じてくれた礼を言おう」
導かれるままについた卓子には食膳が用意されていて埃よけの網目も細やかになにがしかの模様をかたちどっている。曇天で時刻の自覚がないがまだ少し早いような気がする。それでも入らないわけではないからいただくことにする。藤堂の作る食事は美味いから嫌いではない。蜜を足そうとすると藤堂が止めるので蜜を垂らすのは一人のときに抑えている。卜部の食事事情は特殊であるらしい。まず平気で虫を食う。蝉と蜻蛉は美味い。そう言うとまずそこで味覚を疑われる。そのうえで楓蜜など惣菜に足すものであるからお前には飯の食わせがいがないと不満を言われることも多い。要するに味音痴だといわれている。自覚はないが度を越した醤油好きに対して卜部もそう思うのでそんなものなのだろう。
 ちりよけを畳んでしまいながら卜部の外套や襟巻を藤堂が手際よく片付けて行く。腹が減ったなら食べていて良いといわれて卜部は惣菜を指でつまんで食った。煮物だ。美味い。指をしゃぶっているところへ藤堂が戻ってきて箸を使いなさいと母親のように諭す。そろったところで食事が始まる。二人とも軍属であるから好き嫌いはない。軍用の携帯食など美味い不味いなどと贅沢は度外視されているから普通の食事自体が美味く感じる。藤堂の箸使いは綺麗だ。露ものの椀を持つときには箸先はうちを向き、差し箸もしない。寄せ箸などもってのほかだ。その藤堂はどこか少し虚ろだ。こういうときはなにがしかを抱え込んでいるに決まっている。必要があれば藤堂の側から言うだろうと卜部はつついたりしない。
 食事の片づけを終えて茫洋と縁側で涼んでいると藤堂は隣へ膝をついた。曇天からはついに堪えきれなくなったように雪が降り始めていた。白く凝る息を吐きながら卜部が指先の感覚がなくなっていくのを愉しんでいた。
「卜部、話がある。今日、呼んだのはその話がしたかったからなのだが…」
「なんです?」
軍属は現在少々忙しい。この日本はブリタニアと言う大国から理不尽な攻撃を常に受け、またはさらされている。国のトップである枢木ゲンブ首相の唱える徹底抗戦に日本は、世界大戦のように戦意高揚に湧いた。盛んに戦意を煽る軍歌が謳われ学生たちや有志はさかんに穏健派を襲った。繁華街へ行けばそれはすぐ判る。藤堂が居を構えているこのあたりの静けさの方が異様なくらいだ。
 「………その、くだらない、ことなのだが。私は」
卜部は胡坐をかいた。藤堂は正座している。膝の上へそろえた手がぎゅうっと音を立てた。ひらりと白い一片が二人の間を横切る。

「私はお前が好きだ。愛している、のだと思う」

だが、と藤堂が続ける。そういう藤堂の表情は苦々しげでそれでいて痛みに慣れた倦んだ顔を見せた。
「だが私は、その、抱かれている。君ではない他の男に…その、閣下に」
藤堂が閣下と敬称で呼ぶ位置にいる男は数名しかしない。その中で深く藤堂に関わるものと言えば。
「枢木ゲンブか」
藤堂の顔がぎゅうっとしかめられた。食いしばる唇は血の気を失くして白い。ひそめた眉間のしわの深さや眇めたような灰蒼の双眸からそれが判る。藤堂は道場で師範の位置にいる。子供たちを集めて武道を教えているとも言う。そこに枢木ゲンブの一粒種が通っているのはちょっとしたものならば知っている。
 「そうだ。そんな私が望んで良いことだとは思わない。でも、私はお前が、好きだ」
卜部の口角が吊りあがった。にいと猫のように笑んで卜部はひょいと立ちあがる。正座している藤堂が不思議そうに見上げてくる。
「着替えてきた方がいいな。出来れば洋装で。俺のルーツをあんたに教えるよ。そうすりゃあんたァ俺を見限りたくなるかもしれねぇけどな」
藤堂の行動は早かった。すぐさま洋装に着替えて外套を羽織り襟巻をする。卜部もしまった外套と襟巻を出してもらって着た。藤堂が戸締りを確かめる間卜部は門構えの庇の下で待っていた。雪がはらはらと降っている。それでも地面へつく前に融けてしまって積もることにはならないだろう。藤堂は手に持つものもなく身軽な格好で来た。何処へ行くかも告げぬまま卜部が先に立って歩く。藤堂もどこへ向かっているか訊かない。二人の間に会話は少なく、藤堂が卜部の体調を気遣うように訊ね卜部が短く応える。
 公共の交通機関を少し乗り継いでいく。
「お前の家か?」
「……生まれたとこって、感じかな」
卜部が急に席を立って降りるのを藤堂が慌てて追う。その背中で扉が閉まった。きちんと運賃を払って改札を抜けると卜部は路地裏へ入っていく。何処から流れ込むのか運河が真ん中を通り腐臭を放つ。藤堂が居を構えるように静謐で清潔ではない。雑多で汚辱に塗れている。錆びた空き缶を運ぶ河には残飯が投げ込まれ腐った油のような臭いがする。路ばたへ座りこんでいる男は顔も見えないほどに巻いているのは布で据えた臭いを放つ。卜部はその男から煙草を一箱買い、火をもらう。立ち上る煙の匂いに藤堂の顔が渋る。違法煙草だ。蔓延している麻薬のリフレインほどではないが多少の幻覚作用が期待できる。

「鏡志朗。ここが、俺の生まれた場所で育った場所だ」

藤堂はあたりを見回して総毛だった。露店が並び、それでいてそれらのどれもが正規品など扱わない。戦意高揚と裏腹に物資は軍部が吸い上げる現実がそこにあった。闇市だ。子供たちの目がきょろりと大きく不自然に開き口は小さい。いとも簡単に服の裾を上げて見せ脚を開く。それを目的に藤堂や卜部の周りをちょろちょろするのは少女に限らず年端も行かぬ子どもであったり少年であったりした。卜部はそれらをぞんざいに追い払うと買ったばかりの箱を目の前に差し出す。
「吸いますか。少し切れがよくなりますよ」
「お前の生まれた場所だと、言ったな」
「そうですよ。だから俺はあんたが誰に抱かれてようが関係ねぇ。でもまァあんたァ好きだし付き合いてェってんなら付き合う。けどあんたがそのオヤジと切れられねェ様に俺はこの界隈から切れられねェ。この界隈はいいぜぇ。一晩限りで老若男女選り取り見取りだ。金次第だけどな」
クックッと笑いながら卜部がうそぶいた。運河に架かる橋の欄干に卜部がひょいと身軽く飛び乗った。二・三度往復したり方向転換して見せる様は猫のようだ。しかも性質を考えれば野良猫だ。
 「俺は俺の親が誰かもしらねぇ。どんな血筋だかァしらねぇが掏りやかっぱらいで何とか生きてた。偽善に満ちた連中が集団生活にぶッこんでしらねぇ家に引き取られて今に至るって奴だ。脱走もしたけどな。何度目かで逃げるのも馬鹿馬鹿しくなって止めたよ。軍属の道があったからそこへ入った。それだけだ」
まァたぶん、商売女と客のしくじりだよ。
卜部はあッはははは、とけたたましく笑った。
「そんな俺でも付き合いたいですかい。抱きたい?」
きゅっと踊るようにターンした卜部はひらりと藤堂の前へ下りた。路地裏の界隈に紛れ込んでも諍いやもめ事が起きないのは卜部の慣れと同時に藤堂自身が放つ闘気のせいだろう。藤堂自身は気づいていないが切れ味のよい日本刀のように冷徹な空気が藤堂を包んでいるのだ。勘の好いものならば危険として察知する。卜部もそれは肌で感じでいる。ピリッと電流が走るように心地よく高揚する。
「さぁ、どうすか? こんな阿婆擦れは避けた方が身のためたァ思いますがね」
クックッと笑いながら卜部は枚でも舞うように露店を冷やかす。剥き出しの果実を買ったらしくぽいと一つ藤堂へよこした。柘榴だ。割れ目から紅玉のような粒が並んでいる。
「最近は裏稼業でも季節折々の変化ァなくなりましたね。ハウスもんがのさばってるンすよ」
卜部はその痩躯に見合わぬ豪快さで柘榴を食んでいる。むぐむぐと口を動かしては適当にペッペッと種を吐く。往来でそんなことをしても誰も注意もしないし見咎めもしない。路ばたへ寄れば誰かの嘔吐物や体液がある。
 「さぁ、どうします。将校連中みてぇに言いますか。様子を見ましょうってェ」
くふんと馬鹿にしたように卜部が笑った。戦意高揚の叫び声が上がった。どんどんと響く音もする。反体制組織も増えて最近は警察だけではなく軍属まで出動する羽目にもなっている。原因は首相の枢木ゲンブの徹底抗戦の声明であり、穏健派たちがテロリスト紛いのことをするのだ。どこかで投げ上げられた火炎壜が見えた。藤堂の目線を追って騒ぎを遠くから見下す卜部はふふんとうそぶくように笑んだ。
「表は騒がしいですねぇ。裏は静かでいいやね。ここはたとえ枢木ゲンブが死んだってなくなりゃあしないだろうなぁ。戦火とかデモとか何でも経験してるけど消えたこたァねぇからな」
卜部が藤堂を見据えた。
「返事をもらいたいンすけどね。言っておきますけどこんな生まれでそこらに溢れるねんねだと思わんで下さいね。未通女じゃねぇ。ガキの頃からケツ掘られてるし女のケツ掘ったこともある」
もちろん、男のケツもな。いやらしく笑うのがわざとだと藤堂には何故か判った。卜部は自分で言うほど悪人ではない。本当の悪人であれば藤堂の立場を考慮して出自など明かさず胡麻をすってのし上がっていくだろう。
「変わらない。私はお前が好きだし、お前を…その、抱きたい、と思う」
頬を染めていう藤堂の空気が和らぐ。
「嫌いじゃねェの。嫌がると思ったけどな。行きずりと寝るなんざァ」
「すでに男に抱かれている私に清純を求めるなど愚かしい」
藤堂が妖艶に笑った。満ち満ちた湖面の凪いだ灰蒼の双眸が蠱惑的に卜部を見据える。鳶色の固そうな髪とは裏腹に藤堂の双眸は感情が発露しやすい。だから卜部はこれが藤堂の本心であると判る。藤堂は、周りが思うほど己を高潔視していない。藤堂は確かに戦闘技術に長けている。ブリタニアを押し返した戦績など数えるまでもない。藤堂の切れ長な眼差しもすんなりとした鼻梁も意志の強さを示すように太い眉筋も、どれも卜部は嫌いではない。見合いを申し出れば引く手あまたであろうに藤堂は自分は軍人であり相手を未亡人にするわけにはゆかぬと断りを入れていると聞く。馬鹿だと思う。それでいて男にはなびく。体の良い言い訳か、と思わなくもないが卜部も似たような手を使ったことがあるので同類である。
 「私は、相手の出自や出身は問わないが。その当人を見て極めるつもりでいるのだが」
おずおずとした、だが確固たる意志のそれに卜部は藤堂からは逃げられないと悟った。そもそも卜部が藤堂自身を嫌ってもいない。慕っているからこそ、四聖剣と別称をいただくほど近くまで迫っているのだ。卜部は藤堂を抱き寄せると深く口付けた。舌先で藤堂の唇を舐めれば蛋白石のように透明に輝いた。きらきらとしたそれには相手がいるという暗黙の了承でもある。だから路地裏では唇の濡れた輩は狙われない。自分で舐め濡らすのとはどう違うのか、界隈の連中はそれを見分ける目を持っている。卜部も多少判る。あァこいつ相手持ちだなァとか装ってるなぁとかその程度である。
「それじゃあ話は早ェな。さっさと既成事実でも作りますか」
卜部はひょいひょいと長い手脚を繰って路地裏の奥まった場所へ歩いて行く。看板さえもない家屋に入りこみ小さな窓を備えた受付と何事かのやり取りを行う。何枚かの紙幣を差し出すと受付が受け取り鍵を渡される。卜部は藤堂を促してその部屋へ向かった。
 「誰かが使った部屋ァ嫌いですかい」
「私とてそこまで潔癖ではないが」
「なら、よかった」
藤堂を部屋へ入れると卜部が施錠する。寝台はきちんと整えられていて藤堂が不快に思う要素はなかった。枕辺にはこれ見よがしに潤滑材が備えられている。卜部がどさりと腰を下ろすと寝台のスプリングが軋んだ。釦を外していく手順に藤堂が魅入る。卜部は普段から無欲に見えるから、こうした欲望の錯綜する場に合わぬような気がする。卜部もそれを承知の上で藤堂を誘っている。
「どうせ戦闘が始まりゃあ便所で流すだけなんだ。たいしてかわりゃあしねェよ。俺なんかを抱いて何が愉しいンだかなぁ」
「その相手をするお前もお前だ」
藤堂も外套や襟巻を外す。床へ衣服を脱ぎ捨てて裸身が寝台の上で絡みあう。スピーカーを備えた車両がしきりに戦意高揚を歌い上げる。がなりたてるようなそれを聞きながら紅や蒼、白や碧と色を変える広告灯の鮮やかな光が寝台を照らした。二人は声もなく睦みあう。愛しているの一言さえもない。互いに軍属であることを知っている。一度戦闘が起これば死地へ赴く。後腐れのない同性同士の交わりな皮肉にもその都合にちょうどよかった。
 藤堂の灼熱は卜部の脊髄を駆け抜ける。びりびりと痺れるような快感は痛みにも似て。卜部が震わせる四肢に藤堂は器用に己のそれを絡めてくる。無理な進入はしない。手順は心得ている。藤堂が枢木ゲンブと寝ているのは本当らしいと卜部は茫洋と思った。いくら軍属とは言え、男との閨にここまで精通している輩は経験者と見る方が妥当だ。
「あぁ――、やっぱ俺、あんたァ好きだ」

「今頃気づいたのか? 私はお前に何度も好きだと言っているぞ」

家に呼んだり。飯を食わせたり。戦闘で手助けに入ったり。怪我を気遣ったり。
思い当たる節はある。藤堂はほかの四聖剣が過保護じゃないかと言うほど卜部に気を割いている。卜部もまた、藤堂の命令は別格で聞く。熱心さのあまり質問や反対意見の具申もした。

「俺もあんたに好きだって、言ってたのかもしれねぇ」

噛みちぎられると思うほど強い口付けだった。指を絡めた手に爪を立てる。ぎちり、と皮膚を擦り出血させる気配がした。藤堂は動じない。気にもしない。
 鎧戸を下ろしていない窓から広告灯のけばけばしい明かりがさした。二人の男が睦みあう姿がコマ落としのように照らされては消える。照らされるたびに体勢が変わり、行為の激しさが垣間見えた。仰け反る卜部の黒蒼の髪艶が照る。藤堂は鼻先を押し付けるようにして卜部の香りを嗅いだ。

判っていたのかもしれなかった。
それでも私はただ、君を。


《了》

ライがからまないの久しぶりすぎてよくわからなくなった(待て)            2012年2月19日UP

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