※微グロ? 苦手な方ご注意ください


 そんなものはどこにもないと判ってる


   衝動の正当性

 人形じみているほど藤堂はよく出来ている。肌を滑る髪の一筋や震えを帯びる吐息の一つ一つが、藤堂は婀娜っぽい。当人の預かり知らぬことであるのは言うまでもないが加えて欠片も自覚していないから厄介だ。頑固な性質を窺わせる凛とした眉筋と通った鼻梁。精悍というくくりにするには睫毛が密であるように思う。化粧筆で刷いたように一筋走る睫毛で瞬く眦は切れあがる。天色にも似た灰蒼の双眸は玉眼の煌めきを宿し眼差しは射るように強い。纏う空気と立ち居振る舞いに齟齬はなく威嚇や睥睨の効果は高い。頭もいい。所属で担う戦闘や作戦の立案、実行、糾弾を受けるような弱点はない。藤堂の立ち位置を踏まえればそのくらいのはったりは効かせてもらわねば困る。高位に立つのが腑抜けのあほでは国をひっくり返すに足りない。
 卜部は長身の藤堂よりさらに丈がある。壁際に追い詰めるときはいつも背がたけェって有利だなァと思う。上から覆いかぶさられただけで人は委縮や怯みを起こす。藤堂にそんな醜態は見られないが、滅多に拝めない上目づかいは慣れぬ居心地に不安げだ。壁際に追い詰めた藤堂を卜部は黙って見下ろす。藤堂の戦闘力であれば体格差など問題ではない。卜部が勝っているのは丈だけであるから目方や腕力は後れを取る。力尽くで卜部を退けないのは藤堂の信頼によるものだ。藤堂は、卜部はそんなひどいことはしないと踏んでいる。目を眇める卜部に藤堂は切れあがった眦を無垢に和ませて見つめ返してくる。藤堂の性質が厄介なのは領域へ踏み込むことを赦した相手には無防備であることだ。家の鍵までよこす。痛ェ目に遭ってみろと悪態をつきたくなるのを卜部は何度も堪えた。不用心ですねェと皮肉る卜部に藤堂はこんな親仁に何が危険かと笑んだ。
 「卜部、どうした…?」
藤堂の吐息が甘く卜部の鼻先をくすぐる。壁際へ追い詰めて体を前傾させればたいていの相手が怯む。藤堂だけが無垢に卜部を見つめ返した。指先が釦や留め具を外していくと藤堂が初めて焦った声を上げた。
「ここは往来だ…ッ」
常識や倫理や正義感に藤堂は弱い。正当な理由を藤堂は常々問い質している。
「あんたァむかつく」
話を利く耳も持っているし意志を伝える言葉も口もある。正当な理由がなければ関係の深浅に関わらずはねつけるし受け入れる。平等な人だ、と卜部は吐き捨てたい気分で言う。

――性に合わねェ

抑えつけられれば反発するくらいの気概は卜部も持っている。生を受けた土地が友好的に所有権を渡したとは思っていない。だから取り返したいしそのための活動や必要なものをそろえた。戦闘術も覚えた。そこらのゴロツキに負けてやる気はない。だが、それと藤堂はどうにも合わなかった。
 好悪の情で信念や生活環境を変える気は卜部にない。一から十まで一緒にいたいとか口に出すのも嫌とか、卜部はそこまで執着しない。それなのに藤堂はいつの間にか卜部の中にいて罪悪感や至らなさや心地よさや愛しさを暴いてしまう。隠して偽ることで生きてきた卜部にとっては発狂しそうだった。誰にも言わないよなんて保証を信じるほど人は好くない。知られていること自体が脅威である。
 親しみを帯びて威嚇を弛めた藤堂の眼差しが卜部を見据える。潤んだ灰蒼の双眸は玉眼の煌めきを帯びて緊張ににじんだ汗が雲母引きの肌をさらす。襟を開かれ釦を外されて、あらわになった藤堂の胸部や腹部を卜部はゆっくりと撫でた。しっとり馴染む水分は卜部の中へ沁みとおる。藤堂の体は引き締まっている見た目通りに時折侵蝕するような熱を帯びた。衣服越しであっても触れ合ったそこから水が奔るように熱が染みてくる。藤堂自身は感知しておらず卜部だけが慌てる羽目になる。領域という制限を失った体は手に負えないほど厄介だ。
 藤堂は体勢による優劣など考え含めない。絶対的な戦闘力が油断を裏打ちする。卜部は藤堂の首筋へ噛みついた。がりと歯を立てると口内にぷんと鼻につく鉄錆の味と臭いが満ちる。藤堂の体がびくびくと跳ねて素早く両手が卜部の肩を掴む。卜部を押し退ける本能と踏みとどまりたい感情とが藤堂の中でせめぎ合っている。見えるようなそれに卜部は立てていた歯を外してこっそり笑んだ。唇を拭うように舐めると新たな鉄の味がした。

「うらべは、わたしがきらいか」

力なく下ろされた両手がきっかけのように藤堂が虚ろに口にした。卜部から理由を聞きたい藤堂の感情が傷を負わせたことによる排除の本能を押し退けたらしい。篝火のように紅い舌をのぞかせた卜部が間をおいてからふんと鼻を鳴らした。真正面から睨み据えれば藤堂も臆することなく目線を定めた。噛みつかれた痛みに藤堂の目元が痙攣している。ほんのりと紅をさしたように紅い。擦った後のように唇まで紅い。化粧のように明瞭な紅ではなくあくまでも皮膚の範囲内での赤みだ。藤堂も卜部も白い皮膚ではないから多少の紅潮は秘された。
 「私が嫌いだからこのように抱くのか」
寝床の用意はおろかそこは個室でさえない。表情さえ変えずに卜部は肩をすくめた。下層階級の出である卜部にとって交渉の舞台が寝床に限るなどという認識はない。
「必要なのは体なンすからどこで誰が何をしようと関係ねェでしょう」
季節の催事で酒が入ればさらに無法地帯にもなる。抱擁と口付けはいたるところでかわされて紙幣が舞った。清潔と欺瞞に整った酒席は上流階級の領分だ。
「だいたい条件自体が真っ当じゃねェんだからぐだぐだ言ったって始まらねェでしょう」
「止めろッ」
言い捨てる卜部をさえぎるように藤堂が叫ぶ。他者の発言を遮るのは藤堂にしては珍しい。藤堂自身が受け身な性質でもあるから慣れていない。藤堂と卜部の双方が面くらったように黙った。
 藤堂の睫毛が震えた。伏せられたものを見れば案外長さがある。目蓋がほんのり紅い。藤堂の体中を血と怒りと戸惑いとがめぐっている。戦慄く唇は卜部の忌む言葉を吐いた。

「私は、お前を」

卜部の理性が理解する前に体と感情が動いた。襟を掴んで壁へ藤堂の体を叩きつける。首筋や肩の皮膚が挟まれて出血した。紅い血豆のようなこぶがぷくりと膨らむ。爪先で裂けば紅玉のような鮮血が粒を膨らませるだろう。派手な出血を伴わない被害は後から来る。藤堂は驚いたように目を瞬かせたが数瞬の後に、ピクリと眉をひそめて目を眇めた。薄皮一枚隔てたふくらみの中に鮮血が溜まっている。
「言うな」
卜部の声が冷える。表情さえも、もう今までどうやり過ごしてきたか判らない。どこをどう動かせばどんな顔になるかがもう判らない。沸騰した怒りは卜部の常態を根こそぎ奪った。目を眇めた藤堂が卜部の襟へしがみつく。目を眇めているのは痛みがあるからだ。噛み傷や鬱血がどす黒い。
「…頼む、から。そんなことを言うな。私が違えたなら謝る、から。私はお前に――おまえ、に」
卜部の手が素早く走って血豆に爪を立てた。皮膚が裂けて刹那に血が噴いた。それは卜部の裡でほとばしる怒りを表すように一瞬だった。卜部の爪先がさらに傷を抉る。爪で掻くだけで皮膚は紅く蚯蚓腫れを起こし、さらに掻けば血で潤む。蚯蚓腫れがひどくなった傷は治りが遅いし痕も残る。針や刃物の方が綺麗に治るのは傷が綺麗に裂けるからだ。引っかき傷はいつまでも残る。傷を負う経緯のように厄介だ。
 「…――赦しては、くれないのだな」
藤堂の声が静かに響く。卜部はさらに傷を裂きたい衝動を堪えていた。この爪先が裂く体は藤堂でなくともいい。自傷行為の趣味はないが時折かきむしりたいほど己に虫唾が走る。爪を立てて肩を抱いて衝動を堪える。息をひそめて蠢くそれは醜悪だ。
「お前は好意さえも理由にしない。それはすごいと思うが、だが、さびしい」
卜部の手が藤堂の口元を覆った。そのまま藤堂の頭部を壁へ打ちつけた。目眩を起こしたらしく藤堂の双眸の焦点が合わない。

「止めろ。俺はそんなもんはいらねェ」

恋情も同情も侮蔑も卜部の中では同等だ。常に抑圧を受けてきた卜部にとって絶対的な上位者の存在は無視できない。体に階層が沁みついている。戦闘力で勝っていても階級が明らかになれば卜部の体はすぐに降伏した。僻みと反発と屈服が卜部の中へ満ちる。根性と称されるようなその反射は体質に近い。現状で勝ったとしても後になって手酷い仕返しを繰り返されて卜部も学習した。格差は消えない。
 「俺はあんたとはそんなくだらねェもんでつながりたくはねェんだよ」
ついばむようなキスも甘い抱擁もない。噛みつくようにむさぼられて体をまさぐりあい、体温を重ねるだけだ。舗装さえもされていない土道に体を横たえて壁に囲まれた空を見る。空へ向けて細る建物の歪みを見つめて脚を開くだけだ。感情は要らない。理由はもっと要らない。爪先が傷を抉る。藤堂は痛みさえ感じないように変化しない。
「…卜部、お前はなんだかいい人すぎる。正当でありすぎる。それはきっとお前さえも痛めてしまう、だから」
藤堂の頭部を打ちつけた手がその喉を絞めた。咳き込みながら藤堂の胴部が痙攣する。胸部が不規則に膨張と縮小を繰り返す。喘鳴が卜部の耳朶を耳障りにくすぐる。藤堂の喘ぐ言吐息が卜部の意識を一つささくれ立たせる。
「うるせェ黙れ」
「私はお前が」
「黙れ」
「話を聞け、お前が」
卜部の手がぎりりと鳴った。藤堂の喉を絞めあげる。狭まる気管に藤堂の眉が寄る。何か思い煩っている時の顔にも似た。卜部の手が弛む、その隙に。

「お前が毀れて行くのを見たくない」

刹那、卜部の背筋がぞっと冷えた。

毀れて行く
俺は俺の寄る辺さえ守れてはいないのか

藤堂の言葉が、無垢に冷徹なその言葉が止めを刺す。お前は毀れて行っている。
 「だまれ」
藤堂から引き剥がす指先が震えた。慄然とした震えは痛みにも似て神経を痺れさせる。藤堂の玲瓏とした声と音程が卜部の動揺を誘う。音叉のように一定の高さで殷々と響く。耳鳴りのようにいつまでも残る響きに卜部は酔ったようにぐらつくのを感じた。足元が泥のように揺らいで沈む。泥濘は沼のように踝まで呑みこみ、後はゆっくりと恐怖を与えるかのようにじわじわと沈んでいく。
「こうせつ」
「うるせェんだよ黙れッ」
手に力を込める前に藤堂の手が強靭な動きで卜部の手を剥いだ。それでも殺しきれなかった勢いが藤堂の手首をぐきりと砕く。奔る痛みと熱量に藤堂の精悍な顔が歪む。
「俺、は…俺は」
だらりと藤堂の手が垂れた。砕かれた手首は時間を追うごとに真っ赤に腫れた。それでも藤堂は卜部に詰め寄ったり責め立てたりしない。藤堂自身が戦闘術や破壊術をたしなむものとして、この被害がどの程度であるかを正確に測れている。砕かれた痛みと衝撃、だがうまく砕けば治りは早い。卜部の茶水晶が虚ろに藤堂の腫れた手頸を凝視する。
「こうせつ」
「うるせぇ」
卜部が揺らぐ想いに目眩を覚えた。足元は砂糖であるかのようにさらさらと崩れて砂塵へ還る。砂丘の窪地に嵌まったようだ。砂時計のようにすり鉢状に刳れていく中心地で卜部は何も出来ずに埋もれて行く。出来ることはなくて、何もしなくても体は沈んでいく。そのうち砂は目や耳や鼻や口や、あらゆる開口部から入り込む。咳き込んで吐き出すこともかなわず卜部はただ増していく重みに沈む。
「こうせつ!」
ぎゅう、と藤堂の空いた腕は卜部を抱擁した。胸へ押しつけられた鼻先やあらわになった皮膚へ触れる唇や、抑えつけるように耳朶を覆う藤堂の熱い腕が。砕かれた手首はだらりと力なく垂れていて、そこだけ別離したように空いている。それでも藤堂は痛みや不服を言いださない。
「お前の好きにすればいい。こんな体は惜しくない。お前が欲しければやる。毀したいなら毀せ。お前がお前を毀すよりは、よほどいい――」
ありふれて手垢のついたそれでも、それだからこそ露骨で無骨で。
「…――ッ…」
卜部は藤堂の首筋へ顔を伏せた。開口部から熱い流動体が溢れていく。涙や涎や鼻水やあらゆる体液が藤堂に向かって放たれていく。藤堂は厭うこともなく震えさえ抱きしめて恍惚とした表情で受けとめる。

啼いた。


《了》

微妙。とちゅで休憩挟んだらわけわからなくなったwww
あほかもあたし…              2011年5月15日UP

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