凛としたあなたは
誇り高いあなたは
救い
「先生!」
まだ声変わりもしていない甲高い声に藤堂は振り向いた。赤褐色のくせっ毛を短く切り、彼の活発な気質がよく現れている。大きな碧色の目は感情豊かによく潤んだ。
「スザクくん」
藤堂が名を呼ぶとスザクは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
胴着に身を包んでいるところをみるとまだ帰宅していないらしい。彼の父親はいわゆる有力者で、辣腕だ。それでもスザクは反りが合わないらしく帰宅したがらない。稽古の後も何かと理由をつけては居残っている。
「まだ、残っていたのかい」
「…ごめんなさい、でももう少し詰めておきたいところがあって」
取り繕う不自然さに藤堂は目をつむった。家に帰りたくないときがあるのを藤堂は知っているつもりだ。父親との不具合は快活なスザクを鬱屈させた。
藤堂は微笑すると道場の掃き出し口へ腰を下ろした。
「じゃあ少し話をしようか」
スザクは心底嬉しそうにニカッと笑った。隣へ腰を下ろすと照れたような嬉しいような、はにかんだ微笑を向けた。
それから二人は他愛ない話をした。スザクの体術のクセや藤堂の昔など。スザクは藤堂の話をよく聞いた。朝比奈には言わないでほしいと頼めば、全開の笑顔で請け合った。スザクの無邪気な活発さは藤堂の救いでもあった。
不意に訪れた沈黙に二人が夜空を見上げた。瞬く、という表現では足りないような眩しい空が広がっていた。昼日中の目が眩むような強さはなく、反対側から浮かび上がる明るさだ。
「…先生、名前を呼んでも、いいですか?」
スザクの言葉の意味がさとれない藤堂ではない。稽古を終えた開放感と真摯な眼差しに藤堂は了承した。
「かまわないよ」
スザクは驚いたように目を見開いたが、すぐに泣きだしそうに目をすがめた。
「…鏡志朗さん」
藤堂は咎めもしない。黙っているそれが、彼なりのやり方なのだとスザクは気付いている。
「鏡志朗さん」
「鏡志朗さん」
「鏡志朗さん」
無垢に紡がれる名前に藤堂は耳を澄ませた。その声が次第に震えを帯びてくる。しゃくりあげるそれを藤堂は黙って聞いた。
しばらくたつと震えはおさまりスザクが体を寄せてきた。子供っぽく高い体温がほんのりと藤堂の体へ移ってくる。
「…先生みたいに強くなれたら、いいのに」
泣いた後のかすれたそれを藤堂は黙って受けた。藤堂はスザクを見た。その表情が、泣き出す前のような気がして、スザクは体を投げ出すように抱き着いた。
「…私は強くなど、ないよ」
スザクは嫌々をするように頭を振った。しがみつく指先がかすかに震えた。
「嘘です、ごめんなさい。あなたが…強くてもどうでも、関係ないんだ」
藤堂の救いだった笑顔をスザクは浮かべた。その眦から雫が滑り落ちた。流星にも似たそれはただ、美しく。
「ありがとうございました」
藤堂はそれに返事が出来なかった。離れていくそれはなにかを暗示しているようで藤堂はひそかに戦慄した。
二人は後に様々に血濡れた場で相対することになる。
【了】