きっと誰にも解らない
 それでも痛みはそこに、あるのです


   略奪と侵入

 スザクは淡々と手続きをこなした。必要事項を記入し、合意のサインをする。獄卒は目の覚めるような功績をあげ続ける名誉ブリタニア人であるスザクを畏怖するかのように見た。イレヴンでありながらブリタニア軍に籍を置き、功績も華々しい。最新鋭の機体を手足のように自在に操り、戦績をあげてきた。その技術は彼がイレヴンであるという嘲笑すら吹き飛ばした。案内の獄卒兵は居心地悪そうに抱えた銃を揺すった。スザクはそれすら厭うかのように目線を動かさない。重要人物がぶち込まれる独房の警固は仰々しく、人員も多く割かれている。その彼ら一人一人がスザクに一礼する。眼差しは厄介事を片づけた手際の良さに驚きながらも嘲弄するような色を帯びていた。
 赤褐色の短髪は毛先がくるくると巻いて跳ねている。獄卒の彼らの手続きを無為に見つめる瞳は碧色。イレヴンだブリタニアだと差別化が激しいが人種的にはそう相違があるとも思えないとスザクは思っていた。
「どうぞ」
「人払いを」
「…お気をつけて」
ためらう彼を視線で威圧したスザクは無理矢理に了承を取り付けると扉を閉めた。目の前には壁いっぱいに檻が広がり内部の様子がよく見える。
 両腕を後ろ手に拘束する衣服に身を包んでいるのはまだ少年とすら言えそうな彼だ。ルルーシュというその名を時に甘く優しく口にしてきたことは過去の遺物でしかない。彼は散々ブリタニアに煮え湯を飲ませてきた黒の騎士団を率いるゼロの正体だった。艶やかな黒髪と聡明そうな紫水晶の瞳。肉体労働は苦手だと自他ともに認める彼の体躯は華奢で、乱暴に扱えば陶器のように砕けてしまいそうだ。
「…久しぶりだね、ルルーシュ」
「あぁ、そうだな」
冷たい壁に背を預けて行儀悪く足を投げ出しているルルーシュは皇族だ。皇位継承権こそ低いものの立派な皇子である。その身分を利用されてルルーシュは駒のように扱われ、そこで彼らは出会った。
 「君を探していたよ、ゼロ」
「それは光栄だな」
ルルーシュはおどけたように肩をすくめた。それでいて紫苑の瞳は威嚇するかのように鋭くスザクを睨みつけている。彼が素晴らしく出来のいい策略家であることは経験で知っている。表裏の相違を容易に表には出さない性質だということも。スザクは無感動にルルーシュを見下すと口を開いた。
「僕は君が許せない」
ぴくん、とルルーシュの柳眉が跳ねる。スザクの出方を窺っているのかルルーシュは黙ったままだ。噎せるような沈黙を経てルルーシュは挑戦的にスザクを睨みあげた。
 「ユフィのことか」
スザクの表情が初めて動いた。口の端がつりあがり、嘲笑する。明朗快活な性質のスザクからは想像もできないそれにルルーシュは危機感を覚えた。
「それだけだとでも思ってるのか、君は。だとしたらかなりおめでたいってやつだよ」
不意にスザクの眼差しが鋭さを帯びる。歯を食いしばる、軋んだ音が聞こえた。
 二人で歩いた戦場跡の肉の焦げる匂い。ふわりとした穏やかさで包んでくれた皇女。桃色の長い髪をなびかせて彼女は平和が一番よね、と言って笑っていた。彼女は皇族に生まれながらイレヴンと呼ばれる植民化した日本人を差別したりはしなかった。清冽な道場で厳しくも優しく自身を育んでくれた男。彼から教わったのは戦闘術や礼儀作法だけではない。厳しく律する彼のほころぶような不意に見せる笑顔は幼いスザクを魅了してやまなかった。鳶色の髪と浅黒い皮膚で、精悍な顔つきと体つき。灰蒼の瞳はいつだってスザクをスザクとして見てくれていた。枢木ゲンブという権力者の子息ではなく、スザク自身を見てくれた初めての人だった。彼ら全員が求めるものは似ていた。それはそう、些細な、とても些細な願いだったのだ。ただ、平和を欲していたのだ。
 「藤堂も、だろう…スザク」
ルルーシュの声がスザクの記憶をさえぎった。スザクが慕った彼は奇跡の藤堂という別称を持っていた。
「なかなかいい体をしているな。藤堂はあれでいて強欲だと思わないか」
ルルーシュの嘲りにも似た言葉がスザクの耳を打つ。猥雑な言葉をわざと用いているとしか思えない。冷静にそう分析する裏で感情はみるみるほころんでいく。
「よかったぞ。おまえは見たことがあるか、屈服した時の藤堂の顔を。あれはなかなかにそそるとしか思えない」
愉しげに語る紅い唇が憎らしい。白皙の美貌も不愉快の種にしかならなかった。両腕を拘束されている代わりだとでも言いたげにルルーシュの暴言は続いた。彼の知能は標準以上で、言葉の意味も及ぼす影響も正確に理解している。それだけに語られる言葉にスザクは心を乱された。
「禁欲的な奴ほど崩れた時はひどいっていうあれは本当だな? 機会があればお前も試せ、どうせ捕らえられているのだろう、好き勝手できる」
 刹那、スザクは彼らを隔てる檻に飛びかかった。ガシャンと響く金属の摩擦音とスザクの荒い呼吸音とが狭い部屋に満ちた。ぎちぎちと音がするほどに強くスザクは檻をつかみ、拳を握っていた。見開かれた碧色の瞳は怒りに燃えていた。
「藤堂先生を悪く言うな! お前に何が判る! 藤堂さんは、先生は俺を…」
「子供の恋愛だな、スザク。オママゴトはもう止めろ」
スザクの目がかっと見開かれる。睥睨する碧色の目をルルーシュは嗤った。
「いいか、いい気になるなよ! 鏡志朗さんをお前に渡しはしない絶対に! 誰にだって渡すものか!」
「それがガキだというんだよ、スザク。奪われたなら奪い返すだけの気概を見せろよ、男の子だろう?」
ルルーシュは声高らかにスザクを嘲弄した。
 スザクの顔が奇妙に歪んだ。クックッと肩を揺らして笑い、檻にすがるように絡めていた指を解き、新たに絡ませる。余裕を取り戻したスザクのそれは段階を超えたそれだった。
「…いいさ、お前には相応の罰がある」
ルルーシュは黙って言葉を待った。スザクは檻から指先を放した。汗で温んだそれをズボンで拭うとルルーシュを冷徹に見下す。それは勝者でしかあり得ない笑みでスザクはルルーシュを見た。モルモットの運命を知りながら面倒をみる飼育者に似たそれ。
 「お前は先生を俺から奪ったんだ」
テロリストとして捕らえられた藤堂をゼロとなったルルーシュは奪還した。そして今ですら藤堂はきっと。
「俺が欲しかったもの、全部…おまえは奪っていったんだ、だから」
スザクは声高らかに嘲笑した。それを遮るようにルルーシュは艶然と微笑した。
 「忘れていないか、スザク…藤堂はな、俺のものになったんだよ。二人で平和な世を求めて語り合った夜もあったぞ。藤堂は本当に愛らしいな」
スザクの表情が凍りつく。
「俺は藤堂のすべてを見た。外壁だけじゃない、内部だって見たぞ…恥じて嫌がる仕草すら愛おしいな。まさかこんなにはまるとは思わなかった」
藤堂はルルーシュを魅了した。スザクが独りであったようにルルーシュもまた孤独だった。守るべき妹を持つ分だけ負担は大きかったかもしれない。そんなルルーシュを、藤堂はゼロとして見ながら癒してくれた。赦しはしない、けれど癒してくれた。それはかつて失った母親の優しさにも似た。
「俺にとって藤堂は必要な人間なんだよ」
「鏡志朗さんは渡さない!」
愛しむように愛をささやくルルーシュの独白をスザクの絶叫がさえぎる。スザクはケタケタと癇に障る声で笑った。
 「お前だって味わえばいいんだ…奪われる痛みを。苦しみを」
胸が潰れるようなそれ。あぁお願いだからそんなことをしないで、とすがる懇願をはねつけられる痛みと苦しみと哀しみを。役に立たない自身をかみしめて奪われるだけの痛苦を味わえばいい。
「…知っている、そんな痛み」
ルルーシュは苦い顔をして呟いた。そう幼いあの日。母親と妹の視力と自由に駆ける脚を失ったあの日に。けれど藤堂はそれらすべてを総括して包んでくれた。ルルーシュが犯した罪を赦しはしない厳しさを持ちながら、傷ついた彼を癒してくれた。なにも知らずただ無為に突き進むだけのルルーシュを藤堂は包み込んでくれた。
 「藤堂は取り返すさ、絶対にな。油断するなよ」
微笑するルルーシュにスザクはこめかみを引き攣らせながら拳を握って耐えた。今現在、藤堂の身柄はスザクの手が届く位置にある。
「必要な人間は取り返す…渡したり殺させたりなど、しない。絶対にな」
何もかもを奪われたはずのルルーシュは笑んでいた。地位も自由も奪われ、その両手すら囚われているというのに彼はスザクを見て笑んだ。
 遠慮がちなノックとともに獄卒が顔を出す。何事かスザクに囁いている。スザクは頷くと鍵を受け取った。その顔は君臨者の優越に満ちた笑みだった。
「さぁ、ルルーシュ。君への罰の時間だよ」


 ルルーシュは実父によって守り続けてきた妹すら記憶ごと失った。


《了》

とりあえず藤堂さんがアイドルだといいと思いました(ぶっちゃけ)
二話のスザク怖すぎるから…! もう黒くても白くてもスザク受けに見えないよ(切実)
藤堂さん、出てないのにこの存在感は愛ゆえだと思います(そろそろヤバいぞ)           05/19/2008UP

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