不意に出会うと威嚇する?
珍しいものを見た
すれ違った相手の思考にルルーシュの気配を見つけた。マオはヴァイオレットのゴーグルをひょいと上げた。紅い紋様揺らめく瞳が男を追う。マオはそっと後をつけた。
先程ちらりと見た顔立ちは悪くない。引き締まって精悍な印象の男だ。鳶色の髪をして灰蒼の瞳。その眼差しは威嚇しているかのように鋭い。背丈も目方もありそうだが緩みはない。衣服の上からでもそれが見て取れた。無駄な感情の発露はなく、彼から感じとれるのは凪いだ海のそれだ。
「…なんで、ルルのこと知ってるんだろ。ゼロだって判ってないのかなぁ?」
ルルーシュがゼロであることは秘密だ。マオは自身の能力から正体を見破ったが、それがなければ判らないほどルルーシュは巧妙に身分を偽っていた。
男の思考は冷静で明瞭としていて体つきと同じように無駄がない。部下がいるのか、しきりに朝比奈と言う名が出てくる。それでいてゼロを認め、それなりの関係にあるだろう言葉がマオには聞こえた。
マオは沸き起こる苛立ちそのままに歩を進めると、男の腕を引いて止めた。びっくりしたような顔でマオを見る。この時ばかりは鋭い眼差しもなりをひそめた。
「お前、いい気になるなよ! ボクだって知ってるんだから!」
その一言で察するものがあったのか、藤堂はマオを往来の脇へ引っ張りこんだ。
「何を知っていると?」
声をひそめて怪訝そうな藤堂にマオはにゃあと笑った。それは顔立ちとあいまって猫のようだと藤堂は思った。
「お前とゼロのこととか、奇跡の藤堂って呼び名も知ってるよォ」
途端に藤堂の気配が張り詰めた。刀の切っ先を突き付けられているような緊張感。マオは一瞬たじろいだがすぐに子供らしい傲慢な笑みを浮かべた。
「ボクに何かしようなんて無駄無駄。ボクはなんでも判っちゃうんだから」
長い手足が伸びやかに動く。自信に満ちたそれの危うさにも藤堂は気付いた。特徴的なヴァイオレットのゴーグルと大きなヘッドフォン。青灰色の髪がはらはら散る。背丈こそあるが目方はなさそうだ。ひょろりとした体つき。藤堂は素早く思索を巡らせた。要注意人物とも一致しないし見たこともない人物だ。歳の頃も若いだろう、紅い瞳が目を引く。色素も薄く肌は透き通りそうな白さ。
「ボクとは初対面じゃないかなァ。記憶を探しても無理だよォ」
わざと神経を逆なでしているとしか思えない言動にも藤堂は自制を失わない。
「…ならばなぜ私に声をかけた?」
刹那、マオがぐぅっと言葉に詰まった。白い頬がみるみる赤らんでいく。華奢な指先をもてあそぶように動かす。その視線が定まっていない。
「…だ、だって…ボクは」
マオはゼロの正体がルルーシュだということは堅く口止めされている。約束を違えればそれこそ何をされるか判らない。対抗した際にルルーシュはためらいなくマオを撃った。その後、ルルーシュからの謝罪はなかった。
「お、お前は朝比奈って奴のことだけ考えてればイイんだよォ!」
今度は藤堂が唸った。浅黒い皮膚だが目元が紅くなるのが判る。二人して言葉がない。何か言えばそこからほころびそうで何も言えなくなる。マオが沈黙に耐えかねたとき、明朗な声がかけられた。
「マオ! なにしてるんだ?」
長すぎも短すぎもしない艶やかな黒髪。紫水晶のような大きな目。成長の過渡期にある体は細い。
「ルル!」
マオの声がたちまち華やいだ。藤堂は何の変化も見せない。ルルーシュは藤堂に礼儀正しく会釈した。藤堂もそれに返事をする。マオはルルーシュに飛び付いた。母親に出会えたかのような仕草にルルーシュは苦笑した。
「珍しいな、何してたんだ?」
マオは猫のようにルルーシュに抱き着いたまま首を振った。
「なんでもないよォ」
二人のやり取りを見ていた藤堂が嘆息して立ち去る。ルルーシュはそれを意味ありげに見送った。マオはそれを見て唇をとがらせた。
「ルル、ボクの事を考えてよ」
「嫉妬か?」
「だってゼロの事を深く知ってる奴に会うなんて思わなかったんだよ!」
「それを嫉妬というんだよ」
ルルーシュが堪え切れないと言わんばかりに肩を揺らして笑った。
「しかし珍しいものを見た。ネコ同士の邂逅か」
「ボクは猫じゃない!」
喚くマオをいなしながらルルーシュは笑った。
朝比奈に事の次第を話したらどうなるだろうか、と独りごちながらルルーシュはなにやら不服げなマオの手を引いて雑踏へ戻った。
【了】