あぁお前は、なんて
深層に触れる
「いるか、藤堂」
開いた扉の奥で藤堂が顔を上げた。鳶色の髪と灰蒼の瞳。切れ長なそれはときに周りを威圧するが、たいてい穏やかに人々を見守っている。
「ゼロ?」
ゼロはそのてらてらとした平面的にすら見える仮面を取った。現れる幼さにも藤堂は動揺しなかった。ゼロは意外そうに目を瞬いた。
狭い部屋だ、互いの状態は隠す意味がない。優れた洞察力を互いに持つ身だ、驚くべき静けさを保っていることは明白だった。ゼロは大仰な仕草で肩をすくめた。長い手足のその動作は映えるなと藤堂はぼんやり思った。艶やかな黒髪が部屋の明かりで光をこぼす。
大きな紫苑色の瞳はこぼれ落ちたらそのまま宝石になりそうだ。
「驚かないな」
「驚いている」
「だったらもっと驚かせてやろう」
寝台に座る藤堂にゼロはしな垂れかかるように抱き着いた。
まだ成長の過渡期にある体は爆発的なエネルギーを秘めながらどこか危うい。一押ししたら瓦解しそうなそれがまた美しい。
「藤堂」
紅くみずみずしい唇が甘くささやく。張りのある皮膚は確かな年齢をあらわしているようで藤堂は恐る恐る指をのばした。
ゼロはくすりと笑んだ。外見を裏切るその笑みに藤堂はゼロを見る。美貌と呼んで差し支えないだろう顔立ち。紅い唇が、笑った。
「奇跡の藤堂は意外にかわいらしい…」
言われた言葉に藤堂は驚いた顔をする。
「か、わ、いい?」
言葉を途切れさせればゼロは声を立てて笑った。
「かわいらしいのはむしろ君じゃないのか…?」
「ほぅ、俺がかわいいか」
からかうような物言いも藤堂を揺るがさない。ゼロはその指先をひらめかせて藤堂の襟を乱す。藤堂は黙って好きにさせている。喉仏を撫でて鎖骨をなぞる。唇が藤堂の皮膚を吸った。
「…ゼロ」
狼狽したような声にゼロは満足気に笑んだ。
「本当に気を引くな…もっと先へ進みたい」
ゼロの体が傾いだ。そのままズルズルと押し倒される。
せき止めようとするのが良心なのか保身なのか迷う藤堂を、ゼロは上目使いに見た。ふっと笑うとゼロは藤堂の上からどいた。
「ゼロ?」
怪訝そうな顔にゼロは仮面をつけた。
「もっと抵抗されればムリヤリにおよべるんだがな」
仮面をつけた彼はもう無機的で冷静だ。マントを翻して向けられる背は細く。抱きしめたら折れそうだと意識の端で思った。
「ゼロ!」
藤堂の脚が床を蹴る。ゼロがそうと気付く頃には藤堂の腕の中にいた。衣服ごしに感じる温もり。背中から響く拍動。
「泣きたくなったらいつでも来てくれて構わない」
仮面の奥で目を見開く。とん、と離れる温もり。仮面は一瞬振り向くと背を向けた。藤堂は黙ってそれを見送った。
自室に戻ったゼロは仮面を投げ外した。細い肩が上下する。
「は、はは…」
藤堂の言葉がよみがえる。
見透かされた?
見抜かれた?
乾いた笑いが喉をついた。
確かにそれは心地よかったのだ
あぁお前は本当に
タチが悪い
【了】