しかるべき準備を


   07:菫色の予告

 藤堂はそわそわと出入り口を覗いては腰を浮かせる。集中力が続かないのでスザクは相手を止めてルルーシュのところへ藤堂を引っ張っていった。扉を開けばそれなりに豪奢な造りの机に向かっているルルーシュが見える。派手ではないが簡素というわけでもない。威厳を保ち同時に悪趣味にならない領域だ。ルルーシュはじっと手元を見つめていた。
「ルルーシュ、藤堂さんをどうにかしてくれないと困るよ」
「す、スザクくん」
スザクの発した言葉に藤堂が狼狽した。藤堂にとってルルーシュは従うべき立場にいるもので、不始末を言いつけられるのは困る。閨にすぐさま反映するとは言わないが揶揄の種にされることは目に見えている。ルルーシュはしばらく藤堂を揶揄することを楽しんでいる節がある。
「気をすぐ逸らせているんだよ、さっき思い切り頭殴っちゃったよ」
物音に振り向きかけた藤堂の脳天をスザクの持っていた木刀が直撃した。上段で構えていた所為か思い切りまともに入ってしまったそれに藤堂はうずくまってしまったし、スザクも慌てた。だがそれでも藤堂が小さく朝比奈かと呟くのを聞いてしまったスザクが無理矢理藤堂を引きずってきた。
「頭? なんだ馬鹿にでもなったか」
うぅ、と藤堂が呻いた。顔をしかめるが言いかえす言葉もなく黙る。スザクは半眼で藤堂を見る。ある意味馬鹿だねと言いだすスザクに藤堂が真剣に困った。
「スザクくんッ!」
「なんですか藤堂さん。いきますって、オレ言いましたよね? 藤堂さんも判ったって言ったじゃないですか。打ち込む瞬間に気を逸らすんだからこっちだって踏みとどまれませんよ」
「だ、だからそれはすまなかったと! その、朝比奈が、こないから」
座りの悪い言い訳に藤堂自身が居心地悪く感じているらしく、うぅとかあぁとかしきりに唸る。ルルーシュとスザクは目線を絡めた刹那に二人してため息をついた。
「あの預言者とどれほどの蜜月を過ごしていたんだお前は。不自由なく暮らせていると思っていたのに」
「? いや、不自由はない。よくしてもらっていると思う」
ルルーシュの言葉の前半を藤堂がすっぱり無視した。意味が判らぬことが混じっていてもとりあえず返事をするのは藤堂の癖だ。
「スザク、馬鹿になったんじゃなくて馬鹿なんじゃないか」
ルルーシュの言い様に藤堂ががんと殴られたように反応した。耳まで真っ赤になって恥じる。懸命にルルーシュの言葉を反芻しては必死に意味を探ろうとしている。
「み、みつげつ? みつ…?」
意味を探っている藤堂に嘆息してからルルーシュはスザクに朝比奈を呼ぶように言いつけた。
「いいの?」
「…ちょうどいい頃合いだ。どうせ伝えねばならんこともある。鏡志朗がこれではな」
まだ言葉をひねっている藤堂をルルーシュが微苦笑を浮かべて見つめる。
「預言者であろうとするなら朝比奈には言わねばならん。騎士であるお前にもな。広間へ呼んでおけよ」
スザクが踵を返して出ていく。藤堂の目線が自然とそれを追う。一緒に行きそうになる腕に抱きついてルルーシュはうそぶいた。
「ほら、あいつらが帰ってくるまで気持ちイイ事しようか」
真っ赤になった藤堂がたじろいで、ルルーシュは腹を抱えて笑った。


 「藤堂さぁん」
「わきまえろったら!」
藤堂の姿を見てすぐさま目を輝かせる朝比奈をスザクが殴る。朝比奈も応戦して藤堂がおろおろしているところへルルーシュが現れた。
「何している」
「こっちの台詞だねそれ。なにさ来るなとか言っといて来いってか」
「鏡志朗と別れたいなら帰って構わんぞ」
ルルーシュの体が藤堂にしなだれかかる。藤堂はルルーシュに捧げられた贄であるから藤堂も殊更に抵抗はしない。朝比奈だけが不服を思い切り表情に出す。唇を尖らせる仕草は彼がどれだけ悧巧でもまだ若輩であることを窺わせる。
 「藤堂」
ルルーシュの声が不意に真剣な色を帯びる。藤堂は過敏に感じ取って体を揺らした。

「お前にはそろそろ俺を孕んでもらうからな」

しぃんと沈黙が下りた。藤堂はしばらく黙っていたが堪えきれぬふうに問うた。
「……はら、んで?」
「――ッちょっと待て!」
「ルルーシュ?!」
朝比奈とスザクが同時に食いついた。その勢いに藤堂がびくんと後ずさる。藤堂の退避も気づかぬように二人は平然としているルルーシュに詰めよる。
「お前、藤堂さんに何させる気なわけ?! は、はらッ…無理に決まってるだろ男だよ!」
「ルルーシュ、冗談だったら悪いけど笑えないよ。悪質すぎる。藤堂さんだって困って」
スザクに指摘されて初めてルルーシュと朝比奈が藤堂を見た。
 唐突に視線の集中砲火を浴びた藤堂がびくびくと肩を跳ね上げる。彼らから数歩離れた位置に退いたのは藤堂の本能だ。じぃっと興味深げに三者の視線にさらされて藤堂が泡を食う。何かして状況を進展させなければならぬ、だが下手するとさらに状況は悪くなる。びりびりと皮膚の上を走る感覚に藤堂は口元を引き結ぶので精一杯だった。
「ぅ、あ、わ、私は」
「ほら困ってる!」
「お前が指さすからじゃないのか」
「藤堂さんは悪くないよ!」
ばらっとほどけた視線に藤堂の体から力が抜けた。力の抜けたついでに藤堂はルルーシュの机に行くと辞書を引っ張り出す。ルルーシュは藤堂に辞書を引くということを教え、同時に環境も整えた。しまいこまれていた辞書を使いやすい位置へ引っ張り出しておいてくれた。
 「は…らんだ、はら…む? はら…」
藤堂がパラパラと辞書のページを繰る。朝比奈が基礎知識を教え、ルルーシュもそれを認めてくれた。項目を見つけた藤堂の指先が止まる。
「…ルルーシュ」
藤堂の声にルルーシュがなんだと振り向いた。藤堂はページを指して言う。
「なんと読むのか判らない」
「なになに…あぁこれはな妊娠だよ。ニンシン。引いてみろ」
「にん、し…」
何気なく交わされる会話にスザクと朝比奈が悲鳴を上げた。
「やめ、止めてルルーシュ! 藤堂さんにそんなこと教えないで!」
「うわぁ何これ幼い息子の性的成長目の当たりにしちゃったみたいな」
「なんだ二人とも気持ち悪いな」
三人を無視して藤堂はページを繰る。見つけた藤堂の目が瞬き、読み進む。ぼっと真っ赤になる様にルルーシュが愛しげに頬を撫でる。
「なんだ、どうした藤堂。いや、鏡志朗?」
 藤堂の灰蒼が困ったように揺れる。
「…その、私にできることなのだろうか」
「出来ませんから!」
ルルーシュから藤堂を奪い返した朝比奈が藤堂を抱きしめる。真っ赤な耳や頬が火照っている。
「物を見て物を言え朝比奈。藤堂の体質は変異しているから」
「だったらこっちの枢木に種植えろ」
がすっとスザクの拳が朝比奈の頭を振り子のように揺らした。
「お前ほんっとうにいい度胸だよな…それ、喧嘩売ってんのか。買うぞ」
「はん、オレだって売られたケンカは買うんだよ。だいたい藤堂さんに対してお前馴れ馴れしいよ」
「なれなれしいのはどっちだよ、手を離せ!」
じりっと間合いを窺っていた二人が同時に地を蹴る。取っ組みあう二人に藤堂が色を失くす。詳細は判らずとも一枚かんでいることは判るらしく収めようと必死だが藤堂程度の制止で止まるなら発火しない。
「あ、あさひな! スザクくんッ!」
その間にルルーシュがしなだれかかる。
 「鏡志朗、その間にオレの種をお前に宿そう」
「ちょッ、ちょっと待ってくれ」
藤堂が辞書を繰る。ルルーシュは面白いので黙って見ている。意味を読んだ藤堂が真っ赤になってもがいた。
「さっきと同じ意味だ!」
「少し頭良くなったんじゃないか?」
ちゅ、と唇に吸いつくとそれだけでぴくぴく震える。怯えて過剰に反応しているらしい。
「愛いやつだ…」
「このセクハラ神!」
引っ掻き傷だらけの朝比奈とスザクがルルーシュを引っぺがす。
 「これは俺の贄だ! お前らに意見される覚えはないが?」
邪魔されたルルーシュも苛立ちを隠さない。グイッと藤堂を抱き寄せ、抱きしめる指先が強く掴む。
「いた、いたいいたいッ」
藤堂が頭を押さえる。怪訝そうなルルーシュと朝比奈にスザクが、あ、と言った。
「ルルーシュ、痛い…」
「頭がか?」
「藤堂さん、そこさっきのたんこぶですよ」
「は? たん…? 何それ聞いてないよ」
藤堂の灰蒼がゆらゆら揺れた。痛みに潤んだそこは湖面のように煌めく。ルルーシュとスザクは視線を交わすだけで事を済ますが事態を知らない朝比奈には意味が判らない。まして藤堂がたんこぶなどという被害を被っている話は無視できない。
「ちょっとどういうこと、何さそれ」
「お前に知らせる必要はないな」
「知らなくていいことだよ」
二人からツンケンとされて朝比奈は藤堂へ矛先を変えた。
「藤堂さん、どういうことですか、オレにも言えないんですかッ」
「いや…私が悪いことだから」
「絶対怒らないから言ってください」
「藤堂さん言ったらだめですよこいつ絶対怒りますから。怒髪天をつきますよ。超怒るから言わないほうが」
スザクがしれっとした顔で藤堂のためらいと恐怖をあおる。
「お前は黙ってろっつうの! 藤堂さんお願いッ教えてくださいよ」
藤堂はしばらく唸っていたが素直に白状した。
 「お前がしばらく来なかったから、集中できなくて、剣の稽古で思い切り打ちつけて」
朝比奈の目がきらきらきらっと輝いた。藤堂が明確な朝比奈の変化に怯えて肩をすくめた。スザクにも怒られたしルルーシュにも馬鹿にされたことであるから怒られると覚悟した。だが朝比奈がしたことは藤堂を押し倒すことだった。抱きつかれた勢いに負けて藤堂の体が傾いだ。
「朝比奈?」
「――嬉しい!」
朝比奈の髪がさらさら揺れた。暗緑色のそれは黒とも言える艶を持っている。眼鏡が落ちかけるのを直そうと藤堂が指を伸ばす。
「藤堂さんにそんなに思われてて、オレは嬉しいです! オレも、オレもだい」
ばちんと藤堂の両耳がふさがれる。藤堂だけが意味が判らない。きょとんとしたまま動かない。
「そこまでだ。言ったはずだ、俺の贄だ。俺のものだ」
ルルーシュが強く藤堂の腕を引く。
「来い、鏡志朗。スザク、朝比奈を止めておけよ。乱入させる気はないからな。詳しいことは後で説明してやる」
「る、ルルーシュ?」
戸惑う藤堂をよそにルルーシュがくすりと笑んだ。その菫色の眼差しは挑むように朝比奈とスザクを見る。
「親愛と恋愛は違う情だ。…そうだろ?」
うそぶく唇が余裕さえ見せる。押し黙るスザクと言いかける朝比奈に藤堂が後ろ髪を引かれるように振り向いた。
「鏡志朗、お前はこっちだよ」
ルルーシュの紫は強く藤堂を誘った。拒否を赦さず気を逸らすことさえさせない。
「お前は生まれた時から俺のものだ」
藤堂の口元がわずかに動いたが何も言わなかった。


《了》

なんだろうこの微妙な…エロにもっていけ系の流れ…!
でも次回書くときには忘れてるなきっと!(ウワァ)
誤字脱字ありませんように!(苦悶)             02/11/2010UP

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