ずっとずっと、こらえてた


   06:碧色の激情

 藤堂は目覚めてもしばらくぼんやりと毛布にくるまっていた。移ったぬくもりに頬を寄せる。藤堂は半覚醒状態のままスザクとの不具合を思い出した。朝比奈から得た情報は超えてはならない一線を越えた。もちろんこれらは藤堂の感じたことや思い込みだ。スザクは藤堂に対する態度を悪くしたりしなかったし藤堂の不調法を責めたりもしなかった。スザクはいつも通り藤堂には優しく接してくれるし悪意を含めた揶揄をいうこともない。むしろ落ち着きを失くしたのは藤堂の方でルルーシュが珍しく寝床で藤堂を一喝した。藤堂は乞われるまま寝床へ向かったものの意識の在り様は散々で閨房どころではなかった。ふぅとため息をついて藤堂の目が部屋の中を泳ぐ。ルルーシュの寝床は意外なほど簡素だ。それを問うた藤堂にルルーシュは笑った。己の領分を広くするということはそれだけのリスクを負うということなんだよ、まぁ危険があるから利益もあるんだが、とルルーシュは気難しげに唸って見せた。
 藤堂はのそりと体を起こした。さらさら滑る布地が流れて藤堂の引き締まった体躯をあらわにする。体中に走る蒼い刺青は逃れようのない身分証明だ。今はもう慣れた仕草で脱ぎ捨てられていた布を纏うと藤堂は温かい寝床から出て行った。


 「あッ、藤堂さん、おはよーございます」
きゃらきゃら笑う朝比奈に手を振られて藤堂は自然と手を振り返した。
「眠れました? 藤堂さんが戻っていった時間結構遅かったしちょっと気になって。おなかすいてないですか?」
朝比奈は藤堂が囚われていたころと変わらぬふうに世話を焼く。スザクがじろりと睨んだりルルーシュがむっとするのも構わない。ルルーシュは朝比奈に書面を突き付けながらくふんと笑った。
「重役出勤だな」
「ジュ…? …それは、なんだ。ジュウヤク?」
「ルルーシュ」
首をかしげる藤堂を見かねたようにスザクがルルーシュを諫める。
「通じない嫌味って無様だよね」
「お前をもっと無様にしてやってもいいが」
ルルーシュが凄むと朝比奈は殊更に声を立てて藤堂の後ろへ隠れた。そのまま抱きつく。ルルーシュの怜悧な容貌が不機嫌に歪む。
「スザク、藤堂に稽古でもつけてやれ、遅く起きた罰だ」
灰蒼を瞬かせて藤堂がスザクとルルーシュを交互に見る。スザクは苦笑交じりに息を吐くと藤堂の手を引いた。
「藤堂さん、こっちに来て」
ルルーシュの手が伸びてむんずと朝比奈の襟首を押さえる。立ち去る二人を見つめたまま朝比奈が哂った。
 「ずいぶんまァ大事にしてくれちゃってる」
「スザクの経歴を調べたらしいな」
「耳が早いね。あ、でもあいつが報告するって言ってたっけ。そういうわけでもないんだ。ま、オレが調べるだけの隙はあったわけだしね」
「減らず口だな。藤堂さえいなければ赦してはおかないんだが」
「は、藤堂さんがいなかったらこんなとこ来ないっての」
朝比奈は臆することなくつけつけとものを言う。こういう気概の強さは藤堂にも通じるものがあり、藤堂の世話をしていたのが朝比奈であるということも頷ける。ルルーシュは手を離す。朝比奈がパタパタと服のほこりを払った。
「秘密ってのはいつか露見する。特に藤堂さんは勘がいいからね。気付いてはいたんじゃない。あの枢木スザクの不自然さとか、さ」
「だとしてもお前が口を出すべき領分ではないな。しばらく藤堂を訪うことを禁じる」
「…へぇ、言葉尻をとらえるようだけどさ、藤堂さんからオレのとこに来るのはいいんだ?」
「藤堂に感謝するんだな」
ルルーシュの声に朝比奈は肩をすくめた。朝比奈の目は無感動に書面を見た。書面には何人かの名前と日時が記されている。朝比奈の目線の動きを追うように読み終えたそばから文面が消えていく。ついには朝比奈の手の内で書面がはらはらと千切れ舞った。地面へ着く頃には砂礫となって証拠は残らない。朝比奈は足先に散った砂粒を払った。記されていたのはスザクに関する資料を持ってきた男や関係者の名前だ。追加したように疫病による大量死がほのめかされている。
「カミサマらしいじゃない」
神とは時に残酷で無慈悲で無垢だ。近々疫病が流行るらしいことだけ頭に留めおいて朝比奈も踵を返した。ルルーシュの預言者となって朝比奈の世界は限定的になった。それでも不自由を感じないのは藤堂にとって世界のすべてが朝比奈であったように、朝比奈の世界は藤堂で埋められつつあるからだろう。朝比奈の髪が流れた風にそよいだ。

 「気にしなくてもいいのに」
かつん、と木刀の先端を打ち合わせて構えを解いたスザクが微笑む。藤堂は困ったように眉を寄せた。
「気持ちが乱れてる。隙が出来てる。…オレの所為」
「違う、スザクくん、私、は」
目を伏せて悔いるようにつぶやくスザクに藤堂が慌てた。スザクを落ち込ませるつもりなど藤堂には毛頭なかった。そもそもの発端は己の無粋で無遠慮な興味なのだと藤堂は思っているから、スザクに頭を下げられてはどうしようもない。藤堂はそもそも言葉がうまくない。ああしてやりたいこうしてやりたいという感情はあるのに言葉にならないもどかしさを藤堂が噛みしめる。スザクがパッと顔をあげた。その顔が悪戯っぽく笑む。
「冗談です」
藤堂は珍しく不満げに口元を引き締めた。
 「藤堂さん?」
「…いい」
藤堂がふいと踵を返す。スザクは身軽く駆けてきて藤堂に追いつく。藤堂の方が脚は長い。スザクが藤堂の手を掴む。
「藤堂さん、そっちは」
藤堂にどこへ向かっているかの意識はない。むやみに苛立たしく立ち去りたかった。やみくもに進む足先はスザクの制止を振り払う。
「怒ってるの」
足が止まった。スザクも小走りになるのを止めて藤堂の正面に体を滑り込ませた。体格は藤堂の方が勝っているのに在り様で負ける。藤堂はどうしようもない感情をもてあました。何度も反芻するように悩んだスザクのことを、当のスザクはあっけらかんとしている。別に見返りが欲しかったわけではないのだと言いながら藤堂の心を不平等感が埋めた。
 「しょうがないんだよ」
碧色が淀んだ。緑柱石の煌めきを宿しながらどこか覇気がない。
「オレはもう死んだつもりだったんです、だったらオレはどうあったって誰にもなんにも関係ないでしょう。してもらうのもするのも、もう」
ぎりっと拳が鳴った。スザクがはっとして藤堂の手を掴んだ。握りしめられた爪先が肉を裂いて出血していた。
「藤堂さ…きょう、しろう」
藤堂の表情は変わらない。握りしめた指先を開かせると口を開ける傷口に眉が震える。スザクはすぐに自分の袖口を歯で引き裂く。裂いた何枚かの布をあてがいながら固定する。にじんでくる血が傷の深さをうかがわせる。
「私は君に、そんなふうに言わせる気は、なかった」
震える唇をスザクは見つめる。藤堂は落涙したりしない。扱われていた経歴によるものなのかどうかはスザクには判らない。藤堂の知識や語彙は圧倒的に元来の能力に対して不相応だ。表現方法を知らない。効果的な手段を知らない。それはどこまでも不器用で無垢で。
 「藤堂さん、苛立つことを言われたら罵るとか殴るとか、あるのに」
手当てされた手のひらを見ながら藤堂は唸る。
「…私は、殴ったり蹴ったりすることは嫌いだ」
ふっと微笑むようにスザクが目を眇める。藤堂は吐き出すように言葉を紡いだ。
「君が君を大切にしないのが嫌だ。私は君に死んでほしくないし、死ぬのがよかったとも当たり前だとも思わな、い」
スザクの唇が藤堂の唇と重なった。スザクの指先があざとく刺青をたどる。
「…あなたは本当に勘のいい人ですね…オレが欲しいもの、判るんですか…」
スザクの眦から雫が滑る。紅潮した頬や震える指先がスザクの状態を暗示する。
「…ずっと。ずっと誰かにそう言ってほしかった。甘えですね、これ…」
 藤堂にはスザクの事情など表面的にしか知り得なかった。スザクが何故そうした行動に出たのかやどう傷ついたのかも知らない。だから藤堂は素直に思ったままを口にした。スザクは優しいし嫌いでもない。願望を持つことさえ厭われた藤堂はその方向の正負にかかわらず経験がない。要望を伝えるのは虜囚であった藤堂にとって望むべくもない甘えであり贅沢であった。
「無知は罪だって誰かが言っていたけど。…優しい罪、ですね」
スザクが膝をついて慟哭した。藤堂はスザクを目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「君も、優しいと思う」
スザクは涙と洟にまみれたまま藤堂に抱きついた。勢いが強くてそのまま押し倒される。平素から朗らかであろうとするスザクの慟哭は激しかった。すがりつくようにしがみついてくるのを藤堂はそのままにした。暴行を受けた後の藤堂に朝比奈がしてくれたように、藤堂は黙して待った。かけるべき言葉もこの感情を言い表す言葉も、藤堂は持っていなかった。ただ、泣くのを途中でこらえたり止めたりするのが辛いことは知っている。藤堂は何も言わない。スザクの肩が何度も何度も不規則に震える。途切れる泣き声はしゃくりあげる呼吸に追いつかない。赤褐色の癖っ毛を藤堂の指先が何度も梳いた。藤堂は手のひらににじむ真紅を、見た。


《了》

ウン、わりとダメダメ(ちょっと待て)
藤堂さんの位置があいまいになってきた…(KO・N・PO・N☆)
みんな藤堂さんを大好きだといいんだ。取り合うといいんだ。そんで藤堂さんはわりと誰にも優しいんだ(ウワァ)
もうあの誤字脱字なければそれでいい…続き物なんかやるんじゃなかった…!
自分の首を激しく絞めた…げそー            11/04/2009UP

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