偶然って珍しいんだよ


   珍しい


 ばったりと出会ってしまったその美貌に天城がぐぅと喉を鳴らした。むっとする顔をするそれを眺める。
「…飛葉中の」
「その後に続く言葉次第によってはお前覚悟しろよ」
きっぱりと先んじられて、んぐるぅと猫のように喉が鳴ってしまう。ちっこいの、と言いそうになってそれが最悪の選択肢であるのに気付く。名前は、確か。
「……椎名」
「まぁいいか。年上なんだからさんくらいつけろよ」
美貌がつけつけと物を言う。その舌鋒の鋭さは的確すぎて反発を呼ぶ。自分でも判っていて目を背けているのをつけつけと言いつけるのだから印象は良くない。だが椎名はそういった悪印象さえも計算に入れて人付き合いをしているようだ。同時に試されている気にもなる。
「時間は?」
「時間?」
お茶くらい奢ってやるよって言ってんだよ判んない? 相変わらずの物言いに怯む。フットサルコートでの一件が尾を引いているとは思わないがこちらの出鼻をくじかれたのは確かだ。もっとも近しい人を亡くして醜態をさらしたその相手であれば物申したくなるかとも思う。万全の状態で臨まないのはある意味で礼儀を欠いている。精神的な部分で天城は椎名と試合をした時、万全であったとは言えなかった。
「年下なんだから可愛くハイハイってついて来いよ」
「理由がないが」
「ハァ?」
物言いの鋭さが加速度的に増しそうな気配に天城が怯む。先へ歩こうとしていた小柄な体躯がぐりんと天城を振り向く。
「お前どれだけ野暮言い出すわけ? それとも人を立てるっていう気使いも出来ないの? 黙ってついて来いって言ってんだよ」
「でも」
「男に恥をかかせる趣味でもあんの?」
苛立ちさえも含みそうなその声音にびくりとする。刷り込まれている苦手意識に言動が鈍った。椎名がそれに気づかないわけもなくみるみる機嫌の悪くなっていくそれに余計に焦って判断を誤る。だが意識の片隅で、椎名が一人でいる珍しさにも気づいてはいた。飛葉中のディフェンス陣は仲が好くよく群れている印象だった。その中心に椎名がいる。だからなんとなく違和感があるのだと思う。
「返事は?!」
びくりと肩が跳ねてしまった。じろりと睨み上げてくるのはやはり美貌で何故それが自分にこんなにかまってくるのかが理解に苦しむ。
「……行く」
「よし。最初っからそう言えばいいんだよ」
じろと一瞥がひと睨みのようだ。行くと言ったからにははぐれでもしたら何を言われるか知れたものではない。踵を返して歩き出す椎名の隣へ並ぶ。背丈に差があるからどうしても椎名を見るときは見下ろす形になる。見下ろしているのだが気持ちとしては射すくめられている気がする。
 椎名は良く口の回る方だと思うが会話は途切れがちだ。学校も同じではないし共通項と言えばサッカーくらいだがそのサッカーを種にひと悶着あったのだから余計に困る。ぎこちなく様子をうかがう天城をよそに椎名はじろじろとぶしつけなほど視線を向ける。天城とその視線がかちりと合うと椎名が舌打ちして嘆息した。どういう意味だと言いたいが堪える。
「あーやっぱムカつく。気になる」
なにが。強引に引っ張られている身としては不満をぶつけられるのは理不尽だ。その想いが視線に出たか、椎名が赤い唇を尖らせてから言った。
「身長差って色々とネックになるんだよ。体格も負けてるし」
小柄なのは確かに不利ではあるだろうし、加えて椎名は華奢とも言えそうな線の細さがある。美貌とあいまっているのだが当人は納得ずくではないらしい。天城は体格で苦労した覚えがないから安易に同意も出来ない。黙って拝聴する。

「キス、しづらいだろ」

身長差があるとさ。キス? 好きな女子でもいるのかと思う。まぁ確かに相手の女性より背が低いというのは悔しくもなるだろう。茫洋とそんなことを想っていると椎名がつらつらあげる。背丈だけじゃないんだよ負けてるの。体格とかさ。力ずくで負けてやる気はないけど抵抗されたら厄介だろ。無理やりは良くないと思うが。無理やりどころか全く相手にされてないんだよ、腹立つことに。ふぅん。しかもたぶん印象は最悪だ。判ってるけどオレだって止まらない時があるんだよ。どうやら難儀な恋路らしかった。天城自身は恋愛に対する興味が薄いから相談されても困る。巧者でもない。なりはでかくともしょせん中学生である。そしてサッカーやら勉学やらやることは詰まっているし。椎名の珍しい愚痴を聞き流す。
「聞いてんの?」
聞いてはいた。ただ人の内情を推し量ったりするのは苦手なのだ。助言を求めるタイプには見えないしで返事に窮する。
「お前、あの眼鏡の監督と出来てんの」
「でき……?」
どこをどうたどったらそうなるのだ。違うの? 違う。付き合ってる女子は? ……いない、が。そも天城の普段の言動が威嚇的であるから寄ってこない。だが椎名は天城の返答にくふんと嬉しげに笑う。妖しい。ならまぁ、よしとしてやるかな。
「椎名、は」
「なに?」
「そういう相手はいないのか」
ぽろっとこぼれた言葉だった。ただのお愛想である。訊かれたから礼儀として訊き返しただけ、だったのだが。
 椎名の頬がみるみる薔薇色に染まっていく。ぱくぱくと口を戦慄かせて。
「なっばっバッカじゃないの?! お前が? お前がそれをオレに訊くわけ?!」
珍しい狼狽えぶりである。年上や口達者としての威厳が消し飛んでいる。呆気に取られて瞬く双眸を椎名が睨む。ぷいとそっぽを向いて早足になるのを追いかける。
「椎名?」
「馬鹿じゃない?! いいからさっさとついてこいったら!」
天城は、あぁと生返事をする。追いついてみれば椎名は耳まで赤くなっている。何か悪いことでも聞いたかと思う。目的の店にはまだ、着かない。


《了》

つばてんってか、つば→てん              2020/03/23UP

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