※風祭が黒いです、微エロ?


 せめて、少しだけでもと


   もう手遅れ


 ある程度の時間を練習に割く。帰りはそれなりに遅くなるし日も落ちる。住んでいる地域が違うから帰宅の途は多岐にわたる。公共の交通機関を使うものも方向ごとに分かれて群れ、それが次第に細分化して人数が減っていく。まっすぐ帰宅するものばかりではないし自主練習に熱心なものもいる。天城燎一はいつも通り黙々と練習後の手順を踏んで支度を整え帰路につく。元々群れるのが好きな性質ではないし、それぞれがまだ所属で群れることが多い。同じクラブ、同じ学校。天城はクラブチームには参加していないし出身校が同じものもいない。この団体の面子を選抜する際の合宿の時に天城はいわゆる落ちこぼれ組に振り分けられたし、つまりそれが自分の序列だと思っている。環境やチームメイトの実力、天城の実力の評価がそれだ。選抜には残れたがやはり割合としては前評判の高いものが多い。人付き合いは上手くないから余計に孤立する。だからどうとも思わないが。
 そんな天城にかまってくる変わりものもいる。たったった、と軽い足音なのは彼が小柄で目方もない所為か。顔をあげると同じような形状の鞄を肩がけにした風祭将がいた。年頃の中でも小柄な体躯。だがフットワークは軽い。それはサッカーの試合や練習だけではなく行動においてだ。種類を問わずに行動力がある。おとなしい容貌をして言うことは言うし、だが上から言いつける物言いであったりはしない。一緒に帰らない? 風祭は出身校が同じ面子もいるはずだがそちらは良いのかと思う。公立はまだ学区域での構成が基本だ。同じ学校ということは自然と住んでいる場所も近いということで。帰路につく群れに加われということなのかと思ったがそれも違うようで風祭の他に声をかけてくるものはいない。
「…好きにしろ」
言い捨ててから手元を動かし支度を終える。風祭はそれをにこにこしながら待っている。鞄を肩へかけて歩き出せばついてくる。本当に面子は風祭だけらしいのが驚いた。
 会話も途切れがちなうえに当たり障りもない。勉強が滞っていると苦笑するのを聞き流す。連携やコミュニケーションはある程度必要だと判っているがだからといって今まで個人の能力に重きをおいてきた感覚を修正するのは難しい。話の聞き役になるのを風祭は倦むことなく水を向けてくる。天城は成績いいの? 悪くはない。事実である。サッカーに打ち込むからと言って天城の環境はけしてそれに協力的ではない。ある程度の成績の維持や結果が求められている。
「文武両道って感じだね」
ぽわんと言われてきょとんとした。ぼくなんか居眠りばかりしちゃって。たはは、と苦笑して照れたように頭をかいている。教科書も試験前くらいしか開かないし。それは不味かろうと思う。ふぅん。相槌だけ打つ。風祭の問題であり天城がどうこう言いつけるのもおかしな気がしたのだ。
「少し羨ましいな」
「なにが」
風祭が歩みを止める。ちょうど人気の途切れるあたりだった。なんだとつられて足を止める。澄み切ったブラウンの双眸がじっと強く天城を見つめた。それを真っ向から見つめ返す。逃げない、ではなく逃げられない、だと識っている。色素の薄い天城は双眸もその例にもれず瞳孔が明確に見える。動きが判るそれを教師でもある監督には猫の目だねと言われた。元々変わった男の言うことだから気にしない。
 「手」
「手?」
上着のポケットへ突っ込んでいた手を出す。屋外スポーツであるサッカーの練習の後だから埃っぽい。汚れを上着になすりつける。その手を風祭がとった。
「背丈が違うと手の大きさも違うかなって思って」
比べる意味が解らない。天城の惑いを無視して風祭は天城の手を矯めつ眇めつする。好きにさせる。不意に、風祭の口元が裂けるように笑んだ。
「え」
驚きが口からこぼれた瞬間にぱくん、と指先を口に含まれる。じっとりと濡れたざらつきを感じさせる柔肉がぬるぬると指を撫でる。爪の間や皮膚をふやかせるかのように熱心に風祭が指を舐る。
「――ッ、ん」
ぴくっと震えてしまうのを風祭は余計にぬるりと柔肉で包み込む。ひちゃ、ぴちゃと音を立ててしゃぶり指先だけではなく根元や股まで舐めてくる。ぺろ、と覗く舌の紅さにドキリとしてぬるりと撫でるざらつきに腰奥へ響くものがある。
「や、め」
「天城」
震えてしまう声が情けない。風祭の行動の意味も判らないしぞくぞくとした焦りに似た感覚が背筋を駆ける。手を取り戻そうとして思いのほか強い力に阻まれる。風祭の声はまだ裏返りそうなのに何故だか男の声だった。雄とでもいうべきなのか。小柄な体躯もおとなしい見た目もけれどそれ以上に、風祭は立派な男だった。
 かり、と犬歯が立てられて天城は今度こそ跳ね上がった。ばっとその勢いで手を取り戻し一歩、退る。ぬるりとした雫が天城の爪先から糸を引く。風祭は妖しく笑んだ。それは普段の彼からは考えられないような癇性のような、ひどく。ひどく――

「天城。感じた?」

刹那、駆けあがるように肌が赤くなるのが判った。耳まで千切れそうに火照ってぐぅっと詰まった口元を何とか引き結んでごくんと唾を嚥下する。怒りではなかった。羞恥。それが天城を惑わせた。惑いも羞恥も動揺も、天城の行動を鈍らせる。濡れそぼった指や手を拭うことさえ忘れて茫然と風祭を見つめる。その目縁に薄く張った水の膜にすら気づかない。瞬けばこぼれそうなそれに風祭は微笑んだ。

「いつか君の中に」

はいるよ。
ぞくんっとした慄えに天城は動けなかった。まるで見たことのない男と向かい合っているようで。だから言わなかった。

――もうお前は俺の中にいる

犯されていくのだと、思った。


《了》

いろいろ不発ってる            2020/03/15UP

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