ろくなことを言わないんだから! ネコ同士の会合 開ける視界に何度か瞬いた。手探りであたりを探ると少し固めの寝台の上に寝かされているのが判った。敷布の糊がとれていると思ったら連鎖的に閨を思い出した。自分を使う日番谷に抱かれたのだ。まだ少年の見た目に反して日番谷は強靭だった。氷輪丸を上手くなだめすかしては流れを引っ張っていかれた。体の後始末はされていて清浄だ。ただ平素使わぬ部位を犯されるためか、感覚がひどく弛む。布団から起き上がると服がない。枕辺には置き書きがあって、氷輪丸の服は汚れたから洗濯することと日番谷は業務へ戻っている旨記されていた。どこへ出向くかまで書いてある。あまり表立って騒がない日番谷の性質のように整った文字の端々に荒ぶりが見えて口元が笑ってしまう。洗濯が終わるまで着ていろという置き書きを衿へ挟んだ死覇装まである。あれも斬魄刀である己の発露であると思うが洗濯など出来るのだろうかと首を傾げつつ死覇装へ袖を通した。床まで垂れるたっぷりとした裾と袖だ。氷輪丸の平素の格好から好みでも汲み取ってくれたのかもしれない。袴は履かずとも済みそうだ。尻尾があるから袴は好かない。黒襦袢がでろりと垂れたようだがその辺りの認識が氷輪丸は甘い。死神は上位から下位まで揃って墨染めの死覇装であるから袴がないくらいでは目立たないだろうと気楽に構えた。 碧瑠璃の髪を払って後ろへ流す。背中まで垂れる髪は長い。髪を揺らす風に逆らうように歩き出す。四肢の先端を凍らせる薄氷が時折パキキと軽い音を立てる。氷輪丸は氷雪系最強と謳われているがその分常に冷気をまとうような状態でいる。手加減さえ間違えなければあたりを無差別に凍らせたりもしないので見逃されているのが現状だ。斬魄刀の能力としての氷輪丸が求められれば全力でそれに応えるだけだ。すれ違う死神の視線を背中にばかり感じて嘆息する。氷輪丸の主である日番谷が年少であっても一隊を率いる隊長である所為もあってかどこへ言っても誰かの視線を感じる。斬魄刀の実体化が一騒動起こしたせいか斬魄刀の連中は大なり小なり注目を集めてしまう。 「お! 氷輪丸!」 朗らかに明るい低音に目を向ける。阿散井恋次だ。日番谷と所属隊は違うものの、そういった垣根をあっさり乗り越える人懐こさがある男だ。燃えるような紅い髪を無造作に一括りにしている。額を覆うように巻いている手拭いの奥には刺青があって、それは彼の眉と一体化しつつある。氷輪丸も額で交錯する明らかな傷を持っているがそれにも劣らない特徴的な刺青だ。刺青から連想する殺伐とした空気は恋次とは程遠く、だから本人も平素は隠しているのかも知れなかった。 「…れんじ」 「ちょうどいいや付き合ってくれよ」 袖ごと引っ張られてわたわたとついて行く。どこへ行くと聞けば知らぬ名前を言われる。…それは、なんだ? 甘味処。みんな甘いモノは食わないとか言うからさ。一度行きたかったんだよな! 一人で行くより二人で行ったほうがいいだろ? 問われても返答のしようがない。そういうものなのかと納得してしまう。男一人で行くと断られるだろ。女を誘えばいいだろう。死神にもちゃんと女性死神はいるはずだ。協会まで在ると聞いた覚えがある。日番谷のすぐ下の部下も女性だ。それを言うと恋次はあっさり首を振った。乱菊さんはだめだ。なんで。こっちが奢らされちまうしいつの間にか酒盛りになってんだよ。 お、ここだ。恋次が店員に氷輪丸も示して二人だというとあっさり席へ通された。店員がチラチラと氷輪丸を盗み見る。お前連れてきて正解だな。わけがわからない氷輪丸に恋次も説明しない。俺一人だと怖いって言われるしさ。我もたいして変わらぬ。お前、女が好む面してるぞ。黙ってしまった氷輪丸に恋次も深追いしない。なにがいいかな。餡蜜もいいけど汁粉もいいよな。ここの汁粉って白玉が入ってるってルキアの一押しなんだよ。羊羹も在る。…任せる。何が美味いという情報を氷輪丸は一切持ち合わせていない。恋次は気にするでもなく注文を取りに来た店員に二人分の注文をする。店員が行ってしまうと恋次はくつろいで茶をすする。氷輪丸が湯呑をつつきながら恋次に問うた。 「れんじ、主に好かれるためにはどうしたら良いだろう」 「…あるじって、日番谷隊長?」 うむ、と頷くと恋次が訳の判らない顔をする。え、嫌いとかなんか言われたのか? 睦んだ後にいつもいない。恥ずかしいんじゃねぇの? 日番谷隊長だってまだホラあれだろ、…ガキだし。本人がいたら怒りだしそうだが氷輪丸は難しく唸るばかりだ。 「単純に恥ずかしいんじゃねぇの?」 恋次の意見に氷輪丸はますますしおれた。二人して黙りこむところへ注文の品が運ばれた。餡や蜜の甘い香りが鼻先をくすぐる。とりあえず食おうぜ。腹がいっぱいになればいい考えも浮かぶかも知れねぇぞ。腹が減るから考えが落ち込むんだよ。促されるままに氷輪丸も匙を取った。漉し餡や黒蜜が舌の上でとろける。寒天や豆の歯ごたえが美味い。 「いいものを喰ろうておるな」 じゃり、と冷たい金属音がした。氷輪丸と恋次が同時にそちらを向く。朱鷺色の毛並みに裸身を包んだ女性と白い衣服の少年だ。少年の首には大きめの輪が通してあり、それは女性の腰に巻いてある鎖とつながっている。匙を咥えたまま氷輪丸がぽかんと二人を見た。恋次は激しく咳き込む。 「蛇尾丸! なんでてめぇらがいるん」 「れんじ! ずりーぞ! おれも甘いの食いたい」 少年の髪は燃えるように紅い。女性が氷輪丸にささやく。やめておけ。恋次はこのなりでも猫だぞ。男がおる男にそんな話をするでない。浮気に見られたら何とする。千本桜はあれで妬心が深いからな。女性が氷輪丸の口から抜いた匙で餡をすくうと口へ入れた。うむ、美味い。 「おい猿! 氷輪丸に何を吹き込み」 「なぁなぁれんじ、その汁粉食いたい」 「だぁもう黙ってろ!」 太くて立派な尻尾を揺らす蛇の少年と恋次がしまいには諍いを起こす。おれもしらたまくいたいよ! 「氷輪丸」 ほれ、口を開けい。匙の上には餡と白玉が盛られている。口を開けるとおもいっきり突っ込まれた。女に手ずから食わせてもろうて美味かろうよ? 猿! 氷輪丸に変なことすんじゃねぇ! 恋次が蛇の少年を押しのける。人のことを猿猿と言うてくれるわ。猿の女性が呆れたように肩をすくめる。 「氷輪丸、あばたもえくぼと言うじゃろ。好きあっているなら多少の割れもヒビも刺激にしかならんぞ。それが気になるというならお主の方に問題があるんじゃろ」 俯いたまま氷輪丸が席を立つ。猿の女性はその後にどかりと座ると甘味を片付ける。 「れんじ、ありがとう、うまかった」 「…おぅ」 素知らぬふうで匙を口へ運ぶ猿の女性を見て蛇の少年が恋次に飛びかかる。なぁおれもくいたいよ! 呆然としたまま隊舎へ戻る。好きであれば気にならぬという指摘はひどく痛かった。ふらふらと戻った先へ待ち構えていたのは日番谷だった。立ち尽くす氷輪丸に日番谷は目を向けただけで何も言わない。 「…主、業務があると」 「終わらせたんだよ。書類ばっかりだったしな…お前こそ、どこ行ってた」 日番谷の白い髪は薄氷のように透ける。花紺青の碧い目は鋭く氷輪丸を切りつける。氷輪丸は居心地悪げに身じろいでから目線を俯けたまま答えた。れんじと甘味処に行った。ばぁんと机が殴られて氷輪丸の尻尾がびくんと伸びた。緊張に強張った尻尾がのろのろ垂れる。 「阿散井だ! あいつを下の名前で呼ぶんじゃねぇって何度言ったらわかるんだ」 しおれた尻尾が脚へ絡むのを感じながら氷輪丸が抵抗した。 「何故だ、主! れんじがれんじと呼べと言った!」 「阿散井が気づいてねぇだけだ。朽木に粛清されたいのか?」 千本桜は強いぞ。睨みつける日番谷の言葉に氷輪丸は引き下がることしか出来ない。 「…あばたもえくぼだと、言われた…」 日番谷はそれだけで氷輪丸の言わんとすることを読み取る。氷輪丸が目を向けてこなかった暗部を暴く。 「お前は俺に欠けがあると思ってんのか。不服ならそう言え」 ぐん、と衿を引っ張られる。胸から腹にかけての暗い虚ろが顕になる。お前、この格好で出歩いたのか? そうだ。即答した氷輪丸の頬が打ち据えられた。胸から腹にかけての帯の留めが甘い。丸見えなんだよ。随分はしたない格好で出歩いたな? 言われて気づいた。平素の服装であれば胸から腹にかけてをあて布をしているから帯を弛く留めても見えないのだ。その調子のまま着つけてしまっていた。…れんじは何も言わなかった。猫が猫の魅力に気づくわけねぇだろ。 「氷輪丸、尻尾」 びくんと跳ねた肩が体を震わせる。尻尾は怯えたように氷輪丸の脚に絡んでいる。じりじり後ずさるのを日番谷は逃さない。出せ。尻尾は感覚が過敏で出来るなら触れてほしくない。日番谷はそれを承知のうえで出せと無理を言う。薄氷に包まれた先端がぴくぴくと布地を押し上げて顔をのぞかせる。 「そうしてると性器みたいだぞ」 刹那に日番谷の手が氷輪丸の裾を割って脚の間へ突っ込まれた。尻尾を引っ張られて腰が抜けた。 「ふわっあ、あぁあ、ぁあ」 あられもない格好で仰臥する上に日番谷はのしかかってくる。打ち付けた痛みに目を回す氷輪丸をよそにしっかりと尻尾を掴んでいる。息を詰める氷輪丸に日番谷は舌打ちした。手が離れる。ホッと安堵した瞬間に体がこわばった。ぐりぐりとなぶるように尻尾が踏まれた。 「…――ッ! …! …ッ」 声にならない音が漏れる。 「氷輪丸。『あばたもえくぼ』って誰に教わった?」 口元を引き結んでそっぽを向くとぐりゅ、と尻尾が踏みにじられる。声もなくビクビク跳ねるのを日番谷は冷徹に見下ろす。 「言わなくてもいいぜ。体に訊くから」 「――…ぁ! ふ、う…――…!」 氷輪丸は尖った膝や長い脛の顕に喘ぎ耐える。尻尾の先端がビクビクっと痙攣的に跳ねる。碧い目は涙で潤みきって水輪のように揺らいだ。 「氷輪丸、お前の主は俺だ」 氷輪丸の手が日番谷の衿を掴む。そのまま噛み付くように口付ける。がちりと牙が当たる。氷輪丸の手が震えた。唇が震える。それを日番谷の朱唇が吸った。 「とうしろうだ」 「は?」 「俺の名前だ。覚えてないのか。日番谷冬獅郎」 それは識っている。呆気に取られて氷輪丸は身動きが取れない。 「…主、それは、識ってる」 「だからな、主じゃなくて。冬獅郎って、呼べ」 惑う氷輪丸に日番谷は不遜に嘲笑う。阿散井は呼べて俺はダメか。 「主は主だ」 日番谷が残念そうな顔をする。うぐぅ、と喉を鳴らすのを日番谷が眺めている。 「一度でいい。俺を名前で呼べ。氷輪丸」 白い髪と碧い目と小柄な体躯。それでもそれらは氷輪丸が額づくべき相手であると伝えてくる。日番谷は急かしもしない。ただ黙して待った。 「…――冬獅郎」 噛み付くキスへの応えとして氷輪丸は尻尾を巻きつけた。 「ネコ同士で睦むなよ。妬けるだろう」 氷輪丸は脚を開いた。 《了》 |
なんでこうなったんだ 2013年11月17日UP