六道の屋敷、そこで一つの対決が行われようとしていた。
「どっちの料理が横島クンを浄化できるか魔法料理勝負よ!」
「おやめになった方が良いのに……実力差はハッキリしていますわ」
勝負するのは、自信満々に立つ美神令子と、
しょうがなしといった具合に食材を持ち立っている魔鈴めぐみだ。
実際普通に勝負していたら魔法料理を専門に学んできた魔鈴に美神が勝てるはずが無い。
しかし美神はなんら臆することなくこの勝負を自ら提案したのだ…魔鈴の欠点を見抜いた上でだが。
「美神さん、向こうは魔法料理のプロですけど大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ! まーかせて!」
おキヌが心配そうにたずねるが、それに美神は自信満々にこたえる。
そして六道親子の合図と同時に調理が始まった。
「魔法料理の材料は何も特別な物ばかりじゃありません。
身近な食材にも隠れた力が眠っているんです」
魔鈴の使う食材は香料や香草がメインで、
それを様々に組み合わせ魔力を注ぎ込み効果を持たせるのだ。
それに対し美神の方は食材からして高価で、特殊な物を用意している。
「フン、今日は思いっきり奮発するわよ」
魔鈴の方に既に勝利の笑みを浮かべながら、
一つ数億もするマンドラゴラをぶつ切りにしていく。
そんな美神を見て横島は微妙に頬を引きつらせ、
隣のゲスト審査員西条に話しかける。
「なぁ、あんなの使ってまともな料理できるのか?
前に食べたイモリの黒焼きスッゲー不味かったんだが」
「ま、まぁ令子ちゃんは料理は得意なんだろう?
だったら食べれ無い物は出てこないとおもうけど」
それに食べるのは横島君だし…と心の中で付け足す。
そんな二人を余所に調理は進んで行き、中盤に差し掛かった頃魔鈴がワインが空になっているのに気付き六道婦人に話しかけた。
「すみません、ワインが空になっているみたいなんですが…」
「あらあら〜、御免なさいね〜。
フミさん〜! フミさん〜〜!」
六道婦人の呼び声にどこかで待機していたのか使用人のフミが駆けつけてきた。
「奥様、どうかしましたか?」
「実は料理用の赤ワインが切れているみたいなの〜。
どこかに無いのかしら〜?」
「ワインセラーにありますが…どれが良いのか私にはちょっと」
「では私が選んでも良いでしょうか?」
「いいわよ〜、あそこにあるやつはどれを使っても良いから〜」
六道婦人の返事を聞き魔鈴はエプロンを畳みフミと一緒に台所を出て行った。
そしてそれを見て動いた人間が一人、美神令子である。
「へぇー、流石自信を持ってるだけあって美味しそうじゃない」
「うーん、確かに美味そうっスね」
魔鈴の料理を眺めながら呟く美神にいつの間にか隣に立っていた横島が賛成する。
「なぁっ! あんた何時の『ポチャン』……間…に?」
「お、おわ! すんません、だって出来るまでヒマやったんやもん」
ぶん殴ろうと振りかぶった瞬間美神の左耳からポロっと精霊石が落ちたのだ。
しかも魔鈴の料理の中に。
精霊石のイヤリングはいざというとき簡単に使えるよう外れやすく出来ているのだ。
「すんません、だってこっちのが美味しそうなん…ぶっ!」
失礼な事を言おうとした横島を取り敢えず殴り飛ばして美神は魔鈴の料理、作りかけのスープを急いで覗き込む。
(ま、マズったわね。
もし言ったらまるで私が妨害をしたように聞こえるわね。
幸い誰も気付いてないみたいだし…食べるのは横島君だし…まいっか)
美神は精霊石が特別悪い影響は与えないだろうとみて放置に決定し、
疑われないうちに自分の調理を再開することにした。
その数分後魔鈴も戻ってきて、
そのまま続けられついに両者の料理が完成した。
「おまちどうさま」
「できたわよーー」
出来上がった二人の料理、それは正に天国と地獄のようであった。
魔鈴の見ているだけでよだれが出そうな物と、
美神の毒々しい物は比べる事すら罪であると思わせる出来であった。
「こんなもん食べるまでもなく勝負がついとるわーー!」
「令子ちゃん〜? どういうつもり〜、料理は得意のはずでしょう〜〜?」
「いいからいいから、とっとと彼女の料理を先に食べなさい。私のは後で必 要になるんだから」
美神の意味深なセリフに首をかしげながらも取り敢えず美味しそうな魔鈴の料理を食べ始める。
「う…うぉおおおおおお!!? う、うまいーーー!!!」
魔鈴の料理を口にしたとたん体を突き抜けるような快感が襲う。
「こんなうまい物食った事ないっス!!」
「ふふっ、それはよかったです。今日のはフランスの家庭料理に私の調合し た秘薬を混ぜて、魔力もたっぷりと注いでありますから」
そんなうまいうまいを連発する横島がスープを飲み始めるのを見て美神の表情に緊張が走る。
別に横島の事を心配してではない。
ただ中から精霊石の塊が出てきたら拙いと思っての事だ。
そんな事で緊張している美神を余所に、
横島はマナーも何も無く一気に飲み干していく。
「このスープも美味いっス………ぐっ!?」
「えっ!? どうかしましたか!?」
突然胸を押さえ苦しみだした横島に魔鈴は驚き駆け寄る。
「ぐ…ぐぅ!? ぐぁああああああああああ!!!」
「よ、横島クン!?」
横島の物凄い苦しみ方に美神もようやく事の重大性に気付き駆け寄るがそれより早く横島の体から霊体が飛び出る。
美神の脳裏に一瞬あのシメサババーガーの幽体離脱が浮かぶが、
横島の霊体はいまだに苦しんでいる。
「な、何が起きて…。こんな事が起きるはずがありません!」
魔鈴が叫んでいる横で美神が対処を考えようとしていたが、自分の落とした精霊石が魔鈴の料理を変質させてしまったのだろうと想像がつき、
どんな効果が起きているのか分からないのでは自分が作った料理を食べさせても効果は期待できそうになかった。
皆が戸惑う中横島の霊体にさらに変化がおきていた。
上半身の真ん中にヒビが入り二つに分裂したのだ。
「う、うおぉおおおおおお!!はなせぇ!このやろう!!」
「誰が貴様のようなケダモノを放すか!」
その二つ(二人?)の横島は片方は離れようとし、
もう片方はそれを阻止しようとしていた。
「み、美神さん!何が起きてるんですか?!」
おキヌがパニックになり美神にたずねるが彼女とてこんな現象を見たこと無いため視線を六道婦人に回す。
「ええ〜!?私〜?
でも〜、私も見たこと無いわよ〜? こんなの〜」
「くっ、肝心な時に役に立たないオバハンね!」
「令子ちゃ〜ん、それはちょっと酷いわ〜」
等とやっている間に横島が完全に二つに分かれてしまっていた。
それは瓜二つなのだが一つだけ違っている箇所がある。
彼らはお互い腕が一本ずつしかないのだ。
相対している為、まるで隻腕の人間が鏡に映っているように見て取れた。
「ようやく、ようやく俺は自由だーーー!!!!」
右腕を持つ横島(以下右腕横島)が喜びを全身で表現している。
「ちょっとあんた達何者よ? 横島クンはどっち?」
「危険です、美神さん。アレに近づいてはダメです!」
この状況に痺れを切らした美神が二人の横島に近づき話しかけるが、
左腕を持つ横島(以下左腕横島)が腕を上げて制する。
「だからどういうことかって聞いてんのよ!」
「簡単に言えばアレは横島忠夫の欲望で、
自分は横島忠夫の理性です。二人合わせて横島忠夫と言う事です」
「そんな……!?私の料理は確かに欲望を弾き出す効果はあるけど魂が分かれるほどの力はないはず」
魔鈴の言葉に(ギクッ)と反応する人が独り居るが皆注意が二人の横島に向いているため気付かない。
「何故かは分かりません。しかし……」
左腕横島は一気に右腕横島との間合いを詰めると霊波刀を繰り出す。
「貴様を野放しにするわけにはいかない!」
「なめるな!俺はもう自由なんだ!
もう貴様に押さえつけられるのは真っ平だ」
それを予測していたのか右腕横島は地面へと霊波砲を打ち込み視界を潰し、さらに『護』の文珠で結界を作り出した。
「ふはははは、世界中の女は俺のモンじゃあーーー」
「くそっ」
左腕横島が視界を取り戻し、
結界を破壊したときには既に右腕横島は逃走した後だった。
「なんてことだ……、逃げられた」
がっくり膝を折る左腕横島につかつかと美神が近寄ると胸倉をつかみあげた。
「あーーもうっ! どういうことか全部説明しなさい!!」
「で、ですから…自分は理性で……」
「それは聞いたわよ! でも魂が分裂する事なんてありえないじゃない!」
「そ〜よね〜、人間じゃあ無理かしら〜」
六道婦人の言葉に美神は何か思いついたのか美神は渋い顔をする。
彼女の脳裏に浮かぶのはかつて平安で戦ったあの怨念と、
事務所を訪れた一人の神。
「もしかして……あんた道真と同じことになってるの」
美神のそれは質問というより確認だった。
そしてその言葉の意味が正しかったのだろう、
左腕横島はこくりとうなずいた。
「じゃ、じゃああんたは…」
「おそらく後一月以内にアレを捕まえる事が出来なければ自分は神族へ、
そしてアレは魔族へとなり二度と戻る事は出来ません」
「そ、そんな…」
その言葉に美神は愕然とした。
自分のミスでこんな事になってしまったのだから。
横島なら大丈夫などと何故思ったのか、そんな事が頭をよぎるがまだ戻る事が出来るのだからやるべき事をしなければならないと顔を上げる。
そこでは冥子が左腕横島へ質問をしていた。
「あのね〜、結局どうして二人になったの〜」
「それは、あの魔法料理が関係しているとしかわかんないんだけど…」
ちらっと魔鈴のほうを見る。
「御免なさい、お詫び…といっていいのか分からないですけどどんな事でも 協力しますから」
「ううん〜、そうじゃなくて〜。
どうしてあの試験のときのオカマさんは〜、
魔族になったとき二人にならなかったの〜?」
魔鈴にお礼を言おうとした左腕横島は冥子の言葉にさえぎられる。
「それは…何ででしょう?」
知識の無い横島に変わってこれは分かるぞとばかりに六道婦人が変わりに答える。
「それはね〜、簡単に言うと力不足だからよ〜。
神になるには正の心が百要って〜、魔になるには同じく逆に負の心が百要 るとするとね〜、そのオカマちゃんは〜正の心が十しかなくて負の心が百 あったってことなのよね〜。
そうなるとオカマちゃんが魔族になったときにはその正の心の十は負の心 に負けて押しつぶされちゃうの〜」
「けれどそこで道真は二百の正の心と、
同じく二百の負の心を持っていたの。
その正負の相反する心はどちらに傾く事も無くお互い反発し在ってどんど ん膨れていったの。」
「おばさんのセリフを取らないで〜令子ちゃん〜。
で〜、その強く膨れていった心が何らかの外部の刺激を受けたら時〜、
それぞれが個として存在できてしまうほどになっていたらってことなのよ 〜」
「道真の場合は死という事象がお互いを分かつ原因となったのね」
二人の説明に分かったのか冥子はふんふん言いながら頷いている。
「あの、横島さん。どうして隻腕なんですか?」
それまで黙っていたおキヌが一区切りついたのを見計らって話しかけた。
「それは……」
おキヌの質問に横島は物凄く答えにくそうにし、それに気が向いたのか令子も混ざる。
「ちょっとでもあいつとあんたの情報を知っておかないと捕まえるとき何が あるかわかんないでしょ。
で?何でなの?」
美神には逆らえないというのが魂に刻まれているのか仕方なしにポツリと話す。
「右腕にはヤツの欲望が詰まってるんです……」
左腕横島の小さい声は二人にはきちんと届いていたが、
二人には最初意味が分からなかった。
そしてそれに先に気付いたのは美神だった。
「あ!…あーあー、そういうこと…ね」
「? 美神さん、分かったんですか」
「あー、うん。男の子の自家発電ってやつ…ね」
美神の言葉にようやく理解できおキヌは顔を真っ赤にして俯かせる。
「と、とにかくアレを捕まえるのに協力してください、アレが魔族となって しまったらどんな強力な淫魔になるか!
ヤツが言っていた世界中は無理でも一都市丸まるヤツの子で溢れる事もあ りえてしまうかも……」
恥ずかしいのを吹き飛ばそうとばかりに大きい声を上げ、力を込める。
それに対して美神は自分のせいだという事をおくびにも出さず、
「しょーがないわね、まぁうちの事務所の人間から魔族が出たなんて知られたら廃業になっちゃうし」
ひねくれた返事をし返す。
「僕としては退治をしてしまいたいが、まあ一応協力するよ。
君の毒牙に掛かる女性を救わないといけないしね」
「ああ、ありがとう」
ひねくれた言葉に対し素直すぎるお礼を述べる左腕横島に逆に西条は顔を引きつらせる。
「私も〜、手伝うわ〜」
「お母様ずるい〜、私もよ〜」
「お二人ともありがとうございます」
六道親子にお礼を言い、
ついでさっきお礼を言い忘れた魔鈴と話している横島を見ながら
「まぁ、責任はとらないと…ね」
美神は呟いていた。
あとがき
始めまして、千手必勝といいます。
美神を読み返していたらこんなネタが浮かんだんで一気に書き上げました。
まぁ勢いだけなんで続かないと思います。一本書いている途中ですし。
それではまた何か思いついて書く事があればそのときはよろしくお願いします。