『夏の終わりのとある情景』
遠く水平線の彼方に没そうとしている太陽が、見渡す限りの風景をオレンジ色とわずかに出来た影の黒とのツートンに染め上げている。
汗が噴き出し、動くのも嫌になるほどの暑さを誇る昼の時間はいつの間にか終わりを告げ、吹く風がどこか肌寒さを感じさせる晩夏の浜辺。肩を並べて沈みゆく夕日を見つめる男女の姿があった。
常のおちゃらけた彼しか知らぬ者には信じられないだろうが、夕焼けに朱く染まった海を見る彼の横顔はどこか憂いを帯びており、それでいて優しげな微笑みを浮かべていた。
現に、時折通りすがる女性達の視線を釘付けにしているのだが、残念ながら彼は気づいていない。
彼の意識が自分から離れていることに焦れたのか、隣に立つ女性が彼の腕を自分の胸に抱き込んだ。
心地よい感触にふと我に返った男性……横島は、照れくさそうに頭を掻くと、ちょっと拗ねた顔で上目遣いに睨んでくる……それでも抱え込んだ腕は放していない……恋人に微笑むと、そっと抜いた腕で肩を抱いて歩き出した。
かつて、神・人・魔の三界を震撼させた大事件の渦中で知り合った魔族の女性。
最初は敵、次に上司、そしてごく短期間だけ恋人だった女性の事。
夕日が好きだった事。
そんな事をポツリポツリと話しながら。
「結局、さ」
空いてる方の腕で恋人の髪を撫でながら、横島は胸の内の思いを話し出す。
「あの頃の俺って、ほんとーにガキだったんだなーって思ってさ」
当時の事を彼に聞いて知っている彼女は、黙って視線で先を促す。
「ただヤリたいってだけで、相手の気持ちとか、そーいった事はなーんも考えてなかったんだな、って」
自嘲するような表情が気に入らなかったのか、可愛く睨んでくる恋人に、宥めるような笑みを返す。
「今はもう大丈夫だって。そりゃあまあ、ムードを読んだり作ったりとかは苦手だけどさ。
でも、ほら、その、………今の俺にはお前がいるだろ?」
夕日のせいだけでない赤さに顔を染めながら、横島は告げる。
照れながら言った言葉に、こちらも負けずに真っ赤になりながら、心からのものとわかる笑みを返され、二人して沈黙。
波の音と、二人が砂を踏む音とだけをBGMに、歩くことしばし。
小さく見えていたホテルがだいぶ大きくなった頃、先に立ち直った横島がゆっくりと立ち止まり。
振り向いて、もうわずかに明るいだけとなった海を見ながら、告げた。
「だからさ、見せてやりたかったんだ。アイツに。
今、俺は幸せだよ、って。
あの頃の俺しか知らないアイツにさ」
そう言って、自分を見つめる恋人の形の良い頤に手を当てる。
顔を近づけると、ほほを桜色に染めた彼女がそっと目をつむり。
一つになった影は、最後のオレンジ色が消えても、離れることはなかった。
「ドチクショオオォオオオオオオオッ!!!
この裏切り者ォォォォォッッッ!!!!!」
悔し涙を滂沱と流す、”今年も出現した”妖怪・コンプレックス(捕獲・拘束・オカルトGメンに引き渡し済み)のわめき声がBGMなのはいただけなかったが。