・・・キ―――ンコ―――ンカ―――ンコ―――ン・・・・
学び舎の鐘が鳴る
単調な音色で・・・・いつもの調べで・・・
それは“象徴”
朝の鐘が鳴るとともに“人が集まり”
夜の鐘が鳴るとともに“人が消えゆく”
だからこそ、この“鐘の音”は
―――――変わる事の無い“日常の証”
鐘の鳴り響く教室の中、一人の青年が机から顔を起こす。
先程まで眠っていたのだろうか。その瞳には、意志が感じられない。
焦点の合わない瞳のまま、ゆっくりと教室を見回す。
・・・・見慣れた机・・・・・見慣れた黒板・・・・見慣れた風景・・・・
そう・・・・それは当たり前の風景であり、日常の光景。
しかし、たった一つだけ“違和感”を感じる。
その“違和感”とは・・・
(・・・そっか。もう、夕方なのか・・・・)
そう・・・・“違和感”の正体・・・それは・・・・
(どーりで、教室が真っ赤に見えたワケだ)
ゆっくりと沈み行く“赤い夕日”だった。
彼は沈む夕日をひとめ見ようと、視線を窓の外へと向けた。
「――――――ッ!?」
―――――そして、時が止まる
目の前にいるひとりの女性。
体のラインから女性であることは分かるものの、
逆光でシルエットしか見えない。
しかし、夕日を眺めるその姿は、彼の知っている女性と重なる。
かすれた声で、彼女の名をつぶやく・・・・・。
「ル・・・シ・・オラ・・・?」
その声が聞こえたのだろうか?女性はゆっくりと振りむく。
“彼女”は―――――
「・・・・横島クン?」
―――――彼の知っている“彼女”ではなかった
「・・・まったく、驚かせるなよな〜、愛子」
「なによ。横島クンが勝手に驚いてただけじゃない!」
横島のセリフに、思わず言い返してしまう愛子。
「わりぃ、わりぃ。いきなりでビックリしただけだってば。
ところで・・・・・他の連中は?」
愛子の声に少しだが、怒りが混じっている事を感じたのだろう。
横島は軽く言い訳しつつも、話題を変えようと話しかける。
「なに言ってるのよ。もう夕方で、皆とっくに下校しちゃってるわよ。
それなのに横島クンったら、こんな時間まで寝てて。
まったく・・・・“青春”の無駄遣いだわ!」
“青春”―――――それは彼女の最も好きな言葉。
それを無駄づかいしている横島を、たしなめようとする愛子。
しかし―――――
「な、なにぃ〜〜〜ッ!!皆とっくに帰っただとぉぉぉぉッ!!
あいつらめ〜〜〜〜(怒)クラスメイトを見捨てていくとは、なんたる 冷血漢ッ!!
俺が毎日食うに困っているからって、バカにしやがってーーーーーー ッ!!!
貧乏か!?貧乏がワルいんかぁーーーーーーーーーッッ!?」
「ちょっ!?落ち着いて横島クン!?ねっ?」
愛子の言葉を聞くどころか、クラスメイトの薄情ぶりに怒り狂う横島。
あまりのヒートアップぶりに驚いたのだろう。
なんとか落ち着かせようとする愛子だが・・・・・
「ちっくしょぉーーーーーーーッ!!!
見てろよぉ〜〜!!俺が大金持ちになったあかつきには
札束でケツ拭いて、ヤツラの顔に叩きつけてやるからなぁ!!」
「そ・・・・それはちょっと(汗)」
・・・・あまり意味は無さそうである。
「ゼーッゼーッ、ハーッハーッ(汗)」
大きな声で叫び続けて息が切れたのか、荒い呼吸を繰り返す。
「・・・まったくもう。バカなこと叫んでるからよ」
そんな横島を呆れた目で見つめながらも、愛子はツッコミを入れる。
「・・・う・・・・うるへぇ。俺が悪いワケやない!
皆が冷たいのも、単位が足りなくて留年しそうなのも、今苦しんでいる のもぜ〜〜んぶっ!現代の歪んだ社会がワルいんや!!」
―――――人それを責任転換という
「・・・ふぅ〜(溜息)。いつまでもバカなこと言ってないで、目を覚ま したら?
そ・れ・に!皆は横島クンを起こそうとしたけど、あなた全然起きよう としなかったじゃない!!」
横島の叫びをスルーしながら、詰め寄る愛子。かなりの迫力だ。
「そ、そうだったのか?」
その剣幕に、横島は思わずたじろいでしまう。
「そうよ。バイトで疲れたあなたを無理やり起こすのは
かわいそうだからって、皆そっとしておいてくれたのよ?
あなたには、皆の優しさが分からないの!?
あなたには、人の気持ちが伝わらないの!?
嗚呼・・!なんてことかしら!クラスメイトに、人の思いやりを
理解できない“ひとでなし”がいたなんて!!」
「ヲイ、コラ(怒)」
愛子のあまりの発言に、文句を言う横島。
しかし、愛子は止まらない。
「・・・ハッ!?私は今、その“ひとでなし”と夜の学校で
2人っきり!?
嗚呼・・・!私はこれから、口では言えないような酷い目に
遭わされるんだわ!!
きっと横島クンは、そんな私を玩(もてあそ)びながら
『へっへっへっ。叫んだって誰も来やしないさ』とか
『ええのかぁ〜?ここがええのんかぁ〜?』なんて言いながら、
陵辱の限りを尽くす気なんだわ〜〜〜〜〜〜ッ!!!
なんてかわいそうな私!!
・・・・でも良いの。私が犠牲になることで、他の女の子を
横島クンの魔の手から守れるんですもの!
そのためなら、身体の1つや2つ惜しくなんかないわ!
さあッ!!横島クンッ!!!
カモーーーーーーーーーーーーンッッ!!!!」
「アホかッ!!おのれはーーーーーーーーーーッッ!!!!!
つーかツッコミどころが多すぎて、どこからツッコめば エエかワカら んわーーーーーーーーーーーッッ!!!!!」
ヘンな方向に暴走する愛子に、横島はあらん限りの声で叫ぶ。
「そんな・・・・いきなり“突っ込む”だなんて・・・私、初めてなのに・・・・」
「意味がちっがーーーーーーーーーーうッ!!!」
2人の漫才はしばらく続いた・・・・・。
「・・・ったく!!ヘンなことで体力使わせやがって!!」
「ふふっ♪ゴメンなさいね、横島クン。楽しくってつい・・・」
漫才を終え、文句を言う横島と謝る愛子。
・・・・もっとも、彼女は笑いながらであるが。
しばらく、ふくれっツラをしていた横島だが、
ふと疑問に感じたことを口にする。
「そういやぁ、愛子。なんで皆帰ったのに、
お前だけ学校に残ってるんだ?」
「そんなの横島クンの寝顔に、見惚れてたからに決まってるじゃない」
「――――なっ!?」
愛子の言葉に驚く横島。しかし―――――
「・・・・ウフフッ♪ウソよ、ウ・ソ♪横島クンたら、赤くなって
カワイイんだから♪」
「て、てめぇは・・・(怒)」
―――――世の中そんなに甘くはなかった。
「まぁ冗談はさておき、私はほら、家なんてないもの。
・・・・・九十九神(つくもがみ)だから」
「あっ・・・」
自分の失言に気付き、横島はバツが悪そうに頭をかく。
≪九十九神≫
物などが妖怪となったもので、一般では付喪神と書かれる。
長年愛用されたり愛着をもって使われたりした「物」、もしくは
粗末に扱われたりした「物」に魂が宿った妖怪である。
愛子もまた机が変化した妖怪で、学校生活を味わうために
生徒として生活している。
「・・・・えっと、その・・・なんつったらいいか・・」
「良いのよ別に。私は、ぜんっぜん気にしてなんかないんだから」
横島の言葉を笑い飛ばす愛子。
「それに、家はなくても、私にはちゃーんと帰る場所があるもの」
「・・・・・まさか、海に帰るだなんて言わないだろうな」
その言葉を聞いて、机を背負いながら海に潜っていく愛子を
想像する横島。
机がサビないか心配である。
「何言ってるのよ、もう。私が帰る場所・・・・それは“この学校”に
決まってるじゃない!
この学校が私の居場所!先生や生徒は私の家族!
嗚呼・・・これこそ青春だわっ!!」
「お〜い。帰ってこ〜い」
瞳をキラキラさせながらトリップする愛子と、
疲れたような声で話しかける横島。
どうでもいいが、この学校には宿直の先生はいないのだろうか。
「・・・・まったく、気ぃつかって損したぜ」
「何か気を使わせるようなこと、言ったかしら?」
「・・・・・・・もういい」
そう呟くと、帰り支度をし始める横島。
・・・・・背中に哀愁がただよっている気がする。
「あら、もう帰っちゃうの?もう少しゆっくりしていけば良いのに」
「朝から“ココ(学校)”にいるんでな。
これ以上ゆっくりしたくないんだよ。
つーわけで、俺はもう帰るわ」
「・・・・あっ!横島クン!?」
教室を出ようとする横島の後ろから、慌てて声をかける愛子。
「ん?なんだよ愛子。まだ何かあんのか?」
「え、え〜と・・その・・・」
「???」
言いよどむ愛子に、不思議そうな顔をする横島。
「・・・・ア、アハハ(汗)。やっぱり何でもないわ」
「?・・・・・ヘンなヤツ。まぁいいや、また明日な」
「ええ、また明日」
挨拶をすませ、帰っていく横島。教室には、愛子だけが一人残る。
「ルシオラ・・・・か。結局、何も聞けなかったわね」
軽いため息とともに、苦笑する。
――――ルシオラ――――
南極での戦いの後、横島が学校に登校した日に校門で佇んでいた女性。
遠目で見た事しかないが、彼の様子から親しい間柄であると推測できた。
彼女について聞こうと思ったが聞きそびれてしまい、オマケに悪霊が大量 発生する事件が起きてしまったため、完全に聞く機会を失ってしまった。
そして事件が解決した後、何故か彼女の話題は一度も出て来なかった。
なんとなく本人には彼女の事を聞きづらかったため、ピートとタイガーに 聞いたものの、2人は答えてくれず、ただ・・・・・・
『横島さんには、何も聞かないで欲しい』
とだけ頼まれた。
それが愛子の“ルシオラ”という女性に関する全ての情報。
つまり・・・・・
「私って、なーんにも知らないのよね」
そう、自分は知らない。
彼女の事はもちろん、彼と彼女の関係も知らない。
ましてや、彼らの間に何が起こったのかなんて、知りようはずもない。
そう、私は・・・・・
―――――ナニヒトツシラナイ
「おかしいわよね・・・・・友達なのに・・・・・・」
暗い表情でうつむく愛子。
そこには、普段の彼女の明るさは微塵も感じられない。
「でもいいの。横島クンは“また明日”って言ってくれたもの」
――――また明日――――
それは別れの言葉であり、再会の約束。
変わらぬ日常が与えてくれる“ささやかな贈り物”。
だから・・・・・
「たとえ何も知らなくても、また明日会えるもの」
頬を流れる涙を拭いながら、彼女は天井を見上げてつぶやく。
「早く、明日にならないかなぁ」
―――――彼女は祈る
また明日も、大好きな日常が訪れるように・・・・・
―――――彼女は望む
また明日も、大好きな彼に逢えるように・・・・・・
―――――彼女は願う
また明日も、鐘の音が響き渡るように・・・・・・・
学び舎の鐘は鳴る
単調な音色で・・・・いつもの調べで・・・
それは“象徴”
朝の鐘が鳴るとともに“人が集まり”
夜の鐘が鳴るとともに“人が消えゆく”
だからこそ、彼女にとって“鐘の音”は
―――――掛け替えの無い“日常の証”
―――――願わくば明日もまた
―――――我が為に鐘よ鳴れ―――――
あとがき
初めまして。YOUKAIと申します。
二次小説を書くのは今回が初めてで、まだまだ雑な文章ですが
よろしくお願いします。