「だからぁ、この式場でこのウェディングドレスがいいんだって!」
娘とお母さんが互いに自分の趣味を押しつけ会っている。
とはいえ、すぐに軍配は娘にあがることだろう。
何故なら、このかけあいは彼女が決める権利の大部分を占め、また母親に負けぬほどの押しの強さを持っているのだ。
「お父さんも、このドレスの方がいいでしょ?」
そして、何を隠そう私も、娘に関しては妻にさえ甘いと言われる程、彼女を愛しているからだ。
私は、問いかけに黙って頷いた。
その細くて白い指でさされたパンフレットのウェディングドレスは、線の細く色白の彼女にはさぞ似合うだろうと頭の中に思い描いてみる。
想像の幻想だというのに、その白い衣装を着た彼女は美しく思わず、ほぅ、と溜息をついてしまった。
「じゃ、決定ね。 ……う〜ん、楽しみだわ」
昔、好きだった人の面影を残す娘。
その娘があと数ヶ月で私の手の元から離れてゆく。
蛍は再び飛び去るのだ。
「……お父さん? 少し疲れさせちゃった?」
愛くるしい。
ただそれだけだった感情が、彼女の屈託のない笑顔を見ているとゆらいでくる。
寂しさと、昔感じた悲しみ。
「いや、大丈夫。 ……といいたいところだが、少し疲れたな」
本当は娘と一緒にいるだけで疲れなど全て吹き飛ぶ。
だが、こう言えば更に彼女と一緒に入る事が出来るのだ。
「……あ、もうこんな時間ね。 夕飯の支度しなきゃ」
令子が言った。
きっと気をきかせてくれたのだろう。
私を娘と二人っきりにしたまま、台所へと姿を消す。
「ね。 お父さん、疲れてるから無理にとは言わないけど、一緒に散歩でもどう?」
嬉しいお願いだった。
「もちろん、慎んでお受けしますよ、私のお姫様」
「風が気持ちいいわね」
青々とした葉っぱをたわわに枝につけ、風に揺られて心地よい音を立てる街路樹。
まるで自然のコーラスと思えるBGMで、一定のリズムを保ち、さらさらと吹く風とともに耳に染み入ってくる。
「……こうして歩くのも、あと何回かになるんだなぁ」
不意に心の声が口から漏れた。
でも、別に驚いたわけではない。
自分でも、それが心だけにとどまれる程小さくなかったと認識していたからだ。
「そうね」
短い同意。
もう少し残念がってくれてもいいのに、と思った。
でも良く考えてみると、彼女が寂しがったり、残念がったりしたら、今とは全く逆の事を考えているだろうな、とも思った。
それ以降、目立った会話は無く、ただ黙々と歩き続けた。
目的地はない、ただ足の向くまま、気の向くまま、敢えて言うならば風任せに歩き続ける。
「結局はここに着くか」
赤と白の尖塔。
アイツとの思い出の場所。
「もう吹っ切れたと思ったんだがな」
そう言って、自嘲気味に笑う。
もうすぐ、その鉄の塔は大幅な改修工事を行う予定らしく、今は人は入れない。
が、多くの見張りがいるわけでもない。
「登るか」
「え?」
無償にあの場所に行きたくなった。
そう言えばあそこは、一回目の別れの場所だった。
2回目の別れの場所としてはおあつらえ向きだ。
「つかまれ、飛ぶぞ」
ちょうど仕事用の靴を履いてきた。
動きやすいもので、両脇には二つの穴が開いている。
その中に『飛』と『翔』の文字が篭められた文珠を挿入する。
「ほら、早く」
もたついている娘を引き寄せ、抱き上げる。
落ちないよう、しっかり固定したのを確認すると、足に霊力とバランスを集中した。
「キャッ」
短い悲鳴。
そういえば、この空中散歩を2人で楽しんだのは何年ぶりだろうか。
まだ彼女が幼いときは、よく何度もこれをせびられたものだ。
「ホラ、着いたぞ」
想像以上に飛翔のスピードは速かった。
少なくとも東京タワーのエレベーターよりは速く飛んだ。
それでも少し時間をかけて、展望台の上へと足を下ろす。
そこでは綺麗な夕焼けが見えた。
「……きれいだな」
ただその一言に尽きた。
オレンジ色の強烈な光を放つ、水素やヘリウムなどのガスの塊は、昔も今もきれいだった。
「そうね。 でも、私は夕焼けって嫌い」
「そうか」
「知ってた? 黄昏って昔は死のイメージがあったのよ。 他には、北欧神話のラグナロクって、神々の終焉、もしくは神々の黄昏って言うのよ」
「……そうか」
再び戻ってきた会話もそれっきりになり、2人で遠くにあるのに大きく見えるものを見続ける。
そして、終焉も終焉を告げた。
栄華を誇る太陽も、時間という最大の敵にはかなわなかった。
けれど再び、時間によって、暁光を放ちながら復活を遂げるのだ。
「……これで最後だよ。 ルシオラ……さよなら」
「ルシオラ?」
きょとんとして私の顔を見つめてくる娘。
しかし、次の瞬間ニヤーッと笑い、冷やかす声で言った。
「なになに? その人って、お父さんの初恋の人?」
からかう気満々で笑う。
楽しそうに、楽しそうに。
「私が愛しているのは、昔も今もお母さんを除けばお前だけだよ」
「まったまたぁ。 お父さんのキザキャラは似合わないからやめなって」
カラカラと笑い声をたてる娘。
彼女に、言外の意味はわかるはずはない。
きっと今の私の心に沸いた新しい感情は、私は墓場まで誰にも告げずに持っていくことだろう。
「さて、もう帰るか。 お母さんも待っていることだろうし」
……次に太陽が登るのは、何年後だろうか……
fin
後書き
どうもzokutoです。
まったりな感じのSSS第二弾でした。
今度はお父さん横島が娘ルシオラ(名前不詳)を嫁に出す事が決まり、ちょうど家に帰ってきたので、二人で散歩でも行こっか? と言う話でした。
結果、彼は人生で似て異なる人物二人と、同じ場所で決別を果たしたのでした。
再び彼女に会えるチャンスは今生では存在せず、次に『太陽』と再会するのは来世……何百年後かになる寂しさ。
いやまぁ、別に娘さんと死に別れたわけじゃないんですけどね。^^;;
今回はジーンとしていただけたらよいなぁ、と。