▽レス始▼レス末
「縛られたのは(GS)」明 (2004.12.03 01:17/2004.12.03 18:51)


 美神は、事務所のロビーで美智恵と顔を突き合わせていた。
 理由なんてとっくにわかっている。横島の賃金の値上げか、それとも―…
 認めたくもない嫌な予感が浮かんで来て、美神は心の中でかぶりを振った。
「…何の用なの、ママ」
「分かっているでしょ、それぐらい。いい加減に横島君の時給を上げてやったらどうなの?」
 …こっちか。
 美神はあからさまに不機嫌な顔をした。美智恵の眉がつりあがる。
「…ったく、いつまで意地はってるつもり? あんな稀有な才能持ってる子を時給255円で雇ってるだなんて…他の大手GSが知ったら蹴り飛ばされそうね…最も、横島君の性格を知らなかったら、だけど」
「…何が言いたいのよ? 私は今、機嫌が悪いのよ。とっとと言いたい事言って帰ってくれない?」
 美智恵の遠まわしな言い方に、美神の短い堪忍袋の尾が切れそうになる。
 横島の才能が稀有なものだと言う事は、ずっとそばにいる彼女のほうが分かっている筈、なのに。

 少しして、美智恵がゆっくりと開いた。
「…横島君をオカルトGメンに引き入れます。貴女のところで働かせるより、Gメンで働かせたほうが彼の身のためになるわ」
「なっ…!? そんなの、許せるわけないでしょ!?」
 母の台詞は、美神の予想の斜め上を行っている…いや、いつかは言われるであろうと危惧していた台詞だった。
「嫌とは言わせないわよ、令子。彼がどれだけきつい生活をしているかわかっているの!? いつもいつも、お腹をすかせて事務所にやってきて、まともに食事も取れないまま仕事に行かされる…彼の体はいつ倒れてもおかしくないほど、弱っているわ…」
(…ご飯ぐらい、食べさせてるわよ! 何なの、全部私が悪いような言い草…)
「それがどうしたってのよ!? あんな奴の健康状態なんて私が知ったこっちゃないわ!」
 黙ってしまえば、そこで終わりだ。なけなしの理由をかき集め、反論する。
「従業員の健康管理も、雇用者の仕事でしょう!? 令子、貴女は一流のGSにしては人間味に欠けすぎているわ…ママの言っていることが分かるでしょう」
「――だから何? そんな理由で横島クンをオカルトGメンに引き渡せっての? 冗談じゃないわ!」
 アイツは、そんな理由でここを辞めたりなんて――…
 そう、最後の祈りを掛けていた思いも。


「…Gメンに入りたいって言ったのは、横島君自身なのよ」
 美智恵の台詞によって砕かれた。

「……な…何で…」
 驚きで声が出ない。やっとの思いでしぼりだした言葉も、途切れ途切れでかすれていた。
「…何で? 馬鹿なこと言うんじゃないの。さっき言ったでしょう? 彼の体が弱ってるって…ちょっと前に横島君がGメンに顔を出したときに、調べたのよ」
 母の言っていることが理解できない。その日のことを淡々と語りだした美智恵のの声も、ろくに耳に入らなかった。


 ―美智恵の回想―
 数日前―…
 美智恵は、Gメンの入り口で鳴らされたチャイムの音に、急ぎ足で一階へ降りていった。
 ドアを開けると、そこにいたのは…
『…あら、横島君じゃない…どうしたの?』
『…あ、隊長…いや、ちょっと食べ物でもいただけたらなー、なんて…』
 そう言う横島の顔は青白く、いつものような生気がない。かなりの睡眠不足もあるらしく、目の下に隈を作っていた。
『…構わないわ、中に入ってちょうだい』
 美智恵は横島の容態をすぐに察知し、横島を中へと引き入れた。

 美智恵がありあわせのお菓子などを横島に出し、そうして横島の顔色が幾分かましなものになったころ。
『…あの、隊長…俺、美神さんの所辞めようと思ってるんです…』
 横島は、そう切り出した。
 そして、溜まっていたものを吐き出すように美智恵にぶちまけた。
 時給の低さや、過剰すぎる仕事の量。そして、事務所での扱い…すべてを吐き出した横島の表情は、心なしかすっきりとしたものであった。
『…あの子ったら、そんな事を…』
 横島の事務所での扱いは、少しだけなら耳にしたことはあった。
 だが、ここまでひどいものとは思わなかったらしく、美智恵は驚いたような表情を隠せない。
『…で、もういい加減やってけないんで、Gメンに入れないかなー、なんて…無理ですよね…』
 俺、特にたいした事できないしなー、なんて頭をかきながら話す横島に、美智恵は目を伏せた。
 …ここまで自分を過小評価していただなんて。
 霊能に目覚めたのは最近であるというのに、目まぐるしいほどの発達を遂げ、遂には文珠という稀有な能力まで身につけた人と同一人物だなんて、信じられない。
 それと同時に、自分の娘の仕打ちがいかにひどいものかを改めて思い知った。
『…いえ、こちらとしてはうれしい限りだわ。横島君みたいな人がGメンに入ってくれたら百人力よ』
 にっこりと、微笑みながら美智恵が言った。…だが、その笑顔の裏では頭を抱えていたりする。
(…さーて、あの子の方をどうにかしないとね…)
 考え込んだ末、娘を説得することに決めたのであった―――…


 …あいた口がふさがらないとは、まさにこの事だろうか。
 気を持ち直し、口を開く美神。堪えないと、とんでもない事を口走りそうで――…怖かった。
「……そう。そこまでいってたの、アイツ」
 ぎゅっと、眉根を寄せて、余計な言葉を発しないようにして――口をついて出てきたのは、とげを含んだ言葉。
「令子。元はといえば貴女が悪いんでしょ。まあ、いまさら引き止めても無駄でしょうけど…明日にでも契約するつもりだから、それだけ言っておくわ」
 言い終えると、美智恵は音を立てず立ち上がった。そして、事務所の入り口の方へと歩いていく。
「―――…っ…」
 美智恵が事務所を出る最後に聞いたのは、何かを堪えるような美神の声だった。


 ばたん、と事務所のドアが閉められる。美神は、のろのろと自分の部屋へ戻り、鍵を掛けた。
 そして、勢いよくベッドへと突っ伏す。
<オーナー。お言葉ですが、もう少し横島さんの扱いを良くしても…>
 人口幽霊一号が見かねたように美神に伝えるが、彼女はそれには答えず、頑なに顔を枕に押し付けていた。
<…オーナー…もう少しだけ、素直になってください。そうすれば―…>
 そうすれば、どうなっていただろう。その先は、言い出した人口幽霊一号にすら分からなかったが…ここはオーナーの為。
 美神を諭すように、言うが。
「――…っ…ごめん…少しだけ…黙ってて…」
 切羽詰ったような美神の返答に、口を閉じた。

 美神は、混乱していた。
 何故、こんなにもやもやとした感情が消えないのだろう。何故、あいつのことが気になるのだろう。
 …何故、こんなにも泣きそうになるのだろう…
 美神は目じりに浮かんだ涙を、枕に押し付けることで拭い去った。
(…何で…今まででも、あんな扱いしたって…たいした反抗しなかったじゃない…)
 そう、今までなら。しかし、今は違った。
 横島は昔のように優柔不断ではなく、自分がぎりぎりの境地に立たされていることをきちんと悟っている。その上での行動だ。いつまでも美神の下にいる、という安易な考えを持っていては、何もできまい。

(……何で、こんなに苦しいのよ――…)
 今すぐに胸をかきむしりたくなるような、そんな苦しさが彼女の体を襲う。
 目の前がぼやけ、余計に暗さを増した。
(…何で、ずっと…)
 
 …私のそばに、いてくれないの…?

 余りにも我侭な、けれど唯一の美神の願い。
 美神は、自覚してしまった。
(…横島クンを丁稚として縛り付けてたのは、私なのに…)
 丁稚という鎖に絡めておくことで、彼の逃げ場をなくしたはずなのに。
(横島クンに縛られてたのは…私だったみたいね…)
 横島の存在という鎖に縛られていたのは…彼女であった。
 横島は、いつの間にか自力で鎖を解き、彼女では追いつけない所まで走っていってしまった。美神は自分では追いつけないから、横島の存在という鎖で自分自身を縛りつけ、そして彼のそばに立っていた――引きずられるようにして。
「…っ…ごめ、ん…本当に…ごめん…っ!! だから…お願いだから…!!」
 その場所にはいない彼に向けて、謝罪と、願いを―…余りにも悲痛な、願いを…
 最後までは言えないのだけれど…
(私の我侭で、貴方の未来を縛り付けて…すべてを縛り付けてしまった…!)
 心の中で、叫ぶ。口には出せない…その代わりだろうか。
 美神の両目から溢れ出した涙が、とめどなく枕を濡らしていった――…


 いつの日か…彼女の本当の願いだけでも、彼女自身に縛られず…自由になる日が来るのだろうか。
 その答えは…未だ、誰も知らない…


Fin.


 久しぶりに小ネタを投稿しました、明です。
 
 横島という存在に、縛られているのが彼女だったら…というifものですが。
 がんじがらめに横島を捕らえていた鎖が、いつの間にか彼ではなく、自分を縛り付けていたら。美神は、どんな態度をとったでしょうか。
 …日常のどこかにありそうで、なさそうな物語。一度、考えてみるのはどうでしょう…?

 いかんせん口下手で、伝えたいことの半分も伝わっているか…けれど、この作品を読んで美神の葛藤や気付いてしまったときの心理などが、皆さんに伝われば本望です。
 では。


△記事頭
  1. 無くしてから初めて解る大切なもの…
    でも其処で簡単に素直になっちゃうようじゃあ、美神さんらしくないんですよねぇ…ホントに困ったヒトだ…

    この後、どうなったのかが激しく気になります。
    偽バルタン(2004.12.03 02:10)】
  2. 気付いても、そこから前に進めるか、否か。・・殻ぶち破っちゃえば一気にいけるかもしれませんけど・・足踏みしてそうですね、美神さん。
    気付けても、素直にはなれなそうな・・。ちゃんと本人にぶちまけないと、その場に停滞してそうです。
    この後どうなったのか・・気になりますねぇ。
    柳野雫(2004.12.03 04:51)】
  3. アノ時給が更に減給されて…。
    1巻当時よりも時給が減っちゃあ、いったいヨコシマどうやって生活してるのかと。。
    美智恵さんもそりゃ心配しますよねw
    梅松 桜(2004.12.03 06:44)】
  4.  感想ありがとうございます。

    <偽バルタンさん
     簡単に素直になれないから、何かをなくしてから後悔する。
     簡単に素直になれたら、横島の心をつなぎとめられたのでしょうけれど、それができない。こういうほうが彼女らしいと思い、書きました。

     この後…横島編でも書きますか?

    <柳野雫さん
     今まで意地張ってたぶん、殻がとてつもなく分厚いのでしょう。破りたくとも難しく、破れそうでもない。足踏みばかりしていては、前に進めないのですけどね。
     しっかりと向き合えば、美神も少しは素直になるのでは、と思っています。
     …ほんと、この後どうしよう…

    <梅松 桜さん
     時給は減給されてませんよ〜(汗) 流石にあれ以下にするほど美神も冷たくないでしょうし。いつまでたってもあのままだから、横島が離れてしまったんです。
     横島を心配する美智恵さんですが、美神のことも心配していたんではないでしょうか。それでないと、あそこまで言わないでしょうから…
    (2004.12.03 07:28)】
  5. 梅松 桜さんは作中で時給225円と原作1巻より安くなってたからそう書いてるのかと、ってことはあれは誤字ですか?報告しときます。

    しかし、このあとどうなったのか気になりますね〜。横島編って言うか、きちんと自分の道を進みはじめた横島と、停滞しちゃってる美神とか?
    どうなるんでしょうね〜?
    .(2004.12.03 09:24)】
  6. 横島が美神のとこにいなきゃいけない理由なんですけど、自分なりに一度考えて、出た結果にすごく納得できたものがあるんです。
    よくあるスレ系の横島がなんで守らなきゃいけないって言います。
    けど、男が女守るのは当たり前でしょう?
    これに至ったら全て納得できました。美神を守れん横島に何ができるって。誰かを守りたいゆーなら美神もまとめて守ってみせろ。
    九尾(2004.12.03 09:42)】
  7.  労働心理的にはモラールの低下により止めても仕方が無い環境ではあるねぇ・・・・・給料低い・キツイ・辛い・健康の低下・・・ですもんねぇ・・・・ただ・・・・それに勝る人間関係・達成感などがあるから働き続けられるって感じですからねぇ・・・・コノ横島は前者が勝っちゃったから転職って事になったんだろうけど・・・・(−−;;;;;

     最後に!この後、美神・おキヌちゃん・シロ・タマモの美神事務所のメンバーが動くのか、シロ・タマモ・おキヌちゃんの誰かか、全員が横島に着いて行くのか、横島を他の事務所が引きぬくのか、そのままGメンに入るのか気になりますねぇ・・・・
    D,(2004.12.03 11:35)】
  8. 感想・意見共々ありがとうございますー。

    <.さん
     ぐは!? な、情けない…そうです、誤字でした。申し訳ありません、修正しておきます。
     この後…本当にどうしようか悩んでおります。この話だけで終わりにするつもりだったので。

    <九尾さん
     必ずしも横島が美神の傍に居なければならない、というわけではないと思います。そして、男が女を守るのが当たり前、ということでもありません。
     美神が横島を必要としていて、横島がそれにうっすらと気付きかけていた、ただそれだけかと。横島が美神の傍に居ることが義務付けられているわけではありませんし。
     それに、離れてしまってから分かることもたくさんあると思います。
     このSSは、それを書いたものであることを分かっていただければ本望です。

    <D,さん
     元々、美神は労働基準法に違反して横島を雇っていたわけですから、辞めても仕方はない環境であることは間違いないと思います。
     横島がいつまでもこの事務所で働いていることを定めてしまったら、ストーリーも動きませんし。人間関係は悪くなくとも、生きていくにはきつい環境だから、横島は考えた末に事務所を辞めると言う決断を下したのかと。
     この後…な、悩みますねぇ、私も。あ、全員が横島についていくのは流石にないかと…書くの大変ですし(マテ)
     けれど、事務所のメンバーが何かしら動くことはまちがいなさそうですね。
    (2004.12.03 18:48)】
  9. 指摘された箇所を、修正しました。
    混乱を招き、申し訳ありませんでした。
    (2004.12.03 18:52)】

▲記事頭


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