病んだ心を持つ少年
第七話 凛
神城駿司が死んだ、それは明確にて確かなことだったろう、神城駿司は自から望んで死ぬことが判って零崎双識との殺し合いに応じたのだから。
死ぬのは前提だ。
死以外の結果はありえない。
神城駿司は死を望んで死合った。
自分が勝てる見込みなど微塵も持たず、ただ殺されることだけを望み、死のみを嘆願して。
結果は明白、死にたがりそして余命幾許も無い古狼が最凶の殺人鬼の相手になどなるものか、勝つつもりが無いのだから、勝てるわけが無い、戦いになるわけが無い。
今の彼ならば双識でなくても勝てたろう、彼は反撃すらしなかった。
回避すらしなかった、只死を受け入れた。
彼にとっては違いが無かったのだ。
どこかの森の中で一人ひっそりと死を待つのと、誰かに命を絶たれて野に晒されるのと。
何処にも違いは無かった。
死に場所を探して死を看取る相手さえいた彼は幸福だったのかどうかは本人にしかわからないだろうが、看取るのが殺人鬼だったとしても。
断言できることは一つ。
彼は間違いなくエゴイストだろう、不必要な悲しみを凛に押し付けたのだから。
必要な無い悲しみを与え永遠に去ったのだから、どこかで静かにくたばっていれば凛は気付かずに生きていたのだろうから、時たまふと思い出す程度の存在に成り果てることが出来たのだから。
余計な悲しみなど与えず、どこかの山か森の中で自分を悔いて無力を呪ってくたばればよかったのだ。
だが、それをしなかった。
死の前に凛の前に現れた駿司は只己の欲望に従い現れたのだろう、只自分の妹に、娘のような妹に己を焼き付けておきたかったのだろう。
それがたとえ悲しみの記憶になると判ってはいても、己を誰かの中に残したかった。
そして謝りたかった自分の無力、自分の罪悪を。
そんなものは胸にしまってくたばればよかったのに。
だから故に彼はエゴイスト。
エゴの果てから出た我が侭を死の淵で押さえられなかったのだから。
死を目前にして彼が最後にとった我が侭、誰にも責められない我が侭。
最後の最後で我が子に会いたいという親として最高の我が侭。
彼は凛の悲しみを判ってその最高の我が侭をやり通し、逝った。
零崎双識は己がマインドレンデルで止めを刺した戦士に何の感慨も持たず立ち去った、殺人鬼たる彼にとっては殺人など取るに足らない作業に過ぎないのだろうから。
罪悪など感じない、憐憫など感じない、愉悦も感じない、達成感も感じない。
彼等の殺人に理由は無い、今回は家族愛という理由があるが本来それ以外理由をもたない。
敵討ち、そういう名文での殺しであっても殺しに感慨など無いのだろう。
零崎にとって殺しは日常的で当たり前で普遍的だから、零崎は零崎だというだけで人を殺す、人殺しの鬼、零崎一賊。
躊躇い無く、偽りも無く、優しさも無く、厳しさも無く、戸惑いも無く、只人を殺す鬼。
殺意のみを有して人を殺す鬼。
其れが殺人鬼、零崎、零崎一賊。
全てを殺しつくす殺人鬼。
只、この一戦に限れば彼は異例なことを為している。
神城駿司の遺体が砂に成るのを看取ると彼は立ち去った。
彼にしては珍しく、自分を怨むであろう少女捨て置いて。
彼は“二十人目の地獄”その名の通り彼は一人殺せば恨みを買わぬように親類縁者皆殺し、二十人以上を殺すのだから、その彼が約定を守り凛を捨て置いた。
彼が凛を殺さなかった、それは彼の信条から外れる行い。
それが蒼崎橙子との約束か、古狼の意を汲んでかは本人にしか分かりようは無いのだが。
只、零崎において葬式は一番家族を大事にする零崎の長兄だった。
神城凛。
今日彼女は最後の家族を失った、幼い頃からの唯一の兄を、和樹とも違う沙弓とも違う師として兄として、時として親として接した狼は凛から永遠に離れた。
彼女の中に自身の父や母に対する情など残ってはいなかった、自身を殺し合いの野に放った両親、親族、一族など憎しみの対象でしかない。
死んだところで今更何の感慨も無い。
何の感情も沸き起こらない。
そんな存在はどうでもよかった、心底どうでもよかった。
彼女の心に残っていたのは神城駿司。
凛に悲しみを刻み込んだエゴイストの狼。
自身を無力と謗った最強の狼こそが彼女の和樹達以外に心赦せる他人。
どれだけ彼女が表面で彼を嫌おうと、彼女は彼を嫌い切れていなかった。
彼は厳しく、非情なほどに凛に接していたが、その優しさは伝わっていたから、異常な一族の中で厳しいながらも彼は凛を守っていたから。
凛は心のどこかでは幼い頃から守られていると察していたから。
そしてそんな数少ない人を失った、永遠に。
これで彼女には何も無い、和樹や沙弓と同じく互いしか何も無い。
帰る家も無ければ、家族も無い、師匠も無ければ兄弟もいない、お互いだけしか居ない。
絶対的孤独、絶対的共依存状態。
これで彼女は壊れるか、和樹と沙弓のいる側に完全に行ってしまうのか、狂気の渦巻く狂人の世界へと、彼女は未だその一歩手前にいるだけだけれど、その一歩を踏み出す状態は整った、整いはしたがそれを選択するのは誰でもない、彼女自身なのだろうけど。
彼女自身が選択することだ。
どちらにその身を染めるのか。
只和樹と同じ側、修羅、羅刹、狂人、鬼人、悪魔、死神等と呼ばれる人種だろう。
殺人鬼とは違うがやはりどうしようもない“悪”、どうしようもない“悪”党となる道だろう、其処に安寧はなく只殺伐とした日常が続くだけの日々が待ち受けているかもしれない。
踏み外した人間に普通の幸せを求めることは傲慢に過ぎるだろうから、我が侭に過ぎるだろうから、踏み外した瞬間に彼女は普遍的な幸せとはおさらばだろう。
其れが踏み外した代償だろう。
何も失わず、何も変わらず、何も苦しまず、自分の存在の在り方を変えるのは理不尽だ。
世の中何をおいても等価交換、得るものがあれば失う、其れが世界の法則にして真理。
全てを得ることは出来はしない、得れば失う、失えば得る。
選べば他の選択肢は潰える。
さて、彼女はどちらに向かうのか。
選択は少ないだろうけど、選ぶのは君だ、神城凛。
その夜、神城凛は一人泣いた、託された刀を二振り抱き締めて。
声を出さず、泣き明かした、壁にもたれ、声も出さず、只目から雫を流す、窓から見える月を眺めて、一晩中月が見えなくなるまで。
たった一人で涙を流し続けた。
皮肉かどうかは判らないが、只の偶然なのだろうが、その晩は満月だったのは狼にとって何かの弔いになったのだろうか、凛は円を描く月を眺めて恐らくはその日一晩は兄を感じて悲しんだ。
彼女はその晩に選んだのだろうか自分の在り方を。
翌日。
凛と和樹と沙弓は集まり、凛は沙弓と暮らすことになった、今まで住んでいた女子寮を離れ沙弓と同じ彩雲寮に。
元々が二人部屋、不都合は無いだろう、確かに男子寮に美少女二人が住むというのは問題だろうが、そんなものはどうとでもなる。
凛自身の荷物も少ないことからその日の内に。
沙弓も凛の状態を考えればそれに否は無い、元々が二人で暮らしてもいい関係だった
学校側もこの新たな女子の男子寮への居住は否を唱えなかった、彼等は学校側からそれだけの我が侭が赦される存在で、玖里子を通して行われたその申し込みは彼女が拒めなかったというのもあるのだろうが。
玖里子は完全に未知たる自分の知らない領域に存在する三人を恐れていたから、敵に回すなどもってのほか、自分が以前にしたことを考えれば、ご機嫌を取っておきたいぐらいの相手、玖里子は自身が尽力してその理不尽な申し出を通したともいえる。
まぁ、つまりはどうとでもなったのではなく、正確にはどうとでもしたという事か。
沙弓の部屋に住むようになった凛は以前と変わらなかった、表面上は。
深いところでは窺い知る事は出来ない、只、前より一層和樹を求め、和樹を守り、沙弓に縋り、自身を鍛えた。
何の為に鍛えたのだろう。
託された二刀を操るためか、確かに長大な打刀は凛の体に余る長さがあり、小太刀も扱うとなれば片手で其れを扱うことになる。
だが、人の限界まで鍛えられた凛に扱えないというほどではない、凛は既に二刀流を会得していたのだから。
慣れるのは時間が解決する問題だ。
何の為と問われたら、理由は無いと答えるしかない。
彼女は自分が何で鍛えているのか理解していなかったから。
不安か、恐れか、憤りか、寂しさか、何かの衝動に突き動かされたとしか言いようが無い。
恐らくは失うことに対する拒絶。
沙弓、和樹の愛する、文字通り二人共愛する二人を失わないためだろう。
本人はその理由さえ理解はしていなかったろうが、守りたいが為に鍛えていると。
もう、失うのは凛の本能が叫んでいた、もう誰かを失うならば自分は生きてはいけない。
その時は本当に壊れてしまうと。
其れは自己保存本能。
人間の本能が有する群体生物としての執着心。
全てを失いかけた人間の狂気を孕んだ独占欲。
歪な人の感情が起こさせる防衛衝動、防衛機制。
鍛えることにより力を求め、力を求めることで愛する人を守る、力を得て並ぶことが出来て愛される資格がある。
其れは彼女の思い込み、もし彼女が力を失くしても沙弓も和樹も凛を愛さないはずが無いだろう。
死を越え、家族を殺し、お互いだけで生きていた彼らが誰か一人を見捨てることが出来るはずが無い。
だが、力は与えてくれるだろう、奪われる壊される切り裂かれる恐怖を拭う為の暴力を。
自分を邪魔する、自分を否定する、自分を窮地に立たす状況を理不尽を人間を駆逐するだけの力を暴力は与えてくれる。
それに是非は無い。
只その選択は、修羅と化した和樹と変わることが無い。
力を求めるという事は、只単純に力を求めるという事は、狂わずには出来ないことなのだから、彼女の高みに上ってなお力を求めるという事は、狂うという事だよ。
そして狂えるほどに和樹を求めた、毎晩のように和樹に抱かれ、抱いた。
体を繋ぐことで失う恐怖を拭うように、肉欲に溺れることで寂しさを拭うように。
凛の小柄な体が男を毎晩受け入れ、沙弓がその体を刺激する。
男の精が放たれること充足感をかんじ、凛は満足し眠りにつく日も少なくは無かった。
また、前以上に凛は沙弓を姉と慕い、沙弓は妹として構った。
其れは偽りだろうとも仮初だろうとも。
彼女達三人が立った三人で生きて、たった三人の家族として生きていくのに。
最良の関係かどうかはわからない。
何処もかしこも壊れた彼等に最善は無く最良しかない。
何処もかしこも壊れた彼等に普遍も普通も当然の既に無い。
後書き。
完全シリアス調が最近続いています。
以前のギャグタッチの文章書いてた作者は何処に行ったんでしょうか自分でも不思議です。
次からはどうなるかは作者も未定ですと言うか決めかねています。
1.ベヒーモス編
2.戯言シリーズとクロス、戯言遣い登場、赤い請負人登場
3.空の境界、浅上藤乃ちゃん登場
4・メイド編突入
この四択から何か選んでいただけると幸いです、本当に助かります、感謝の極みです。
ではレス返しです。
>九尾様
双識はそこまでえげつなくない殺人鬼なんですがね。
多分その時のキャラは双識の弟“人間失格”“生粋の殺人鬼”零崎人識だと思います。
>D,様
駿司は確かにいい男です、凛に悲しみを与えたので最後のキーにもなっていることですし。
凛は本文の通りになってますし。
戦力的に一番アップしたのは多分沙弓ですね、魔眼の力の上昇ですから。
>ファルケ様
駿司は死ぬシーン自体は無いといっても言いぐらい少ないですね。
凛達の場合完成というよりは、崩壊とかそういう言葉のほうが近いような。
>沙耶様
その辺はリクエスト次第ですけど、好きなんですよね戯言シリーズ。
最新巻にて最終巻早くでないかなー。
>MAGIふぁ様
大体そんな感じですか、但し殺人鬼の殺人鬼、零崎人識に限りですが。
其処までの殺人鬼はいないので。
只、一応は目立たないように殺してますけど。