横島育成計画０９（ＧＳ）

「探さないでください
　そのうち帰ります　　　ただお」

翌朝、いつものように、忠夫を起こしにいったタマモが、
部屋の中に見つけたのが、こう書かれた紙切れだ。

忠夫のベッドには、白ウサギ・因幡が眠るだけだった。

昨日のがショックだったわけか。
確かに、ふさぎこんでたみたいだけど、
いきなり家出？

フォローが遅れたわね。

「はあ・・・」

窓を開ける。

符を一枚取り出して、
くにゃくにゃと、独特の紋様と文字を書く。
符にもいろいろ種類はあり、
今書いたのは、食用の符だ。

霊力や体力の補給にも符は使える。

書いたそれを、細かくちぎって、空に投げると、

ばさばさと、鳥が集まってくる。

鳥用の撒き餌か。

すずめ、むく、ひよ、ハト、カラス。
多種の鳥が集まってくる。

「忠夫を捜してちょうだい」

符を食べることで、一時的に眷属化した鳥たちに言う。

「見つけたら、視覚をリンクして。行きなさい」

　バサッ

いっせいに、四方に飛んでいく。

「まったく・・・」

とりあえず、家出はさせてやろう。

ひとりになる。
そういうことも、たまには必要だ。

ただ、危なくなったりしないように、見守っておこう。

うん。

人、それを覗き、あるいはストーカーという。

「あら？」

随分遠くまで、匂いが伝わりすぎたかしら。

野鳥の一団に遅れて、一羽飛んできた。
他よりも、さらに大きいそれは、

「白鷺？」

どっかの池から、飛んできたのかも。

大きいだけあって、霊格が高い。
符を食べたことで、一時的に霊力を持っているのだ。

しかし、不幸なことに、この家には、
霊力の匂いを嗅ぎわけ、
霊力が最近、大好物な生き物がいた。

　ぱくり

因幡だ。

タマモ、目が丸。

「っていうか、ウサギのくせに、その大きさでどうやって鷺を食べんのよ」

ころんとした白ウサギ因幡は、一頭身というか、
頭と体が一体化したようなまんまるな体型をしているが、
さすがに鷺が、口の中にはいるほどじゃないはずだ。
ないはずなのだが・・・？

バレーボールくらいの大きさのウサギの口から、
鷺の足だけがはみ出ている。

「吐き出しなさいよ」

その後、しばらくタマモと因幡の戦いは続いたが、
生憎、どちらが勝ったのかは、わからない。

奈良県、県境付近。

生駒山中、とある古びた寺院の境内に、

ひとりの少年がいた。

目下家出中の、横島忠夫である。

勢いで家出して、
そのままいつも修行に使っている神社近くの空き地、
つまり演習所に来ていたのだが、

知っている場所だと、
タマモ姉に見つかる可能性が高いと思い至り、
とぼとぼ歩いて、
山を越え、県境を越えたわけだ。

忠夫は目下、落ち込み中。

「このままじゃ、今のオレじゃ、タマモ姉を守られへん」

これが理由である。

修行を続けてきたのも、
強さを求めてきたのも、
すべてはタマモのためである。

「それでね、わたしは悪いことするつもりはないんだけどね、
　悪い妖怪だって決めつけられて退治されちゃうこともあるかも知れないの」

この言葉がそもそもの原因、ことの始まりである。

タマモ自身は、こんなことを言ったのを半ば忘れているが、
忠夫はこのとき決めたのだ。
タマモ姉はオレが守る、と。

命を助けてくれたタマモを、
大好きな姉を、
オレが守るんや、と決心したのだ。

だが、昨日、自分が役に立たないことを知ってしまった。

実際、役に立たないとか、弱いとか、そんなことは決してないのだが、
誰しも焦ってしまう時期はある。

なにより、自分を庇うように立つタマモの背中が忘れられない。
その映像は強烈だった。

そうなれば、あとは単純だ。

自分には決め手が足りない。

つまり必殺技がない。

よって特訓。

と、まあ、こんな思考の流れである。

守れなかった事実、弱い自分という現実から逃げ出す、
そんな後ろ向きな家出ではなく、
至極前向きな家出かも知れない。

弱い自分はそばにいてはならない、とかいう思考ではなく、
そばにいるために強くなるという、男の子らしい決意の表れだった。

霊圧を高め、
霊力を集中し、
霊波を収束する。

多少離れていても、一撃で倒しきる技が要る。

脳裏にあるのは、タマモの技だった。

火乃厳神霊

名の通り、炎と雷が融合したような技。

通常の霊波砲が、
水鉄砲だったり、ピッチング・マシンだったりするのに対し、
タマモ姉の技は、正しく鉄砲。
あるいは電磁銃（レールガン）と言ってしまってもいいだろう。

水鉄砲とピッチング・マシンの違いは、
霊力を固める位置、あるいは放出力の波のちがいだ。

水鉄砲は放出力は常に一定。
一点に一定時間ぶつけ続けることで、ダメージを与える。
いわば、収束した霊力を対象にぶつけることで固める。

ピッチング・マシンはあらかじめ固めた霊波弾を、
初速は強いがあとはただ押し流すような放出力で撃ち出す。

一方、タマモの技は、
火薬の爆発力に指向性を持たせ、
その勢いで、技を撃ち出す感じ。
速度と威力の桁が違った。

だからとにかく、
霊波弾を強く硬く、高圧縮し、
爆発的に撃ち出す工夫を探さなければならない。

そのために、忠夫は一生懸命に、
右腕を酷使していた。

だが、弾をテニスボールからボーリングの球くらいまで、
進化させたのは良いけれど、
重くなりすぎて撃ち出せないというジレンマに陥っているときだった。

「ハロ～、少年。こんな寂れたところで、なにしてるんっすか～？」

なんて、暢気な声が掛けられたのは。

「え、えっと・・・あ、あんたこそ、こんなとこでなにしとるんや？」

「悪魔を探してるんっすよ？」

修道女は答える。

そう、確かにその声の主、女性は修道女の格好をしていた。
女性というより、少女と言っても構わない。
高校生くらいの年頃。

黒い修道服、白い襟巻き。
銀のロザリオ、一枚布のフード。
そしてなぜか高さ一メートルほどの、重量感ある大きな十字架を背負っている。

「悪魔？」

「そうっすよ。
　異端審問で、日本に派遣された神父のひとりが、
悪魔一匹、連れ出したのは良いんすけどね、殺されちって、
その悪魔、逃げちゃったんすよ」

「えっと・・・」

「とりあえず、一平方キロの大きな結界内まで追い込んだんすっけど、
　山ん中だし、どこいるかなかなか見つかんないんっすよ」

困ったっすねえ、と頭をかく少女は、
もしやひとりで、悪魔とやらを捕まえに来たんだろうか。

「えっと、連れ出したって言ったけど、教会に悪魔がいるの？」

「そうっすよ。
　なんせ、異端審問と異教弾圧で屍山血河を築いてきた、
　最凶で最狂の世界宗教っすよ。
　悪魔の数十匹は飼ってますって」

　けらけらけら

「・・・・・・」

ほんとに修道女かよ・・・

「あ、申し遅れたっすね。
　ヴァチカンの修道女ジャンヌ＝ダークっす」

「ジャンヌ・ダルクじゃなくて？　っていうか、修道女なのに、ダーク？」

「世の闇を一身に背負って、信仰に身を捧げるって意味っすよ」

「おお、格好いい」

「そうっしょ？　シスター・ジャンヌで良いっすよ」

「あ、横島忠夫です」

しかし、結界内に他に人がいるとは思わなかったっすね、とこぼすジャンヌ。
人がいないところへ追い込み、弱らせながら、だんだんとテリトリを狭めて、
捕らえようという、わりと大雑把な策らしい。

「他に、誰かいないんですか、協力者？」

「それが、だーれも、わたしと組んでくんないんすよ。ひどいっしょ？」

そこで、ぺろりと唇を舐め、

「だから、少年。手伝ってくんさいね？」

「へ？」

「ひとりじゃ心細いんすよ」

そういって、にやにや笑う顔を見て、
どうして誰も組んでくれないのか、少しわかった気がした。
この人、危険っぽい。たしかにダークかも・・・

「いや、オレ、修行中で・・・」

「実戦に勝る修行はないっすよ」

「いや、でも・・・」

じりじりと退がり、腰の引けた忠夫。

ジャンヌは懐から、キリストが磔にされた十字架を取り出し、
忠夫に向けた。

「投影！」

「？」

次にナイフを取り出して、キリストを、

　グサッ

「痛ってー」

いきなり、忠夫の腰に痛みがはしる。

「今度はおでこを、ぐさり」

「痛て、痛た、痛いっちゅうねん！」

今度はおでこを押さえて、涙目の忠夫。

呪い人形か？
っていうか、聖職者がそんなもん使うなー！
と、言いたい。

「今度は首でもちょん切ってみるっすかね～」

「げ」

「ん？　手伝ってくれるっすか？」

「・・・是非、手伝わせてください」

キリストの首筋にあてられた刃を見て、忠夫は頭を下げるのだった。

　カァー

どこかでカラスが、一声鳴いた。

〔あとがき〕
オリキャラを出してしまいました。
書きたかったんです、なんとなく。
今回限りではなく、本章に入っても、たまに何度か登場してもらおうと、
野望を抱いたりしております。

そのためにも皆さんに気に入って頂けると良いな～。

次回はこの危ないシスターと、悪魔探しです。
お楽しみに♪

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