「わぁかった、分かったってば。分かったからそんなにせっつくなって」
「たまの休日くらい……」という言葉が聞こえてきそうな雰囲気を醸しだしながらも立ち上がる忠夫さん。彼の足元にはおチビちゃん達が『やっと動いてくれた、はやくはやく』と言った感じで戯れています。義父さん、義母さん。朝の麗らかな日差しの下、今日も今日とて我が家は平和です。
日々平穏
彼の足元で跳ね回っているおチビちゃん。可愛くて可愛くて、我が家の笑顔の源です。今、彼が抱き上げたのはミルちゃん。尻尾が振り千切れんばかりにブンブン振り回してます。周りは周りで、さらに『はやくはやく』と急かしていますね。
あ、ちょっと困った顔してます。どうやら、拗ねてしまった子がいるようで。あらあら。だから『パパさんは大変だから、気を付けてくださいね』ってあの子達を飼うと、決めた時に注意したのに。
………あの子達は、今はあんなにはしゃいで忠生さんを困らせてますけど、初めて会った時は、もうすぐ殺される所だったんです。というもの、どこでどう聞いたのか知らないのですけど、仕事から帰ってくるなり「犬飼っていい?」と訊かれたのが始まりでした。ちょっと話がずれましたね、忠夫さんが言うには「潰れるペットショップがあって、最後の最後まで売れなかったヤツラが、保健所に連れてかれるっていうんだよ。だからさ、とりあえず全部引き取って、友達とか知り合いとかに頼めないかなってさ。雪乃丞ん所は家がでけぇから、押し付けるのは決定として、他にも探さないといけないからさ」との事でした。
もっと分かりにくくなっちゃいましたね。えっと、纏めると、ペットショップが潰れるのに際して、最後の最後まで引き取り手がなかった子達が処分されるから引き取りたい。流石に全部は引き取れないから、友人知人に誰か引き取ってくれる人がいないかどうかあたって欲しい、と。それで、弓さんの所は忠夫さんが無理にでも、押し付ける、という事だったんです。
結果から言うと、弓さんの所は快く二匹ほど引き取ってくれました。弓さん曰く「命を無駄に終わらせるなんて、忍びないですから。それが幼い命ならなおさらです」との事でした。こういう優しいところは、流石は弓さんって思っちゃいます。
他に引き取ってくださったのは、隊長さん、冥子さん、唐巣神父そして、Dr,カオスさんが引き取ってくださいました。カオスさんに付いては、皆さん驚いていたのですが、「マリアが飼いたいと言って聞かんのでな。それに、バロンを思い出してな……」と言ってました。忠雄さんが何か思い出したような顔をしてましたが、引き取ってくださって、大事にしてくださるのなら問題はありませんから。
こうして、最後まで我が家に残ったミルちゃんとランディー君は無事に、と言うとちょっと可笑しいかもしれませんが、我が家に子供になったのです。
ちょっと不満を言うならば、仕事に忙しい忠夫さん――GSとして困った人を助けて回っているのでその事について、不満はありません――に代わって主に私が面倒を見ているのですが、それなのに! …………ふぅ。ちょっと落ち着きました。
え、えっとですね、懐いてるんです。ミルちゃんとランディー君。私よりも忠夫さんに。あ、笑わないでくださいよ!? だってなんとなく悔しいじゃないですか。あれだけ面倒みてるのに、と思うと。分かってはいるんですよ。
ええ。義母さんに言われましたものね。『子育ては親の義務。だから決して見返りや自分が思い描くような反応を期待してはいけないよ』って。
でも、ちょっと悔しいのには変わりはありません。でも、忠夫さんを見てると、なんかどうでもよくなっちゃったりもします。だって、忠夫さんを見てると、優しい気持ちになれるんですもの。
それにですね、この子たちを飼うと決めた時、ちょっとした事件があったんです。
まぁ、大体想像がついてるとは思うんですけど、シロちゃんが「先生っ!! 拙者を差し置いて犬を飼うつもりでござるかっ!? どうしてでござるかっ!」って大騒ぎしちゃったんです。忠夫さんが必死になって説得したんですけど、どうしても聞いてくれなくて。
結局私が笑顔で、
「シロちゃん、この子達が死ぬ事になるのは、シロちゃんにとっても本意じゃないでしょう? だから……………ね?」
と、説得してやっと分かってくれました。
ただその後暫くの間、中々忠夫さんが目を合わせてくれなかったのですが、なんなんでしょうか。
「…キヌ、おキヌ〜。おお〜い」
はっとして顔を上げると、忠夫さんが苦笑いしてました。
「手紙を書くのに集中するのもいいけど、周りが見えなくなるまで集中するなんて、何を書いてたの?」
私は急いで手紙を隠します。だって、恥ずかしいじゃないですか。
「え、えっと、それはまぁ、い、イロイロですよ。それよりもいいんですか? 子供達が玄関の方で『はやくはやく』って言ってるみたいですよ」
と、素早く話題を入れ替えます。それに玄関の方から足踏みの音が聞こえるのは本当ですから。
「わぁ〜ってるって、直ぐ行くからちょっと待てって。んじゃそういう事だから、行ってくるわ。芝生公園だから、一応携帯は持って行ってるから何かあったら電話ちょうだい」
そう言って忠夫さんは玄関の方に小走りに走っていきます。そんな旦那様の背中に向かって声をかけます。
「忠夫さん! 今日はお天気がいいから、後でお弁当を持っていきますね。外でピクニックといきましょう」
そう言って微笑みかけると、
「ああ。美味しいお弁当、期待して待ってるよ」
と笑いかけてくれました。
「いってきまーす」と忠夫さん達が出かけると、一気に家が静かになっちゃいました。
さてお掃除しなきゃ、とペンを置いて立ちます。掃除機は寝室のクローゼットに置いてあります。リビングを出て二階へ行きかけて思い出しました。ご飯は朝食べきったんでした。ご飯炊かないとお弁当が作れないですね。
炊飯ジャーをセットしてから家のお掃除を始めます。ご飯が炊きあがる前にさっさと済ませてしまって、手紙の続きを書かないといけませんから。手早く済ませちゃいます。
テーブルのイスを引いてテーブルの下を掃除機で掃除しちゃいます。テーブルの下って埃が溜まりやすいんですよねぇ。本当になんででしょうか。
掃除機をかける度に思います。今は便利になったなぁ、って。昔――って言っても私が姫様と同じ時を過ごした日々ですが――ははたきで叩いて箒で掃いて雑巾で拭き取る。これが掃除でしたから、本当に楽になったものです。今でも雑巾は偶にかけますけど。
さてと、お掃除も無事終わりました。家中ピッカピカ……とまではいきませんが、清潔には保たれてるはずです。予想以上に時間が掛かっちゃいましたから、手紙の続きを書くのは後回しです。お弁当の粗熱を冷ます間に書くことにしましょう。あ、ちょうど今ご飯が炊けたようですね。
「うぅ〜ん」
困りました。お弁当のおかずの定番といえば、玉子焼きにウインナー、唐揚げにミニトマトと決まっているんですが、鶏肉がありません。時間的に余裕があるので、手作りが好ましかったんですが……。
しょうがないですね……。
あ、あったあった。これをお皿に乗せてっと。
ガチャ。コン。ピッピ。ジ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。チーン。
ふぅ。今日はこれで我慢してもらいましょう。本当に今って便利ですね。
後は卵を割ってかき混ぜて、作り置きの特製おだしを混ぜ込んでっと。このおだしが美味しさの秘訣です。
「ふ〜ふふ〜ん」
鼻歌を歌いながら料理です。今は誰も家にいませんから、聞かれて恥ずかしい思いをする心配もありません。よって、気分の乗るままに歌っちゃいます。待ってて下さいね、美味し〜いお弁当を作って持っていきますから。
「これで、よし!」
おにぎりも詰め終わってお弁当の完成です。ちょっと楽しちゃいましたけど、それでも自信作……には程遠いかなぁ。一からの手作りお弁当は、またの機会に堪能してもらいましょう。家族の好みの味は知り尽くしていますから、その時こそほっぺたを落としちゃいます。
「ガスの元栓は締めたし、窓も閉めたし、洗濯物はベランダのひさしの下に移したから、これでOKっと」
ちょうどTVでサングラスの司会者が出てきてバックダンサーを背に歌いだす――最近は歌っていませんけど――頃、家を出て公園へ向かいます。公園へは歩いて十分程。でも今日はちょっと寄り道します。ポストに寄らないといけませんから。
「あら、横島さん。お出かけですか?」
近所に住んでいらっしゃる、杉山のおばあちゃんが話しかけてきてくれました。よく近所の商店街でお会いするおばあちゃんです。おばあちゃん曰く、「横島さんは若いのに私達と話を合わせてくれるから、話しやすいんですよ」とのこと。伊達に幽霊をやっていたわけじゃありませんから、おばあちゃん達よりも昔のことを知ってるだけなんですけどね。
「ええ、公園にいる主人達の所へ、お弁当を持っていく途中なんです。お天気もいいですから、公園でお昼を食べようと思いまして」
「おやまぁ、確かにいい天気ですから、それはさぞかし気分もいいでしょうねぇ。途中で引き止めちゃってごめんなさいね」
そう言って笑うおばあちゃん。陽だまりのような雰囲気を持つおばあちゃん。私もこんなおばあちゃんになれたらいいな、と思います。もちろん隣にいるのはおじいちゃんになった忠夫さんで、時々孫達が来てくれて、庭には犬を飼っていて…………。
「……それじゃぁ、横島さん。帰るときに家によってってね。芋蔓のお煮付けたくさん作っちゃったの」
「え、ええ。はい、是非寄らせていただきますね」
そう言っておばあちゃんとは、いったんお別れしました。ああ、恥ずかしい。一瞬自分だけの世界に入っちゃってました。
よし、今度こそポストに寄って手紙を投函しないと。……………どれくらい飛んでたのかなぁ、あぅ〜恥ずかしい。
そうそう、我が家はなんと一戸建てです。一応東京都ですし、都心まで電車で一時間以内で出れますから、結構いい立地です。そしてなによりいいのが、自然がまだ残っていますし、ご近所づきあいがあるという事です。
実家にいた頃は当たり前だったんですが、美神さんの所にきて住むようになってから改めて実感したんです。ご近所づきあいって暖かいものなんだなぁ、って。
あ、また話がずれちゃいました。ダメだなぁ。で、家ですけど、公園も近くにありますし、自然も多いですし、私は満足してる。という事です。
暖かい家族がいてくれますから。
これが一番です。
小さな坂を登りきると木々のトンネルで、そこを抜けると一面の芝生の広場。ここ、本当は西公園と言うらしいんですけど、この大芝生広場のせいで皆さんが『芝生公園』って呼んでいます。
秋口が近いせいか、それとも都心よりも山に近いせいでしょうか。頭上を覆う木々の枝葉が黄金色や鮮やかな紅に染まり初めている葉もあります。最近、夜も冷え込んでき始めましたから冬が近いのかもしれません。
ご近所さんとすれ違い、挨拶やちょっと世間話をしたりしてたら、あっと言う間に時間が過ぎてました。全身着ぐるみのライオンさんやサイコロを持った司会者が出てくる時間です。ちょっと遅くなっちゃいました。……お腹空かしてますよねぇ。急がないと。
芝生広場に着きました。あれれ? 見渡した感じでは、いませんねぇ。結構広いので、見えないところにいる可能性もありますけど。
「あら、横島さん。こんにちは」
振り返るとそこには新井さんご一家でした。優華ちゃんが旦那さんの背中で眠っています。遊びつかれちゃったのでしょうか。寝顔が可愛いです。
「こんにちは、新井さん。今日はご家族でお出かけですか?」
新井さんの奥さんは私のお友達です。とっても仲もいいんです。どれ位仲がいいかと言うと、偶にお互いの旦那の愚痴をこぼし合う位仲良しさんです。秘密ですよ?
「ええ、今日は天気も良かったので、家族で散歩がてら公園まで。優華もさっきまで、はしゃいでいたんですけど…」
そう言って優華ちゃんに目をやる新井さん。優しい目で優華ちゃんを見ています。
「なるほど、それで疲れて眠っちゃったんですね」
お互い微笑がこぼれてきちゃいます。子供の寝顔は可愛いですからね。
それではと挨拶をして分かれた後、公園の奥へと向かいます。実は優華ちゃん、さっきまで家のおチビちゃん達と遊んでいたとの事だったんです。聞いた場所へと向かいます。
…………モテる人って子供の頃からそうなんでしょうか。小学校の頃、忠夫さんも夏子さんと実は相思相愛だったってこの間銀一さんが言ってましたし……。まぁ、今の忠夫さんが浮気したら、ちょっと二人っきりでお話し合いですけどね。それにしても優華ちゃんの寝顔、可愛かったなぁ。うぅ、私も女の子が欲しくなっちゃいました。忠夫さんと相談しなきゃって、きゃ。
いろんな事を考えながら進んでいくと、広場の反対側のあたりまで来ました。この辺にいるらしいんですが。
あ、居ました居ました。今はキャッチボールしてますね。あらら、忠夫さんったら。強く投げるから、取れずに後ろに逸らしちゃったじゃないですか。遊びに関しては昔から手を抜かない人でしたからねぇ。
忠夫さん達から五十メートル程離れた場所にシートを敷いて座ります。此処なら忠夫さん達も直ぐに気が付いてくれるでしょう。
それにしても、お日様も綺麗に照ってますし、風も心地いいですね。
あ、気が付いてくれましたね。私も手を振って応えます。おチビちゃん達は私を目指してまっしぐらに進んできます。トップブリーダー推奨の品も目じゃありません。
私の方に一目散に駆け寄ってくるおチビちゃん達に、忠夫さんが苦笑いしてます。……ちょっといい気分です。
「ママー! ご飯―!」
ミルちゃんとランディー君も私の膝元で、ご飯をねだってます。
はいはい、それではお弁当にしましょうね。
追伸。
義父さん、義母さん。
天国のお父さん、お母さん。
キヌは今、家族に包まれてとても幸せです。
End.
あとがき。
おキヌちゃんで、夫婦。そしてほのぼのとした日常。というのが本作のテーマでした。すこしでも感じていただければ幸いです。
あとがきと書いてますが、以降は分かる方だけになります。ご了承くださいませ。
本作は以前書いた「三色団子」の中における「命」の補完というか、アフター的なお話になっています。時間軸が結構離れていますが、それはまぁそれという事で(汗)
「三色団子」から時間が経ちすぎ、という点についてですが、ただ単に書いた後投稿するの忘れてただけです(爆)
下のレスにも書いていますが、上記の「後書き」にて要らぬ誤解を生み、不快感を与えてしまい、すいませんでした。