横島育成計画０３（ＧＳ）

「風が気持ちいいわぁ」

肌を炙るような太陽の暑さを、
潮の香り運ぶ風が、癒していく。
波は穏やかで、青く深い色を湛える。

その日、タマモと忠夫の姿は船上にあった。

「タマモちゃんは、釣りは初めてかい？」

馴れ馴れしく、肩に腕を回しながら尋ねるのは、横島大樹。
タマモが世話になっている横島家の大黒柱だ。スケベだけど。

「ええ、初めてです」

「そうか、ならなおさら釣れると良いな。何しろ夕飯がかかっているからね」

週末をどう過ごそうか迷っていたタマモを、
釣りに行こうかと、大樹が誘ってくれ、
三人でこうして、和歌山県沖にやってきたのだ。

この時代、あるいはこの世界で、遠出は初めてだ。

忠夫も、自分の釣り竿を買ってもらい、大はしゃぎ。

話に聞いてたより、いいお父さんじゃない。

実際、話は面白いし、遊びを教えてくれるし、
不良中年っぽいところが渋くていい。
忠夫をからかったりはしているが、仲は良さそうだ。

「そろそろ、ポイントだな」

潮流がぶつかるあたりで、船が静かに錨を降ろす。

「釣れないわね」

「そう？」

二時間後、タマモは完全にむくれていた。
忠夫は小さいけれど、けっこうな数の魚を釣っていた。
大樹も大物を釣り上げたようで、
何のためかは知らないけど、釣った魚に墨を塗りたくっていた。

「釣れないわ」

「おかしいね？」

しかし、タマモの竿には、まったく魚がかからない。

「相性悪いのかしら」

初めての釣りで、自分だけ釣れないと、なんだか釣りが嫌いになりそうだ。
というか、もうなっている。

「晩ご飯の分は釣れたんだし、もう帰るか？」

そう、大樹が問いかけたとき、

「うわ、お、お、なんだ？」

忠夫の竿が大きくたわんだ。

「ぬりゃー」

今日一番の大物がかかったみたいだ、

が、

「ぐぐぐ、ぬぬぬ、ふんぬ」

忠夫には大きすぎる相手のようだ。

「なんだ、なんだ？　サメかクジラか？」

まさに人と魚の格闘だろうか。
じりじりと海に引き寄せられながらも、
同じくこちらも、ぐりぐりと巻き上げる。
顔を真っ赤にしての、真剣勝負だ。これぞ釣り。

「おんどりゃー！！」

リールを猛然と巻ながら、思い切りよく一気に釣り上げたのは、

「にーはお♪」

「に、にーはお？」

釣り糸につかまって、忠夫に微笑むのは、
上半身は麗しい女性、下半身は魚という体を持つ、

「半魚人？」

「人魚よ！」

だった。

「ふふふ、濃い魂の匂いがすると思ったら、こんな可愛い坊やとは。
　釣られた甲斐があったわ」

なまめかしく、唇を舐める。

「うふ、引きずり込んで食べちゃおかしら♪」

びくり、と忠夫が引きつる。
初めて見る生き物に、さして驚きもせず、興味深げに眺めていたが、
なんとなく、身の危険を感じだしたらしい。

だが、忠夫以上に激しく反応した者がいた。

それは、「美人な姉ちゃんに食べられるとは、羨ましい奴め」とか、
言っている大樹ではなく、すぐ隣で、

ビリビリと、怒りを放電するお姉様だった。

右手に、炎を宿した稲妻が、電撃を纏った火炎が召還されている。

「それは・・・」

不穏な空気に、初めてタマモの存在に気がついたらしき人魚が、
「女狐には用はないのよ」と口を開く前に、

「それは・・・」

その怒りは、はっきりと形を持って、人魚に向けてほとばしった。

「それは、わたしのだー！！」

バリバリバリバリッ＃

「ぴぎゃ～」

赫い雷に撃たれ、のたうちまわったあと、

　ぼきっ

釣り竿を折って、海へと逃げ込んだ。

あとに残ったのは、
肩で荒く息をするタマモと、
名残惜しそうに海面をのぞく大樹と、
そして、

「ふっふっふ、人の新品を折りくさりやがって！」

正当な、でもちょっと貧乏くさい怒りに燃える少年。

「逃がすかー！！」

右手に握る根元から折れた釣り竿に、ドクドクと霊力が注ぎ込まれる。
その霊力は、すぐに形を持って現れる。
ぐんぐんぐんと伸びるそれを、忠夫は上段に構えて、

「とりゃー！」

ブンッ

振った。

先端から、鋭く霊力の糸が飛ぶ。
返しのついた針が、はずれることなく、人魚を貫く。

それは正しく、釣り竿の形をしていた。
いつのまにか、リールまでもが霊力で具現されている。

「おんどりゃー！！」

糸は目に見えないほどに細い。
それでも、忠夫の霊力が通い、いくら、もがこうが切れることはない。
細部まで具現されたものは、そのままではもろい。
もろすぎるほどにもろいが、
絶えず、霊力を注ぎ込むことで、強度が維持される。

使うときだけ、霊力を籠めることで、霊力の節約になる。
それを理解した上での行為ならば、スキルが高いが、
多分これは怒りにまかせているだけだろう。
集中力が途切れれば、終わりだ。

まあ、何にしろ忠夫は、
暴れる人魚を、強引に、強引に、強引に、釣り上げる。

逃げることに体力を使い果たし、悄然とした様子で、
再び、目の高さまで引っ張り上げられた人魚に躍りかかったのは、

「船の上で、アバンチュールと洒落こみましょー、お嬢さん！」

バカ親父だった。

呆気にとられるタマモと忠夫。

呆気にとられるということは、集中が途切れるということで、
霊力の供給を失った竿は、
人魚と大樹、二人分の重みを支えられるほど、丈夫ではなかった。

　ぽきり

その結果、

　どぼん

仲良く、海中でアバンチュールと相成った。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

「ねえ、忠夫？」

「なに、タマモ姉？」

「なかったことにしない？」

「ええ考えやと思うよ」

夕焼けに見送られ、船は静かに、港に向かった。

大阪まで電車で帰り、駅からの家路。

得意気に、竿を振り回す忠夫。

霊力でつくられたそれを見ながら、
タマモは、そっとため息。

「本当に、こいつはスゴいんだか、なんなんだか」

長い霊力の棒。しかも伸縮自在。
手ではなく、使い手の意思で巻き上げるリール。
そして細い、細い霊糸。
どれひとつとっても、難易度が高いと思われるものを同時に具現。

要するに、霊波の凝縮と、
イメージの具現化においては、天才ってことなのだろう。

だが、その能力を真に活かすには、どうすればいいだろうか。

これからの、教育方針に頭を悩ますタマモの視線の先には、

自分がいかにすごいことをしたのか、
まるっきり気づかない暢気な忠夫。

その辺の浮遊霊を引っかけては、引き寄せて遊んでいる。

無意識のうちの霊力の供給。
実体のない幽体への干渉。
霊糸の方向性のコントロール。
滞りないイメージと霊力の流れ。

気軽なそぶりで、どれだけ高等なことをしているのか、本人は知るまい。

「栄光を釣り上げる竿。ロッド・オブ・グローリーや」

「あんたね、そのネーミング・センス、いい加減にしなさいよ」

「え？　変か？　タマモ姉が言うんなら変えるけど・・・
　じゃ、とりあえず、ロッド・オブ・グローリー（仮）」

がくり。
肩が落ち、
かくん。
膝が折れる。

まあ、子供だし・・・とか言えないのよね。
横島は結局、年取っても、あのまんまなのよ。
なにせ住居は「栄光の里」だ。

こういったところも、直した方が良いんだろうか。

「そや。他の人にはこの竿、見えへんのやから、スカートめくりたい放題や！！」

「やめんか！」

ボッ

狐火

なんとなくだが、ポジション美神。

「能力の高低はともかく、スケベなのは確かね」

女性を見たら即飛びつく、なんてことはしないぶん、まだ、子供っぽいけど。
このままでは、いずれそうなっても、おかしくない。
なにせ、さっき血のつながった見本がいたし・・・。

ちなみに、その見本は今頃浜辺でナンパでもしているだろう。

胸の前で拳を固め、

育成計画をさらに厳しいものにしようと決意するタマモ姉であった。

追記

その晩、海鮮料理の数々は、
百合子とタマモと忠夫、そしてなぜか雑食の白ウサギ因幡で完食。

大樹は一週間、家に入れてもらえなかったらしい。

「忠夫は絶対スケベな大人にはしないわ」
「あの人（夫）のスケベも矯正して欲しいんだけどね、タマモちゃん？」
「無理よ、手遅れ」
「やっぱり？」

実に温かな家庭である。

〔あとがき〕
とある休日のお話です。
とうぶんは、忠夫の能力に関する話が多くなりそうですが、
ストーリーの方も、おもしろくできたらと思っています。

ますます加速する育成計画。
次回はついに、あの文珠に挑戦か！！
お楽しみに♪

ところで、頂いたコメントには、できうる限り丁寧に答えたいのですが、
あまり、スペースを取るのも、好ましくないかなと思っています。
よって、ひとりにつき一言二言、と考えているのですが、
レス返しは、レスとして、皆様のレスの続きに、書くのと、
次話のあとがきの後に付けるのと、どちらがいいですか？

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