▽レス始▼レス末
「横島育成計画01(GS)」ひかる (2004.11.01 07:10)



雨が降っていた。
無遠慮に、無秩序に、ただ激しく雨が降っていた。

暗雲の下、灰色に閉ざされた世界。

立ち並ぶ墓石の間に、ひとり。妙齢の女性がたたずんでいた。

幾房に束ねられた金色の髪が、豊かに流れ、
緑の宝玉がいくつも連なった首飾りをしている。

ひとつの墓石を前にして、傘をさすこともせず、
祈ることも願うこともなく、濡れるだけ。

『横島夫妻之墓』

人界・神界・魔界の橋渡しとして貢献した偉人であり、
親を亡くした子、
身寄りのない老人、
行き場のない妖怪などの居場所をつくるため、
「栄光の里」と呼ばれる小さな街を築いた偉人。

しかし、今は故人にすぎない。

いくら強かろうが、所詮は人の身。
大往生と言っても良い、長い人生ではあった。
だが、
それでも彼が死んだという事実が、未だ信じ切れないでいた。
常に共にあれるとそう思っていた。





「ふ・・・バカね・・・」

わたしは妖狐、あいつは人間。
わかっていたことじゃない。
それなのに、なぜいつまで一緒だと思っていたのだろう。

「未練かな」

まだ、知り合いは多く生きている。
人狼やダンピールなどの、人にあらざる知り合いも、
親しかった者たちの血を継ぐ子供たちも。

「それでも・・・」

自分の居場所がそこにあるとは思えなかった。

栄光の里で、自分も長く暮らしてきた。
でも、それが家族だとは、仲間だとはどうしても納得できない。

「殺生石の中ででも、しばらく眠っちゃおうかな・・・」

それは逃避かも知れない。
現実から背を向け逃げ出すことかも知れない。
今生きている者たちのほとんどと、
もう会わない、ということでもある。

数十年後、数百年後に目覚めても、
自分がひとりというのは変わらない。

それでも、今この時代で、生きていくよりはましなような気がした。

「ちょっとは、面白い時代に目が覚めると良いわね・・・」

墓石に背を向け、静かにそこを後にする。

 またな・・・

そう聞こえた気がして、涙がこぼれた。







横島育成計画







「ここ、どこよ?」


目覚めたら知らない街にいた。

人通りが異常に多い都会の町中、
しかし、どこか歴史の古さを感じさせるような温かな雰囲気。

波のように押し寄せる人の群れに踏まれないよう、
慌てて端による。

「って・・・狐形態?」

人ではなく、狐の姿をしていることに気づいた。
それに、無意識のうちに人に姿を見られないよう幻術も使っているみたい。

どういうことかしらね。

周りの人の独特の話し方で地域はわかる。
関西だ。
多分、大阪。

とりあえず、歩き回ってみる。

歩きながら、頭の中を整理する。
一体全体、なんだっていうのだ、この事態は?

「殺生石の中で寝てたはずなのよね〜」

それが気づけば、なにわの繁華街。
とりあえず、原因を見つけたら、そいつぶん殴ってやる。
決定事項ね。


妖力は眠りにつく前の半分もない。
まあ、それでも、初めて目覚めたとき、横島と出会った頃よりは断然多いのだが。

あ、横島で思い出した。
贈られた文珠の首飾りを、そっと確かめてみる。

「なんとな〜く、数が足りない気がするわ」

ッてことは、これのせいなのかしら?
だとすれば・・・・・・、

「死んだやつ、どう殴ろうかしら?」

結局わたしは、あいつに振り回される運命にあるのだろうか?







ん?

商店街を抜けたところで、不意に、なにか霊感に訴えるものを感じた。
これはそう、


あぶらあげ・・・


・・・じゃないけど、なんか本能的に欲しくなるようなもの?

いや、懐かしいといった方が良い。

鼻先を上に向けて、くんくん、してみる。



「なんか、すんごく懐かしい匂いだわ」



考える前に、足が勝手に動き出す。
匂いの主に、一目散に駆ける。
なぜ、自分がここのいるのか。
その答えが、この先にあるような気がして。




大通りを駆け抜けて、繁華街から住宅街へと続く街路。
車を追い越すような勢いで、交差点へ。



「いた!」

横断歩道を渡る中学生くらいの男の子。
あれが匂いの主。

でも、交差点に突っ込んでいくのはわたしだけじゃなくて、

キキーーー!

周囲の確認もせずに曲がってきたトラック。

立ちすくむ少年。
ブレーキを踏む運転手。
止まらない車。

周りの視線が一点に集まり、誰もがその後の悲劇を予感する。
瞬間。


 どん


急に現れたキツネが、少年に飛びつき、押し倒し、転がり、


 ズドン ガシャン


今まで少年が立っていた地点を通り、そのまま塀に衝突する。

人が集まり、
騒ぎ出す中、
トラックの車体で人の視界から隔てられた、その向こうで・・・




「痛たたた、痛ぇー。死ぬかと思った」

打った背中を痛そうにさする、起きあがった少年。
腹の上には丸まったキツネ。

「えっと・・・キツネさんが助けてくれたんか?」

丸まったキツネは、動かない。

「キツネさん? キツネさんっ!」

怪我をしたのだろうか?
打ち所が悪かったのだろうか。
命の恩人を心配して、必死に少年が呼びかける中、

当のキツネは、



(ああ〜、なんか懐かしい匂いだわ、ほんと・・・)



・・・なごんでいた。



これがキツネと少年のファースト・コンタクトである。









「あら、起きた?」

むくりと身を起こすと、どこかであった気がしないでもない女性がのぞき込んでいた。

「あなたがうちの子、助けてくれたんですってね」

畳に敷かれた座布団の上で丸まっていた様子。

「本当に感謝してるわ。といっても通じないわよね」




ここはどこかとか、
あんたは誰だ、とか、
あの後いったいどうなったんだっけ、とか、
気になることは多々あったが、

「キツネがお揚げ食べるって本当かしら?」

はむ

「あら?」

むしゃむしゃむしゃ


ひさしぶりの、あぶらあげを食べることこそ、
他のなによりも優先事項だった。






「えっと・・・はじめまして」

「・・・・・・」


いただいたお揚げを残さず平らげ、
追加された分も、ありがたくいただき、


ぽふん、と人の姿に変わっての第一声である。
高校生くらいかしら。
妖力が落ちたせいか、姿も幼いものになっている。


「あなた、今のキツネ・・・よね?」

「はい。あぶらあげ、ありがとうございました」

「こっちこそ、息子を助けてくれたみたいで、ありがとう」


そういって、頭を下げるこの人は、良くできた人だと思う。
わたしが何者かとか、そんなことよりも礼節が先。
珍しいタイプだ。


「あの子、大丈夫でしたか? 押し倒しちゃったんだけど」

「ええ、お尻と背中打っただけですんだわ。あなたのおかげ」


まだ若いそのお母さんは、ひとしきり感謝を述べた後、
おずおずと、わたしのことを聞いてきた。

「わたしはタマモっていいます。
あるGSの老夫婦にお世話になっていたんですけど、
 亡くなってしまったので、ひとりで旅をしてたんです」

と、いうことにしてみた。

だって、どういう状況か、自分でもわからないんだもん。

GSがどんなものかとか、
わたしがなんなのかとか、一通り話を聞いた後、
おもむろにお母さんはのたまった。

「あなた、うちの娘にならない?」

は?

「もちろん、あなたが良ければなんだけどね」

確かに現時点では、住むところもお金もないのだけれど・・・

妖怪ではあるけれど、
狐として、野生として生きるのをわたしは好まない。
人の中で生きることに向いた種族なのだし。

「主人も娘が欲しいといってたし、忠夫も喜ぶわ」

「でも、ご迷惑になるでしょ? そもそも、わたし妖狐だし、って・・・
・・・今。忠夫って・・・」

「ああ、息子よ。そういえばわたしも名乗ってなかったわよね、ごめんなさい。
 横島百合子よ。よろしくね?」

これは運命?
誰かの悪戯?
素敵な幻?
泡沫の悪夢?

ふと横を見れば、たたまれた新聞。
とっくに過ぎ去った年。
というか、その頃わたしはまだ寝てたはず・・・転生前。

よくできた夢よね・・・



高ぶる心を静めようとするけど、うまくいかない。
深く息を吸い込み、静かに吐く。

 とてとてとて、どたどたどた

足音が近づいてくる。
部屋の扉に目を向けると、


 バタンッ!



「キツネさん、目ぇ覚めたか〜?」

わたしが助けた少年が、部屋に飛び込んできて、

「ぶっ」

なぜか鼻を押さえてうずくまった。




「・・・・・・?」

この子は本当に横島なのだろうか。
わたしの知っている彼なのだろうか。
だとしても、わたしのことを知るはずがない。
わたしは、どうすれば・・・

「タマモちゃん。あなた裸よ」

「・・・・・・」


一瞬、思考が止まる。






一瞬だけだった。


「人の裸、勝手に見てるんじゃないわよ!」

「み、見てへん、見てへん」

「思いっきり見てたじゃないのよ!」


なにをどうするか、これからどうなるか。
まだ、全然わからないけど、とりあえず・・・
とりあえず、とっちめることにした。


「見てえへんってば」

「じゃあ、なんで鼻血出てんのよ」

「出てへんもん」

鼻を押さえていた手を離す。
こちらを見つめてくるその顔は、確かに知っている彼によく似ている気がした。
小さい頃は、ずいぶんと可愛い顔してんのね。

ツーーー

流れる鼻血。

「・・・・・・#」

「・・・・・・(汗)」

「出てんじゃないのよ! 見てんじゃないのよ!」

「堪忍や〜」


座布団丸めて、ぽかぽか殴る。
このスケベ。
間違いなく横島だわ。

これから、どうなるのか、期待に胸を膨らませる。
とりあえず、ここにご厄介になろう。
横島タマモ。
昔、名乗りたくて、ついに名乗れなかった名前になるのだろうか。
いや、とりあえず、前みたいに葛葉タマモと名乗っておこうか。

ぽかぽかと殴りながらその顔は、とても嬉しそうに微笑んでいた。



「あらあら、仲良いわね」



これが、キツネと少年のセカンド・コンタクトである。






〔あとがき〕
てへ♪ 書いちゃいました。
こんなことしちょる場合やなかと!
と自分で突っ込みたいくらい、忙しいはずなのですが、
どうしても書きたくなったので、書いてみました。

タマモ逆行物です。
原作本編開始前までの忠夫少年編を、二十作ほど書きたいな、と思っています。
その後できれば、本編突入。と画策中。
ここで、皆さんにいろいろと意見をいただき、修正して、修行して、
ゆくゆくは、メインの方にも投稿できたら、と思っています。

皆様、はじめまして。
そして、これから、どうぞよろしく。


△記事頭
  1. 誤字報告
    >それなのに、なぜいつまで「」一緒だと思っていたのだろう。

    >なぜ、自分がここ「の」いるのか。
    レイトニングサン(2004.11.01 19:54)】

▲記事頭


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