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「異世界の魔王(GS)」zokuto (2004.10.23 13:14)


 今日も、なんにも無かった。

 ただ、理由も無く通い、理由も無くその疎ましく思える人の声を聞き、理由も無くコンビニのアルバイトをし、理由も無く帰宅した。

 今の俺の状態は、理由も無く生きているだけ、と誰の口からも言えるだろう。

 とってもツマラナイ、ツマラナイ。

 あまりのつまらなさにテレビをつけてみる。

 映りは悪い。


 時折画面がぶれ、何が映っているのかまったくわからないときがしばしばあるそれを、じっと見つめつづけていた。


 何を言っているのかわからない。

 なんらかのバラエティー番組だと思うのだが、右の耳から入った途端左の耳に抜けてしまうようだ。

 聴覚では情報を得られることはできなさそうなので、目で映像を受け取ることにしてみる。

 番組は、どうやら心霊現象特集の企画をしているようだった。

 見た事のある芸能人が、不可思議な所に映る顔のような染みを見て大袈裟に驚いていた。


 馬鹿馬鹿しい。

 この世に幽霊なんているものか。

 人間、死んだらそれっきりだ。

 そう、それっきり。

 何も見えない、何も聞こえない、何も出来ない……闇が広が……いや、闇さえもない無のみだ。

 何事も、人生でさえも一寸先は闇というわけだ。


 くだらない。

 そう思い、テレビに手を伸ばし電源を切る。

 そして、そのまま煎餅のように平べったくなった布団に入り、目を瞑る。


 やれやれ、今日も無駄な一日だった。

 横島大樹と横島百合子との息子として産まれ、今を生きる横島忠夫、17才。

 特技無し、能力無し、やる気なし、で無為に日々を過ごし、非生産的な毎日を過ごしている。

 それだけでいいじゃないか、どうせ他の誰でもない、俺なのだから。




 ……数分後。

 ヤケに寝苦しく、水道水の一杯でも飲もうかと思って、上半身を起こす。

 すると、さっき消したはずのテレビが消す前と同じ番組を流しているのに気付いた。

 消し忘れたわけではない。

 布団の位置から、俺が何かの拍子に電源に触ったということも考えられない。

 それじゃあ、一体どうして……


 テレビは、もう心霊写真を紹介するのを止め、体験談を再現したVTRを画面に写していた。

 ……音は不自然に無い。

 頭をかしげながら上半身を伸ばし、電源に触れてほんのすこし指先に力を込める。

 カチャリという音と共に、電源がOFFになった。

 ただ、不思議な事に電源を落としてもモニターはその光を止めようとはしない。

「故障か?」

 不意に言葉に出してみた単語が、一番しっくりくる解答だった。

 まぁいい。

 どうせあんまりテレビを見るたちでもなかったし、この際捨ててしまおう。

 そう思って、電源コードを引っこ抜く。

 だが、それでもこの頑固なテレビは心霊番組を止めようとはしなかった。

「……電磁波?」

 今度は、外れっぽかった。

 電源コードを抜いたままモニターが付くテレビとは中々聞いた事がない。

 携帯テレビは例外だが、ここにあるテレビは普通のテレビである。

 原因をなんとか考え出してみる。


 ……結果。

「まあいいか、電気代が浮くし。 ほっておこうか」

 保留ということになった。

 別に迷惑はかけないし、放置していても困るものではあるまい。

 捨てるのはどうせ明日だし、今動かすのも面倒だった。


 水を飲むのも忘れ、再び布団の中に潜り込む。

 そして、背をテレビに向けた瞬間、それはきた。

 突き刺さる、呆れかえるほど膨大なプレッシャー。

 心臓が通常では有り得ない……というかどんな人間でもここまでの早さで動いた事はないだろう、と思えるほど胸が張り裂けそうになる。

 口の中は唾が全て干上がり、逆に肌からは物凄い量で溢れる冷や汗が出てくる。

 一瞬、そのときは俺は死んだのかという考えに追われた。

 途方にくれるほど鋭利なナイフで心臓を一突き、馬鹿と何かが総動員した大きさの銃火器で延髄を含む頭部を弾かれたのかと思った。


 それほどにも、俺を襲い、俺の心を縛り付け恐怖を使ってもてあそんでいる『それ』は数多く、また強大だったのだ。


 指先がほんの少し動かせる程度……そんなわけはない。

 俺は、俺の心臓から、指先、髪の毛一本、まぶたや眼球でさえも自分で動かせるような状態ではなかった。

 全ては、テレビから伸びた見えない氷の手のせい。

 ヤツは、物理的にではなく、精神的に俺を雁字搦めにし、実に効率のよい捕縛に成功したのだ。


 一体何がどうなってこんなことになってしまったのか。

 答えを知るためには、後ろを振り返らなければならない。

 だが、そんなことが出来るくらいなら、今すぐにでも日本から飛び出してこの恐怖から逃げ出しているだろう。


 それが、きっかり2秒続いた。

 勿論、時間という万物の判断基準としての2秒のことだ。

 俺の身体的時間は、おおよそ二十世紀ほどの時間をその2秒で感じていた。


 ……ここまで産まれてこなければ良かった、と思った事はない。

 多分、これからも無いだろう。


 幸運にも、なんとか正気を保つことが出来た。

 無論、そのことは『取り乱すことが無かった』という意味ではなく『精神が崩壊しなかった』という意味である。

 当然、何も考えず裸足でその場から逃げ出したかった。

 だが、体が勝手に……俺の一番したくないことをしはじめたのだ。

 背中に力が入り、ゆっくりと背後の受像機に体を向ける。

 勿論、見たくも無いものが目に入ってきて。


 テレビ画面はさきほどの心霊番組のままだった。

 ……しかし、どこかおかしい。

 相変わらず音は消えている。

 場面はナレーターがゲストの話しを聞いているシーンだったのだが、なんらかの違和感が。

 セットとして作られた背景にある滝のようなものが、その違和感がなんであるかを教えてくれた。

 ほんのそうめんのような細い滝が何本も滴り落ちているだけなのだが、それが……全く奇妙な事に。

「み、水が、下から上へ……と」

 まるでまき戻し再生をしているかのように。

 そのことに気付いた瞬間、いきなりテレビが奇妙なわめき声を立て始めた。

 高く低く、耳に障る音。

 ほんの少しの間だが、緩んでいた緊張が再び体の心へと舞い戻る。


 それは、本来正常に流れるべき音の巻き戻されたものだった。



 狂っている!



 テレビが狂っているのか、世界が狂っているのか、はたまた俺が狂っているのか。

 何が狂っているのかわからない、だが確実に何かが狂っている!

 テレビの画面に不意に文字が現れる……左右が反転して。

 よく気をつけて見てみると、ナレーターの立ち位置も、ゲストの座っている席も、はたまた観客もさっきとは左右が反対。


 気違いテレビは、恐怖の種を俺の心に植えつけ、おまけで肥料を撒いたうえ、丁寧にそれを木にして果物を実らせていったのだった。


 このマッドな状況に、俺はどうすればいいのか。

 まったくわからない。

 脳はとっくにこの理解不能な出来事に対してオーバーヒートし、襲いかかってくるものに対してロクな抵抗もせずに降伏し、それに蹂躙されるがままにしている。

 頭が割れそうだ。

 様々な事柄が頭の中によぎっては消え、消えてはよぎり、馬鹿なネズミのように右往左往している。

「物事の簡略化を図ってみたらどうかね? 十で処理できぬとも、一に分ければ理解するのも可能かもしれんぞ」

 なるほど、妙案だ。

 早速試してみよう。




1.テレビが電源コードを引っこ抜いているのに映る。

  しかも左右反転、巻き戻しで。


 A.わけわからん。


2.なんらかの重圧。


 A.意味不明


3.体が勝手に動く。


 A.知らねーよ、そんなもん。


4.今、声をかけたのは誰?


 A.……誰?



「お初にお目に掛かる。 もっとも、私にとってはこれが初めてではないのだがな」

 ギョッとした。

 古いスピーカー特有の篭った声で、また中世の貴族の発する尊厳そうな声が、突然俺の耳元に入ったからだ。

「返事は結構。 返って来ないことはわかっている、期待してもいないしな。 久し振りだな、横島よ。 私はアシュタロスと呼ばれる者、死に拒絶され、宇宙に拒否され、世界を追放され新たな世界に送られた愚かな悪魔。 この、神も悪魔も、果てや妖怪や霊の存在すらない世界にな」

 その、存在がどこにいるかわかった。

 テレビだ。

 あのキチガイテレビの中にいる。

 心霊番組の中のゲストとして、またナレーターとして、更には観客として。

 気取った服に身を包み、紫がかった長髪が背中までのび、両肘をつき、にやにや笑みを浮かべ、こちらを見てくる無数の『ソレ』

 自らをアシュタロスと名乗る、『ソレ』

「我が子よ。 ここは魂すらも存在し得ない世界。 よって、お前はただの科学反応の為、呼吸をし、物を考え、生きている肉塊にすぎない。 だが、私は受け入れようぞ」

 何を言っているのか、俺には理解できない。

 ただ、ヤバイと心の中で思うだけ。

 結局は、危険だと思ってもどうしようもならない、という事実だけ。

「第六感を使わず……いや、第六感を他の感覚の錯覚により感知し、それを鵜のみにする馬鹿ども。 その世界だ、笑えるじゃないか」

「あまたある世界の中でも、ここほど偏った世界はそうそうあるものではない。 無論、私が一番送られたくない世界だが」

「せせこましい最高指導者どもが、私を永遠の牢獄に捕らえるために、この世界へと送った」

「確かに、この世界の定義では私の力を格段と落ち込む」

「有無を言わせずに」

「それがこの世界の掟。 その中にいるものはその掟に従わねばならぬ」

「だが、私は諦めぬ」

「絶対にな」

 順繰りに言い放つ男達。

 もはや、俺の精神は崩壊まであと一歩の地点に辿りついたようだ。

 これまで、かなりの駆け足で進んできたが、もうそろそろ終わる。


 だが、人間、中々上手く狂えないようだった。

 なんといっても、今までの恐怖がまるで冗談に見えるかのようなおぞましき情景を目にして尚、恐怖を感知できたからだ。


「ここは少し狭い……君の部屋にお邪魔するよ」

 テレビのモニターが水面のように揺れ、中から……蠢く。

「改めまして、こんばんは。 そして初めまして、向こうの世界の君には良く世話になったよ。 娘を二人も取られ、長年思い描いてきた素晴らしい結末のキャンパスを真っ黒に塗りつぶした挙句、滅茶苦茶に引き裂いて土足でその上で幸せを噛み締めてもらったのだから、死んでも忘れないよ」

 ゾッとする……笑み。

 狂気が支配するこの部屋。

 少なくとも、数時間前には普通の部屋であったのに……

「……君ではないが、君だ。 責任をとってもらおう」





 男は、そっと膝を折り、手を地面につけ……















































「居候させてください」



 平伏した。










     終わる。







△記事頭
  1. ・・・・・・・・・・・おい(・・;
    あの無意味にクトゥルー系なプレッシャー与えといて

    「居候させてください」

    は無いだろ?
    今まで見たアシュ様でイッチャン情けないんじゃ(汗
    皇 翠輝(2004.10.23 13:50)】
  2. 「壊れ」るなら文珠ハリセン一発の後、家屋崩壊が待っているような(^^;)
    C.ブラウン(2004.10.23 13:50)】
  3. どこの誰が「幸せ噛み締めた」って?お前こそ責任とらんかクソ魔神ーー!!!
    ここの世界なら全然茶番でもないし悪役やることもないじゃん!望み叶ってるじゃん!一人だけ幸せになってんじゃねーーー!!

    あ〜もう。あいつはなんだってこうもったいつけるのが好きなのやら。びびって損したわ。
    九尾(2004.10.23 15:02)】
  4. …ツッコミどころ満載ですな。
    しかしこの世界横島が何故こんなにも無気力なのか。
    アシュの情けなさは置いといて、続いても面白いかも。
    ヴァーツラフ(2004.10.23 15:58)】
  5. 居候かい!!凄い責任の取らせ方だ(笑)
    最後の一言だけで、今までのシリアス感が全て吹き飛びました
    朧霞(2004.10.23 16:58)】
  6. なぜだかひたすらに続きが見たくなりました。
    イカト(2004.10.23 17:26)】
  7. いや、なんかマジでこの続きが気になります。
    この世界の他のキャラとかも。
    アスタロト(2004.10.23 17:35)】
  8. 霊能の無い世界の横島君ならこんなものかもね、横島君の凄さが発揮されたの霊能関係ばかりだったし。
    まぁ、経営手腕ならあるはずですけど、普通の高校生は経営する機会無いし。
    それにしても、アシュは情け無いですねぇ。責任の取らせ方が居候とは、魔神の一柱とはとても思えないです。
    この世界の横島宅に居候して、アシュがどうやって生きていくのか気になります。
    ぴええる(2004.10.23 18:20)】
  9. ・・・今までで一番呆れ、吹き出しました・・・・・、
    一体アシュに何があったのか・・・、、、、、、

    気になります!
    凪風(2004.10.23 19:49)】
  10. はじめまして、yokelと申します。

    手を床につけて間があけばそりゃあ頭も下げるだろうとは思いましたが・・・

    >「居候させてください」

    ・・・・時が止まりました。
    台詞、はまりすぎです。m(__)m
    yokel(2004.10.23 20:57)】
  11. なんか、この後フツーに横島の代理でバイトしてそうだw
    そしてある日横島がTV見てたらフツーにタレントとしてTV出演してたりw
    MAGIふぁ(2004.10.23 22:38)】
  12. シリアスで…ほんのりダークな雰囲気…が!

    >「居候させてください」

    その一言で跡形も無くキレイに吹っ飛びましたな。
    何の心構えもしてなかったので、モロに喰らっちゃいました(笑
    やられたー…という感じです。
    偽バルタン(2004.10.24 00:17)】
  13. どっせい!!!!  ゴガッ
    ………あっ、すいません。シリアスモードの自分の頭を壁に叩きつけただけですから。
    いい感じの期待の裏切りされました。ごっつぁんです。
    水カラス(2004.10.24 01:35)】
  14. ぶははははははははははははははははh(以下数千行繰り返し)はははぁっ!!
    いやー、久しぶりに大笑いしたオチでしたw
    nao(2004.10.24 03:32)】
  15. ・・何やっとんねんこの魔神(爆)しかしこの居候のせいでここの無気力そうな横島くんが何かしら変わりそうな気もしますな。
    柳野雫(2004.10.24 04:07)】
  16. ・・・あのシリアス風味は一体どこに?
    「居候させてください」の一言が全てを吹き飛ばしましたねえ。
    てか、激しく続きが気になります。
    砂糖(2004.10.24 04:15)】
  17. ・・・・いや、まぁ壊れまくりですなアシュ様。
    命令形でなくて丁寧に「居候させてください」てのがまた。
    無貌の仮面(2004.10.24 11:51)】
  18. 相も変わらず素晴らしい切れ味です。引っ張り具合が絶妙だなぁ。
    脳天机に打ち付けそうになりました。
    梶木まぐ郎(2004.10.24 22:21)】
  19. コ…コレは……途轍もない破壊力だッ!!
    オチがおいしすぎる。そこに至るまでのどシリアスも、当然狙っての事だろうし…
    才能の片鱗を見た…そんな気持ちがいっぱいいっぱいです。
    脇役好き(2004.10.25 01:13)】
  20. ぐっじょぶ!
    Dan(2004.10.25 20:43)】
  21. 斜め45度チョップはどーしたぁああああ!!
    トンプソン(2004.10.27 16:37)】
  22. zakutoさんは私を脳挫傷で殺す気ですか?<挨拶(←最後で思いっきり机に頭打ちつけた奴)

    期待したのに…期待したのに…期待以上のオチでした(笑
    矢沢(2004.10.27 16:52)】

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