やはー、ちょっとお久しぶりの投稿です。
野菜表記つけようかなとも思いましたが、まあ多分必要ないと思います。
「ケース1」とかありますが、続くかどうかは電波次第です。
それでは。
大十字九郎は、困り果てていた。
勢いに任せて大学を中退したまでは良かったものの、そこから先の進展が何も無かったのだ。
定職を見つける事も出来ず、日々、バイトをやったりやらなかったり。
働くのが面倒になり、日がな一日ベッドの上でごろごろする日も多々あった。
そんな退廃的な日常が続き……ふと気が付くと、元々僅かであった蓄えが、遂に底を付いてしまったのである。
や、これが本当に一文無しなのだ。パンの耳を買う金すらない。
幸いながら、水と塩だけは何とかなるので、数日間は持ち堪えられるが…まさに、一寸先は闇といった具合だ。
「あ゛ぁ〜〜〜……大学、何で辞めたんだよ俺は…」
怖くなったから逃げ出した。
そんな情けなさ大爆発な理由だったが、少なくとも当時の自分にとっては英断だった。
しかし……いざ極限状態になると、かつての選択を呪いたくなる。
まず、奨学金が出ない。学費を払って余裕がある程度の金額を貰っていたので、貰えないのは少々しんどい。
そして、大学から紹介されるバイトを頼れなくなった。と言うか、大学を辞めてから、自分の身分が恐ろしく曖昧なものになってしまった。
住所こそしっかりしているが、保証人もいない、有体に言えばただのフリーターだ。
身元紹介人もいなく、コネなども皆無なため、マトモな職を探すのは難しかった。アーカムシティとは、そういう街だ。
「はぁぁ〜〜〜……腹減ったなぁちくしょう」
ぐるぐる唸る空きっ腹を押さえつけ、平日の街並みを歩く。
忙しげに早足で歩いているサラリーマンが羨ましかった。
『俺は絶対サラリーマンなんかにゃならねぇ!』とか息巻いていたが、今鑑みて見ると、定職に就いているというだけで尊いものに見える。
くりえいちぶな仕事に就くんだい!とかぬかしてた頃の自分が懐かしい。
「はぁぁ〜〜〜…… ん?」
ずるずると足を引き摺るように歩いていると……ふと、足元に影が差した。
知らぬ間に俯いていた顔を上げてみると…目に入ってきたのは、逞しい腹筋。
暫し呆然としていると、何とも中性的な声が耳に入って来た。
「ヘイ貴公。これから余とお茶でもしなーい?」
「………はぁ!?」
…理解不能。実に意味不明。
混乱した頭を抱えたまま、自分に声を掛けて来た人物を改めて観察する。
まず、男性か女性か判別付かない、とても人間とは思えないほどに美しい顔。太陽に煌く金色の髪。
そこから下に伸びる首は長過ぎず短過ぎず。よく見ないでも、首から肩にかけての筋肉がとても美しいラインを描いているのが分かる。
そして、均整の取れた身体は、半乳からギャランドゥにかけて穴がぽっかり開いていると言う、訳の解らん服に包まれている。
穴から見える胸筋および腹筋は、それはそれは凄まじく逞しいながらも、何故か男臭さを全く感じさせない。
手足は驚くほど長く、フェミニンな拡がりを見せる袖や裾に覆われている。
全体を見渡してみると、その人間離れした美貌と、神がかった筋肉がまず印象に残る。
…はて、『筋肉』と何回描写しただろうか?
「貴公、イイ躰してるじゃ〜ん?うむ、実に素晴らしい。それでこそ我がしゅくて…ゲフンゲフン!
…取り敢えず、其処なサテンでレイコーでも飲みながら、余と雑談を愉しもうじゃ〜ん?」
「いやアンタ、どこで覚えてきたのか知らんが、思わず仰け反っちまうぐらいに死語満載だぞ。
つーか俺、どの角度から見ても解るように、れっきとした男だぞ?生物学的見地から言うとXYだぞ?」
そう切り返すも、眼前の変態(推定)は、ふっ!と鼻で笑って、サラリと前髪を掻き上げた。
それが驚くほど艶っぽく、九郎はいやいや男だぞコイツ!と心を鎮めさせなければならなかった。
「確かに『今回』は男の様だが……そんな些細な問題、貴公と余の間には、何ら影響を及ぼさん。
総てを余に任せ、貴公はその逞しく、かつもぎたての果実の様に甘美なる躰を余に預ければ良いのだ。
何、安心するが良い。天井の染みを数えている間の如く、じきに終わる」
「………Bダーッシュッ!!」
身(貞操)の危険を察知し、九郎は即座に反転して駆け出した!
本能的に、眼前の存在に恐怖を覚えたのだ。
「…む?これは……確か先日、テレビジョンで目にしたな。
成程、大十字九郎。貴様も大概、戯れが好きな様だな。余も其れに付き合うとしよう」
言うやいなや、金色の変態(確定)は、九郎の後を追って駆け出した。
今の今まで無表情を一貫していた顔に……満面の笑顔が浮かぶ。
「ははは、待て〜〜〜〜♪」
「誰が待つかこの野郎ッ!!ついてくんじゃねぇーーーーーッッ!!!」
背後に大輪の薔薇を咲かせて、画面中(?)キラキラ光らせながら追いかけてくる変態。
九郎は真剣に恐怖した。ついさっきまで日常を過ごしていたかと思えば、いきなり非日常の極みに叩き落されたのである。
「ははは、実に愉しい!余は愉しいぞ、大十字九郎!はははははは!
…しかし、矢張り砂浜ではないと気分が乗らないな。という事で……えいっ☆」
ザァァァァァ……!
「んなぁっ!?」
九郎は目を見張った。
変態が手を振った次の瞬間、足下のアスファルトが粉々に分解され、見る間に砂へと変化したのである!
その際に、九郎にもしっかりと視えた。一瞬ながらも凶悪極まりない術式が。
「うむ。これで気分もバッチグーだ。
…さて、大十字九郎。早速続きを…」
暢気に言い放ってくる変態を、九郎は射殺さんばかりの視線で睨みつけた。
「てめぇ……魔術師かよ…!」
魔術。それは九郎にとって、最も忌むべき単語。
これほどまでの魔術を行使出来るという事は、この変態はまず間違い無く魔道書持ち。
それも、かなり高位の魔道書だろう。…つまり、この男は狂気の世界の住人なのだ。
そう考えれば、これまでの言動の狂いっぷりも納得がいく。
そして、魔術師が九郎に接触を仕掛けてきた意味……即ち、懐柔。
あくまで九郎の憶測でしかないが、これでも九郎はミスカトニック大学陰秘学科元主席である。
その才能に目を付け、この世界に星の数ほど存在する魔術結社の一つが接触を図って来ても不思議は無い。
何となくこの変態に懐かしさを覚え、今までノリも良く接して来たが…ここに来て、九郎はやっと気を引き締めた。
魔術師とは、即ち外道の徒だ。どんな手段を用いてくるか、どんな目的を持っているか、全く予想も付かない。
まだ戦うと決まった訳ではないし、そうだとして勝ち目など万に一つも無いが、九郎はぐ、と拳を握った。
今度は、逃げる事は叶わないだろう、と。
「魔術師、と。……余の存在は、其れとは少しばかり異なるな」
「嘘をつきやがれっ!俺の目は誤魔化せねぇぞ…!
さっき見せた力!立ち昇る闇の気配!てめぇはどう見てもクソ魔術師だ!!」
「違うと申しておるだろう。
余の名は………魔法筋肉☆ぷりちぃ・てりおん♪」
「………は?」
「聞こえなかったか?余の名は、魔法筋肉☆ぷりちぃ・てりおん♪だ。イカスであろう?」
「………………」
九郎は、耳を疑った。つーか、この世界を疑った。
魔法筋肉?そりゃどんな筋肉だ?んで、ぷりちぃって。しかも、名前に☆とか♪とか入れるなよ。
魔法少女気取りのつもりか?しかし、それにしては衣装も地味だし、ステッキ的なものも持ってない。
「嗚呼、待て。ステッキなら此処に在るぞ。
……ぱぱらぱっぱぱーっ!ステキなステッキ〜〜〜♪」
ごそごそと股間から棒状のものを取り出す変態…もとい、ぷりちぃ・てりおん♪。
ステッキを取り出すかと思いきや……
「って、なんでサンマを出すかなぁっ!?」
「む?…間違えた様だ。失敗失敗♪てへーッ☆」
舌をペロッと出し、コツン!と自らの頭を小突くぷりちぃ・てりおん♪。(以下、てりおん)
…しかし、あくまで無表情のままだ。仕草と実にミスマッチして、不気味極まりない。
「之は夕餉に使うものであった。本物は……之だ!」
改めて股間をごそごそと漁り、ぱぱらぱっぱー!どんどんっ!と太鼓の音までセルフ口真似し、てりおんは棒状のものを取り出した!
それは…ステッキと言うよりはバトンに近く、本来ならば、羽根とかそういったメルヒェンな飾りが付いているのだろうが…
てりおんが持つステッキは、なんというか……非常に形容し難い形状をしていた。
喩えるならば、狂った神柱。悪魔悪魔した装飾を施している訳でもないのに、何故か見ているだけで怖気がよだつ。
マトモに見ているだけで気が触れそうになるそれは、見る人間によって形状が違ってくるというとんでもない代物だった。
「之が余のうまい棒(謎)、ステキなステッキ♪だ。
又の名を、シャイニング・トラペゾヘドロンと…」
「捨てちまえそんな危険物ッ!!」
「之で余は日夜、並み居る邪神どもを千切っては投げ千切っては投げっ…!」
「うをッ!?ふ、振り回すな馬鹿っ!持ってかれたらどうすんだよっ!?」
興奮気味に紅潮し、ぶんぶかステッキ(自称)を振り回すてりおん。
余波で周りのビルがジャンジャン切り倒され、パリパリに枯れたり『向こう側』に持っていかれたりしている。
なんと言うか、恐らくこの世で最も解りやすい地獄絵図であった。
「君の歩みが〜君の足どりが飾る〜燃えるような夜〜♪」
「気持ち良さげに歌ってんじゃねぇっ!大体、何なんだよその歌は!?」
「む?魔法筋肉☆ぷりちぃ・てりおん♪、略してテリー伊藤♪のテーマソングだが?
中々に素晴らしい歌であろう?街灯の下に立つのは誰なんだい?」
「略せてねーしっ!つーか大体、本編じゃ棒読みでメロディもクソも無かっただろが!」
「前回の反省を生かして、今回はメロディ&振り付けまで考えたのだ。
何と言うべきか、こう……ボンバヘッ!という感じに仕上がっている。しかと愉しみにして置くが良い」
「もういい、もう何を言っても無駄だな」
そう九郎が言うと、てりおんは安堵したような、それでいて傷付いたような表情を…スイマセン嘘です。
「ふむ。となると、この後は熱烈なキスシーンなのだな。
さあバッチコーイ大十字九郎!貴公が相手なら、余はキスどころかその先までOKの三連呼であるぞ!」
「う、うわ!?てめぇ、来いって言いながら自分から迫ってんじゃねぇかっ!
げ、ちょ、やめ……お、おかーさーーーーーんっ!!」
ぼとりと、どこかで牡丹が散華した。
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「うぉえぇぇぇぇぇぇぇ……」
およそ2分に渡る謎タイムの末、九郎は電柱に手を付いてエレエレと嘔吐していた。
胃袋に何も入っていない状態での嘔吐。胃液だけが食道を逆流し、酷く喉が焼ける。
涙まで浮かべている九郎とは対照的に、てりおんは優雅な仕草で前髪を掻き上げた。
「ふ…好かったぞ、大十字九郎。及第点処か、ハナマルをやろうではないか。
…処で、今貴公から生絞られているその液体、通称・大十汁(だいじゅうじる)の試飲は可能か?
その甘酸っぱい酸味が、今は遠き余の青春時代を思い起こさせる…。嗚呼、とし子フォーエバー…」
「うぷっ……!おげぇぇぇぇぇぇ…っ」
遠い目をするてりおん。
一方九郎はそれ所ではなく、ツッコミを返す事すらままならない。
あんまり辛そうだったので、てりおんはちょっぴり不安になった。
「…大丈夫か貴公?どれ、背中でも擦ろう」
「す、すまねぇ……って、てめぇのせいだよっ!!」
「ふむ…何に対してでも社会に責任を求めるのは最近の若者の善くない点だな。
貴公はもっと高尚にしてまーべらす、びゅーちほーな存在の筈だ。
素直に己の非を認め、もう少しばかりの精進が必要なようだな、大十字九郎」
「てめぇが社会の仕組みを偉そうに語ってんじゃねえっ!
この社会不適合性最悪極まりない変態シベリア超特急がっ!」
「遺憾な。これでも余は歴とした社会人であるぞ。
それも、このアーカムに7つの支店を持つ企業のオーナーでもある」
「な…ッ!?」
奇想天外な事を言われ、九郎は思わず絶句した。
今の今まで忘れていた感があるが、眼前の変態は紛れも無い魔術師なのだ。
てっきり、悪の魔術結社でもやっているのかと思えば…
「って、まさかてめぇ、魔術結社の事を企業か何かと勘違いしてねぇだろな?」
「それこそ真逆。余が経営するは、歴とした株式会社だ。
従業員とて、余自身が把握し切れんほど居よるわ。ウジャウジャと。人がゴミの様だー!」
「ム○カかよ…」
うはははは!と突然哄笑し出すてりおん。
次の瞬間には、目が!私の目がぁ〜!とか言ってテンパり始める。
暫くそうしていたが、あっさり九郎にボケ殺されたので、逸早く帰還する。
「…して、これが余の会社のパンフレットだ。有難く受け取るが良い」
「何?パンフ?…ま、マジでなのか…!?」
戦々恐々といった感じで名刺を受け取る。
其処には……何とも丸々とした文字で――――『漫画喫茶 ぶらっくろっじ』と書かれてあった。
「ま、マンガ喫茶……?」
「うむ。7人の支店長…通称・アンチクロスの、各々の趣味に合わせた書物を取り扱っている。
ティトゥスならば剣豪物、
カリグラならば格闘物、
クラウディウスならば当たり障りの無い少年誌物、
ウェスパシアヌスならば青年誌物、
ティベリウスは成年向け、
アウグストゥスは…まあ、課長島○作とか、そういった物だ。
唯一、裏切りのアンチクロスたるネロだけは、漫画喫茶ではなく焼肉屋をやっている。
…どうだ?中々に面白いシステムであろう?」
「や、最後のは数に入れる方が間違ってると思うが…
まあ、確かに斬新なシステムである事だけは確かだな。
てめぇが人類史上稀に見る斬新さを兼ね備えてるだけに、それが表に出たのか?」
「…止せ、照れるではないか……(垢)」
「照れるなよ!貶めてるんだよ!つーか、(赤)の間違いじゃねぇのか最後の( )は!?」
九郎のツッコミをHAHAHA!とアメリカナイズに受け流し、てりおんは急に真剣な目付きになって九郎を見詰めた。
元々美人顔なだけに、そういった表情をされると迫力が出る。
九郎は思わず仰け反り、恐る恐る言葉を紡いだ。
「な、何だよ突然マジメな顔になりやがって…」
「…聴け、大十字九郎。此処で余と貴公が出逢ったのは運命なのだ」
「は、はぁっ!?キモいこと言ってんじゃねぇっ!!
真性の変態かてめぇはっ!?本気で野菜な方向に突入する気かっ!?」
「余は之以上無い程に真摯である。寧ろ紳士である。
それはもう、御近所の奥様方からも『テリオンさん!今日はゴミの日じゃないザマスよ!』と大絶賛!」
「されてない!絶賛されてないからっ!」
「それはそうと…余は、貴公に我がぶらっくろっじに入って貰いたいのだ」
「…はぁっ!?」
唐突に勧誘され、九郎は混乱した。
確かに収入源が無い今、結構な規模の企業に入れるのは嬉しいが…
この変態が社長なのである。あまりにも不安だ。
「どうだ?今なら、特別にアンチクロスの一員にしても良い。
貴公の代わりにティベリウスの首でも刎ねよう。臭いしあいつ」
「しかもいきなり支店長っすか!?何考えてんだアンタ!」
「主に貴公の事だな」
「サラッと口説いてんじゃねぇっ!絶対オチないからな俺はっ!!」
「…ふふ、強がりも其処まで往くと可愛いものよな」
「強がってねえぇぇぇぇぇっ!!」
「だが実際問題、此の儘では貴公は死ぬぞ?
大都会・哀れな青年が孤独死…儘在る事だ。アーカム・アドヴァタイザーは見向きもしまい。
全く、嫌になるな。大暗黒時代と云う物は…」
「…何故か、てめぇが言うとやたらと癪に障るんだが…
まぁいい。とにかく、そんな妖しげな所に俺を連れてこうたって無駄だ。
こう見えても、このアーカムで数年間過ごして来たんだ。近寄っちゃならないモノの分別ぐらいは…」
「之は契約金だ。受け取るが良い」
どんっ!
九郎の目の前にスーツケースが無造作に置かれる。
これまた無造作にてりおんがそれを開けると……中には、びっしりとUSダラーが。
「……よろしくお願いします社長ッ!俺、精一杯働きますッ!!」
「ふ、貴公には期待しているぞ」
一も二もなく頷いた九郎を満足気に見やるてりおん。
一瞬後には、しまったはめられたぁ!と気付く九郎であったが、今更返せる訳も無く、泣き寝入り。
持ち逃げしちまおうかとも考えたが、相手は魔術師。逃げられよう筈も無い。
「し、しまったぁ!…って、前にもこんな事あったような……?」
首を傾げる九郎。恐らくそれはデジャヴュではない。
一方、てりおんは場所も忘れて哄笑していた。
「はは、ははははは!やった!やったぞ!ははは!
『今回』こそ、『今回』こそは大十字九郎を余の手中に!
ムネペタ魔道書でも、酒乱令嬢でも、魔乳メガネでもなく、この余のモノだ!
…苦節幾億、流石にキ■ガイや無敵執事に奪われた際は発狂もした……だが、それも今となっては好い想い出だ。
毎回毎回イイ処で邪魔に入るエセルドレーダも、『扉』の向こうへ蹴り落とした!抜かりは無い!
嗚呼……余は受けか攻めか、どちらに廻れば好いだろうか…?矢張り、大十字九郎は受けであろうか?
待ち遠しいぞ大十字九郎!余は女装プレイもオールOKだ!どちらが女装しようともな!
あどけなき子供にしか食指が動かんと云うならば、余の持てる魔術総てを駆使して若返ってやろう!
蜜月!遂に今、蜜月は訪れた!ははは!あははははははははははははははははははははははは!!!」
背後で九朗が全力疾走で逃げるのにも気付かず、てりおんは只嗤い続けた。
退廃的な雰囲気など微塵も無く、その笑みは禍々しくも、純粋に愛を讃える類のものに見えた。
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―――この世の何処でも無い何処か。
何時もは愉快そうに邪笑し続けている混沌は、今ばかりは歯噛みしていた。
「…やるじゃないか。此度は随分とやってくれたじゃないか、テリオン…
真逆、出逢い頭に神剣で斬り掛かって来ようとは思わなかったよ。
全く、全く、やってくれる…。本当に、やってくれるよ、テリオン。
咄嗟に一部を斬り離したから助かったものの、それでも『今回』は視ているだけしか出来なさそうだ。
この隙に、九郎君を美味しく戴いちゃおうって腹積もりかい?『今回』の君は随分と積極的じゃないか…
しかし、嗚呼。愛しいよ九郎君!『今回』君に逢えないなんて!嗚呼、寂しいよ九郎君!
どうか、どうか持ち堪えておくれ…『次回』までにはちからを取り戻すよ、九郎君。君の為に!
嗚呼、逢いたいよ九郎君…愛したいよ九郎君…壊したいよ九郎君……嗚呼。
テリオン……僕は君の事も好きだけど、『今回』ばかりは許さないよ。きっと、後悔させてあげよう…」
混沌は悔しかった。闇は気が狂いそうになる程妬ましかった。
…そしてそれは、混沌の女の横に在るモノもそうだった。
「マスタァァァァァ……何時もより言動が常軌を逸しているかと思えば、こう云う事ですか…!
貴方の唯一無二のパートナーを、マクー空間(違)にヤクザキックで蹴り落とすとは…
…ふふ、しかし私は貴方の忠実な僕。この程度で怒ったりはしません。
そう、総ての原因は憎いアンチクショウ……大十字九郎にこそ在るのですから!
貴方はヤツの腋の下から分泌されるフェロ○カホークに惑わされているのです!
冷静に鑑みれば、ヤツのゴツゴツした躰より、この私の青い果実な肢体の方が好いに決まっています。
さあマスター、目を覚ましてください!貴方のパートナーは此処に居ます!
マスター!マスター!マスター!マスター!マァァスゥゥゥタァァァァァァァ……ッッ」
宇宙最古の魔道書は、最後の方は涙声になって叫んでいた。
…ふと、肩に手をぽんと置かれる感触。
振り返るとやたらとイイ笑顔な邪神さん。
「…今夜は一杯呑ろうや、な?」
「うっうっうっぐ……あんた、ええ人やぁ…」
最早恥も外聞も無く号泣する魔道書の肩を、混沌は優しく抱いた。
(偶には、こっちを相手にするのもイイかもねぇ……クククククッ!)
如何にも優しげに接しながら、密かに邪笑する混沌の女。
顔が黒くなったり、眼が光ったりその上3つに増えてたりするが、魔道書は気付かない。
(テリオン……君が要らないってのなら、このコ、僕が貰っちゃうよ?)
そして、二人(両方とも人じゃないけど)は、闇黒の中へと消えていった…
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「…む、今……小宇宙(コスモ)が消えた…」
夜空を見上げるてりおん。
ちなみに、その横では見慣れた顔が横たわっている。
「うっうっうっ……汚されちゃった…汚されちゃったよ、俺……
お母さん、僕は今、とってもイケナイ方向でオトナになりました……しかも初体験がアオ■ンです…うっうっうっ…」
二人の間にナニが起こったのか定かで無いが、何となく二人の間にはもう他人じゃない雰囲気があった。
何故か二人は全裸だったりするのだが、その事が関係するのかどうかは知らない。
「…さて、それは兎も角。第2ランド、ファイッ!!」
「ああ、死兆星が目に染みるぜ……」
その夜、九郎はが眠ることはなかった。
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――――この世の何処でも無い何処か。
混沌の女はいと懐かしそうに、手に持ったアルバムをぱらぱらと捲っている。
「嗚呼、懐かしいなぁ……この時は、テリオンに出し抜かれたんだっけ。
あの神剣は痛かったなぁ……ちょっと気持ち好かったけど。ふふふ」
憎憎しげに愛おしそうに口を歪める。
それは嘲笑の様でもあったし、慈愛の微笑みの様でもあった。
「これはゲームセットかな?と思ったんだけど……
嗚呼、そうだった。確かこの後九郎君、舌噛み切って自害しちゃうんだっけ。
あはは、あの時のテリオンの顔ったら無かったね。はは、愉快愉快」
ぺらぺらとアルバムを捲り……手を止める。
邪神は、切なげに、寂しげに吐息した。
まるで、恋する乙女の様に。
「嗚呼、愉しかったなぁ、本当に……
また遊びたいなぁ、九郎君……逢いたいよ九郎君……
また僕を罵ってよ…また僕に嫌悪の表情を向けておくれよ…また僕を斬り裂いてよ…
逢いたいなぁ…逢いたいよ九郎君…此処は退屈で堪らない…君が欲しいよ…
九郎君……九郎君……嗚呼、此処は寒いよ……」
彼らの宇宙から斬り離された何処かで。
邪神はアルバムを胸に抱えて、純粋にして邪悪な涙を一筋、頬に流した。