病んだ心を持つ少年
閑話 前編
カタリ屋と人形師
これはちょっとした都市伝説、取るに足りない噂の存在。
御伽噺にも似たお話。
でも確かに存在する伝説にも似た実話。
−ぐるぐる渦巻きの中心では、全ての謎が謎でなくなり、そこにはどんな難事件でもたちどころに解決できる名探偵が住んでいる―
今回はその渦巻きの中心にいる名探偵のお出ましだ。
彼は自分のことを名探偵とは呼ばずカタリ屋と呼ぶのだろうけど。
彼が自分を何と呼ぼうと彼を訪ねる人間にとっては関係ないのかもしれないがね。
彼は紛れも無く名探偵。だって名探偵は職業でも名前でもなく称号だから。
蒼崎橙子は一本道を歩いていた、段々と左側に傾き続ける道を歩き続けていた、彼女が歩く道は螺旋のぐるぐる渦巻き。
それを橙子は歩き続ける、いつもの秘書のような服装で眼鏡をかけず。
黙々とぐるぐる渦巻きを歩き続ける。
中心に向かって。
手にぶら下げる箱にはトッカン堂と書かれた菓子店の箱、どうやらこれから向かう先にいるものへの土産のようだ。
ぐるぐる渦巻きを歩き続ける、誰にも出会わずに、その道には只無機質な壁が続くだけ、誰でも通れるわけじゃないぐるぐる渦巻き。
でも通れる人間にはいつの間にか入り込むぐるぐる渦巻き入り口は不明、出口も気ままに変化するぐるぐる渦巻き。
終着に辿り着いた。
ぐるぐる渦巻きの中心に。
ここは全ての謎が謎でなくなる場所、全てを知り、全てを説き明かす者が座す場所。
それは古びた洋館の形をして蒼崎橙子の目の前に現れた。
橙子はその洋館に何のためらいもなく入り込み、そこは廃屋のような洋館であったが彼女はそんなことには頓着しない。
猟奇殺人の死体が転がっている現場でさえ皮肉げに笑って入っていくような女性だ、自分の事務所も廃墟同然であるわけだし。
彼女はここに用があるから来た、それだけでその場所がどうだとか、そこで何があるとかと言うことに頓着しない勿論危険性にも。
故に誰も応対に出ない洋館に入り、今にも崩れそうな玄関正面にある階段を登って、二階の通路の左側の突き当りの部屋の前に辿り着き、軽く扉をノックした。
幾許もせず扉は開き、その扉を開けた張本人は言ってのけた。
「おや、暫くぶりだね、蒼崎君。ようこそ、世界の中心に」
「フン、相変わらずの挨拶だな、巷で有名な名探偵殿」
菓子箱を突き出しながら、皮肉交じりに告げる、その表情は愉快そうに笑っている。
扉から出てきた人物は箱を受け取り、嘆かわしそうに口を開く。
「ふぅ、君までそんなことを言うのかい、僕は探偵ではないよ、探偵の仕事をしたこともなければ、勿論有名な名探偵でもなければ迷宮入りの迷探偵でもない。僕はカタリ屋だ」
そう言った人間は、肩まで伸びた銀髪、中世的な造詣の顔立ち、淡雪のように白い肌。
そう白を連想させる人物、白を具現した人物。
外見から国籍、年齢、性別、この人物の全てが曖昧にしか表現できない。
只白い、それだけがはっきりと表現できる全て。
そして彼、定義上彼と呼ぶ人物は自分をカタリ屋と呼びやさしく微笑んだ。
そして彼はニヤリと微笑んで続けた、そう彼はカタリだす。
カタリ屋の名のままに。
「真実を語り、偽りを騙る。
言の葉で事の端を具現する。
人は神ではないから吉事も凶事も一言では言い表せない。
古代、『書く』という行為は力ある文字を木や石に刻むことにより、総じて世界に言葉を刻み込む、カミへの祈りを込めた神聖な儀式であった。
だけど、文字が当り前のモノとなり、力を失ってしまった現在、人はカタル事によって言葉を直接、人の心に刻み込まなければならなくなった。
言葉をかたることで世界を表現しようと試みる職業に従事するものの一人として僕はいる。
それ故に僕はカタリ屋と呼ばれている」
一気にそれだけを語り切る、流麗に澱みなく。
但し彼は呼ばれているのではなく自分で呼んでいるのだが、彼を知る人間は誰もが彼を名探偵と呼ぶのだから。
「その台詞は聞き飽きたよ、カタリ屋、だがお前は名探偵だ、自覚しろ、お前が名探偵以外の呼称を私は思いつかん、いい加減に認めろ。
家にも一人名探偵候補が居るがお前に弟子入りさせてやろうか、勿論給料はお前が払うんだがな」
とだけいい、カタリ屋の主張を潰す、そう彼は紛れも無く名探偵だ。
彼は否定するが彼は紛れも無く名探偵。
因みに名探偵候補と言うのは彼女の唯一の従業員のことだがこれにはカタリ屋は是非は言わなかった。
橙子とて本気ではないだろうし。
もし彼がそれを望むならば彼が望んだときに彼はぐるぐる渦巻きにおのぞから巻き込まれるだろうから。
彼が名探偵たる由縁。
彼の友人の緑色のコートの刑事が彼をこう言い表す。
「名探偵って呼称はたたえているんじゃあねえんだ、あれは称号だ、血塗られた称号だ。
名探偵の周りでは面白いように人が死ぬ。
そいつらは何で死んでいったのか、笑い出したいくらいに単純だ、死んでいく奴が哀れでならないほどにな、それは名探偵がいるからだ。
人が死ぬから名探偵がいるんじゃあない、名探偵がいるから人が死ぬ、名探偵って言うのはそういう理不尽存在だ、それが名探偵って呼ばれるって事だ、だからカタリ屋は名探偵だ」
この意見には橙子はおおむね賛成だ、彼の周りでは本当に人が死ぬ、彼を中心にではない間接的に、ほんのわずかにしか関わらず、それでも面白いように死んでいく。
そしてここぐるぐる渦巻きに巻き込まれた人間は死なないのだ。
橙子としては幹也に式、和樹に沙弓、凛の全てがこの渦巻きの来ることができたので彼らが暫く死ぬことは無いと分かって安心しているが。
彼らはぐるぐる渦巻きに選ばれた傍観者なのだから。
傍観者は探偵の舞台を見なければならないから。
そしていつも人の死の謎を解き明かすのは名探偵だ。
「君も榎本君と同じだね、何度言っても直してくれない、僕はカタルことしか出来ないと言うのに」
緑のコートの友人が榎本だ、この洋館の常連の女子高生には緑の狸とか呼ばれている、カタリ屋の悪友。
彼はカタルことで人の死の謎を解き明かすのだからカタリ屋と名探偵の差がいかほどの物だろうか。
「さっさと自覚しろお前は紛れも無く名探偵だ、それより菓子を食わんのか、態々お前の贔屓の店から買ってきてやったんだ」
そういうと彼は渡された紙箱を嬉しそうに眺め微笑んだ。
因みに茶を入れたのは橙子だった、以前彼にやらせたら30分以上待たされたのだ、彼は恐ろしく不器用だから。
そして雑多に本が並べられた本棚、入りきらず床に積まれたりしている部屋での軽い茶会。
本当に雑然と並べられている本。
並べられている本も規則性が無い、フェルマーの最終定理に関する本の隣には日本書紀が並び、電話帳の隣にはグリム童話の原書、ラテン語版ネクロノミコンの隣に旧約聖書、猫の飼い方の上には殺人技術大全といった具合だ。
グリモワ―ル(魔道書)から絵本までジャンルの広いことだ、カタリ屋は乱読家だから。
彼方此方にボードゲームが散らばっているのも特徴だろうか、チェス、将棋、碁、オセロ、軍人将棋、何故あると叫びたい200以上の駒を自陣に用いて使う古い将棋まで。
今はその雑然とした部屋に唯一ある丸机に向かい合うように二人が椅子に座り。
橙子の持ってきた菓子、かなり有名な甘味の聖地とまで言われるある種の嗜好者にとっては人気絶賛のお店の菓子を橙子はかなり嫌そうに食べていた。
彼女とて女性甘いものが嫌いな訳ではない、前話では甘い部類のモンブランを食べていた。
只常識を超えて目の前にある菓子の甘さは凄まじかった、流石は地元で悪魔の店と噂される店である、橙子もその店に今日初めて入店したときからその壮絶な甘い臭いに嫌な予感はしていたらしいが。
カタリ屋が嬉々として食べる菓子は橙子には甘すぎた、と言うかこれは本当に人間用の菓子なのだろうかと言う甘さを誇っているのだが。
遂には断念し目の前に居る人間に差し出すこととなるのだが、彼は嬉々としてそれを受け取っていた。
橙子はうまそうに食べるカタリ屋を化け物のように眺めていたが。
「さて、橙子君、ここに来たのは彼のことだろう」
あらかた菓子を片付けたカタリ屋が橙子に向けて、相変わらずの微笑を湛え、アルカイックスマイルとでもいうのだろうが、橙子に問う。
「そうに決まっている、今の私にそれ以外の用件が思いつくのか、でなければ菓子など持ってくるわけが無いだろう、私が来たときはお前がもてなせ」
不遜な態度だが彼女には妙に似合う、と言うより蒼崎橙子の卑屈な姿など考えもつかないが。
彼女はそういう人間で、何故かそういう態度が赦される人間だ。
「それにあいつ等はお前が拾って私に押し付けたんだろうが」
カタリ屋に向けて橙子が言い放つ。
「そうだったかな、確か君もその場にいたと僕は記憶しているよ」
そして二人はその彼らが現れたときを思い浮かべる。
ある日、式森和樹、杜崎沙弓、神城凛の三人がぐるぐる渦巻きに迷い込んだ。
それは偶然、都合の良すぎる偶然、だが彼らにとっては神の救いともいえる偶然。
彼等は無神論者だし、もし神などが居れば憎悪しただろうが。
勿論彼らはここが何処だか知りはしない、渦巻きはその存在を知るもの知らぬものを無選別で巻き込む。
引き摺る様な足取りで、うつろな表情でぐるぐる渦巻きを歩き続けていた、彼らの歩いた後には血痕が残り、血の臭いが充満していたが。
そう彼らは血塗れだった、夥しい血を流し、そして夥しい血を浴び。
沙弓の手にはナイフが、凛の手には刀が、和樹の手には手甲が血を滴らせ、血と鉄の輝きを放ち、禍々しさすら漂わせ。
只良く見ると、ナイフと刀は既に刃こぼれが酷く、切れ味としては包丁にも劣るだろう。
少年の手甲も罅割れ、割れ目から血が滴っていた。
背の高い沙弓が少年を背負うように肩を貸し、小さい凛が逆側から少年を支えるように手を添える。
そう、特に少年がボロボロだったのだ、最早一人で歩けないくらい。
彼らは何も知ることなく、この場所がどういう場所か知ることなく、入り込み、そして辿り着いた、カタリ屋曰くの世界の中心に。
半死半生の身で洋館の前で三人ともが力尽きるように倒れこみ。
只気絶する瞬間に銀髪の人間が「ようこそ、世界の中心に、哀れな逃亡者達」と言っていたようだが。
だけどね、このぐるぐる渦巻きに巻き込まれた人間はなかなか死ねないんだ、そう自殺するぐらいじゃないとね。
といってもたまたま居合わせた蒼崎橙子が無免許にも拘らず縫合したりなんなりして治療したのだが、本人達が気絶しているうちに無断で。
麻酔無しだったので気絶していたほうが良かっただろうが。
弾丸摘出手術などもされたのだから、麻酔無しで。
この時点で気絶ではなく意識不明である、幾らなんでも起きるだろう、激痛で。
消毒薬に使われたのも焼酎だったのだから(高品質の焼酎は純度の高いエタノールを多く含むので消毒薬の代用には比較的向いています、飽くまで比較的ですが)。
なお、蒼崎橙子の本職は人形を作る人形師、副業建築士、兼歴史上稀代の魔術師、魔法使いの域にさえ踏み込む天才。
医術は齧っただけと本人談、と言うわけで断じて医師ではない。
何故かなんでも器用にこなす人と言うのは確かだが。
「あの時は大変だったな、だが拾ったのはお前だろうカタリ屋、それに押し付けたのもお前だ、ここに来たと言う時点でお前の客なのだから」
「僕はカタリ屋だからね、カタル事は出来ても怪我人の治療は出来ないよ、君が居てくれてよかった、客人が死なれては寝覚めが悪いからね」
「押し付けたのは否定しないのか」
因みにカタリ屋はこの橙子の質問には答えなかった。
私が目が覚めたときに先ず目に入ったのは古ぼけた天井だった。
朦朧とする意識のなか、私はなんとなく何かを探すように、彼方此方が痛んだが無意識に何かを探して。
私はその何かがわかった時には飛び起きて辺りを見回して、探し回った、すぐに見つかったけど。
後で蒼崎にいきなり半狂乱で起き上がって、少し驚いたぞ、とのコメントを言われた。
探しものは私の愛しい人、狂おしいほど愛しい人、そのときの私は蒼崎が止めるのも聞かずに絶対安静だった和樹に取り縋っていた。
今思うとあの状態の和樹には触れるべきじゃあなかったんだけど。
因みに私の後に目覚めた凛も同じようだった見たいだったようだ、これも蒼崎の後のコメント。
只、満身創痍でも生きて呼吸している和樹がたまらなく嬉しかった、あの時私は何も疑問に思うことなく、何で自分が生きていることを疑問に思うことなく喜んだ。
それは凛も一緒だったと思う、
あの時は本当に自分がもう一度目が覚めるのが不思議なはずだったんだから。
後書き
和樹達の過去と蒼崎橙子とカタリ屋の遭遇編とでもいいましょうか、そんな感じです。
因みにカタリ屋と言うのは富士見ミステリー文庫のぐるぐる渦巻き名探偵のキャラですね。
最初はほのぼのと解説で後半は少し血生臭い予感を出して続きは後編で。
文中にもありますが和樹は手甲をつけているので格闘主体です、華の残照で連載している和樹君が現在クルダ流交殺法と九頭龍で悩んでおりますのでどちらかがどっちかになるでしょう。
レス返しです
>九尾様
お姉さんは乗り込んで着たら面白そうですけどね、葉流華さんでもいいですけど。
キシャーはあまり出てきませんね、ギャグ担当と言う感じぐらいですか。
空の境界のキャラは味があるんですが、できるだけ知らない人にもわかるように努力します。
バイオレンスの嵐は吹きました、それはもうってぐらい、アイアンメイデン14回、人間黒髭危機一髪は6回といううちわけです、さてだれでしょう(B組とは限りません)。
>D,様
今回も序盤はほのぼのといった感じですかね次回はちょっと辛い・・・・・・かな。
沙弓がB組キングですからね、物理的に、さらに二大悪餓鬼を精神的に支配しているので。
夕菜はあんなものでしょう。
>ファルケ様
橙子のくっつける男性、今のところの候補は榎本という刑事、彼女に振り回されそうです。
候補ですけどね、赤い保健の先生はありがちかなと。
他の候補は幹也と二股とか、式に殺されそうですけどね。
>1トン
お褒めに預かり恐悦至極、感謝感激です。
作者としては意識せずに書いていたのでなおさらです。
ありがとう御座います。
後作者の作品、堕天使様のサイトとながちゃんが好きと言うサイトにありますのでよろしければ。