注意事項。
1・キャラが壊れているかもしれません。
2・山もオチも意味もないと思われます。
3・続きはありません……多分。
4・何処かの誰かに文章が似ていても関係ありません。
5・関係ないったらないんです!
6・それでも、心当たりがある人は、そっと胸の奥にしまって置いてください。
以上、注意事項でした。
冬のある日。
舞い散る雪の幻想的なまでの美しさが、俺の記憶の根源。
凍えるほどの寒さと、自分の傍に誰も居ない事実が、まだ物心の付いていなかった俺には理解できなかった。
だから、死ぬという危機感も無い。
だから、寂しいという感情も無い。
ただ黙って死んでいく筈だった俺は、己に降り注ぐ雪よりも、なお真っ白な手に助けられた。
「冷たい〜っ! アンチラちゃん〜お母様に報せてきて〜」
真っ白な手の持ち主である少女は、自分の影に向かって話しかける。すると影の中から何かが飛び出して、彼女の背後へ駆け去っていく。
雪の冷たさに感覚を失っていた頬に、暖かな物が落ちた。
ソレは、少女の目から、止め処なく零れ落ちる………涙。
「ごめんね〜、ごめんね〜、私〜、貴方に気付かなかったの〜。式神の〜皆が教えてくれなかったら〜………………ごめんね〜、もう大丈夫だから〜」
言葉を止めたくせに、自分は想像したのだろう。更に涙をボロボロ流して、彼女は謝る。
幼いとすら言えない赤ん坊だった俺は、無言で少女を見詰めていた。
多分、この時だろう。
………俺が、自分の一生を捧げる相手を見つけたのは………
ピッピッピッと規則的な音を立てる目覚まし時計、その長針が起床時間を指して鳴り出す前に、俺は余裕を持って起き上がる。
現在の時刻(午前五時)を教える目覚ましのスイッチを切り、顔を洗いに部屋を出た。長い長い廊下を歩いて、屋敷内に幾つか用意された洗面所に向かう。
起き抜けでも意識はハッキリしているが、冷水を顔に叩きつけていく。
洗い終わった顔を、持って来ておいた自分のタオルで拭いて、次に移る。
整髪料を手に取って頭髪のセット。
髪質がくせっ毛なのか、長さがあるとすぐにボサボサと乱れる髪の毛をオールバックにしてしまう。
鏡でチェックした後、使ったタオルを側にあった洗濯籠に放り込んで、自分の部屋に戻った。
毎日着ている黒いスーツに袖を通し、ネクタイを締める。
この時のキュッという音は、俺の気分を更に引き締め、一日の始まりを感じさせた。
……俺の名は横島忠夫、若輩では有るが六道家執事の一員という分不相応な仕事を賜った一人の男だ……
赤ん坊の俺は冬の最中、六道家の門前に捨てられていた。
折り悪くも雪空とあって、誰に見られる事もなく死んでいく筈だった俺を、お嬢様(六道冥子)と彼女の式神が見つけ、俺は九死に一生を得たのだ。
産着に書かれていた『忠夫』の文字。それだけあれば、赤ん坊の情報を収集する事など、六道家にとっては簡単な事だったらしい。
すぐさま俺の苗字が『横島』である事を突き止め、捨てられた理由もハッキリした。
俺が生まれてすぐ、母親は病気、父親は交通事故で帰らぬ人となり。
両親の保険金を欲しがった遠い親戚は、俺を便宜上拾った後、育てるのが面倒だという理由で捨てる事を決めたらしい。
その際、コインロッカーや施設ではなく、六道家の前に捨てたのは、もし万が一俺が六道家に拾われていた場合、将来的に有利になると恥知らずにも考えていたそうだ。
……当然その企ては成功しなかった。……
全てを知った六道家当主の行動は、電光石火よりなお速かったという。
まず、俺を捨てた親戚を社会的に抹消し、資産の全てを俺の名義に書き換えた。法律的に問題がありそうだが、六道家に面と向かって非難できるほど、警察上層部に根性はない。
次いで俺の親権を得ようとしてくれたらしいが、外部の人間である俺が『六道』の一員になるなど、六道家の分家や親族が許さなかった。
ソレゆえの『横島』姓であり、当主は謝罪してくれたが、俺はその現状に満足している。
そうやって、俺が六道という名家に引き取られ、本宅で暮らすようになって早17年。
現当主である御前様の、実の子とも変わらぬ寵愛を頂いて育ってきた。
そんな俺が六道家の為に働きたいと思うのは、至極当然の流れだったろう。
「そんな事〜、気にしなくて良いのよ〜」という御前様の言葉は本心からの物だったろうし、「忠夫ちゃんは〜、冥子のことが〜嫌いになったの〜?」とお嬢様に泣き出されたのは誤算だったが、コレだけの恩を受けていて、何もしないで居られるほど俺は傲慢な男ではなかった。
強情な二人を説き伏せ、執事として働くようになったのが小学校に上がる六歳の頃、……今思えば随分とませていたものだ。
そうして働き出した俺は、とにかく我武者羅になって頑張った。
知らない事は先輩執事に尋ね、何時如何なる時も主の命令に従えるよう努力した。
学校の勉強は通信教育で済ませ、一分一秒も無駄にしないよう気をつけたおかげか、既に大学卒業まで終わらせ、現在は専門の執事養成学校のカリキュラムをこなしている。
公式には出来ないが、十年以上の経験をつんだ身だ。ハッキリ言って物足りないが、ココの卒業証明が有れば何かと都合がいいので、無理を言って通わせてもらっている。
学費などに関しては、執事として働いた給料を使わせて貰った。
衣食住で面倒を見て貰っているのだからと、拒否しようとした俺だが、御前様の微笑には勝てず、受け取らされてしまったのだ。
……思索に耽っている間に、随分時間が経っていたらしい。腕に嵌めた時計が定時を報せてくれる。
パンッと両頬を手で叩いて気合を入れ、叫ぶ。
「さぁ、今日も一日頑張るか!」
朝、俺の一番の仕事はお嬢様を起こす事。
「あ、忠夫さん。……すみませんが、今日もヨロシクね」
お嬢様の部屋の前まで歩くと、御前様付きのメイドであるフミさんが俺に声をかける。
「はい、任せていただけますか?」
確認をとった後、お嬢様の部屋の扉を優しくノック。
コンコン
返事がないのを確認して、扉を開ける。
女の子らしく、ぬいぐるみやレースのカーテンで飾られた室内に入り込み、中央の寝台で朝日を浴びながら眠り続けるお嬢様の寝顔を眺めた。
美しく整った顔は、日本人形を髣髴とさせる。
しかし、一度目を開けて話し出せば、それは美しさを上回る可憐さへと変わるのを、俺は知っている。
寝顔を見れる特権に浸る俺も、仕事を忘れるわけにはいかない。
「お嬢様、そろそろ起床のお時間です」
「……んん〜〜、あと5分〜……」
もぞもぞと身動きした後にきた、お約束の言葉に苦笑しながら『必殺技』を出す。
「冥姉さん。もう朝だよ、起きてくれないの?」
がばっ!布団を蹴っ飛ばす勢いで、お嬢様が起き上がる。
「忠夫ちゃん!」
「はい、そうですよ。でも、今日一日もまた『横島』もしくは『忠夫』でお願いしますね?」
歓喜に満ちた笑顔は、俺の顔を認めた途端プクーッと可愛く膨れた。
「ええ〜!? 今日も忠夫ちゃんて〜呼んじゃ駄目なのぉ〜?」
「はい。憶えておられますよね、私が来るより先に起きれなかった時は、主人と従者で接するというお約束を」
見るからにシオシオと元気をなくしていくお嬢様。
俺が執事になることを一番反対していたお嬢様は、俺が敬語で話しかけたり、主として扱う事に不満を持っている。
だからこそ、何かと理由をつけては執事を止めさせようとしているのだ。
『どちらが早く起きられるか?』というのもその一つ。
もしもお嬢様が俺より先に目を覚まされたら、その日一日は執事を辞め、『冥姉さん』の可愛い弟に戻らなくてはならない。
俺が最も仕えたい人間は、執事としての俺を嫌ってるという矛盾。
「お嬢様、そんなに脹れた顔では可愛いお顔が台無しですよ?」
「うぅ〜、そんなこと言っても〜悔しいんですもの〜」
「でわ、また明日頑張ってください。さぁ、朝食も出来てますよ、早く食堂の方へ」
「分かってます〜、先に行ってて〜」
着替えるのだろう。促される声に頷いて部屋を出て行く。
「毎朝ありがとう、おかげで助かっているわ」
食堂の方へと向かおうとした俺に、フミさんが頭を下げた。
「こちらこそ、お嬢様のお着替えお願いします」
そのまま歩いて食堂へ。
「おはようございます、御前様」
食堂に据えられた長い食卓。その上座に現六道家当主である御前様が座られていた。礼を失さぬよう細心の注意を払いながら一礼。
「あらあら〜、忠夫ちゃんも〜おはよう〜」
ニコニコと、一片の邪気もなさそうな満面の笑みで挨拶が返ってくる。
「御前様、どうか私の事は『横島』と呼びつけて頂ければ」
「どうかしたの〜? 忠夫ちゃん〜?」
「いえ、御前」
「忠夫ちゃん〜?」
「………失礼いたしました。どうかご自由におよび下さい」
勝てない。御前様の完璧な微笑みの前に、俺のちっぽけなプライドは敗北した。
「あ〜〜〜っ! お母様ずるい〜! なんでお母様だけ〜忠夫ちゃんって〜呼べるの〜!?」
遣り取りを見られたのだろう、俺の背中にお嬢様の言葉が突き刺さる。
顔面蒼白な俺と違い、悠然と余裕を保つ御前様は己の娘に優しく話しかけた。
「それは〜、私が忠夫ちゃんの〜母親代わりだからよ〜」
「ええええええ〜〜〜〜〜〜っ!!! 酷い酷い〜! 冥子だって〜忠夫ちゃんの〜お姉ちゃんのつもりだったのに〜!」
フォローしてくれるのだろう、そういう淡い夢は所詮幻に過ぎない。
どんどん悪化していく状況に、不覚にも涙が出そうになった。
「ほほほ〜、貴女みたいに〜年下の忠夫ちゃんに〜面倒見て貰って〜ばっか
りな子が〜、お姉さんなわけ〜ないでしょう〜」
「ふ、ふ、ふ、ふえええ〜〜〜〜んん!!! お母様の意地悪〜〜っ!」
悪化した状況は最悪を迎え、お嬢様泣き声とともに、彼女の影から全ての式神が飛び出してくる。
「甘いわね〜、制御はしっかりなさい〜」
が、あっという間に半数を御前様に奪われ、五分五分の勝負になった。
哀れなのは、食卓を彩っていた食事たち。贅を尽くして集められ、六道家専属の料理長が腕を振るった自慢の料理が、無残にも破壊されていく。
「ふええええ〜〜〜〜ん! お母様のばかばか〜!」
「親に向かって〜ばかとはなんです〜っ! ばかって言った方が〜ばかなのよ〜」
親子の怒声とともに、争い合う式神は日本有数の十二神将。
……誰が想像しただろう、これほど立派な式神が、子供染みた親子喧嘩に使われるとは……
呆れて声も出ない俺の脇腹を、誰かがツンツンと押してくる。
「お願いします横島さん。お二人を止められるのは、もう貴方しかいないんです!」
涙目になってそう叫ぶのは、食堂で給仕を務める筈の翠(みどり)さんだ。
食堂に残っている皆も、視線で俺を指名している。
「……私に死ねと言われますか??」
「お願いします! お嬢様と奥様がどれだけ暴走しても、決して式神に攻撃されない横島さんでないと、今のお二人は止められません」
弱々しい問いかけを無視して、真剣な瞳で俺を見詰める翠さん。
どうやら、覚悟を決めるしかないようだ。
執事である自分を少しだけ脇に置いて、横島忠夫として話しかける。
「お義母さん! 冥姉さん! もう止めてくれ、でないと………キライになるよ!」
式神の争いは食堂を破壊し尽くそうとしていたが、俺の声が響いた瞬間。ピタリと静止画像のように動きが止まる。
そして、式神を操りこの騒動を引き起こした二人が、泣き出す寸前の子供のような顔を俺に向けた。
「キライになっちゃいや〜!」
「ご、ごめんなさい〜。調子に〜乗りすぎてたわね〜」
先程までの怒りは何処へやら、元気をなくした二人は同時に謝ってくる。
「……ふぅ、冥姉さんもお義母さんも、式神がどれだけ凄いか分かってない訳じゃないだろうに、どうしてそうすぐに喧嘩をするんです」
「だぁってぇ〜」
「だってじゃありません。そんな事ばっかり言ってると、初代さまに叱って頂きますよ」
「えぇ〜!? そんなのいや〜、あのヒトって〜忠夫ちゃん以外だと〜凄く厳しいんだモノ〜。何時の間に〜あんなに〜親しくなったのぉ〜?」
「初代さまには、これまでの六道家当主の方々のお話などしていただいております。皆さんの武勇伝などは、今のお二人にも確かに共通する点もあり、勉強になりますね」
先程から話に出てくる『初代さま』というのは、六道家の庭にある封印された祠に祭られている六道家初代当主さまの事だ。彼女は歴代の六道当主を見守り、時に試練などを与えて成長を促す守護者のような存在である。本来なら、俺と一生縁のない人物だったのだろうが、幼い頃のとある出来事のおかげで顔見知りになり、それ以来顔を合わせれば仲良くおしゃべりが出来る程度には、見知った間柄になった。
……その際、六道家に伝わる『禁呪』を教えて貰ったのだが、ソレを語るのはまた後の事となるだろう……
「さぁっ、これから俺はまた執事に戻ります。……御前様は六道女学院での会議、お嬢様は除霊のお仕事と、予定は詰っております。御支度をお急ぎください」
オカルト業界で知らぬ者のない六道家、その当主と後継者は頬を膨らませながらも、これ以上はまずいと思ったのか静かに食事を再開する。
一仕事終えた充実感を胸に抱きながら、自分の事を考えた。
俺は、六道という家に仕えている訳ではない。
俺は、金が欲しくて仕事をしている訳でもない。
かつて、雪の舞う中で俺の手を握ってくれた少女を護り、彼女の役に立ちたいと思うだけだ。
横島忠夫の命なんて、あの日でとっくに売り切れている。
持ち主はたった一人、未来の六道を背負うただ一人の女性。
「お嬢様、今日のお仕事には美神さまもご一緒です、お待たせさせる訳にもまいりませんから、早めに御支度を」
「そうだったわ〜! 早く行かなくちゃ〜令子ちゃんってば〜〜一人で終わらせてしまうものね〜」
「彼女の除霊は実に合理的で、無駄がない。参考にする部分は多いでしょう」
「うん〜、令子ちゃんのを〜お手本にする〜」
言ってはいるが、お嬢様と美神さまでは資質が違いすぎる。どちらが優秀というのではなく、方向が違うのだ。
しかし、こうした会話を挟む事で、御前様が美神さまとの共闘について文句をいえない状況を作っている。
「でわ、お車の用意をしてまいります」
「お願い〜」
「御前様も、会議に必要な書類など、簡単にではありますが用意させてもらっております。後ほどお目通しください」
「あらあら〜何時も何時も〜ありがとう〜。忠夫ちゃんに〜任せておけば〜私仕事しないで〜よさそうね〜」
「あ〜〜! また忠夫ちゃんて呼んだ〜〜!」
「ほほほ〜、当主特権よ〜。悔しかったら〜貴女も当主に〜なってごらんなさい〜」
「お嬢様。本当に時間が迫っております。御前様との会話は仕事が済んでから
に……」
またもや頬を膨らませ、式神に危険なほどの霊気を与えだしたお嬢様を、寸前で食い止めた。
車に乗って仕事現場に行くまでも、何故自分は忠夫ちゃんと呼べないのか?と聞かれ続け、仕事が始まる前に俺の体力は既に限界かもしれない。
「あ〜!令子ちゃんだ〜〜!!」
現場に到着し、先に着いていた美神さまを見た途端。お嬢様は喜び勇んで駆けだした。
ホッと安堵したのもつかの間、お嬢様との共闘を聞いていなかった美神さまが、凄い視線で俺を睨んでくる。
「お久しぶりです、美神さま。本日も大変お美しい」
「下手なお世辞はいらないわ。コレはどういう事?」
にこやかな挨拶の返答は、鋭い棘の一刺し。
「お嬢様の望みを叶える事が、執事である私の望みであります。ならば、その為に最大限の努力をする事も、至極当然ではないかと」
「ふぅん? その為なら誰がどうなっても構わないと?」
「ええ。私にとってはお嬢様が全てでございますれば」
言外に「自分はどうでもいいのか?」と訪ねた美神さまに、当然の事を答える。俺にとってその答えは、太陽が東から昇るよりも確実だ。
だが、俺の答えは目の前の彼女の気に入る物ではなかったようだ。眉が跳ね上がり、眉間に皺が寄る。確実に上昇していく不機嫌さにどうしようかと首を捻っていると、彼女の後ろから巫女服を着た幽体が顔を出した。
「美神さん、お仕事しないんですか?」
「分かってるわおキヌちゃん。準備だけ頼んでいいかしら?」
おキヌというらしい一目で幽霊と判別できる女性に、美神さまは用事を言いつけ、俺に向き直る。
「今回の仕事が終わったら、キッチリ話を付けようじゃないの」
脅すような(実際そのつもりもあるのかもしれないが)言葉に頷くと、美神さまは気分を切り替えたのか、仕事に専念している。
しかし俺は、美神さんと話しているのをずっと見ていたお嬢様の、悪化しただろう機嫌を取るのに精一杯で、用意は最低限しか出来なかった。
今回の仕事は大手マンションの除霊。
土地が悪かったのだろう、大きなマンションは人が住むよりも先に、悪霊の住処と化していた。
「凄い数ね。正直、冥子がいてくれて助かったわ」
お嬢様の式神が一、バサラが悪霊を吸引していく影で、建物の各所にお札を貼り付ける美神さま。多数のお札で結界を形成した後、まとめて除霊するつもりだろう。
「えへへ〜、令子ちゃんに褒めて貰えた〜〜」
「良かったですね、お嬢様」
お嬢様は式神に乗り、ユックリと歩を進める。
最上階を目の前にして、スーツの胸ポケットに入れてあった懐中時計を取り出し、現在の時間を見る。普段どおり、体内時計との誤差は±3秒。
十二時を指す直前の時計を納め、女性達に声をかけた。
「お嬢様、そろそろお食事の時間です。準備をいたしますので少々お待ちいただけますか?」
「は〜い。仲良く皆で食べましょう〜」
カーペットを敷いて、その上に机を置く。机の周囲に座布団を用意するのも忘れない。仕事現場で食事する事は予定の内だったので、シェフに予め作って貰っていたサンドウィッチを机に広げる。
紅茶だけは、携帯ガスコンロでお湯を沸かせて淹れたてのものを。
「何考えてんのアンタ達はーーーー!」
唐突に出来上がり始める和やかな空間に、美神さまは怒りだした。
「わぁ、美味しそうですねぇ。紅茶もいい香りがします」
対照的に、アシスタントの幽霊少女は素直に賛美してくれる。自分が勝手にしている事とはいえ、褒められて悪い気などしない。
「ありがとうございます。しかし、褒めるのならば実際に味わってからにしていただきたいですね」
「えっと、私は幽霊なので……ごめんなさい」
「大丈夫ですよ、どうか物は試しとお飲み下さい」
困惑する少女は、おずおずと口を付ける。物が触れる事から見ても、かなりの年数を経過した存在なのだろう、幽霊に出来る事、出来ない事をしっかり認識した彼女は、口に含んだ紅茶を一口、しっかりと喉に通した後、驚きを顕にした顔で俺を見た。
「いかがでしょう?」
「……美味しい……でも、なんで?」
呆然と呟くと、感覚を確かめるように慎重にもう一口紅茶を飲む。
「富士の霊水に、各種の厳選に厳選を重ねた茶葉、不遜ながら私の技術を加え、最後にコレが一番重要ですが……」
興味があるのだろう、食い入る様に見詰める少女に、微笑みながら言葉を添える。
「飲んでくれる方への精一杯の愛情です♪」
「愛情、そうですよね。やっぱりソレが一番ですよね!」
「まったく、アンタって何時も何時もどうしてそんなに手際いいの?……それに、この荷物は何処から出してるのよ?」
ほのぼのとした会話を遮る美神さまの問い掛け。ソレに対する答えはただ一つ。
「私は執事ですから」
「そんな答えで納得できるかーッ!?」
「と言われましても……あ、お嬢様、おかわりをお注ぎしますね」
「ありがと〜」
「二人揃って無視してんじゃないわよ!」
和やかな空気の中、美女三人と食事。俺でなくても、男なら心弾む光景だ。
暫らくそのまま食事が続き、用意していた食料が綺麗に空になる。食後の一杯に移る頃には、全員の顔から疲れと共に緊張まで消えていた。
「はぁ、本当に冥子との仕事は、この一時が癖ものなのよねぇ」
美神さまもご満足されたようで、本当に嬉しい。
そうして穏やかな食事を堪能した後、気を入れなおして最上階へと進む。
下から来た俺たちに追い出された悪霊も集まり、かなりの数になっている。バサラも頑張って吸引してくれているし、他の式神もお嬢様を護ってくれているが………
(コレは、いかんな)
お嬢様への危険が1%でもあるのなら、俺もそうそう余裕を見せるわけにはいかない。
美神さまも作戦で手一杯のご様子。俺は普段着用している白い手袋を外し、黒い『掃除』用の手袋を着けた。拳を握る動作で、ギチリと皮が締まる音が聞こえる。
『女だ! 女を狙え!!』
叫びながら、悪霊の一匹がお嬢様へと突っ込んでいく。膨大な数の悪霊に圧されて、式神の防衛線に隙が出来ていたのだ。
「おい、悪霊。貴様如きが私の主を『女』と言ったのか?」
お嬢様へ迫る悪霊の前に身を晒し、尋ねる。
一番、重要な問い掛けだ。
『邪魔をするなァァァァ!』
「OK、オマエは死ね」
断言と同時、問いを無視して突っ込んでくる悪霊に、右の掌をかざす。手袋の五指から伸びる『糸』が、悪霊を絡め取り身動きを止めた。開いた掌を、拳の形に閉ざす。
バシュァッ
悪霊は『糸』によって細切れにされ、断末魔をあげるいと間も無く消えていく。
『な、何だ!?』『邪魔をしたぞ!』『奴を先に殺せ!!』
矛先を変えて俺へと襲い掛かる悪霊の集団。
「六道家執事、横島忠夫。いざ参る!」
名乗りを上げ、両手の『糸』を駆使して悪霊を切り刻む。
こうした『糸』を使っての戦い方は、執事組合の会合で出会ったウォルターさんに教えて貰った戦闘術だ。
執事たる者、主に危険が迫っていたなら、己の力で排除できなくては一人前と名乗る事など出来ない。
『ぎゃああああ!!』
断末魔の声を上げて、また一匹悪霊が死んでいく。
「よし、完成よ! 皆、何かに捕まって」
お札を貼り終えた美神さまの指示に従い、お嬢様をつれて壁際に移動して、衝撃に備える。
カァッ
建物全体を眩い輝きが覆い、不浄な悪霊を焼き尽くしていく。
『い、イヤだァァア! 死ぬのはイヤだァァァ!!」
光に追い立てられた悪霊が、死に物狂いでこちらに突っ込んできた。
しかし、お嬢様は気付いていない。式神を出す時間もない。この距離で『糸』を使えば、お嬢様を傷付ける恐れがある。
(ならば、自分の肉体が盾となるまで!)
即座に覚悟を決めてお嬢様の前に身を晒し、左腕で悪霊の牙を受けると同時に、至近距離にきた悪霊の頭を右手で握りつぶした。
「え〜っ? た、忠夫〜? 忠夫ちゃんっ!?」
飛び散った俺の血を頬に付けたお嬢様は、何が起こったか理解した瞬間。
プッツン
何かが切れる音と共に、全ての式神が影から飛び出して暴れ始めた。
「うそぉ! ココでプッツンする!?」
信じられないと絶叫する美神さま。
コレが六道家当主が恐れられる原因の一つ。『暴走』である。
主の統制を失った式神は、ただ己の力を全力で振るって主の危険を排除する。その際、近くに居るだろう他の人間は関係ない。敵も味方も傍観者も、等しく排除の対象となってしまう。
………俺を除いて………
なぜかは知らないが、六道家に引き取られてから今まで、俺は式神に牙を向けられた経験はない。
だからこそ現当主と後継者の争いの仲裁を頼まれもするのだが。
「お嬢様、落ち着いてください。このような物、かすり傷にすぎません」
「忠夫ちゃんが死んじゃう〜〜〜!!」
「お嬢様!」
「いやぁぁ〜〜〜!」
静止の声も届かず、叫ぶお嬢様。止まる事も知らぬ破砕音。
「さっさと止めなさいよ! アンタのご主人様でしょうが!」
逃げ惑う美神さまの声が最後の引き金になった。
「冥姉さん、俺は大丈夫だから心配しないで」
ピタリッ
朝の再現のように、式神も含めた全てが静止画となる。
「ほ、本当に〜、大丈夫なの〜?」
涙声で心配そうに俺を見詰めるお嬢様。
「はい。だからどうか落ち着いて、式神をお納めください」
近くまで歩み寄り、お嬢様の頭を撫でた。
子供の頃から彼女はコレが好きで、どんなに泣いていても一発で笑顔に変わってくれる。
今もそう、涙を拭って心底幸せそうに微笑むお嬢様を、俺は優しく見詰めた。
家柄も、血統も違いすぎる自分は、彼女の一番には成れない。でも、傍らで寄り添うくらいは許されるかもしれない。
だから、俺は常に自分を律する。
六道家の執事として恥ずかしくないように、
冥子お嬢様の傍らに立ち続ける為に、
「さぁお嬢様、今日はもう帰りましょう。フミさんが美味しいお茶菓子を用意してくれていますよ」
「うん〜帰りましょう〜〜。忠夫ちゃんも一緒に食べてね〜」
この人の笑顔を見るために、俺は何でもする。どんな事でもしてみせる。
「コラーーー! 勝手に終わらせてるんじゃないわよ!! 見なさいこの建物の惨状を! 仕事は大失敗でしょ! なんでそんなに無邪気に喜べるのよ!?」
「実際、終わってしまった事ですし……どうでしょうお嬢様、美神さまとおキヌさまをお茶にお誘いしては?」
決意を固めた所で、美神さまの叫びが聞こえた。スルーしようとは思ったが、お嬢様に友人が必要なのも本当だ。それに、お嬢様自身、新しい友人を常に欲しているので、お茶にお誘いしたが、コレは名案に思われる。
「うわ〜、皆でお茶できるの〜? 冥子嬉しい〜〜!」
お嬢様もことのほか喜んでくれている。
(コレは決まりだな)
「勝手に決めないでよ! まだ行くって行ってないでしょ」
「そうですか? 先日のように減税対策の一つもご講義しようと思っていましたが……必要ありませんか」
「………お、おキヌちゃんは行きたいの?」
自分に話が振られるとは思わなかったのだろう、不思議そうな顔で考え込んだ後、
「え? ……行ってみたいです。また美味しいお茶を飲ませて貰えるんですよね?」
そう俺に尋ねた。
「はい。きっとご満足いただけると思いますよ」
「おキヌちゃんが行きたいんじゃしょうがないわね、行ってあげるわ!」
「わ〜い、皆でお茶を飲むのって美味しそう〜〜」
天邪鬼な美神さまの言葉に苦笑しつつも、喜ぶ冥子お嬢様を見るのは心が弾む。
ずっとこの時間が続く事を望む自分。
何時か終わるときの事を恐れる自分。
矛盾はある、自分の心にも、環境にも。でも、諦める事はしたくない。
努力しよう。この時間が続くように。
仕えよう。少しでも自分を必要として貰うために。
それだけでこの笑顔が見れるのなら、たとえ悪魔と契約して地獄に落ちても、満足出来ると思うから。
………俺の名は横島忠夫、六道家に仕える執事の一人………
あとがき
読者の皆さんはじめまして、作者の(ピーーー)と申します。
今回の話ですが……はぅ、難産でしたぁ。
なんというか、最近こういう主従関係に燃えている作者の(ピーーー)です。しかし、燃えているという事と、書けるということは全く関係しないという事に、書き始めて少ししたら気付いてしまった大馬鹿者です。
まぁでも、書き始めてたのを見捨てるのもなぁ、と多少無理やりではありますが書き上げました。小ネタとは思えない秀作が一杯の掲示板に晒していいかどうか、最後まで悩みましたが、思い切って投稿させていただきますね。
他にも書きたいネタは一杯あるのですが、どうにも筆が遅いのと、仕事が忙しく、PCの前に座るだけでも大変です。
次に投稿するのが何時になるかは分かりませんが、次も読んでくれると嬉しいなぁ。
それでは、またの機会に。