「平和ね……。」
「平和ですね……。」
「平和でござる……。」
「平和よねぇ……。」
「…………。」
上から美神、おキヌ、シロ、タマモ、横島である。ちなみに横島は出勤早々、おイタをして美神に折檻を受けた模様。
「しかしここまで平和だと、返って不気味と言うか……。」
先ほどまで血だるまだった横島が復活早々そう口にした。
「かと言って、急ぎの仕事がある訳じゃ無いし、偶には良いじゃない。」
おキヌが入れてくれたお茶を口にしながらそう答える美神。しかし、厄介ごととは急にやって来る物である。
ドッカーーーーーン
外は晴れていると言うのに、凄まじいばかりの雷の音が事務所に鳴り響いた。
「外に行ってみましょう!」
いきなりの音にうろたえる一同に横島がいち早く声をかけた。そして外に出ようとした時だ。人工幽霊一号から連絡が入った。
『オーナー!オーナーの霊波にほぼ100%一致した人物の存在が確認されました!』
「美神さんの霊波に100%一致だぁ?!誰なんスか!」
霊波が一致する。文殊でも使用しない限り、普通は存在するはずの無い存在が存在する。そんなややこしい事態を美神がすばやく理解した。
「私に100%一致する霊波とさっきの雷の音からすると、間違いなく未来の私が時間移動能力を使ったとしか考えられないわ。だけど、時間移動は神界によって禁じられたはず……一体どういうことかしら。」
美神の言葉に一同して考え込んでいるといきなり扉が開き、女性が入ってきた。
「初めまして、過去の私。私は未来の美神令子よ。」
入ってきていきなりそう口にした女性は、今の美神より少し年を取って美しさだけではなく艶を醸し出している美神だった。
「アダルティな美神さ〜ん!!」
想像はしていた事とはいえ、いきなりの訪問に驚きを隠せない一同の中、ただ一人いつもの行動をおこす男、横島忠夫。このワンパターンな対応も、
「「女と見たら、ヒョイヒョイ飛び付くな!このバカたれが!!」」
と今と未来の美神にダブルアタックと、これまたワンパターンな対応。唯一、違う事と言えば、殺人級のパンチを前と後ろから挟み撃ちにされ、ピクリともしない横島だけだ。
ちなみに、同じ時間軸に同じ人物が存在する事は危険であると言う説があるが、実のところ、そんな事はない。あくまで未来と過去の人物である。つまり別人となんら変わらないのである。危険なのは同じ時間軸に同じ時間を有する同じ人物が存在する事である。つまり、実現は不可能である。(この話はフィクションであり実際の――以下略)
「所で、一体何の用事でここに来たの?」
いつもより回復が遅れている横島を尻目に美神は未来の美神に尋ねた。ちなみに横島の手当てはおキヌが懸命に行っている。
「実は、今殴り飛ばした横島君に用があるんだけど……」
用事のある張本人を棺おけに八割方追いやっておいて、飄々と言い放つ美神は今もこれからも変わらないらしいとシロとタマモが思ったかどうかは解らないが、タマモは兎も角シロはその表情を見る限り、思っているようだ。
「具体的には!」
用があるらしいことは言うが中々内容を言わない未来の美神に今の美神が、噛み付くように尋ねた。
「……横島君に抱いて欲しいのよ。」
次の瞬間、瀕死だった横島がルパンダイブで「いっただきま〜す!!」と言わんばかりに未来の美神へと飛びかかろうとした。先ほどの暴行のかけらもそこには存在しない。
「殺―!!」
今の美神の一閃。再び血に溺れる横島。流石に、おキヌも今度は手当てしてくれなさそうである。
「どういうこと!!私の未来を滅茶苦茶にするつもり!!」
赤い水が着いたままの神通棍をそのままに、今の美神が未来の美神を睨みつける。今の美神なら某魔神も裸足で逃げ出すだろう。しかし、
「いいじゃない。ゆくゆくは私の旦那になる男だし。今しようが何時しようが、大差ないって。」
と未来の美神は動じない。シロ、タマモ、おキヌも話しに入って行きたいのだが今の美神の『動』のプレッシャーと、未来の美神の『静』のプレッシャーが凄まじいばかりの障壁となって動く事が出来ずにいた。
しばし、静寂が辺りを包む。しかし、二人のプレッシャーは留まる所を知らぬかのように、ただよい続ける。
「解ったわ……。きちんと理由を話すから。横島君もまだ、気絶してるし。」
先に折れたのは未来の美神。ため息を一つ吐くと説明を始めた。
「横島君の中にあるルシオラの魂なんだけど、今のままじゃ近いうちに横島君自身の魂と融合を始めて子供として転生不可能になるのよ。今から一ヶ月後、その兆候が現れるわ。それが現れる前に子供を作ればいいんだけど、今のメンバーじゃ子供を作っても責任能力なんて無いでしょ。だから、未来から私が来たのよ。」
未来の美神の言葉に一同唖然とする。もちろん実際にその場にはいなかったシロやタマモも今の美神やおキヌの口から事情は聞いている。そして未来の美神のしたいことについて、頭では理解できた。しかし、感情は……
「だ、だからと言って……。」
おキヌが口を挟むが、未来の美神は首を振りながら
「解っているわ、こんな方法が間違いだって事は。けれども、私は魂の融合が始まってルシオラと現世で会う事が不可能になった時の横島君の顔は忘れられないわ。全て、自分の中に押し込めて笑っていたのよ。『大丈夫ですよ。少し伸びただけですから。』って、溢れんばかりの悲しみを無理やり押さえ込んで。横島君を救うには……これしかないのよ。」
そこまで言うと溢れそうな涙を拭って、今の美神の方を見る未来の美神。
「そう言うわけだから、横島君を抱きにここまで時間をさかのぼって来たのよ。」
「……あなたの言いたい事は解ったわ。けど、横島君がそれを拒否したら?未来の私なら解ると思うけど、今の横島君は誰ともすることはないわ。」
いつもの様に女性に飛び掛る横島だが、決して一線は越えない。好意を示す相手には暴走した『ふり』でうやむやにするのだ。そしてそれを知っている事務所のメンバーはそれを知って知らぬふりをしていた。こればかりは他人が何をいようとも、自分で解決する他どうする事も出来ない事だ。
「そうね……でも、先が解っている私としては何としてでも……」
「無理っスよ……いきなりそんなこと言われても。いや、言われたからこそ、かな。」
未来の美神の言葉が終わらぬうちに、横島の声が響く。
「横島君……」
「そんな、美神さんを道具かなんかのように使えませんよ。自分のエゴだけで。」
「違うわ!あなたのエゴなんかじゃない!むしろ、私のエゴよ!でも!!」
その時、急に横島が倒れた。いつの間にか横島の背後に回った美神が、横島から貰っていた文珠で『眠』らせたのだ。
「ねぇ。さっき、一ヵ月後って言ってたわね。じゃあ、一ヶ月以内に子供を作れば問題ないのよね。」
今の美神の言葉におキヌが反応する。
「美神さん!そんな……だったら、私が!!」
その言葉に未来の美神が止めに入る。
「ダメなの、おキヌちゃん。これは神界で調べてもらった事なんだけど、ルシオラを転生させるにはルシオラと似た魂を持つ女性でなくてはならないの。魔族ではべスパとパピリオ神族には存在せず、人間では私だけ。」
べスパとパピリオは兎も角、美神は前世を魔族として生きて後、人間となる。ルシオラとよく似た経緯をたどっている。その魂が転生した美神が実は一番、ルシオラ転生にとって良い相手なのだ。
「そんな事だろうと思ったわ。それじゃみんな悪いけど、横島君をアパートまで送ってくるわ。」
そう言うと、眠っている横島を抱えて美神は部屋を出て行こうとする。
「それでいいの?」
未来の美神が尋ねる。それに対して今の美神は
「今の横島君にとっては、私の行動なんてエゴでしかないんだけど、あなたが言った横島君の悲しむ顔なんて、私も見たくないしね。」
と笑顔で言う。そして、そのまま横島のアパートに向かった。残ったシロ、タマモ、おキヌはみな顔が翳っている。その中、未来の美神はその手に光り輝く珠を持っていた。
「みんな、ゴメンね。」
そう言うと、その手に輝く文珠『眠』『忘』を発動させた。
「え!……」
「な、何を……」
「アンタ……」
未来の美神以外のメンバー全員がその場で眠りにつく。起きた時には、ここであったことは全て忘れているだろう。
「明日には、目が覚めるだろうから……ゴメンね。」
そう言って三人を各部屋に運んでいった。
「み、美神さん?」
「横島君、ゴメン。でも、もう貴方の悲しむ顔は見たくないの。」
「でも……」
「大丈夫。後は、私たちに任せて。」
そう言うと美神は横島に唇を落とした。
事が済んだ二人は一つの布団の中で眠っている。そこに未来の美神が現れた。
「こんな形でしか、解決できなかった私を許して。」
そう言いながら、残りの文珠を発動させる。
『忘』
恐らく、この世界の美神は私がする事など解っているだろう。しかし、私は迷っている暇は無い。『忘』で横島の記憶を奪う。その時、今の美神が口を開いた。
「これでいいのね。感覚的にルシオラの魂を受け継いだ感じは受けるけど。」
「……ええ。私が直接受ける事になると、この世界から急にルシオラの魂が消えてしまう事になるから。後は……」
そう言って文珠『停』を今の美神の腹部に当てる。これによって、子供の成長を『停』める。
「これは、私の霊気で作った文珠よ。あなたの意思で解除は出来るわ。解除の時期はあなたの意思でやって。」
「でも、私の記憶が残っていればあなたの時間とリンクが切れているかもしれないのに?」
「それを防ぐためにあなたの記憶は最小限にして記憶を消すわ。」
「そう。」
それだけ話し合うと、二人は自宅へと向かった。
「今回の事は全てが私のエゴによるもの。横島君のためなんて言っても、それはただの言い訳よね……。」
自宅に帰った後未来の美神は今、人気のない公園に一人佇んでいる。
「ヒャクメの計算が正確なら、これで未来は変わった。これで横島君は助かるはず。」
そう呟くと、最後の文珠『雷』を発動させた。
20XX年、横島忠夫は魔族の魂とヒトの魂の融合による拒絶反応を起こし暴走。神魔両指導者の承諾により、横島忠夫抹殺の命が発動。この日から三年にもわたる横島忠夫と神魔族の戦争が始まる。その最中、美神令子は時間移動を行った。横島の暴走の原因を除くため……。
後書き
ただ今製作中の『業を背負いし男』の続きは中々、筆が進まず。そんな中ふと書きたくなったこのネタ。とりあえず書いちゃえっとばかりに書いちゃいました。後、もう一つ書きたい別のネタもあるんだけど……どうしよう。
ご意見、ご感想お待ちしております。