きり〜つ〜! れ〜い〜!
残暑がいまだ残る9月の初旬。
夏休みが明けて間もないってこともあるからでしょうけど、だらけた顔が目立つわね。
帰りの挨拶だって間が抜けてる感じ。
まあ、普段もそんなにキビキビしてるクラスじゃないけど。
で、そんな中でも一番ぐでっとしてるのはやっぱり……
「……腹減った……」
……横島クンなのよね。
私から見てもみっともないんだから、よっぽどよ。
ほら、教室を出て行く女子が、また呆れたように前を通りすぎていったわ。
うーっ、恥ずかしい。
お願いだから、彼女に情けない想いをさせないでほしいわ……
彼と私と膝枕と
むがむがっ
ごくごくっ
「はんくぅ、はいお」
「口に物入れたまましゃべらないのっ!!」
あー、もー、まったく!!
どーしてこーなのかしらっ!!
私が買ってきたサンドイッチとパックのジュース(缶よりも安いのよっ!)を両手に持ってる横島クンの姿は……百年の恋も覚めそうよ。
教室に残ってるのはもう二人だけ。
土曜日だから、今日は半日。
部活でもない限りは、普通、誰も学校になんて残らないわ。
午後から精一杯遊ぶために、時間は少しでも惜しいわけだし。
ましてカップルなら尚更。
二人の時間を少しでも長く、そして充実したものに、そう考えるのが普通よね?
帰って、シャワーして、着替えて、待ち合わせ場所にちょっと遅れて行って”ごめん、待った?”なんて言ったりして、腕組んでウインドウショッピングしたりして、カフェで一休みして、ビリヤードとかボーリングとか教えてもらって、晩御飯はオーナーシェフが一人で切り盛りしてるような小洒落たリストランテすませて、その後は”なじみのバーがあるんだ”なんて誘われたりして、スクリュードライバーに酔ったふりして肩を抱いてもらったりして、それで二人っきりになったら潤んだ瞳で見上げちゃったりして……女の子なら誰でも夢見るわよね?
私の感覚、私の理想、おかしくないわよね?
それなのに……
「あー、食った食った」
現実なんてこんなもん……わかってはいるんだけど。
夢とロマンスにあふれた週末が私の前にやってくることはあるのかしら?
「助かったぜ、愛子」
でも食べ終わってこんなふうに言ってくれると、やっぱり嬉しいものね。
「どーいたしまして」
思わずにっこり、ウインクまで決めちゃったり。
甘いかな、私。
開いている窓から入ってくる風が気持ちいい。
まだ暑いとは言っても、やっぱり七月八月とはずいぶん違うわ。
過ごしやすくなった教室に聞こえてくるのは、遠くに聞こえる運動部の喚声だけ。
そんな中、横島クンは今はお昼寝中。
「食ったから、寝る」
って、どっかの大泥棒じゃないんだから。
椅子を三つならべた上に、器用に寝そべってるんだけど……怖くないのかしら?
よく眠ってられるなあって感心しちゃうわ。
思わず頬っぺたなでてみたり。
「……ん……」
「きゃっ……」
……ちょっとびっくりしちゃった。
寝返り打たれると、太腿くすぐったいじゃないの。
……えーっと、横島クン、椅子の上に寝てるってのはさっき話したわよね?
ちょっとそれだけじゃ説明不足だったわ。
実は頭だけは私の膝の上。
つまりは……その……膝枕。
さっきまでは横向きで、今は正面。
穏やかな横島クンの表情が愛しくて、可愛くて……
「……」
膝枕よ、膝枕!
こんな可愛い彼女の膝枕!
なのに寝息なんかたてちゃって!
何もしようって気にならないなんて!
あふれんばかりの煩悩はどこいっちゃったのよ!?
「……」
ひょっとして、私魅力ない?
……そりゃ確かに、美神さんに比べりゃスタイルは……
あ、なんかムカムカしてきた。
頬っぺたに置いたままの手に思わず力が入っちゃう。
「……ん……なんだよ?」
起こしちゃった。
私の気も知らないで、寝ぼけ眼を向けてくる。
……どーして、こんなの好きになっちゃったのかしら?
馬鹿だし、品が無いし、鈍感だし。
「どーした?」
膝が軽くなった。
起き上がった横島クンがうーんっと伸びをするのがちょっと可笑しくって、苛ついてたはずなのに、思わず微笑んじゃう。
でもね、一つだけ、お願い聞いてもらうわ。
そしたら、夢のようなデートしなかったことも、食事のあと私をほっといてすぐ寝ちゃったのも、全部許してあげるから。
「愛子?」
「……ぎゅってして」
困ったような、仕方ないな、って顔でもしようものなら、また私もおへそ曲げちゃうとこなんだけど。
……優しい、のよね。
にっこり笑って、黙って私を包んでくれるんだから。
だから私は……
横島クンの胸に顔を埋めて、彼の匂い、彼の体温、彼の鼓動を感じて……それだけで午後の教室の私は世界中の誰よりも幸せよ。
でも、いつかは、素敵なデートにも連れてってほしいかな?
END