国際刑事警察機構(ICPO)超常犯罪課、通称『オカルトGメン』
横島は美神令子の事務所を辞めて以降、ここで霊的業務の専門的な知識を学んでいた。もちろん彼にはなんの権限も持たされておらず、丁度大学の聴講生のような身分となっている。Gメン日本支部の責任者、美神美智恵女史により特別に許可されているのである。
それでも横島は春におこなわれた一週間の新人研修後も定期的な講習会や勉強会にも参加しているので、Gメンの内部でもすでに仲間として認められていた。もちろん彼の人懐っこい性格もその一因ではあったが。
今日もその講習会に参加している。場所はGメン日本支部の会議室で、講師は美智恵である。大体美智恵か西条が講師をつとめるのだが、その講義は毎回常識にとらわれず非常に斬新なものだった。
決められたテキストなどは存在せず、3日前に起きた海外の事件を紹介する時もあれば、大昔から伝えられる神話を題材にする時もある。内容も情報操作の仕方やハッタリの上手な用い方など、裏技的なものも少なくない。
「ハッタリというのはただ嘘をつけば良いというものではありません。大切なのは相手にそれが本当だと錯覚させる事です。情報操作とうまく組み合わせれば相手の感情や行動をコントロールする事さえできます。」
「ちなみにこれは私生活でも非常に役立ちます。恋人や旦那を手の平の上で転がしてやる事も可能よ♪」
講師美神美智恵は妖艶な笑みでそんな事を言う。女性職員はおおうけしていたが、横島をはじめとした男性職員は冷や汗を流し、(この人を絶対敵にまわしてはいけない)と堅く誓っていた。
本日の講義が全て終わり皆が帰宅につこうとするなか、横島は美智恵に呼びとめられた。
「横島君、あなたにこれあげるわ」
首をかしげる横島に美智恵が渡したのは一冊の古いノートだった。手にとってパラパラとめくってみると、霊や妖魔の特徴や具体的な除霊方法が絵や写真入りで書かれている。日本語以外の言語もあり横島には読めないような文字もあったが、ノートの白紙部分がほとんどなくなるほどびっしりと書かれている。
「あの・・・これは?」
「これはね、私がGSになってから書き始めた『GSノート』なの。私が除霊した相手はもちろん、人から聞いた話やGS協会の文献なんかも参考にして、少しずつ書き足していったものよ」
「まだ若くて経験も浅かったし、こういう現場の生の情報は自分の命にも関わるしね」
「へー、そうなんですか・・・」
横島はそう説明されて、改めて読みなおしてみた。しばらく見ていくとふとある事に気がついた。
「あれ?俺このノート見た事ある・・・・。確か美神さんの事務所にあったような・・・・」
「令子の所で?」
「はい、除霊に行く前の打ち合わせで、何度か見た事があるっス」
横島の話を聞いて美智恵は何やら感慨深げにしていた。
「私が令子の前から姿を消した時に、このノートの写しを残していったの。そう・・あの子持っていてくれたのね。それじゃ少しは役に立ったのかしら・・・」
美智恵は時間移動能力という特殊能力を持っている。そしてアシュタロスとの戦いを勝ち抜くために、夫公彦以外の人間には死んだという事にして姿を消してしまったのだ。そのため母親を慕っていた一人娘令子は、大変なショックを受けてしまった。
一時期は現実を直視できず、グレてしまった事もある。そして実は生きて身を隠していた美智恵はそういった令子の姿を知っていたのだ。それゆえに今や最高クラスのGSとなった娘が自分のノートを持っていてくれた事がうれしかった。
「美神さんも最初の頃からバリバリ仕事してましたけど、なんだかんだ言って新人でしたからね。除霊に行く前は結構このノートを見てたみたいですよ?。もっとも俺はそのころはただの荷物持ちだったんでほとんど何が書いてるか分からなかったですけどね」
名誉も収入も破竹の勢いでトップに上り詰めた美神令子ではあったが、実際のキャリアは3年ほどである。横島は美神除霊事務所が開業してすぐに助手となっているため、そういった令子の影の苦労も見てきている。
「でも不思議なもんッスね。隊長が美神さんの為に残していったノートが、今度は美神さんの弟子の俺に、隊長から渡されるなんて・・・・」
「確かにそうね・・・」
美知恵は自分達親子と、横島との因縁を感じずにはいられなかった。令子と横島との前世の因縁を知ってはいても、やはり運命的な繋がりがあるように思える。これからもその繋がりは続いていくのだろうか・・・。
「横島君。人間は他の生物と違って知識や経験を残す事ができるものなの。そして理想とか、復讐とか、願いとか、そういう自分の『思い』を継承してくれる人に伝える事ができるのよ。横島君がこれから令子の所に戻るにしても、独立するにしても、間違いなくGS界を引っ張っていく立場になるわ。その時はあなたがいろんなモノを伝えていかなくちゃいけないのよ?」
「お、俺がですか?」
いまいち自分の力と影響力を理解していない横島に美知恵は溜息をつきつつも、(まあそれが彼の良いところなのかもしれないけど)と納得する事にした。
「でもね横島君。令子からいろんな事を教わるのはいいけど、脱税とかの違法行為だけは真似しないでね。オカルトGメンも一応警察だから逮捕しますからね?あの子も最近やっと脱税だけはやめたみたいだけど、他の事は何度言っても聞かないから・・・・」
「いやだなー隊長。でも流石に母親ですね。普通はそんな恐ろしい事、美神さんの前じゃ言えませんよ。俺が言ったら次の日には東京湾に浮かんでます」
2人とも苦笑いで楽しげに話してはいるが、話の内容はかなり恐ろしい事を言っている。お互い神経が麻痺しているのか、それとも神経が図太いのか・・・・。
「まあとにかくこれはあなたにあげるわ。できればあなたが経験した事をまたこのノートに加えていって、今度は次の世代の人達に渡してあげて。そうなったらすばらしい事だと思うわ」
「はい・・・自分に何ができるかは分からないけど、何とかがんばってみます。」
美知恵は横島に対しての償いとは別に、将来有望な若者を導いていく責任があると思っている。そして横島ならさらに、自分と同じように先頭に立って導いていく立場になってくれると期待しているのだった。
横島の方でも自分がこれからの事はまだ分からなかったが、自分も多くの責任を持たなくてはならないのだと漠然とした気持ちを持っていた。しかし彼はまだ若く、勉強中の身である。その事については、これからいろんな事を経験しながら考えていけばいい。今はそれを理解できていれば十分といえるだろう。
横島と美知恵が暖かい雰囲気で会話する一方で、部屋の隅っこで落ちこんでいる人物がいた・・・・・
「先生・・・僕にはノートも残してくれなかったし、そんな言葉もかけてくれなかったじゃないですか・・・」
涙を流し心の叫びをあげている人物の名は・・・・・西条輝彦。美神美知恵の直属の部下であり、唯一の弟子であった。そんな彼に対して美知恵がかけた言葉は
「あら西条君。まだ帰ってなかったの?」
だった・・・・・。ああ!哀れな西条に幸せがやってくるのはいつの事だろうか・・・・・